ダタッツ剣風 〜悪の勇者と奴隷の姫騎士〜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三章 贖罪のツヴァイヘンダー
第45話 王国の夜明け
ダタッツの、右腕を対価に放った螺剣風により、勇者の剣は破壊された。
「ダタッツ! ヴィクトリア様ッ!」
その瞬間を見届けたロークは、倒れたまま動かない二人目掛けて、弾かれるように走り出す。
――だが。
『ヤドリギガ……ヤドリギガッ!』
「ッ!?」
戦いは終わっても――全てが終わったわけではなかった。
折れた勇者の剣から伸びる黒い影が、煙のように立ち上り――行く手を阻むようにロークの前に現れたのだ。
「な、なんだあれは!」
「あれが勇者の剣の実態……!」
「いけません! ローク、逃げてッ!」
「下がるのだ、ローク君! その剣に近づくなッ!」
その現象に驚愕する他の者達は、言い知れぬ不気味さを覚え、ロークに引き返すよう呼び掛ける。
だが、一刻も早くダタッツの元へ行きたい少女騎士は、その言葉に素直に従うことができなかった。
彼女は息を飲むと、腰の短剣を握り締めて、自身の目の前に現れた闇を睨みつける。
「お前か……全部、お前のせいかッ!」
『……オマエカ、オサナキムスメ。ニクイダロウ? オマエノナカニモ、ニクシミガアルダロウ?』
「お前のことなら、ダタッツから聞いてる。その手には乗らないぞ!」
『ホントウニイイノカ? ニクイチチノカタキヲ、ウタナクテモ。イマガゼッコウノキカイダ、ツギハナイゾ』
「な……なんだと?」
だが、闇の影は悪びれる様子もなく。そればかりか諭すような声色で、黒い暗雲を広げていく。まるで、少女騎士を飲み込もうとするかのように。
本来、勇者の剣は勇者にしか扱うことはできない――。その理由は、剣そのものが同郷の者を望み続けていたことにあった。
勇者の血縁に当たらないロークに白羽の矢が立てられたことは、その拘りを捨てざるを得ないほどに、勇者の剣が追い詰められていることを意味している。
『イママデ、ツライオモイヲシテ、イキテキタノダロウ? コロシテヤリタイホドニクイハズ。ナノニ、オンハアルシ、ワルイヤツトモオモエナイ。ムシロ、スキトオモウジブンモイル』
「……」
『ダガスクナクトモ。オマエノチチハ、アヤツヲニクミ、コロソウトシタ。オマエノシアワセノタメ、アエテ、ソノミヲニクシミニソメタ。ダカラアヤツモ、ゼンリョクヲダシタノダ。ニクシミコソ、ヒトヲツヨクスル。ニクシミガ、ヒトヲ、コヲマモルノダ』
かつてないほど饒舌に言葉を並べ、闇はロークの小さな身体に纏わり付いていく。未成熟なその肢体を、爪先から頭頂まで舐め回すように。
一方、ロークは動揺した面持ちで、ダタッツと――勇者の剣を見つめていた。
(父上は、オレのためにダタッツを憎んでた……。なら、憎しみを持つことは、正しいってこと……? 父上が、そうしたのなら……オレも……)
そして、勇者の剣の柄に、自然と手が伸びて行く。その掌に、妖刀を握るために。
父への想いを何より重んじる彼女は、闇の誘いに促されるまま。憎しみに囚われる自分を、肯定しようとしていた。
『サァ、ワレヲツカエ。ソシテ、フクシュウヲハタセ……』
ダイアン姫やバルスレイが、外から叫び続けているが――もはや、誰の声も少女騎士には届かない。彼女は、彼女自身の意思で、剣を握ろうとしている。
(でも……父上は、オレに……)
だが。父への愛情は、ロークに過去の記憶を蘇らせて行く。それは、自身に付けられた名の由来。
父が成せなかった、騎士の理想。そして――娘に託した願い。
「父上……ごめん」
それに、辿り着いた瞬間。勇者の剣に伸びていた手は、動きを止め――彼女の眼差しが、闇を貫き。
「はぁあぁああッ!」
弧を描くように振るわれた短剣の一閃が、彼女に纏わり付く闇を一掃するのだった。
『……ナゼダ! ナゼヤドリギニナラヌ! ワレヲコバメルモノナド、イルハズガ!』
「父上は願った。ダタッツは信じた! オレは、本当の騎士になるって!」
『ナラバ、ケンヲトレ!』
「いいや、取らない。オレが騎士になるには、強くならなきゃいけない。お前なんかに甘えない、本当の強さが必要なんだっ!」
そして、高らかに宣言する。自分は決して、憎しみになど染まらない。勇者の剣の呪いになど、屈しないと。
そう。彼女は打ち勝ったのだ。
当代の勇者でも、勇者の末裔でも敵わなかった、「自分」という天敵に。
『――オノレ! ヤドリギサエアレバ、ヤドリギサエアレバ……!』
そんな少女騎士の、毅然とした態度を前に。闇は、人の形になると――逆上したかのように猛り狂い、彼女の喉首を両腕で吊るし上げた。
「あ、がっ……!?」
『ワレニシタガエ。ワレヲウケイレロ! オマエハヤドリギダ、ワレノ――!?』
そして、もがき苦しむロークに服従を迫るが――その言葉が最後まで続くことはなかった。
『ア、アァアァア! キエル! ワレガキエテイク! ワレガァァアア!』
次いで、絶叫と共にのたうちまわり、人の形が溶けるように崩れて行く。そんな闇の後ろでは――
「ヴィクトリア……様ぁ……」
「……よく、戦ってくれた。素晴らしかったぞ、ローク」
――ヴィクトリアが父の形見で、勇者の剣を粉々に粉砕していた。その瞳は、憎しみも怒りもなく――青く澄み渡る空のように澄んでいる。
彼女の眼差しは、苦悶の声を上げて消滅していく闇を、哀れむように見つめ続けていた。
「……この黒い影は、私の未熟な心が生んだ――私という人間の正体なのだろう。先に、地獄へ沈むがいい。いつの日か、私も相応の報いを受ける……」
『アァ……ヤドリギ、ヤド、リ、ギ……』
黒い影が完全に消え去り、声も聞こえなくなる頃。感涙を浮かべ、自身に寄り添うロークを抱き締め、ヴィクトリアはダイアン姫達に――どこか儚い、微笑みを送る。
「姫様。陛下。遅くなりましたが……ただいま、戻りました」
「えぇ……お帰りなさい、ヴィクトリア」
「よくぞ、帰ってきてくれたな……」
そんな彼女に、ダイアン姫と国王は、優しげな笑みで答え――ヴィクトリアの元へと駆け寄って行く。
ついに、闇を打ち払った王国の人々。そんな彼らの背中を見つめ、バルスレイも肩の荷が下りたかのように胸を撫で下ろす。
「さぁ……ヴィクトリア、下がっていて。ダタッツ様の治療を始めます」
「姫様。その前に御自身の両腕を……」
「大丈夫です。わたくしなど、彼に比べれば遥かに軽傷です」
「そうですか……本当に、強くなられましたね。――愛の力、ですか」
「……か、からかわないで下さい」
「からかってなどおりません。帝国勇者――否、勇者ダタッツ殿ならば……そうなってしまわれても、不思議ではない。今なら、そう思えます」
「もう……」
そして、右腕を失ったまま気を失っている、この国の勇者を見つめ。ダイアン姫は、己の中に眠る神秘の力を、惜しむことなく解き放っていく。
その輝きには、躊躇いも迷いもない。ただ一途に、愛する男を癒す女として。ダイアン姫は、神に許された魔の力を、行使する。
やがて、新緑の光がダタッツの身体を――この空間を包み込み、空にまで届く頃。
王国を包んでいた夜は明け――眩い太陽が、希望を灯すように煌めいていた。
ページ上へ戻る