銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第百七十一話 内戦の始まり
宇宙暦 796年 11月29日 ハイネセン 最高評議会ビル ジョアン・レベロ
最高評議会議長の執務室に六人の男が集まっている。トリューニヒト最高評議会議長、ネグロポンティ国防委員長、ホアン・ルイ人的資源委員長、ボロディン統合作戦本部長、グリーンヒル宇宙艦隊総参謀長、そして私、財政委員長ジョアン・レベロ。
表向きは捕虜交換についての打ち合わせという事になっているが実際には違う問題を話し合うことになっている。先日フェザーンで行なわれた共同宣言の後、帝国のレムシャイド伯から同盟側に微妙な問題の通知があった。
~帝国政府は現在フェザーン、オーディン間の通商路を四個艦隊、四万隻を用いて守るであろう。もしルビンスキーが帝国に不利益をもたらす行動をする場合はその四個艦隊を持ってルビンスキーに反帝国活動を止めさせるつもりである~
~その場合ルビンスキーは当然ではあるが同盟政府からの支援を要請するであろうが、ルビンスキーよりの行動をする事は止めていただきたい。それは同盟と帝国を争わせようとするルビンスキーの謀略である~
~帝国はルビンスキーの反帝国活動を許すつもりは無い。だがフェザーンの中立を犯すつもりも無い。帝国の行動に懸念は無用である~
当然では有るが、その場での回答は出来なかった。経緯を軍にも説明し今日これからどうすべきかを決めることになる。共同宣言から日が開いたのは各人が検討時間を必要とした事と捕虜交換に対してのマスコミの取材対応、議会内の混乱を収めるためだ。
馬鹿どもが聞いていない、相談が無かったと騒ぐのを収めるのは時間が掛かった。騒ぐ事しか能の無い奴ほど大声で騒ぐ。無視することも出来るが今後本当に和平問題が持ち上がったとき、意地で反対されては困る。説得に手を抜く事は出来ない。
「でははじめるとするか」
トリューニヒトの言葉に皆が頷いた。
「先ず最初に帝国側の意図をどう読むかだな」
トリューニヒトが私を見た。続きを話せ、そういうことだろう。
「帝国とフェザーンの関係が悪化している事は事実だろう。レムシャイド伯が我々に直接接触している事からもそれは明らかだ。当然だがこの内乱に乗じてフェザーンが帝国の弱体化を図るのも有り得る事だと思う。帝国側の懸念は根拠が無いものだとは言えない」
執務室に居る男達が皆頷いた。軍部もこの点については同意見のようだ。
「レムシャイド伯の言葉によれば、今回の内乱にもフェザーンの関与が疑われているそうだ。日頃の行いが悪いと何かにつけて疑われるらしい。トリューニヒト議長、思い当たる節があるのではないかな」
執務室に笑いが起きた。トリューニヒトも苦笑している。
私の発言の後をホアンが引き継いだ。
「冗談はさておき、どの道反乱は起きただろうが、フェザーンが後押ししたという事は十分ありえるだろう。帝国が神経質になるのも無理は無い」
「問題は帝国が何処まで踏み込むかでしょう。フェザーンの中立を尊重するとは言っていますが、四個艦隊、四万隻ともなればフェザーンを制圧するのには十分すぎる兵力です」
ネグロポンティの言葉に執務室の空気が重くなった。先程まで有った笑いは既に無い。
「帝国軍の指揮官はどういう人物なのかな、暴発し易い人間なのか……、軍のほうでは調べたかね」
トリューニヒトの言葉にグリーンヒル総参謀長とボロディン本部長が顔を見合わせた。グリーンヒル総参謀長が微かに頷くと話し始めた。
「帝国軍の指揮官はシュムーデ提督、ルックナー提督、リンテレン提督、ルーディッゲ提督の四人です。いずれも十八個有る宇宙艦隊の正規艦隊司令官では有りません」
「つまり、能力的には劣るという事かな、総参謀長」
「そうとも言えません、議長。彼らはヴァレンシュタイン司令長官の下で副司令官、分艦隊司令官を務めた人間達です。無能では務まりませんし、むしろ人的な繋がりは正規艦隊司令官達よりも強いかもしれません」
「やれやれ、簡単に暴発するような人間ではなさそうだが、甘く見る事も出来そうに無いと言うことだな」
ホアンが溜息混じりに呟いた。
「先程ネグロポンティ国防委員長が言ったとおり、帝国側にその意思が無くてもルビンスキーが意地を張れば帝国軍は勢いで突っ走るという事は有り得るだろう」
トリューニヒトの言葉に何人かが同意する言葉を出した。
「それが帝国の狙いだということも有り得るんじゃないか」
「ホアン、その可能性はあまり考えなくても良いだろう。戦線を増やす事は帝国にとってもリスクが大きい」
そう、シトレと話した時、私もホアンと同じ疑問を持った。だがフェザーンの占拠と補給線の確保を四個艦隊で行なうのはどう見ても難しいだろうというのがシトレの意見だった。
万一の場合は同盟との一戦も覚悟しなくてはならない。それを考えると補給線の確保一本に絞ったほうが効果的だ。フェザーンは外交で解決する、そのために同盟に接触してきたのではないか……。シトレの意見は十分に根拠があるだろう、彼をスタッフに招聘したのは間違いではなかった……。
シトレの意見を話すと皆が頷いている。ボロディン、グリーンヒルも頷いている。おそらくシトレは彼らと意見を調整済みなのだろう。だがそれでも良い。自分が納得して受け入れられる物を出してくれるのであれば問題は無い。
「なるほど、だとすると同盟の取るべき道も見えてくる。先ず最優先で考える事はフェザーンを帝国に占拠させない事だろう」
「トリューニヒト議長の仰るとおりですが、具体的には如何しますか」
トリューニヒトはネグロポンティの言葉に軽く頷いた。
「先ず、ルビンスキーから援助を求められてもそれには応じない。そして艦隊をフェザーン方面に出す。規模は三個艦隊だな」
「!」
ホアン、ネグロポンティは驚いている。今このときに艦隊を出す、それも三個艦隊。本国は殆ど空になりかねない。残りは編制途上の一個艦隊が有るだけだ。
「私も議長の意見に賛成だ。同盟が後ろにいるとなればルビンスキーは強気になるだろう。それでは帝国軍がフェザーンを占拠する可能性が出てくる。先ずルビンスキーを孤立させる」
「……」
「艦隊を派遣するのは帝国のフェザーン占拠を許さないためだ。フェザーン回廊の中立を維持するためにも艦隊の派遣は止むを得ないと思う」
「……」
「レベロの言う通りだ。万一帝国にフェザーン占拠を許してしまうと大変な問題になる。安全保障の問題も有るが、捕虜を取り返すためにフェザーンを見殺しにした等と言われかねない。それは政権の致命傷になる」
その通りだ。私は、トリューニヒトの言葉に頷いた。ネグロポンティ、ホアンも深刻な表情で頷いている。一方軍人たちは頷いてはいるがそれほど深刻な表情はしていない。協力はするが必ずしもトリューニヒト政権に対して好意を抱いていると言うわけではないか……。
「議長、一つだけ確認させてください」
「何かねボロディン本部長」
「三個艦隊はあくまで外交交渉の道具として使うのですね、戦うためではなく」
「もちろんだ。帝国と戦争などすれば捕虜交換も吹き飛んでしまう。そんな事は論外だ」
「それを聞いて安心しました。万一帝国との戦闘になって大敗でもすれば同盟は二進も三進も行かなくなります。それだけは忘れないでください」
ボロディン本部長の言葉にトリューニヒトは黙って頷いた。
「そちらも艦隊司令官達に良く注意してくれ。戦争ではなく交渉でフェザーン回廊は守るのだとね」
帝国暦 487年 11月30日 オーディン 宇宙艦隊司令部 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
「すまないな、エーリッヒ」
「気にしなくて良い。とりあえず六人の中にいるんだ、いざとなれば全員捕らえてもいいさ」
「無茶苦茶だな、また何か分かったら連絡する」
「ああ、待っているよ」
暗くなったTV電話のスクリーンを見ながらキスリングの事を考えた。此処最近、頻繁にキスリングが連絡をしてくる。例の三年前の事件から宮内省の顔の見えない男を洗い出そうとしているのだが、なかなか調査は進まない。
三年前の事件を調べなおしているのだ。おまけに肝心のビーレフェルト伯爵は死んでいる。そう簡単に顔の見えない男が分かるとも思えない。気にするなと言うのだが、あまり効果は無いようだ。
宮内省の局長以上の人間、尚書、次官、そして八名の局長、計十人の中に顔の無い男はいる。今のところ除外できるのは四名、二人は去年局長に就任した人間だ。
残り二人はビーレフェルト伯とは何の接点も無かった。内務省とも接点が無く、財産も特に見るべきものが無い。トラウンシュタイン産のバッファローの毛皮の一件とは無関係だろう……。
いよいよ明日、内乱鎮圧のため軍が出撃する。司令部の中では出陣式のようなものを行なおうと言う意見が出た。言い出したのはビッテンフェルトとファーレンハイトの二人だが、あっという間に司令部全体の意見になった。
別に止める理由も無い、良いんじゃないかと答えたら、俺に挨拶をしろとか言い出した。面倒ではあるが此処まで来たら行うしかないだろう。明日が憂鬱だ。
ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯の反乱勢力は妙な言い方だが順調に参加者を増やしている。相手は予想通りというか原作どおりガイエスブルク要塞に立てこもっているようだ。
メルカッツがいないから軍の指揮官はどうなるのか、シュターデンに任せるのかと思ってみていたが、妙な連中が集まっている。オフレッサーはともかく、元イゼルローン要塞司令官クライスト大将、駐留艦隊司令官ヴァルテンベルク大将だ。それにクラーマー大将にグライフス大将、ラーゲル大将、ノルデン少将、プフェンダー少将……。
皆俺に恨みがあるらしい。クライストとヴァルテンベルクは第五次イゼルローン要塞攻防戦で味方殺しをやった連中だが、俺の戦闘詳報が原因で罷免されたと思ったようだ。
まあ、あんな馬鹿やれば、俺の戦闘詳報が無くても罷免されたと思うのだが、原作だとその辺が曖昧ではっきり分からない。案外栄転でもしたのかも知れない、なんと言っても敵の大軍を追っ払ったのだから。
どうせ貴族連合に入っても顔を合わせれば喧嘩の毎日でろくな戦力にはなるまいと思っていたらそうでもないらしい。オーディンで飼い殺しにされている間、俺の悪口を言う事で意気投合していたのだという。今では大の仲良しとの事だ。
何でイゼルローンで仲良しになっておかないのか、馬鹿じゃないかとぼやいたら、二人もその事を大変悔やんでいると教えてくれたのはシューマッハ准将だった。馬鹿につける薬は無いよな。
クラーマーとラーゲルは例のフリードリヒ四世が重態になったとき俺に良い様にやられて面子を潰されたと思っている。クラーマーは俺が首を切ったし、ラーゲルは帝都防衛司令官だったが病気療養、事実上の罷免だった。確かに恨まれる覚えがある。でもこいつら基本的に地上戦が担当だろう、宇宙で艦隊戦なんて出来るのか? 非常に疑問だ。
よく分からないのがグライフス、ノルデン、プフェンダーだった。グライフスはヴァンフリートの時の総参謀長だったが俺には何かトラブルが有ったという記憶が無い。ノルデンとプフェンダーには会った事も無い。
原作だとノルデンは第三次ティアマト会戦でのラインハルトの参謀長だった。プフェンダーはグリンメルスハウゼンの参謀長だったはずだ。この世界では、ノルデンの代わりにケスラーが参謀長だったし、プフェンダーは男爵家をついで戦争には出なかった。代わりに俺が参謀長になった。
俺には全く恨まれる覚えが無く、???の状態だったのだがそんな俺を教え諭してくれたのはこれまたシューマッハ准将だった。
グライフスが俺を恨むのはヴァンフリートで武勲を俺に独り占めにされたかららしい。あの戦いでミュッケンベルガー率いる宇宙艦隊は良い所が無かった。結局それはミュッケンベルガーを補佐したグライフスの責任だと周囲から言われたようだ。
もちろんミュッケンベルガーはそんな事は言わなかっただろうし思いもしなかっただろう。だがミュッケンベルガーは俺を宇宙艦隊の作戦参謀に任じた。傍において監視するつもりだったのだろうが、グライフスはそうは取らなかった。
自分を否定されたように感じて総参謀長を辞任したらしい。道理で俺が作戦参謀になったとき妙に居心地が悪かったわけだ。ヴァレリーが亡命者ということだけではなかったのだ。
ノルデンとプフェンダーはもっと酷かった。ノルデンは第六次イゼルローン要塞攻防戦の前後に誰かの参謀長をと人事に希望を出していたらしい。だがその希望は通らなかった。俺がケスラーをラインハルトに推薦したからだ。
そしてケスラーは出世し始める。当然だがノルデンは面白くなかった。その後、俺が宇宙艦隊副司令長官になったとき、各艦隊に幕僚を推薦したが当然ノルデンはその中に選ばれなかった。という事でノルデンは俺に恨み骨髄らしい。自分のような優秀な参謀を選ばないのは無能だからだという事のようだ。
プフェンダーは兄がサイオキシン麻薬で逮捕されそのためプフェンダー男爵家の建て直すべく軍を離れざるを得なかった。そして代わりに俺がグリンメルスハウゼン艦隊の参謀長になり武勲を挙げた。
面白くなかっただろう、おまけにサイオキシン麻薬摘発のきっかけも俺だった。という事でノルデンに続きプフェンダーも俺に恨み骨髄との事だ。
シューマッハが話してくれた後、俺はあまりの馬鹿馬鹿しさに呆れ果てていた。そんな俺にリューネブルクが“恨まれてますな、まあ、いい男が恨まれるのは世の常です“と嬉しそうに言いやがる。余計なお世話だ、この野郎。
まあ問題は誰が指揮を取るかだな。階級から言うとシュターデン、クライスト、ヴァルテンベルク、グライフスの四人から選ばれることになるかな。クラーマーとラーゲルは地上戦だ、選ばれる事は無いだろう。
場合によっては指揮権を巡って仲間割れも有り得るか。このあたりは良く見極める必要があるだろう。指揮権が分割され作戦が滅茶苦茶になるという可能性もあるだろう。そうなると相手の動きは読み辛くなる、要注意だな……。
帝国暦 487年 12月 1日 オーディン 宇宙艦隊司令部 ナイトハルト・ミュラー
広間に各艦隊司令官が集まっている。これから出陣式が行なわれる。出陣式といってもエーリッヒの檄とワインによる戦勝の前祝だ。エーリッヒは嫌がっているだろう。そういうのは嫌いだから。俺たちの後ろには女性下士官たちが控えている、ワインとグラスを持って。
時間通りエーリッヒが現れ俺達の正面に立った。俺達の敬礼に答礼する、微かにマントが揺らめいた。
「皇帝陛下の命により、これより反乱を鎮圧します」
「……」
「敵は大軍ですが烏合の衆です。落ち着いて戦えば必ず勝てるでしょう。かねての計画に従い、総力を持って反乱を鎮圧します。新しい時代を作るために」
新しい時代、その言葉が俺を熱くさせる。俺だけではないだろう、皆同じ気持ちのはずだ。
そしてエーリッヒが後方に控える女性下士官たちに頷く。それを見た女性下士官たちがワインを配り始めた。エーリッヒは全員にワインが配られたのを確認すると微かに頷いた。エーリッヒ自身のグラスにはほんの少ししかワインは注がれていない。
「私は卿らの働きに期待します。しかし、それ以上に卿らが誰一人欠けることなく此処に戻ってくることを望みます。卿らの上に大神オーディンの恩寵あらんことを。プロージット!」
「プロージット!」
ワインを飲み干すと慣習に従ってグラスを床に叩きつけた。エーリッヒが少し渋い顔をしてワインを飲み干すのが見えた……。
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