| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第百七十八話 改革者達の戦い

帝国暦 487年 12月 9日  帝国軍病院 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



俺の枕元にオイゲン・リヒター、カール・ブラッケが座っている。彼らの表情は決して明るくは無い。病人にとっては有り難くない事だが彼らを拒絶するわけにも行かない。

何といっても彼らをスカウトしたのは俺なのだ。雇い主としては聞きたくない報告でも聞くだけの覚悟はいる、そうでなければ人を雇う資格など無いだろう。

「やはり改革を考えるのと実施するのは別問題ですな、今更ながらですが思い知らされました。私達は改革を甘く見ていたと思います。五百年続いた政治体制を変えるということを」
「……」

「カストロプだけでもこの有様です。帝国全土で行なえばどれほどの混乱が生じたのか……、考えてみれば今回の内乱は改革が原因でした。戦争が起きるほどの政治改革なのです……」
溜息交じりのリヒターの言葉だった。ブラッケが隣で頷いている。

「改革を止めたいとでも?」
「とんでもない。そんなつもりで言ったのでは有りません」
俺の目の前でブラッケが顔を真っ赤にして反論した。その隣には何度も頷いているリヒターが居る。まだまだ白旗を揚げるつもりは無いか、まあそうでなくては困る。

俺が意識を回復して以来、改革派の文官達が足繁く病室を訪れる。負傷する前は軍務と宮中に行く事が多く、彼らの話を聞くことがなかなか出来なかった。

しかし怪我をしてからは仕事に追われる事は無い。それに軍人達は出征している。というわけで暇を持て余しているであろう俺の無聊を慰めるという崇高な目的を持って彼らはやってきてくれる。有り難い事に!!

おかげで俺はレーナルト先生に毎日怒られている。レーナルト先生にとって俺は返事は良いが言う事を守らない悪い子なのだそうだ。この件についてはヴァレリーは全く俺の役に立たない。女同士で協同して俺を苛めることに専念している。

具体的には夜は九時に消灯、二時間の昼寝、俺の嫌いなピーマンとレバーを必ず食事に入れることだ。おかげで俺は半泣きになりながらピーマンとレバーを食べるという日々を送っている。リヒテンラーデ侯に言われなくても直ぐにでも退院したい気分だ。

「一番思い知らされたのは役人たちが思ったように動いてくれない事でした。彼らはこれまでの平民達を押さえつける統治法に慣れています。そのため我々の目指す改革が何を目的としているか分からず、どのように進めて良いか分からない。悪気があるのではなく結果として停滞してしまった……」
「……」

オイゲン・リヒターが首を振りながら話している。彼らは今、惑星カストロプで改革を他に先行して行なっている。しかしその成果は必ずしも思わしいものではない。皆無ではないのだが思ったより成果が低いのだ。

「随分と悩みました。何故思うように行かないのか? ブラッケとも何度も話し合い、時には感情的になって喧嘩になる事もありました。役人達とも住民とも話し合い、それでようやく分かりました」

「……」
リヒターはブラッケと顔を見合わせ“苦労したな”とでも言うように微かに笑みを浮かべて頷きあった。それなりに得るものはあったようだ。

「十月十五日の勅令で改革の実施が宣言されました。その事で私もブラッケも全ての人間が改革を受け入れたのだと思ってしまった。でもそうではなかった」
「……」

「多くの人間がそれを良いことだと思っていましたが、同時にどう受け止めて良いのか判断しかねている、そういう状態だったんです」

「……今回の内乱と絡ませた事が改革の意味を薄めてしまいましたか。そういう意味ではヘル・ブラッケ、卿の言う通り内乱を終えてからのほうが良かったのかもしれませんね……。しかしあれ以外に短期に内乱を起させる手が有ったのか……」

俺の言葉にリヒターが少し慌てたように口を出してきた。
「司令長官閣下、そういう意味で言ったのではありません。ブラッケも今ではあれが最善の手だと思っています」

「そうです。問題だったのは私達が現状をきちんと把握しないまま改革を進めてしまった事です。先程も言いましたが勅令が発布された事で改革が全ての人間に受け入れられたと思い込んでしまった。足が地に着いていなかったのです」

オイゲン・リヒターが、カール・ブラッケが口々に俺に非は無いと言った。
二人とも優しいな、病人を労わってくれる。健康体だったらブラッケにブウブウ文句を言われただろう。原作ではラインハルトを随分と批判していたからな。そう思うと入院生活も悪くない。ピーマンとレバーさえなければだが……。

「これからはどうすれば良いのかは分かっています。先ずやる事は改革の主旨を理解させる事です。改革とは何なのか、何故改革を行なうのか、それを帝国全土に徹底させます。そうでなければ皆の協力は得られません。私達が空回りするだけです」

「そうです、ブラッケの言う通りです。個々の改革案の実施はその後でいい。カストロプでの改革はそれが分かっただけでも無駄ではありませんでした」

オイゲン・リヒター、カール・ブラッケの言葉には力が有った。負け惜しみではないのだろう。理想を持つ事、現実を把握する事、そしてその間を埋めていく事、それが出来るようになれば内乱終結後の改革には期待しても良さそうだ。もっともそうでなければ困るのだが……。

「なるほど、軍隊では上意下達、場合によっては殴りつけてでも従わせますが、政治経済ではそうは行かないということですね。人を動かすと言う事程難しいものは無い……」

俺の言葉に二人は深く頷いた。随分と苦労したのだろう、表情に疲れがある。軍人だけが戦っているわけではない。彼らも戦っているのだ、まだ始まったばかりだが帝国二百四十億の人間を相手に戦っている。いずれは全人類四百億を相手に戦うことになるだろう。

「今思えばカストロプでの改革を行なう前に“上手く行く必要は無い。今回は行なう事に意味がある”とエルスハイマーに言われましたが、実際にその通りだったと思います。閣下の仰るとおり、人を動かす事の難しさを思い知らされました」

「……」
カール・ブラッケの言葉には重みが有った。その重みを、余韻を確認するかのように沈黙が部屋を支配した。



帝国暦 487年 12月 9日  帝国軍病院 オイゲン・リヒター


病室は沈黙している。ブラッケの言葉の後誰も話そうとはしない。何処と無く話すのが躊躇われるような雰囲気があった。

ヴァレンシュタイン司令長官が襲撃された、意識不明の重態、そう聞いた私とブラッケは後をエルスハイマー、オスマイヤーに託し、急ぎカストロプを離れオーディンに向かった。

閣下の容態が心配な事もあったが、万一の事が有った場合、改革がどうなるのか見極めなければならなかった。リヒテンラーデ侯は、ゲルラッハ子爵は改革を継続する意思は有るのか?

幸い閣下は意識を回復されたが、カストロプからオーディンに着くまでの間の焦燥、不安をどう表現すれば良いのだろう。リヒテンラーデ侯もゲルラッハ子爵も貴族なのだ。何処まで改革に好意を持っているか分からない。その不安が常に我々を支配した。

必要性は理解しても好意は持っていないとなれば、改革そのものが何処まで行なわれるか……、不安定なものになりかねない。今更ながら我々改革派の後ろ盾になっているのは司令長官なのだということを思い知らされた。

「閣下、心配な事が一つあります」
照れたような表情でブラッケが沈黙を破った。自分の言葉が沈黙をもたらした事を恥ずかしがっているらしい。ブラッケにはそんな照れ屋なところがある。

「?」
ヴァレンシュタイン司令長官はベッドで横になったまま目で問いかけてきた。顔色は余り良くない、かなり出血して危なかったと聞いている、その所為だろう。

「改革を進めるには人が足りないと思います。帝国には改革を考えた官僚は殆ど居ません。今は未だ我々だけで足りるかもしれません。しかし改革が進み、多岐に広がれば改革を推し進める人材が足りなくなるのは目に見えています」
「……」

ブラッケの言う通りだ。困った事に帝国では社会改革は政府上層部から忌諱される存在だった。当然だが官僚たちもそれに追随している。つまり社会改革を行なう人間、そして我々の後を継いで改革を進めていく人間が決定的に不足しているのだ。

「教育し、それなりの人材を作るのには時間がかかります。もちろん怠るわけにはいきませんが急場には間に合いません」
「三年、いや二年半我慢できますか?」

二年半? 司令長官の言葉に思わずブラッケと顔を見合わせた。ブラッケが頷く、我慢は可能だろう、しかし二年半で人材を確保すると言うのだろうか。それとも他に何か思うところが有るのか。

「それは可能だと思いますが、二年半後には人材を確保する手段が有るという事でしょうか、ブラッケの希望する人材のレベルは低くはありませんが?」
「ええ、多分それなりの人材を用意できると思います」

それなりの人材、司令長官には当てが有るようだが、一体何処に……。
「閣下、それは?」
「自由惑星同盟にいますよ、ヘル・リヒター」
「!」

自由惑星同盟! 司令長官は悪戯っぽい表情でこちらを見ている。
「内乱終結後、一年は内政に専念しなければならないでしょう。しかし、その後は宇宙統一のために軍事行動を起します。フェザーンを占領し、同盟を保護国化する……」

「……」
保護国化した後は三十年かけて帝国の改革を推し進め、自由惑星同盟が帝国との併合に不安を抱かないレベルにまで国内を整える、司令長官の持論だ。

「その後で同盟から人を呼べば良いでしょう。同盟のほうが帝国より社会政策は進んでいます。無理することなく見つけることが出来ると思いますよ」

「しかし反乱軍、いや同盟が協力するでしょうか?」
「和平条約の条件に入れれば良いでしょう、ヘル・リヒター。帝国と同盟は人材の交流を図ると」
「……」

「同盟から人を受け入れるだけでなく、帝国からも人を派遣する。同盟の社会政策を自らの目で確認できるのです。得るものは大きいはずですよ。その外に帝国への移住者を募れば良い。既に帝国で仕事をしている人間がいるとなれば、移住に積極的になってくれる人物もいるでしょう」

なるほど、先駆者がいるとなれば後に続くのは難しくは無い。それに同盟にも帝国という国家を作ってみたいという人間がいるかもしれない。国家を作るなどというのは先ず有り得ない事だ。それが目の前で起きた、自らの手で国家創造を行なう、その魅力に逆らえる人間がいるだろうか……。

それにいずれは同盟の社会政策を見た人間も帝国に戻ってくる。彼らも戦力として当てに出来るだろう。そして彼らを使っている間に帝国内でも教育を受けた人間達が育ってくる……。上手く行くかもしれない。

隣に座っているブラッケも唸りながら頷いている。彼も上手く行くと思っているのだろう。
「彼らを受け入れて改革を行なうのは絶対に必要です」
「絶対に必要? それは、どういうわけです?」

私の問いに司令長官は少しの間黙って天井を見ていた。
「帝国が同盟を併合する場合、同盟の人間にとって一番不安に思うのは帝国の政治が国民の権利を何処まで保障するのかという点でしょう。だから同盟出身の人間が改革に参加する必要があるのです」

「つまり同じ同盟の出身者が帝国の改革に参加していれば同盟の人間が安心するという事ですか?」
ブラッケの問いに司令長官は頷いた。

「ええ、これからの帝国の政策は同盟の人間の不安をどれだけ取り除けるか、それが重要になります。三十年かけて不安を取り除く、その事が同盟の併合を、宇宙の統一を可能にするでしょう。無理な併合は混乱しかもたらしません」

ブラッケと目が合った。彼が頷いてくる、私も頷いた。それにしても同盟から人を受け入れるか、そんな発想は私にもブラッケにも無かった。私達にとっては改革が全てだった。だからそこで止まってしまった……。

だが司令長官にとって改革は宇宙統一という目的のための手段だ。そこから同盟から人を受け入れるという発想が出た。我々もそこを良く理解しないと司令長官の考えに追付いていけない事になる。気をつけないといけない。

「これからの三十年、忙しくなりますよ」
「……」
「改革だけではなく統一を常に考えて動かなくてはなりません」
「……」
「いずれは帝国に憲法も作らなければならないでしょう」
「!」

憲法! ブラッケを見た、彼も驚いている。帝国に憲法を作る、皇帝の権力に制限をかけるというのだろうか、神聖不可侵の銀河帝国皇帝に。本気だろうか、息が止まるような思いで司令長官を見た。司令長官は穏やかな表情で天井を見ていた、静かな目だった……。





 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧