SAO-銀ノ月-
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第百十七話
「クソッ……! クソッ……!」
息を咳ききって洞窟内を走る。そのHPはレッドゾーンに突入しており、妖精のアバターはどこもかしこも痛ましく欠損していた。しかし今の彼には、そんな風体に構っていられる暇はなかった。
「クソがッ!」
幾度となく吐かれる憎しみの感情が込められた言葉は、洞窟内に反響するのみで誰の耳にも届くことはない。洞窟の壁に思い切り拳をぶつけるものの、破壊付加オブジェクトの表示が出るのみだ。八つ当たりにもならないその壁に、男は思いっきり舌打ちした。
「ヘッ……」
しかし男は急に気をよくしたように、口角を上げてニヤリと笑う。遮二無二逃げてきたのが幸いしたか、どうやら男の追っ手はいないようだ。その洞窟内から脱出しようと、光が覗く横穴に向けて歩きだす。
――そうだ、まだ終わってなんかいない。こうして生き残ったのが何よりの証拠だ――と、男は思考の全てを次の案について巡らせていた。どうせこの世界ではいくら死のうが問題ないのだと、そう考えながら、まるで希望のような光の中に戻っていく。
「久しぶり……だろ?」
――しかしそこには、ある絶望が待っていた。逆光の影響で男は気づくことはなかったが、光の先にあるプレイヤーが立っていた。
男が着ていた白いポンチョならば、その真逆の色をした黒い服。同色の髪と目の色をして、二刀を鞘から抜きはなった、少年のアバターをしたプレイヤー――
「黒の……剣士ィ……!」
「……もうそいつは死んだんだよ。あの浮遊城と一緒にな」
ポンチョで姿を隠した男の地獄から轟くような憎しみの声に、《黒の剣士》――キリトはどこか寂しげに、哀れなように返答する。あの浮遊城の亡霊の1人であるプレイヤーキラーたちのリーダーに、引導を渡す義務があるとキリトは待ちかまえていたのだ。
「何言ってんだ……ここにあるじゃねぇか! あの浮遊城はよ!」
「終わったんだよ……この浮遊城は、あの頃とは違うんだ」
顔や姿をすっぽりと隠すポンチョと、格好だけはかの最強の殺人プレイヤーを思い出すが――もちろんあの人物ではなく、余裕をなくした男は激昂して叫ぶ。そして傷ついたポンチョはその姿を維持できず、ポリゴン片として消滅し男は姿を晒す。
「ジョニー・ブラック。お前はあの男にはなれないんだ」
あの《笑う棺桶》のナンバー2とも言うべき人物だが、他の幹部クラスとは違って幼さが目立っていた人物。アインクラッド時代から変わらぬアバターの筈だったが、その表情はキリトへの憎しみで醜く歪んでいた。
「テメェ……テメェが……!」
彼の目的は『PoHになること』だった。自分の傘下であるギルドを陰から操り、浮遊城という一つの世界を混乱に陥れ、自らもその混沌の中に踊る。そして歪んだプレイヤーたちのカリスマになり、事実上の世界の支配者になる――と、往年の彼が憧れていたPoHにだ。
そのためにグウェンのギルドを吸収、利用しながら、シャムロックの登場により不安定さを露呈していたこの世界を暗躍していた。その状況を利用して、PoH本人から聞いていた浮遊城攻略前半に起こした騒動をなぞり、昔の浮遊城と『PoH』を再現しようとしていた――が。
元々この世界にいたプレイヤーたちにとって、仮想敵となるはずだったシャムロックの、特にそのリーダーであるセブンは、ユウキという少女と友人になった。その友人の友人とも、ギルドメンバーとも――この世界を共に遊ぶ誰とでも。
ジョニー・ブラックは分からなかった。疑心暗鬼が渦巻くデスゲームだった浮遊城と、ただ楽しく遊ぶだけだった浮遊城の違いが。
そしてただ利用していただけの筈だったグウェンは、ルクスという『友達』に彼らの情報を渡し、シャムロックへの奇襲攻撃も失敗することとなった。先程までは、何度でもやり直せる――などと思っていたことを忘れ、ジョニー・ブラックは赤銅色に輝くナイフを取り出した。
「テメェが――!」
自分がどうして『PoH』になれなかったのか――その理由も分からず、ジョニー・ブラックはただ、目の前のキリトに全ての憎しみをぶつけるべく走りだす。風と同化したような突進に、ソードスキルの光が灯る。
――もはや死に体のその身体では、キリトには止まって見えることと同義だったが。
「俺たちが遊んでる世界に……あの世界のことを持ち込むな!」
キリトの二刀が閃光のように煌めくと、一瞬にしてジョニー・ブラックのアバターはこの世界から散り散りとなった。もはやリメインライトすら残らないほどのオーバーキルに、キリトは何の感情も見せずに二刀を鞘にしまった。
そしてプレイヤーキラー集団は瓦解した。確かにこの世界においていくら死のうが、現実の世界で死をもたらすような事はない――が、どうしようもなく感じてしまうことがある。
――敗北感だ。
「勝ったかな」
「気が早いわよ」
黒鉄宮。はじまりの町にぞろぞろとたむろしていていると、何回目かに呟いた言葉に、リズが即座にツッコミを入れてきた。腕を組みながら壁に寄りかかっていると、ここより上の層を見通すように空を眺めた。
PK集団との戦い――というよりは一方的なリンチの後、俺たちは揃って《黒鉄宮》に転移してきていた。今もフロアボスと戦っているだろう、スリーピング・ナイツたちの名前が刻まれるこの場所――つまり戦いが終われば、必ず訪れるこの場所で。
「言いたくもなるだろ、これじゃ」
「……まあ、凄い迷惑なのは分かるわよ」
黒鉄宮で待っているのはいつものメンバーだけではなく、共にプレイヤーキラーたちと戦った、シャムロックの面々もだった。1パーティーのみでのフロアボス攻略という前代未聞の事態に、1人のプレイヤーとして最後まで当事者でいたいとのことで。リーダーであるセブンが最初から友好的のため、フロアボスという敵対する理由がなければ、特に対立する理由がないのも確かである。同じくクラインやルクスのように、最初からセブンのファンであるメンバーなどは、積極的に語り合っていた。
……おかげで黒鉄宮一帯を独占しているようで、とても道行く無関係のプレイヤーには迷惑だろうが。
「でもこれ、よく考えたらチャンスじゃない? みんな武器の耐久値下がってるだろうし、この人数ならメンテナンスだけでも、割といい値段に宣伝になるし……」
「確かに。よし、やろ」
「いらっしゃいませー! リズベット武具店でーす!」
「……早いな」
なにせ自分たちとシャムロックとの戦いに、プレイヤーキラーたちとの戦いと、連戦を繰り広げてきているのだ。自ずと武器や防具の耐久値は減っているのは当然であり、それを直せるのはレプラコーンである自分たちだけ――と俺も考えた矢先に、もうリズはコンパクトな鍛冶セットを広げ、客寄せを行っていた。
そんな彼女に苦笑いしながらも、俺も揃ってコンパクト鍛冶セットを広げた。予想通りにシャムロックのプレイヤーたちが食いつくものの、それらのプレイヤーは全てリズの列に並んでいく。
……自分が客だったら同じことをするだろうが、いざ当事者の立場となると怒りが舞い込んできた。とりあえずメンテナンスにかこつけて、リズについて馴れ馴れしく話しかけたシャムロックのプレイヤーに、眼光だけで殺気の威圧を込めておく。
「……メンテナンスを頼む」
「いらっしゃい」
こちらからの殺気に反応したベテランVRプレイヤーが、1人、また1人とリズとの会話を切り上げて去っていく。キチンとメンテナンスが終わってから、リズに纏わりつくと殺気が発生するので、お客様である間は丁重に扱うお店である……と評判にならないだろうか。そんな中でこちらにメンテナンスのお願いが来たので、珍しい奴がいるものだ――と、顔を見てみると。
「……スメラギ」
「ああ。礼が遅れたが、今回のことは礼を言いたい」
見知った顔だった。刀のように鋭い目つきに目立つ長身のウンディーネ、シャムロックのリーダーたるスメラギの姿だった。リズベット武具店からお求めいただいた野太刀を受け取ると、ひとまずは刃に砥石を添えていく。
「随分傷ついてるな……制作者としては、嬉しいやら悲しいやら」
「……言っておくが。その損傷は全て、お前とのデュエルでついた傷だ」
「…………」
値段以上に念入りな手入れをしてやろうと決意すると、野太刀の状況を改めて確認する。真新しい傷は目立つが、刀身に歪みはなく古い傷跡は見当たらない……どうやら、大事に使ってくれているようで、自然と顔がほころんでいた。
対するスメラギはいつもの仏頂面だったものの、俺の手の中で傷を癒していく野太刀を見ながら、静かに口を開いていた。
「セブンの件。お前たちがいなければ、この未来はなかった……ありがとう」
スメラギの視線の先を追うと、二人きりで話すセブンとレインの『姉妹』の姿が見受けられる。最初はセブンが『自慢のお姉ちゃんをシャムロックのみんなに紹介して回る!』などといってレインを真っ青にしていたが、何とかひとまずは二人でゆっくり話すことに落ち着いたようだ。もう数十年と会っていなかった、というのがまるで嘘のように、二十年来の友人のように語り合っていた。
「お礼はどうも。でも、これからどうするんだ? シャムロック」
結成されたシャムロックはいわば、セブンがこの世界での実験を成功させるためのチームだ。その実験はユウキにフロアボスの攻略を譲ったことでほぼ失敗し、何より、もう姉を見つけたセブンに実験をやる必要はないし、する必要もない。
ならば、このシャムロックというギルドは、これからどうなってしまうのだろう。気になっていたことをスメラギに問いかけると、スメラギはその仏頂面を崩さないままに返答する。
「このままだ。セブン……七色が違う仕事にも従事することになるから、規模は縮小するだろうが」
「…………」
そういえば、セブンはこのALOには『実験』という体で来ていたため、実験が頓挫した今はまた別の仕事が待っているのだろう。そうなればアイドルの仕事も含めて、ログイン出来る頻度は当然下がるだけでなく、実験の頓挫の責任――などといった話にまで、繋がることもあるのだろうか。もちろんそんな事態に対しては、俺は門外漢だが……
「手が止まっているぞ。……大丈夫だ。そういう後始末が俺の仕事だからな」
そんなこちらの心配そうな視線が伝わったのか、スメラギはこちらの動きを注意しながら、そんなことを呟いていた。慌てて手を動かすものの、もはや野太刀のメンテナンスはほとんど終わっていた。最後の仕上げをしていくと、スメラギから代金が支払われた。
「……俺個人としてもだが。二回も負けたまま引退してはられん」
「はいお待ち……お手柔らかにな」
「そこは『いつでも受けて立つ!』でしょー?」
今のところはこちらの二戦二勝の戦いに、スメラギはリベンジを誓うようにニヤリと笑う。もちろん、セブンたちが引退するようなことにならないのは嬉しいが、出来ればわざわざ戦いたくはない。そう思いながらメンテナンスの終わった野太刀を渡すと、隣のリズからヤジが飛んできたのを無視する。
「助かった。……勝つにしろ諦めるにしろ、そろそろだろうが」
スメラギは野太刀をしまいながら、転移門の方を見てふと呟いた。そう言われて確認してみれば、スリーピング・ナイツのメンバーがフロアボスに挑戦して、もう随分と時間が経っており、そろそろこの第一層に戻ってきていい頃だが――と、気にしていると。
転移門が白く輝きだしていく。どこかからこの層にワープしてくる者がいる証であり、近くにいたプレイヤーは距離を取っていく。さらに転移門から黒鉄宮にまで、プレイヤーたちは自然と道となるように列を作っていた。
「凱せわぁっ!?」
光が収まったとともに、笑顔のノリが現れた――と思ったその瞬間、大量のプレイヤーが雪崩のように転移門の前に現れ、ノリを始めとした前方に現れていたプレイヤーは雪崩に巻き込まれていた。その雪崩のようなプレイヤーの中には、スリーピング・ナイツのメンバーも見て取れたが、ほとんどはシルフとケットシーのプレイヤーだった。
「うーん、やっぱりこうなっちゃうヨネー」
「だろうな」
雪崩のように倒れてきたプレイヤーたちに、俺たちがどんな反応をすればいいか分からず圧倒されていると、転移門が光りさらに二人のプレイヤーが現れていた。見覚えがある人物だと思えばそれもそのはず、ケットシー領主のアリシャ・ルーに、シルフ領主のサクヤだった。
「何人まで同時にワープ出来るか気になったんだけどネー。大丈夫ー?」
「大丈夫!」
……どうやら転移門に全員で飛び込んだらしく、何やら覚えがありそうなキリトが苦笑いしていた。アリシャ・ルーが倒れたプレイヤーの雪崩に声をかけると、その中から1人のプレイヤーが立ち上がり、こちらにVサインを向けていた。
「――勝ったよ!」
ユウキのはちきれんばかりの笑顔からそう宣言され、呆気にとられていたメンバーから歓声が上がる。ユウキはその歓声に答えるように手を振っている間に、倒れていたプレイヤーたちも続々と起き上がってきた。
「でも……サクヤたちまで何でここに?」
「それは……」
「色々、縁があってな」
シルフ領のメンバーとは知り合いであるリーファが聞いてみると、ノリがちょっと言い辛そうに口を挟んだ後、サクヤが面白そうに話しだした。どうやら俺たちが第一層に行った後、一度はフロアボスに敗北してしまったらしく――一度で勝てる方がおかしいのだが――もう一度挑戦しようとしたところ、他のギルドがフロアボスの部屋の前で壁を作っていて。強行突破しようとしたところ、同じくボス攻略に来ていたシルフ・ケットシー連合軍に助けられた、とのことで。
「そっか……ありがとね、サクヤ」
「何。リーファの友達なら助けるのは当然だ」
「まさか本当に倒して来ちゃうとは思ってなかったヨ……」
アリシャ・ルーが冗談めかして言った言葉に、その場にいた者が一様に苦笑いを込めていた。ところで位置が悪くて見えないからなのだろうが、リーファに散々『僕も! 僕もいるよリーファちゃん!』と言わんばかりに自己主張する、レコンにもお礼を言っておいて貰えないだろうか。スリーピング・ナイツを助けてもらったのは、恐らくは知り合いの彼の進言もあったのだろうが、それがリーファに届くことはなくレコンは人の波に飲まれていく。
「でもあんな見送られ方してさー。まさか一回負けたとかカッコ悪くない?」
「勝ったからよしで。それより、早く黒鉄宮見に行きません? ちょっと人数が」
このまま話し込んでしまいそうな雰囲気だったが、テッチの言う通りに人口密度が明らかにおかしかった。スリーピング・ナイツを加えたいつものメンバーに、シャムロックの攻略隊にシルフとケットシーの連合軍。そのどれもがフロアボス攻略を目指していたため、自分たちも含めて大人数の重武装であり、明らかに黒鉄宮前の収容人数をオーバーしていた。
「確かに。じゃあ……名前が書いてあるとこどっち!?」
「こっちこっち!」
とはいえユウキの身長では黒鉄宮も見えないらしく、どうにかアスナが誘導しつつ他のメンバーも道をあけていく。メンテナンスをしていたおかげで、俺は人口密度の濃いところからは逃れられていたが、おかげである景色のことを思い出していた。
この《はじまりの町》に集まる多くの人たち。それは俺がこの世界に足を踏み入れて、一番最初に見ていた光景だった。ふと気になってメニュー画面を見てみるものの、もちろんログアウトボタンが存在しない、なんてことはない。
「どうしたのショウキ。そんな深刻そうな表情して空見上げて」
「いや……何でも」
「もう赤いマントのGMなんて出て来ないわよ?」
「…………」
どうやら隣のリズも同じようなことを考えていたのか、からかうように笑われて彼女から目を逸らす。どうしてこう、心中を読まれてしまうのだろうか――などと考えながら、目を逸らした空には青空が広がっていた。リズの言っていた通り、もちろんデスゲームを知らせる赤いマントのGMなど存在せず、この場にプレイヤーたちが集まったのは、ただただユウキたちの挑戦を見守るというただそれだけだ。
「やったぁぁぁぁぁ!」
黒鉄宮から見知った声が響き渡るのを聞き、自然と頬が緩んでしまう。すると黒鉄宮の入り口からユウキが出て来たかと思えば、そのブンブンと振り回された手には、光り輝く記録結晶が握られていた。
「みんなで記念撮影しよ!」
「入んのかぁ!?」
「やってみなきゃ分かんないって! あ、ショウキ! パス!」
誰かからのツッコミに答えながら、ユウキは最も離れていた場所にいた俺に、思いっきり手に持っていた記録結晶を投げつけた。ギリギリ届くか届かないかぐらいの距離に落下し、何とか地面に落ちる前にキャッチしてみせた。
「じゃ、よろしく!」
同じ場所にいたリズは、こちらの肩を叩いてさっさと黒鉄宮の方に行ってしまう。癖で髪の毛をガリガリと掻いた後、とりあえずストレージから記録結晶を固定する台を出しておく。
「ねぇショウキくん。頼んでおいてなんだけど、なんでそんなの持ってるの……?」
「レプラコーンだからな」
記録結晶などと大仰な名前ではあるものの、要するに機能は現実のカメラと同じだ。タイマー機能もあるため、撮影者だけ入れないなんてことはない。試しに記録結晶を黒鉄宮に向けてみると――
「……全然入ってない」
「みんな! もっとギューッと!」
セブンの号令の下、黒鉄宮の前で整列していたプレイヤーたちがさらに密着し、何とか記録結晶の枠内に入った。ただし盛大におしくら饅頭状態であり、ユウキたちの名前が刻まれた碑どころか、背後の黒鉄宮すら見えない状態だったが。
「ちょっとお前見えねぇって!」
「中腰? 中腰になればいいのか?」
「ちょっと、誰か触りませんでした!?」
「ほらアスナ、なんであんた端っこにいんの!」
「俺のペットが写らないんだけど……」
「喧嘩しなーい!」
そして当然ながら、各所からざわざわと騒動が巻き起こっていく。それぞれのリーダー格が仲裁に入ってはいるものの、このままではまた雪崩のように倒れるのは時間の問題だろう。それどころか、女性プレイヤーへのハラスメント警告が発生する可能性まである――当の牢獄は、その真後ろではあるが。
「撮るぞ!」
リズが無理やりアスナを真ん中に押してみせて、ユウキとセンターに位置した瞬間、とりあえず記録結晶の枠内に完全に収まった。宣言をしてからタイマー機能を起動し、用意してあった記録結晶用の台に載せた。
「みんな、このまま維持だヨ!」
「ショウキ、ほら早く早く!」
「分かってるって……ん?」
リズからの催促を受けて、もはや組体操でもやっているのかと言わんばかりの、黒鉄宮を前にするプレイヤーの集団に接近する。しかし、そこで違和感に気づいてしまう――この記念撮影において、重大な欠陥となるその要素に。
「もう限界まで詰め詰めなのに、俺はどこに入ればいいんだ……?」
「え」
「あ」
カメラマンとして記録結晶を見ていた者として、俺はそのことに気づいてしまう。もはや一つの物体となっているこの集団に、もはや俺の居場所などないのだ――などとシリアスに言っている場合ではないが、俺が入り込めるスペースがないのも事実だった。
「ちょっとそこ入れないか」
「これ以上入ったらあーたんが潰れる!」
「ならここっきゃねぇだろ!」
記録結晶のタイマーのチクタクと鳴る音が響き渡る中、慌てながらも体格が小さめのケットシーのプレイヤーに頼み込むが、テイムモンスターらしい兎の為に申請は拒否された。その兎が随分と場所を取っているようだったが、この様子では死んでもあーたんを離すまい。どこか他に入れる場所はないかと探していると、突如として集団から伸びてきた手に腕を掴まれ、無理やり集団の中に押し込まれた。
「ひゃっ!?」
その腕は俺を引っ張るように力を込めて、どこかのプレイヤーに体当たりするかのように止まる。そして耳には聞き覚えのある声と、視界には見覚えのあるピンク色の髪の毛が見えて、彼女に抱きつくような格好のまま――
「はい、チーズ!」
――記録結晶のタイマーが機能を発していた。
「……ショウキくん」
「レイン……」
そして記念撮影が終わった俺たちは、黒鉄宮がパンクするような人数のまま、シャムロックの本部へと移動していた。この人数を収容できてなお、まだ余裕があるのはこの場所くらいだからだ。
そこの中庭である作業に従事していると、背後からレインに声がかけられた。作業の手を止めることなく顔だけそちらに向けると、ずっとセブンと話していたからか、憑き物が取れたような表情をしていて。
「色々……ごめんなさい。でも、ありがとう」
「最後にかっこつけたこと言っただけだって」
彼女には彼女なりの目的と考えがあって、セブンに対して自らの正体をバラさなかったのを、自分は最後の最後に分かったような口を聞いただけで。結局は、こちらに向けてぺこりと頭を下げる、彼女自身の力によるものだと。
「ううん。ショウキくんに言われた、逃げるなって言葉で目が覚めたの」
しかして頭を上げたレインは、否定の意味を込めたように手を振って、微笑みながら話しだした。シャムロックの本部に集まった、沢山のプレイヤーを仰ぎ見つつ。
「私……セブンから逃げてた。天才だって言われてた妹に嫉妬して、自分に言い訳して逃げてたの」
天才の妹に相応しい自分にならなければ、自分などがセブンに合わせる顔がないと。後から聞いた話だが、レインはずっとそう思っていて、心に枷がかかっていたと。
「だけど、もう逃げないよ。逃げないで……七色に相応しいお姉ちゃんになってあげなきゃ」
「……ああ」
『みんなー! お待たせー!』
レインの固い決意を聞いていると、耳をつんざくようなマイクの音が聞こえてきた。このシャムロックの本部、かつ俺たちが今いる中庭には、世界観などとあったものではないライブステージが設置されている。どうやらそちらのステージかららしく、予想通りにセブンがマイクを取っていた。
『ひとまずお疲れ様! だけど、まだまだ終わらないわ! でもまだ準備がかかりそうだから、前座に今日だけのスペシャルライブ!』
その瞬間、俺が準備していることこそが前座であるかに錯覚する、シャムロックたちから山を轟かすような叫びが大地を震わせた。どこからそんな声が出ているのかと思えば、つい隣にも発生源があったことに気づく。
「し、仕方ないじゃん……お姉ちゃんの前にファンなの!」
「はいはい」
その発生源ことレインは、ジッと見ていたこちらの視線に気づいたらしく。顔を少々赤らめながら、わざとらしく咳払いをしてみせた……とはいえ、目は輝いてステージの方を見ていたが。
『今日はスペシャルライブらしく、スペシャルゲストが来ているの! ねぇ――』
深呼吸、一拍。
『――レイン!』
「ふぇっ!?」
目を輝かせていた姿を一変させ、レインが素っ頓狂な声を上げていた。ざわざわと観客となったプレイヤーたちが騒ぎ出すと、レインは反射的に《隠蔽》スキルを使い、近くにあった柱の影に隠れてしまう。
「おい、逃げないんじゃなかったのか」
「だ、だってその……いきなりで! 心の準備が!」
レインの――恐らくはSAO時代から――鍛え上げられた《隠蔽》スキルは、百戦錬磨のVRプレイヤーにも通用するものだったが、流石に目の前で消えられれば位置も分かる。一段落ついた作業の手を止めると、柱の影にいるだろう彼女にツッコミを入れてみた。
「確かにさっき、いつか一緒のステージで歌いたいね、みたいな話はしたけど、早い! 早いってば!」
「諦めろ、なんかそういうムードだから」
気づけば何やらムードに乗せられたプレイヤーたちからも、レインの名を呼ぶコールが発せられていた。拍手も含まれてリズムを取った、本格的なライブのコールのような声援に。
「ひっ……!」
レインは割と本気な悲鳴をあげていた。一見すると、何もないところから発せられる悲鳴とは、かなり不気味かつホラー映画のようなシチュエーションだったものの。酷くうろたえるレインの姿が容易に想像出来るため、まるで恐怖は感じることはなかった。
「そもそも一緒に歌おうって、レイン、セブン……七色の歌、歌えるのか?」
「振り付けまで完璧!」
「じゃあ完璧じゃないか」
「…………分かったわよ! 行けばいいんでしょ!」
そして柱の陰から、器用にも胸を張る気配と怖がる気配が感じられ、最終的にはヤケクソ気味な言葉が放たれた。いつもの余裕ぶった話しぶりは欠片も感じられず、まだ戸惑った気配は続いていた。というか《隠蔽》スキルを使ったままだった。
「でもこんな盛り上がってるのに、ここからどんな顔してステージまで行けばいいの!?」
「せっかく《隠蔽》してるんだから、そのまま飛んでいったらどうだ?」
「そそそそうね、セブンを待たせるわけにはいかないもの!」
そうしてレインは柱の陰から翼を展開し、ステージの方に飛翔していく――気配がした。
『レイン! レイン!』
「えっ――あっ――」
そして物陰から脱して空中に飛翔したことにより、いくらレベルが高いとは言っても《隠蔽》スキルの効果は切れ、大空を飛翔してのド派手な登場となった。慌てきって《隠蔽》スキルの効果範囲も忘れていたようで、レインがこちらに恨めしげか泣きそうか、判断に困る表情を向けながらヤケクソでステージに飛翔する。
「ショウキ……あの」
「……リズ? そっちの作業は終わったのか?」
エンディングクレジットがあれば、演出の覧に名前が出るだろうか――などとくだらないことを考えていると、また別の場所で作業をしていたリズが、おずおずとこちらに話しかけてきていた。彼女らしくない歯切れの悪さに、俺は中断していた作業の手を進めながら聞くと。
「うん。こっちの仕事は終わったんだけど……あんた、さっきから1人で何を喋ってるの……?」
「いや違う誤解だ」
『わたしたちの歌を聞けー――!』
本気で心配しているような表情のリズに何とか説明をしていると、向こうでは無事にステージが始まったらしく。こうして、俺たちの――打ち上げが産声をあげたのだ。
後書き
何かその場のノリでウェイウェイ勢いでやってる感じの楽しさが伝わっていれば幸いです。
ウェ―(0w0)―イ!!
ページ上へ戻る