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クロスゲーム アナザー

作者:コバトン
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第九話 動揺

 
前書き
久しぶりに書いてみました。
準決勝編完結です。 

 
『さあ、ついにこの時がやって来ました!
甲子園準決勝、9回のマウンド。そこに上がるのはもちろんこの男……『光速エース』樹多村光!』

さあ、行くか。
高ぶる気持ちを抑えて向かう。いつも通りの投球をする為に。
この瞬間、解説はもちろん、観客席、街中のテレビ、お茶の間でも騒がれていたみたいだが、俺の耳には何も音は入ってこなかった。大歓声すら、認識していなかった。
集中していたせいか、あるいは緊張していたのかもしれない。
何も感じれなかった。
自分だけの世界に入っていた。
マウンドに立ち、目を瞑る。
視界は暗闇に包まれるが、孤独は感じなかった。俺は一人じゃないと分かっていたから。
思い浮かぶのは皆んなの顔。
小さな頃からいろいろ面倒を見てくれた一葉姉ちゃん。
小さな頃からいろいろ面倒見ていた紅葉。
俺のことを見守ってくれたもう一人の父親ともいえる月島のおっさん。
スポーツ用品店を営む飲んだくれの父親。
そんな父親を支えるしっかりもんの母さん。
小学生の時はガキ大将で、今やチーム一頼れるキャプテンで俺が知る最高の捕手、赤石。
俺を野球と出会わせてくれた親友中西。
最初の印象はちょっと……いや、かなり嫌な奴だったが今や最高の四番打者だと言える東。
俺が出会った最高の仲間達。
優しいが厳しい監督。
働きもののマネージャー。
頼れる後輩達。
俺を応援してくれる人達。
……誰か忘れている?
……ショート? 千田? ……誰だったけ?

冗談だよ。だから、グランドで叫ぶな。
分かってるよ。
お前の肩や足の速さ、守備力には助けられているから。調子に乗らなければチーム一の守備の名手だってことは。
ここまで来るのは決して楽な道ではなかったけど、多くの人の支えがあったからこそ、今この場所に立っている。
俺は一人じゃない。今から投げるこの球は俺一人だけの想いが篭った球じゃない。
この球にはたくさんの人の想いが篭っている。
何より……

青葉と、若葉。

俺の大切な、大切だった少女達の想いも篭っている。
その想いが篭った球を投げる以上、負けたくない。負けられない。
いろいろな想いが篭ったその球を手に握り締め、大きく振り被って。
赤石が構えるキャッチャーミットめがけて。
思いっきり……投げる!

『さあ、樹多村一球目投げたー!!! ……ストライク! 打者手が出ません。初球外角低めいっぱい!』

一球目は外角低めストレートが決まりストライク。
赤石のサインを見ると、次は……その球か。サインに頷き。
大きく振り被って……投げる!
2球目は内角を抉るカットボール。
手が出た打者は打球を詰まらせ、一塁ゴロ。
ワンアウト。
続く打者はライトフライに打ち取ってツーアウト。
ここまで全力で投げてきたせいか、疲れが出始めている。
あー、腕痛い。肩張ってんな。ダリィ。休みたい。帰りてぇよ。
……昔なら、小5の夏までならそんなこと言ってささっと誰かに代わってたよな。
無理、疲れた、面倒くせえ。
あの頃はそんなことは簡単に言えたのに。
今は言えない。言いたくない自分がいる。

『大きくなったらコウはどんな大人になるんだろうね?』

見てるか若葉。
ほんのちょっとだけ、俺は大きくなっただろ?

『あと一人、あと一人!!!』

大歓声があがった観客席(スタンド)を見上げて、そして見つけた。

見てろよ、青葉。
約束はちゃんと守るから。
そう心の中で呟き大きく振り被って、そして腕を振るう。
指先からボールが離れた瞬間、まるで時が止まったかのような感覚に陥った。
スローモーションの世界。ゆっくり、ボールは赤石めがけて飛んでいく。
静止した世界で打者がボールが通過した後にバットをゆっくり振るうのが見えた。

『空振り!!! そして、今のが……160キロ⁉︎ 信じられません。ここに来ていまだに衰えない球速。そして球威。凄すぎます』

赤石を見ると次はチェンジアップ。青葉直伝の球。
絶対的な決め球(ストレート)を生かす為の遅めの球。
赤石のサインの通り、チェンジアップを投げた。
空振り。ストレートとの落差があるこの球を打つのはかなり難しいだろうな。
東や三島ならバットに当ててきそうだけど。

『あと一球! あと一球! あと一球!』

沸き起こる大歓声。
まるで球場全体が揺れているかのような、震度が伝わってくる。
俺は深呼吸をすると、打者と赤石を見つめて、大きく振り被る。
全ての想いをこの一球に込めて赤石めがけて放る。
見てるか、若葉? 俺はここにいるぜ。
心の中でそう告げながら顔を上げると。
俺が投げた球は赤石のキャッチャーミットに収まっていた。

『ストライク!!!!! 空振り三振! そして、完全試合達成。
樹多村やりました。甲子園2度目の完全試合達成です』

こうして準決勝も無事勝ち上がった俺達星秀学園は決勝に進むことになった。
この日は校歌斉唱が終わるのと同時に雨が強く降り始めて。

「危ねえ、危ねえ。セーフ」

あとちょっとでずぶ濡れになるところだった。
試合早く終わらせてよかった。
ヒーローインタビューの後、ロッカールームでそんななーんて思っていると。

「馬鹿野朗! 最後サイン無視してど真ん中投げやがって!
空振りしたからいいけど、ヒヤヒヤしたぞ!」

赤石に怒られた。

「悪い、悪い。雨降りそうだったから」

「勝ったからいいけどよ、打たれたらどうすんだ?」

俺の言葉に呆れ顔する赤石。

「打たれれるとは思わなかったからさ」

なんでかな。ど真ん中投げても大丈夫! そんな風に思っちまったんだよ。

「おーいコウ。記者の方がインタビューしたいって」

知らせに来てくれた中西に呼ばれて記者の取材を受けようとしたが。
通路に出たところで。

「こら、待ちなさい! ああん、またそんなダラシない格好して。髪もボサボサ。まったく、もう!」

青葉にガミガミ言われながら直された。
本当……

「何よ?」

「若葉みたいだよな……」

「ば、馬鹿なこと言ってないで早く行きなさいよねっ!」

いつも通りの関係。いつものやり取り。
こんな毎日だが、俺はこのやり取りが好きだ。
その後、何社も取材を受けたせいもあり。


次の日、各新聞の見出しにはデカデカとこう書かれていた。

『光速エース! またまた完全試合達成』

『160㎞右腕、樹多村圧巻20奪三振』

『決勝の相手は名門明独義塾』

『明日決勝、東京代表心配するな。星秀には光(速エース)がいる』

『21世紀のゴジラか⁉︎ 星秀東。2HR4打点!!!』






決勝当日。その日朝から大雨だった。
試合は雨天中止。延期となり。休養日。

「月島が降らせてくれた……のかもな」

宿泊所の部屋の中で赤石は俺を見ながら呟いた。その視線は俺の肩に向けられている。
俺の肩は張っていた。昨日までなんともなかったんだけど。

「ああ、そうかもな」

あれだけ連投すれば張らない方がおかしい。
星秀には生憎酸素カプセルなんてもんはないから、身体を休めて回復させるしかできない。
俺の肩を気遣ってくれたのかもな。若葉の奴。

「疲れたか? ……なんて聞くなよ?」

「全然……なんて答えるなよ?」

「なあ、決勝で……かな?」

「多分、な。決勝がきっと月島若葉が見た『夢の舞台』だ!」

「……なあ、赤石……」

「あん?」

「勝とうぜ! 絶対」

「ああ、勝とうぜコウ!」

そんなことを言っていたその時だった。

「アイタタ……」

苦しそうな呻き声が聞こえてきた。

「おい、三谷?」

「どうした?」

「腹が……腹が……痛い、痛い」

「おい、しっかりしろ三谷!!!
救急車、おい誰か監督呼んでこい!」

「おい、しっかりしろ、三谷!!!」

……おいおい、マジか?




夕方になり三谷の容態が明かされた。三谷は病気だった。
病名・虫垂炎。盲腸炎の方が一般的には知られている。虫垂や盲腸が炎症した症状。
発見が遅れたせいか緊急手術を受けることになり入院という事態になってしまった。
監督から説明を受けた俺やチームメイトは動揺した。
特に二年生の動揺は激しかった。

「そんなじゃあ、試合は?」

「残念だが、代役を立てるしかないのぅ。この中でセンターを守れる奴は……」

「そんな急に言われても……」

「甲子園の大舞台でセンター守れる奴なんて……」

「甲子園の大舞台でも舞い上がらず、プレイできる度胸ある奴で、なおかつ肩強く、足も速くてセンター守れる奴……」

みんなの、監督の視線がある奴のところで止まる。

「え? わ、私……?」 
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