ダタッツ剣風 〜悪の勇者と奴隷の姫騎士〜
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第二章 追憶のアイアンソード
第29話 山村に迫る影
――王国領のとある山奥に、森に包まれた村がある。
城下町の活気には劣るが、のどかな自然に包まれた賑やかな村であり、城下町から遠く離れているため、戦場にされることもなかった場所だ。
元は小さな村だったのだが、戦火を逃れて迷い込んで来た難民が多く集まり、現在では町と呼んでも差し支えない規模に成長している。
さらに、この村で取れる作物は栄養価が高いことで評判であり、定期的に王宮への献上品として運ばれていた。
今日は、その献上を終えた者達が帰って来る日――なのだが。
「おかしい……遅過ぎる。本来ならば夕べには帰って来れるはずだが……」
茶色の髭を蓄えた壮年の村長は、村の入口をうろつきながら、眉間にシワを寄せている。そんな彼の背中を見つめる門番達も、不安げな表情を浮かべていた。
「戦争が終わって、もう二年になる。道中で戦いに巻き込まれたわけでもないだろうし……一体、何があったというんだ」
「お父さん! まだお母さん達、帰ってきてないの!?」
すると、村長の後ろから澄んだ声が響いてくる。その声の主は、息を切らしながら門前に駆けつけてきた。
亜麻色の短髪をふわりと風に揺らし、父のそばへ駆け寄る少女。彼女は緊張した面持ちで、門の向こうから帰ってくる――はずの母を待ちわびていた。
白い柔肌、水色に澄んだ瞳、純朴な顔立ちに、歳不相応に育った身体。そんな村一番の器量と評判の彼女であったが、母を案じるその表情は暗い。
「ベルタ、心配するな。お前は家に帰っていなさい」
「だって……」
「……少し予定が変わったのだろう。なに、じきに帰ってくるさ」
「……うん」
村長は娘に心配をかけさせまいと、諭すような口調で宥める。ベルタと呼ばれた少女は、そんな父の言葉に腑に落ちないと感じながらも、素直に従っていた。
「……」
――そして、彼ら親子の背中を見つめる、一振りの剣を携えた少年が、一人。
赤いマフラーを靡かせながら、門の向こうへと神妙な視線をむけていた。
「おーい、タツマサ君! こっちの薪割りも手伝ってくれんかね!」
「あ、はい!」
しかし、他の村人に呼びかけられると、彼はその表情を一変させ、朗らかな笑顔で振り返る。
そんな彼の視界には、村名物の大浴場を沸かすための薪割りに参加する村人達の姿があった。彼らの呼びかけに応じ、タツマサと呼ばれた少年は早足でその場に駆けつけて行く。
「おっ、タツマサ君のオハコが久々に拝めるな!」
「ハハハ、この前みたいに頭に薪をぶつけないでくれよ!」
「任せてください!」
少年は自分に注目する村人達に笑顔を向け、太く大きな丸太に歩み寄る。そして――
「……はぁあああッ!」
――天に向け、勢いよく丸太を蹴り上げた。太陽の後光を浴びた丸太が、青空へ舞い上がり――その影が、少年を覆う。
「たぁあぁッ!」
さらに少年は、丸太の高さまで跳び上がり。腰に提げた銅の剣を引き抜くと、瞬く間に丸太を空中で切り刻んでしまった。
切り裂かれた丸太は幾つもの木片――薪と成り果て、地面に降り注ぐ。
その無数の薪は、幾重にも積み重なり、山となっていった。最後に少年がひらりと地上に降り立つと、村人達から拍手が沸き起こる。
「おおっ、今日は何も頭に降って来なかったな! ツイてるぞタツマサ君!」
「はは、もう大丈夫ですよ。今までの俺とは一味……いだっ!?」
だが、宙へ跳んだ弾みですっぽ抜けていたのか――少年の腰から失われていた剣の鞘が、彼の脳天に直撃してしまう。
その痛みに頭を抱える彼の姿を目の当たりにして、村人達は揃って笑い声を上げた。
「がはははは! まだまだこれからだな、タツマサ君! もっと腕を上げるまでは、普通に切った方がいいんじゃないか?」
「そーそー、今にたんこぶじゃ済まなくなるぞ、ははは!」
そして、少年の一芸に気を良くした彼らは、満足げな表情で各々の仕事に戻っていく。少年はそんな村人達の背中を見遣りながら、痛みを堪えて薪を運び始めるのだった。
(この村に流れ着いて、もうじき一年か……。戦争の難民が多く集まったこの村に少しでも貢献できれば、償いの一つにはなるかもと思って働いてきたけど……こんなことで、いいんだろうか。共に笑い合って、いいんだろうか……)
その眼差しが、再び神妙な色を帯びようとする――瞬間。
「タ、タツマサくん。大丈夫なの? 痛くない?」
「……平気、平気。俺のことなら心配いらないよ、ベルタ。それより……」
少年の身を案じてか、村長の娘――ベルタが慌てて駆け寄ってくる。彼女は心配そうな表情で、一つ年下の少年の頭をさすり、顔を覗き込んできた。
そんな彼女を元気付けるため、少年は無理矢理笑顔を作るが――その作り笑いも、やがて消えてしまう。門の近くで、深刻そうに話し合う村の重鎮達の姿を見る彼の目は、不穏な事態を予感しているようだった。
少年の面持ちから意図を察したベルタの表情も、深く沈んでいる。
「……さっき、お父さん達が話し合ってるのを聞いたの。今晩、近隣を見回る捜索隊を作るって……」
「本当か?」
「うん。村のみんなに心配はかけられないから、少人数で行くって言ってた……」
戦争が終わった今、戦いに巻き込まれたとは考えにくい。しかし、戦争が終わったからと言って平和が訪れるとは限らない。
むしろ世情が大きく変わる分、その時流に乗れなかった人々が、生きるために盗賊に成り果てるケースだってある。
まして、ここは山奥の村であり、敗戦国の地。帝国の支配体制が不完全である今を見計らい、略奪を目論む賊が現れても不思議ではない。
(この村に足を踏み入れる前に、山をうろついていた山賊共は軒並み排除したはずだが……何も知らない他地方の賊が入って来たのか? それとも猛獣……?)
だが、この山に巣食っていた盗賊の類は、一年以上前に少年によって壊滅させられている。それを知らない村人達は賊の可能性を考え、少年自身は猛獣の線で考えていた。
(……だが何にせよ、苦しみの果てにこの村へ辿り着いた人々を、無為に脅かす連中を野放しにはできん。これ以上、この国の人々を悲しませはしない……!)
そして、少年はある決意を固める。
「ベルタ、村長に頼んでくれないか。――その捜索隊、俺も入れて欲しいんだ」
「タツマサくん……!?」
――かくして、かつて帝国勇者と呼ばれた少年は、初めて「王国のため」に立ち上がるのだった。
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