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ダタッツ剣風 〜悪の勇者と奴隷の姫騎士〜

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第二章 追憶のアイアンソード
  第19話 勇者の資格

 異世界に突如召喚された少年、伊達竜正。
 彼は今。帝国の勇者として帝国製の鎧と兜を身に付け、剣の稽古を受けていた――

「うがぁッ!?」
「……ふざけた話だ。このような素人の少年が勇者とはな」

 ――が。

 三ヶ月以上も続いているバルスレイ将軍との稽古の中で、一本も取れない状況が続いているのだった。

 召喚されて間も無く、竜正は皇帝からこの世界の説明を受け、自分が何の為に異世界から召喚されてきたかを知らされた。
 帝国と王国の戦争。数で勝る帝国を圧倒する、アイラックス将軍の存在。その対策として残された最後の手段である、勇者召喚の儀式。
 それら全てが、皇帝の口から語られたのである。

 ――この戦争を終わらせなければ、元の世界に帰すことはできない、ということも。

 勇者として召喚された時点で、竜正は常人を超えた身体能力を宿されていた。その力に物を言わせれば、元の世界への帰還を強要することも出来ただろう。
 ――しかし、竜正はそれをしなかった。否、出来なかったのだ。

 祈るように自分を見つめる、皇女フィオナの瞳。王国への遠征で我が子を失った遺族の、すすり泣く声。
 それらを目の当たりにした竜正は、強硬手段に踏み切れず――勇者として戦い抜き、一日も早く母の元へ帰ることを選んだのである。

 しかし……ごく普通の中学生として生きてきた竜正には、当然ながら剣の心得などない。それでも勇者として与えられた身体能力を駆使し、大抵の帝国騎士には勝つことも出来た。

 ――だが。帝国騎士の頂点に立つ、バルスレイ将軍は別格であった。

 素人ゆえに無駄が多く、隙だらけだった竜正は、老練な技術を持った彼により徹底的に叩き伏せられてしまうのだった。
 刃を潰した訓練用の剣とはいえ、すでに竜正の身体は痣だらけである。

「くそっ……! こんな、ことで……終われるかっての……!」
「ほう、あれだけ生身の部分に打ち込んでやったのに、まだ動けるか。打たれ強さだけは伝説通りだな」

 しかし、バルスレイに勝てないからといって、諦めるという選択肢はない。彼に勝って戦場で戦えることを証明しなければ、戦いに参加することもできない。母に会える日も、遠ざかって行く。
 元の世界へ帰るには、強くなるしかない。強くなって、勝つしかないのだ。

「だが、それだけだ。今の貴殿では、アイラックス打倒の切り札になどなり得ない。そればかりか、『勇者の剣』を抜く資格すらあるまい」
「んだとッ……!」
「――そうではない、というのなら剣で証明して見せよ。戦場では強者こそが正義。口先など糞の役にも立たんということを覚えておけ」
「……このぉぉおッ!」

 帝国の練兵場に、少年の雄叫びと悲鳴、そして剣戟の音が響き続ける。それは夜の帳が下りるまで、絶え間無く続いていた。

 ――その戦いが、ひとまずの終わりを迎える頃。

「……はぁ」

 バルスレイが去った後の、荒れ果てた練兵場の中で。竜正は一人、練兵場の中心に仰向けで寝そべり、地球と変わらない夜空を見上げてため息をついていた。

(母さん、今頃どうしてるのかな……。心配、してるよな)

 やろうと思えば、バルスレイの目を盗んで皇族を脅し、地球への送還を強いることも出来ただろう。だが、それをやってしまえば、あの幼い皇女は深く悲しむに違いない。
 そうまでして母の元へ帰ったとして、果たして自分は耐え切れるのだろうか。いや、できない。

 人を悲しませて自分だけ逃げるなんて、できない。――そんな情が、竜正をこの世界に繋ぎ止めているのだった。

「勇者様?」
「……あ、フィオナ様」

 その時。竜正の顔を覗き込むように、十歳前後の幼い皇女が顔を出してきた。さらりと下に垂れた銀髪が、月光を浴びて幻想的な輝きを放つ。
 ――病弱ゆえ、昼間の陽射しに耐えられない彼女は、夜中にしか散歩にも出られないのだ。無論、彼女からやや離れた練兵場の隅には、護衛の近衛騎士が数人控えている。
 彼らは勇者とはいえ、ぽっと出の存在でしかない竜正が気にくわないのか、彼に対しては厳しい視線を向けていた。

「そのように畏まらないでくださいまし、勇者様。……どうかフィオナ、とお呼びください」
「そ、そっか。えーと……じゃあ、フィオナ」
「はい」

 皇女という地位ゆえに、対等な友人などいなかった彼女にとって、竜正の存在は非常に大きいものであった。それゆえに彼女は、呼び捨てにされた瞬間――月明かりにも勝る美しい笑顔を、彼に向けるのである。

「勇者様、今日もお疲れ様でしたね。でも、あと一息ですわ。今まで涼しい顔をされていたバルスレイ将軍が、初めて汗をかいていらしたもの。城の窓から見ても迫力が伝わるほどの、接戦でしたわ」
「勝てなきゃ意味ないさ……。早くバルスレイさんに、認めてもらわないとなぁ。」
「……一日でも早く、お母様の元へ帰るため、ですか?」
「ああ。……きっと、母さんも心配してるから」

 そう語る竜正の目には、眼前の美少女ではなく――視界に広がる夜空の、遙か彼方に在るであろう自分の世界が映されていた。
 一方、フィオナはそんな彼の様子に顔色を曇らせていた。戦争が終われば、彼はこの世界からいなくなってしまう。そう考えてしまったからだ。

「それよりさ。君も、俺のこと勇者様って呼ぶの、やめなよ。別に俺、まだ勇者として認められたわけでもないらしいからな。『勇者の剣』ってのを貰って、初めて正式に認められるんだろ?」
「確かにそうですが……しかし、私にとって勇者様は既に、本当の勇者様なんです」
「本当の?」
「……はい」

 だが、母に会いたいという彼の願いを無下にはできない。その葛藤に苛まれている彼女は、傷と剣だこだらけになった竜正の手に、白く瑞々しい自分の掌を重ねる。

「私、勇者を召喚すると決まった時……本当は、怖くて仕方がなかった。逃げ出したくて、たまらなかったのです」
「怖い……? 勇者が?」
「……はい。古に伝わる魔王すら屠る存在であるということは、それ以上の力の持ち主であるということ。もし、何かの拍子に勇者様のお怒りに触れるようなことがあれば、この帝国は……民はどうなってしまうのかと……私はずっと、不安だったのです。先代勇者のような、正義と愛に溢れた傑物が来るという確証など、ありませんから」
「そっか……ただただ強い上におっかない奴だったら――って考えたら、そりゃあ怖いよな」

 左右に首を振り、肩を震わせて語るフィオナ。そんな彼女の様子を見遣り、竜正は召喚術者として彼女が背負っていたプレッシャーの重さを垣間見るのだった。

(でも、それって俺が本当の勇者だって話と、どう関係あるんだろう?)

 ――フィオナの考えに、少しばかり首を傾げながら。

「だから、初めて勇者様にお会いした時は……驚きましたわ。私と数歳程度しか離れていないような人が、本当にあの、伝説に伝わる勇者様なのか――と」
「あはは……確かに、そりゃあ拍子抜けだな。厳ついおっさんが出てくるかと思ったら、俺みたいなガキだもんな」
「……けれど。今ならわかります。そんなあなただからこそ、真の勇者なのだと」
「俺、だからこそ?」

 フィオナの言葉に、竜正はさらに混乱する。自分に、勇者としてどんな適性があるというのか――と。

「バルスレイ将軍は……比類なき強さを誇る帝国最強の武人。戦った相手は、訓練であっても瞬く間に戦意を失ってしまう――と言われています。私も、彼に挑んだせいで剣を握れなくなった騎士を何人も見てきました」
「そっ……か。そうだよな。確かにあの人、恐ろしく強いもんな」
「――けれど。あなたは何度彼に打ち倒されても、怯むどころか益々戦意を燃やして、立ち向かって……。あんな風に戦える騎士を、私は今まで見たことがありません」
「あ、あれは単に往生際が悪いだけだよ」

 自分をしきりに褒め称えるフィオナの言葉に、照れ臭さを覚えたのか――竜正は頬を染めて自虐する。だが、そんな彼の言葉に、銀の姫君は小さく首を振って否定するのだった。

「いいえ。私は――あなたの戦いを見て、ようやく理解しました。勇者……すなわち勇気を持つ者とは。魔王さえ凌ぐ絶対的な強者などではなく――如何なる相手にも立ち向かえる心の持ち主を指すのだと」
「立ち向かえる、心……?」
「……私は今まで、自分の身体の弱さに甘えて……昼間でも室内に塞ぎ込んだままで、外の景色を見ようともしませんでした。けれど、練兵場から聞こえてくるあなたの叫びが……私をここへ誘ったのです」
「……」
「もし。恐れることなく、バルスレイ将軍に立ち向かって行くあなたの勇気を目にすることができなかったら……私は今も、こうして外に出ることもなく、自分の弱さに屈していたに……違いありません」

 言葉を重ねるフィオナは、徐々に語気を強めて行き――やがて竜正の手を、か細く白い両手で懸命に握り締めていた。
 その儚くも気高い彼女の瞳は、竜正の眼を真っ直ぐに射抜いている。

「だから私は……私に勇気を授けて下さったあなたを、勇者様とお呼びし――お慕い申し上げるのです」
「フィオナ……」
「例えあなたが違うと仰っても。私は、あなたを勇者様と呼び続けます。力ではない強さで人々に勇気を与えるあなたこそ、真の勇者なのですから」

 そんな彼女の、愚直なまでの素直さに――竜正は苦笑いを浮かべて、自分の手を握る白い肌を見遣るのだった。

「……真の勇者、か。随分、ハードルが上がっちゃったな……」

 今の自分に出来ることなど、たかが知れている。
 それでも。目の前で、自分を慕うと宣言した少女のために――ほんの少しでも、前に進まねばならないと。

(ここで俺が頑張らなきゃ……この娘の想いも、裏切っちゃうんだよな)

 ――少年は、人知れず誓うのだった。
 
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