魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~
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第十九話 月夜の黒羽
――――今より幼い頃、私は自分が人間じゃないことを知った。
人よりケガの治りが早い。
人より身体能力が高い。
人より感覚が鋭い。
人の形をしてるけど、人より秀でてる私の正体は『吸血鬼』。
夜の一族って呼ばれてる吸血鬼の一族で、私の一家はその中でも名家だってお姉ちゃんが言ってた。
だけど次の世代が生まれる度にその血は薄れていって、私はその中で最も少ない量なんだって言われたけど……それでも、吸血鬼の血が混ざってることには変わりなくて。
人間じゃないことにショックを受けてる暇もなく、お父さんとお母さんが交通事故で亡くなった。
いくら常人離れした吸血鬼でも、死だけは平等だった――――そんな話しを、私の知らない大人たちが話してた。
残された私の側にお姉ちゃんとメイドのノエルとファリンの三人がいてくれたおかげで、私は苦痛に飲まれずに済んだ。
お父さんとお母さんが残した莫大な遺産も、三人が上手く管理してくれてる。
私は家族のおかげで、そしてなのはちゃんとアリサちゃん達のおかげで、普通の人間と同じように過ごせてた。
だけど、誘拐されて思い出した。
私はやっぱり、普通じゃないんだってことを。
*****
車に乗車していた数は、誘拐犯が五人でバニングスと月村で二人。
コンテナの外で門番みたいなことをしてるのが二人。
この時点で誘拐犯が七人。
「コンテナの中はどうだ?」
《……これはこれは》
「どうしたんですか?」
笑ったような、呆れたような声が返ってきた。
アマネの反応に俺も柚那も首を傾げると、アマネは謝罪混じりに答える。
《申し訳ありません。 コンテナ内部には十名の大人の反応がありますが、誰も彼もが銃を所持して厳戒態勢です》
「それだけアリサとすずかが必要ってことか」
「やはり金銭ですか?」
「そう考えるのが妥当だろうな」
恐らく二人を一度に誘拐、だなんて企んではいなかっただろう。
複数より一人を狙うほうが誘拐と言う点では簡単だからだ。
けど、運よく二人揃ってたから……ってことだろう。
そして月村もバニングスも、海鳴では有名なお嬢様だ。
金銭を狙うには十二分な人質だ……けど。
「犯人たちにとって計算外があるとすれば、俺と柚那の存在だろうな」
「足を引っ張らないよう、頑張ります!」
真剣な表情から感じるわずかな緊張。
だけどこれくらいならむしろ必要な緊張感だろうと思い、俺はそのことには触れずに頷く。
「よし。 なら、内部図を暗記したら手筈通りに動いてくれ」
「はい!」
どれほど相手の数が多かろうと、どれほど相手が強かろうと、所詮は魔法を持たない人間だ。
侮りでもなく傲りでもなく、事実を事実として捉えるならば、悪いが俺と柚那の相手じゃない。
魔導師とは“そういう存在”なのだから。
*****
私とアリサちゃんは背中に銃口を突きつけられながら、コンテナの中を歩かされた。
沢山の積み荷が作り出した迷路の中を歩かされると、奥に広いスペースがあって、そこには黒服の大人が沢山いた。
みんな、手には戦争の映像で見るような銃を持っていて、顔は凄く殺気と警戒心に溢れているように見える。
そんな場所に一番奥で落ち着いてソファに座る、一人の男性がこちらを見つめた。
周りの人達より一回り体格がよくて、落ち着いていて、だけど誰よりも『悪』って雰囲気を出している人。
その人がこの人たちのリーダーなんだって、一目で分かった。
「お二人共、初めまして。 お嬢様お二人に対し、手荒な真似でお連れして申し訳ない」
慣れた口調で喋る男性は、しかし心にもない言葉を並べて私とアリサを見つめる。
何が目的なのか……なんて、考えればやっぱりお金なんだと思う。
「ふざけないでよ! アンタ達、こんなことしてタダで済むなんて思わないでよね!」
「アリサちゃん!」
我慢できなかったのか、アリサちゃんは怒りを込めた言葉を放つ。
私は咄嗟に声をかけたけど、一度出た言葉をなかったことにはできない。
周囲にいた人たちが持つ銃が、私達の方を向いた。
みんな、いつ警察が来るかもわからない緊張感や焦りで不安定な状態だから、下手に煽ったりなんてしたら殺されちゃう。
だから無言で貫こうと思ってたんだけど……。
「お前ら、こっちに銃口向けてんじゃねぇよ! 俺に当たったらどうすんだよ!?」
「……すみません、ボス」
リーダーの人が怒鳴ると、周囲にいた人たちは銃口を下げて再び元の配置に戻っていった。
「申し訳ない。 が、こちらとしてもあまり抵抗されるとびっくりして引き金を引いてしまいそうなんでね。 ――――少しは落ち着いてもらえないか?」
「っ!?」
アリサに向けられた重い、重い視線。
常人のアリサでも感じ取れたそれによって、アリサは言葉を失って、そのまま耐え切れずに床に仰向けで倒れてしまう。
「アリサちゃん!?」
「安心して欲しい。 ちょっと威圧して、気絶してもらっただけだから」
「……」
蛇に睨まれた蛙って言葉があるけど、彼がしたのはそういうことなのかな。
とにかく、ただ気絶しただけなら安心できる。
あとは大人しくして助けを待てばきっと――――、
「時に君……月村 すずかは、確か夜の一族の一人だと言う話だが?」
「――――ッ!?」
え?
今、この人はなんてを質問したの?
あまりにも衝撃過ぎて、頭の中がぐちゃぐちゃする。
夜の一族……そう聞いたの?
「そのリアクション……当たりってことみたいだな」
彼は嬉しそうに微笑むけど、私は混乱し過ぎて何も思いつかない。
なんで……なんでこの人は、夜の一族を知ってるの?
なんで、『私』を知ってるの?
「闇の界隈じゃ色んな情報が出回っててね。 有益な情報もあればガセネタだってある。 その中に、夜の一族の情報があった。 しかも月村はその一族でも秀でているって情報だ」
「……」
当たってる。
私の知ってる、夜の一族の情報と全く同じことを彼は知ってる。
なら、私たちを誘拐したのは私が目的だったってことなの!?
少しずつ思考を纏めていく脳は、最悪のシナリオを書き上げていく。
そしてそれは創作の枠を外れて真実になる。
「君の……いや、月村の血を売れば大金になるだろう。 それこそ、そこの女を使わずともだ」
「……そういうこと、ですか」
やっぱりそういうことだった。
本命は私で、アリサちゃんはただ巻き込まれただけだったんだ。
私のせいでアリサちゃんに怖い思いをさせちゃった。
私が夜の一族だから……私が――――
「化物の血を、俺たちは手に入れたわけだ!」
――――化物だから。
ずっと、人として生きてきた。
人としての生活ができていた。
普通に食事が出来て、普通に睡眠が出来て、普通に勉強が出来て、普通に学校に通えて、普通に友達ができた。
いつか、普通に恋をして、普通に結婚して、普通に家庭を持てるんじゃないかなって思ってた。
だけど……だけど、やっぱり私は化物って現実から逃げられないんだね。
私が化物である限り、こうして誰かに迷惑をかけちゃう。
これからもずっと、そうなんだ。
「……ごめんね、アリサちゃん」
私は興奮で高笑いをする彼を置いて、アリサちゃんに謝罪する。
ずっと夜の一族のことを隠してたこと。
そのせいで迷惑をかけたこと。
そして――――
「私が化物で……私なんかが友達で、ごめんね」
私は私自身の存在を謝罪した。
「謝る必要なんてないだろ」
「ッ!?」
「誰だッ!?」
誰かの声がコンテナ内に響き渡る。
彼も知らない、だけど私はどこかで聞いたような気がする、男性の声。
その声と言葉は、私にかけられたものだって分かったけど、いったいどこから?
私を始め、私達を誘拐した人たち全員が拳銃を握り締めて周囲を見渡した。
だけど声の主はどこにも見当たらない。
誰が、どこにいるの?
そんな疑問に答えるように、私の目の前に真っ黒な影が現れた。
影は徐々に大きさを増し、そして真上から一人の少年が音もなく着地した。
リーダーの彼はまだ彼の存在に気づいていない。
こんなに近くにいるのに……気配を殺してるから?
私が疑問を抱くうちに黒の少年はこちらを振り向き、声をかけてくれた。
「身体測定の時振りだな、月村」
その声、その顔……服装は独特だけど、彼のことはよく知ってる。
最近この町に引っ越してきたって言う、なのはちゃんのお友達。
周りの人とは違う独特な空気を放つ、そんな不思議な人。
――――小伊坂 黒鐘。
「小伊坂さん……!?」
「助けに来た」
「助けに来たって……」
「動くなッ!!」
小伊坂さんの後ろから、リーダーの彼の怒声が聞こえた。
私がその方を向くと、リーダーの彼は銃を構えていた。
シルバーに光る大きな拳銃。
五メートルも離れてないから、撃たれたら絶対に死んじゃう……。
「動くな?」
だけど小伊坂さんは知ったことじゃないって言わんばかりに堂々と振り向いた。
「小伊坂さん!」
「大丈夫だから」
こんな状況なのに……死んじゃうかもしれないのに、小伊坂さんは凄く落ち着いた声音で話しかけてくれた。
私を安心させるためなの?
でも、小伊坂さんが死ぬかもしれないって考えるだけで落ち着けない。
だって私のせいで……化物のせいで、死んじゃうなんて、嫌だから。
「月村、ちゃんと聞いて欲しい」
「え?」
「大丈夫だ。 絶対、大丈夫だから」
「……」
その大丈夫が、何に対しての大丈夫なのか私にはわからなかった。
助かるってことなのか、私が化物ってことに対してなのか、それとも両方なのか。
だけど彼はそれ以上語ろうとせず、銃口が私の方に向かないよう、私を背に隠して前に立ち続けた。
「お前、何者だ?」
「そりゃこっちのセリフだ。 なんで誘拐なんてしたんだ?」
「金のために決まってるだろ?」
「……ちゃんと働けばちゃんと稼げるだろうに」
「ガキが大人に説教か。 お前も大人になれば分かる」
「知りたくないからとっとと警察に捕まってくれないか?」
「嫌だと言ったら?」
引き金に引っかかってる指が、少しずつ下がっていく。
だけど彼は尚も変わらない様子で答える。
「痛い目を見てもらおうかな?」
「お前がなッ!!」
リーダーの彼の一言で銃口から爆発音と共に肉眼では捉えきれない速度で弾丸が放たれた。
「小伊坂さん!」
「――――プロテクション」
叫ぶ私を他所に、小伊坂さんは淡々と何かを唱えた。
するとパキンって音が耳に響いた。
「え……?」
「大丈夫だから、じっとしててくれるか?」
彼の声が聞こえる。
銃弾は?
その答えは、小伊坂さんの突き出した右手にあった。
右手の先は真っ黒なディスクが回転していて、銃弾を受け止めていた。
弾丸は黒い壁で回転して、だけど徐々に弱まって地面に転がり落ちた。
「なんだ……なんだ、それは!?」
リーダーの彼も驚いたようすでそれを見つめる。
そんな声に反応して、周囲にいた仲間達が小伊坂さんに銃口を向けた。
十を超える銃口……なのに小伊坂さんは変わらない態度で答える。
「これはプロテクションって言って、魔力に込めた術式を円形だったり三角系みたいな形に展開することで色んな攻撃を防ぐ、防御の魔法だ」
「は……はは……なんだそれ、マンガの読みすぎじゃないか……」
動揺のあまり乾いた笑いをこぼすリーダーの彼だけど、手に持つ銃は小刻みに震えてる。
嘲笑おうとしても、目の前の現実は嘘にはならない。
私も驚いてるけど、真実なんだって思えるから。
「お前ら、一斉に撃て!!」
リーダーの声一つで、周囲にいた仲間は一斉に引き金を引いた。
雨のように爆発音が響き渡り、十を超える銃弾が私たちに迫る。
「そんなの、プロテクションの数を増やせば大した問題じゃない」
そう言うと、いくつもの黒いディスクがドーム状に広がって私たちに迫る銃弾を防いでいく。
何発、何十発……数え切れないほどの音が響き渡るけど、内部の私たちにはなんの被害もない。
「小伊坂さん……凄い」
素直な感想が溢れた。
こんなことができるなんて、ホントに絵本の世界の人だけだと思ってた。
だけど、本当にいたんだ。
ピンチに駆けつけてくれて、不思議な力で守ってくれる存在が……。
「そうでもないよ」
そう一言言い終えると、少しずつ銃弾の音が減っていく。
それと同時に男性の悲痛な声が一つ二つと聞こえてく来た。
「作戦通りだな」
「え?」
私の疑問を他所に、小伊坂さんは一人納得した様子で黒いディスクの壁を消した。
再び周囲を見渡すと、銃を持っていた人はみんなうつ伏せで倒れていて、残されたのはリーダーの彼一人だった。
彼は驚愕した様子で小伊坂さんを見つめ――――
「お前、なんなんだ」
まるで人じゃないものを見るかのような目。
私は、その目を知ってる。
私が大嫌いな瞳。
対して小伊坂さんは淡々と答える。
「俺は小伊坂 黒鐘。 ――――魔導師だ」
答えると同時に、天龍さんの右手が黒く光って、光の中からリボルバーがついた拳銃が現れた。
それを突き出すように、リーダーの彼に向けて構えた。
「ば……化物だぁ!!」
悲鳴のような声を上げながらリーダーの彼は暴れるように銃を乱射した。
それに対して小伊坂さんも引き金を引いていく。
すると甲高い金属の接触音が火花と共に、二人の間で響き渡る。
きっと小伊坂さんが放った銃弾がリーダーの彼が放った銃弾にぶつかっているんだと思う。
そんな神業みたいなことがどうしてできるのか分からないけど、小伊坂さんは落ち着いた様子で淡々と、いとも簡単に神業を成功させ続けた。
「化物か。 確かに俺は化物だ。 ――――お前の大好きな、化物さ」
銃弾を失ってカチカチと虚しい音を立てるリーダーの額に狙いを定めて、小伊坂さんはトドメの一発を放つ。
「や、やめ――――」
「化物に、そんな言葉は通じない」
そう言って彼の銃弾は無慈悲に脳天を捉え、リーダーの彼は仰向けに倒れた。
それを確認した小伊坂さんは溜息を漏らすと拳銃と服が消えて、私たちが通う学校の制服に戻った。
私が見ていたのは夢だったんじゃないかなって思うくらい一瞬の出来事で、私はまだ混乱しているけど、周囲の光景を見れば分かる。
全部、本当のことだったんだって。
小伊坂さんはたった一人で私たちを助けてくれたんだ。
「月村、ケガはないか?」
「あ……は、はい。 大丈夫、です」
こちらを振り向くと、顔を覗き込むように見つめてきた彼に私は反射的に顔を逸らしてしまった。
それが失礼だって分かる。
だけど……だけど、今の私の顔は……。
「綺麗な瞳だな」
「えっ!?」
またビックリする言葉が返ってきて、私は再び彼の方を向く。
すると彼は昼間話した時と同じ笑顔でこちらを見つめていた。
何ら変わらない、何も気にしてないって言う顔で見つめてくれた。
「あの……怖くないんですか?」
「何が?」
そう、今の私は普通の顔を……瞳をしていない。
色んなショックの影響で、一時的だけど吸血鬼の血が色濃く出てる。
そのせいで瞳が血みたいに紅くなってるから、見られたくなかった。
吸血鬼特有の、紅い眼。
これを見た人は、家族以外みんなビックリして離れていったから。
なのに彼は、小伊坂さんは何も変わらないでいた。
「私、普通じゃないんですよ?」
「うん、さっきそんな話ししてたね」
「私、吸血鬼なんですよ?」
「血って美味しいの?」
「飲んだことありません」
「それは吸血鬼的にダメじゃない?」
「私は吸血鬼の血が薄いですから、欲しいと思ったことがないんです」
「なら問題ないじゃん」
「でも普通じゃないんです」
「どの辺が?」
「私、どんなケガをしてもすぐ治るんです」
「女の子はケガ少ない方がいいよね。 治りが早いなら尚の事いいじゃん」
「身体能力が普通じゃないんです」
「オリンピック選手目指せば? ほら、金メダル取り放題だ」
「感覚が鋭いんですよ?」
「かくれんぼしたら最強の鬼じゃん」
「人じゃないんですよ!!」
「どの辺が?」
「だから!!!」
気づけば私は声を張り上げて、叫ぶように喋っていた。
彼は最初から変わらない、落ち着いた口調なのに、私はどうしてか怒ってるみたいに声を上げた。
こんなに叫んだこと、今まであったかな?
「私の全部が、人じゃないんですよっ!!!」
「……ホントにそうか?」
「え……?」
そんな私に彼は反論するでもなく、お世辞の言葉をかけるでもなく、ただ頷いた。
何も質問せず、本当にただただ頷いた。
予想外の反応にあっけを取られていると、彼は私の視線と同じ高さまで膝を曲げて、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
突然のことに驚く私。
そんな私に彼は、ゆっくりと笑みを見せた。
「寂しかったよな。 今まで、よく一人で我慢できたな……偉いよ」
「あ……」
そう言って彼は右手を私の頭の上に乗せて、撫で始めた。
優しく、優しく、慈しむように。
私は泣いた。
気づいたら泣いていた。
溢れてくる、悲しみ、寂しさ、羨ましさ。
助けて欲しいって思った。
化物としていきなきゃいけない、孤独な運命から、助け出して欲しいって思った。
「……まぁでも、化物でもいいんじゃない?」
「え……」
だけど彼は、否定をしなかった。
だけど彼は、笑顔を絶やさなかった。
私を真っ直ぐに見つめて、優しい声音で話してくれた。
「化物だったら友達を作っちゃいけないのか? 化物だったら喋っちゃいけないのか? 化物だったら一人にならなきゃいけないのか? ――――違うだろ?」
彼は笑顔だけど、笑ってるんじゃなくて真剣な表情で話す。
まるで自分も、その辛さを知ってるみたいに。
「化物だって幸せを求めていんだよ。 化物だって友達を作っていいし、恋をしたっていいし、楽しんでいいんだよ」
「なんで……そんなこと、言えるんですか?」
化物でもないアナタが、どうして?
そんな疑問に、彼は少しだけ表情を歪めて、笑った。
「――――俺も、化物だからさ」
その歪みは、心の痛みからだった。
「さっきのアイツの言葉、聞いただろ?」
「……あ」
――――『ば……化物だぁ!!!』。
リーダーの彼が叫んだ一言。
小伊坂さんも、化物扱いされたんだ。
私と同じ化物扱いをされて……私と、同じ?
「俺の持つ力は、この世界じゃあんな扱いだ。 例え人助けに使っても、化物扱いされる――――魔導師ってのは、そういう存在なんだ」
だから、と続けながら小伊坂さんは私の頭の上に右手を優しくおいて、
「月村とお揃いだな」
「っ!?」
彼は嬉しそうに微笑んだ。
その表情に私は胸打たれて、ドキドキしだす。
なんだろう、この胸の熱は?
「化物扱いされてきたのは俺も同じだ。 だけど俺は、自分のことを嫌いになったことはないし、化物であることを否定したいと思ったこともない」
「寂しくないんですか?」
「寂しい? なんで?」
「だって、化物は独りぼっちですよ?」
「……ははっ」
彼はまた笑った。
でも、今度は痛みとか気遣いとかじゃない、本当の笑顔。
その笑顔で私を見つめ、頭を撫でる手に少し力を込めた。
「でも今は、君がいるだろ?」
「っ……!」
「君がいてくれるから、俺は独りじゃないよ」
「ぁぅ……」
ドクンッて、心臓が大きく跳ねた。
そして激しく揺らぎ出す私の胸は、火照っていく。
本当に、何があったんだろ……。
正体はわからない。
だけど、彼が私と同じだって言ってくれて、私がいてくれるって言ってくれた。
私を必要としてくれた。
それは今まで生きてきた中で一番嬉しい言葉で、一番安心できる言葉で。
――――私が生きていいんだって、思える言葉だった。
「私……化物で、いいんですね」
「月村は月村のままでいいんだよ。 『化物』であるとか、『人間』であるとか、そういうんじゃなくてさ……もっとシンプルに、『月村 すずか』でいいんだよ」
「……なら」
「ん?」
「えい!」
「うお!?」
私は感情の赴くがままに、彼の胸に飛び込んで、全力で抱きしめた。
痛いって返事が来るかと思ったけど、彼はただただ戸惑ってるだけで痛みを感じてる様子はない。
最初は強ばっていた身体は、次第に力が抜けて抱きしめ返してくれた。
彼から伝わってくる温もりに私も安心してギュッとすることができる。
受け入れてくれた彼に、温もりと安心をくれた彼だから、私は伝えた。
「小伊坂……じゃなくて、黒鐘さん」
「な、なんだ?」
突然名前で呼ばれて驚いた様子の黒鐘さんの目を見て、
「私のこと、すずかって呼んでください」
私は私の名前をあげた。
私のお父さんとお母さんがくれた、化物とか吸血鬼とか夜の一族じゃない、私の大切な名前。
今の私があげられる大切なもの。
「……え?」
「ですから、私のこと、名前で呼んでください」
「……えと、い、いいのか?」
「私がお願いしてるんです」
「……」
戸惑う彼の表情はどこか可愛くて、愛おしくて。
この感情がなんなのか、私は少しずつ理解していった。
ああ、私はきっと、
「それじゃ……すずか」
「はい、黒鐘さん!」
「ぐおっ!? く、首、締めすぎ……」
私はきっと――――この人のことが、好きなんだ。
*****
「……出るタイミングを失った」
コンテナの外に出てアタシ、逢沢 柚那は溜息を漏らした。
黒鐘先輩のところに行こうとしたけど、月村さんとの間にあった空気には入れなかった。
聞き耳を立てるのも悪いと思って、誰が来るかもしれないとか色々言い訳を作って外で待つことにした。
真っ暗な空に、波の音と風の音が交じり合う。
それはアタシの全身の熱をゆっくりと奪っていき、心を落ち着かせる。
指で数えられる回数の実戦をした。
それは緊張と不安だけが全身を支配する、落ち着かない時間だった。
失敗したら黒鐘先輩も死んでしまうって言う責任感は辛いものがあったのに、彼は……黒鐘先輩は慣れてる様子で淡々と行動していた。
不安がないわけでも、緊張がないわけじゃない。
ただただやるべきことをこなしていた。
それがアタシにとってはどれほど凄いことか、きっと彼自身には分からないのだろう。
「やっぱり凄いな……お兄ちゃん」
素直な心で素直な感想が零れる。
やっぱりアタシが憧れたあの人は、アタシに理想としての姿を見せてくれた。
アタシはそれに負けじとリーダー格以外の人を気絶させた。
お兄ちゃんもリーダー格の人を撃ってたけど、デバイスの放つ銃弾はスタン設定だから、軽い脳震盪を起こしてるだけだろう。
あとは警察の人に全部任せて私達は退散すればいい。
……それだけなのに、それだけをするのに凄く体力を使った気がする。
特に心の体力を使った気がする。
「まだまだなんだな……アタシ」
分かってたことだけど、やっぱり悔しい。
お兄ちゃんの背後を狙ってみたけど、簡単に見破られた。
実戦に挑戦してみたら、凄く緊張した。
アタシはまだまだ未熟で、彼の背中は遠くて。
――――だけど、やっぱり彼の背中は追いかけたい。
「……よし、頑張ろ!」
色んなことを知ったから、色んな事を学んだから、あとは成長させていくだけ。
アタシだって強くなりたいから。
彼の背中に、
あの黒い翼に追いつきたいから――――。
後書き
ってなわけで第十九話でした。
なんとなくすずかsideの物語も書いてみたかったので挑戦してみました。
……こう考えてみると、海鳴出身の人で黒鐘が名前で呼んだ人ってすずかが初めてじゃね?
雪鳴「私と柚那は古い付き合い」
柚那「古いって……五年会ってなかっただけだよ?」
なのは「ねぇねぇ天龍くん、私のことは!?」
黒鐘「高町」
アリサ「アタシは?」
黒鐘「バーニング」
アリサ「バニングスだあああああ!!!」
<閑話休題>
今回、黒鐘や柚那の初コンビによる戦闘だったのですが……正直ヌルゲーだなっと思ったのでホント端折ってしまいました。
これは黒鐘のセリフにも出ているのですが、一般人にとって魔導師はありえないことを起こしてしまう存在……化物で、化物が一般人に負けるわけがないんです。
ただでさえアジトの内部図や人数の情報がバレて、逆に黒鐘達の情報を一切持っていないなんてアドバンテージじゃ勝負はやる前から見えていたと思います。
人質があったとは言え、黒鐘にとってはトップクラスに簡単な任務だったでしょう。
私がこの物語で意識したのは、やはりすずかと黒鐘に共通点があるということ、それが救いになることでした。
まぁリゼロの影響もあって頭の中で何度も「鬼がかってますね」とリピートされて邪魔をしてくれやがりましたが、なんとか終わらせることができましたことは凄く安心してます(その後再びリゼロを視聴させていただきました)。
IKA「平和平和」
黒鐘「どこがだよ」
すずか「えへへ……次回から私と黒鐘さんとのラブコメだよ!」
黒鐘「だってよ」
IKA「……そ、そんな世界線もあるんじゃないかなぁ~」
黒鐘「……逃げたな」
すずか「残念」
雪鳴「そんなこと言いながら黒鐘の腕に抱きつくなんて――――あざといっ!」
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