ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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OVA
~暗躍と進撃の円舞~
扇動始動 X 暴動胎動
走る。
走る。
ヒスイとアリシャはただ走る。
アルヴヘイムにおける妖精九種族が一つ、猫妖精の首都《フリーリア》は複数の尖塔からなる、中世ヨーロッパの城をそのまま街規模にまで拡大したような街並みだ。そのためか、他首都と違って道は無駄に入り組み、長いことここをホームタウンにしている古参でも知らないような裏道がたまに存在している。
だがその古参の中でも、他ならない領主その人にとってはここは自分の庭も同然。時折ヒスイも知らない、道と言うのもはばかられるルートを選択しながらも騒ぎの中心へ直進していた。
ケットシーには珍しい高身長のヒスイだが、自分の敏捷値には多少の自信があった。だがそのプライドを置いてけぼりにするほどの勢いで、アリシャは脇目も降らず道なき道を突進していく。
「ちょ――――アリシャちゃん待ってぇな」
「遅いヨ、ヒスイちゃん!」
急がなきゃ、と憔悴した表情で呟く彼女の横顔をチラリと見ながら、ヒスイは無理もない、と思う。
突如湧いて出た騒ぎの中心。その由来は、部屋に駆け込んできた一般プレイヤーから聞けた。
何でも、正門前に急に火妖精の一個小隊、十一人の武装兵が現れ、領主との会談を申し出たらしい。
ケットシーは九種族の中でも、他種族に開放的な種族として有名だ。隣り合う風妖精、並びに音楽妖精。さらにテイムした騎乗動物に付ける鞍などを初めとした装備品を仕入れる関係で鍛冶妖精にも広く門戸を開けている。
だがそれでも例外はあり、その最たる者達がサラマンダー。もともとアルヴヘイム南部でシルフと小競り合いを頻発させていた種族だけには、同盟の手前、交易は愚か相互の交友関係すらもあまりなかった。
領内に入るための通行許可証《パス・メダリオン》がない彼らが一歩でも領内に足を踏み入れた瞬間、フルレイドパーティーでも全員撤退できたら御の字レベルのNPCガーディアンに瞬殺されるだろう。
だから、解せない。
「……なぁアリシャちゃん。ほんまにあんトカゲども、こん騒ぎを起こすために来たんかぇ?」
「実際に詳しい話を聞かないとだけど、たぶん違うと思うヨ」
「せやなぁ……」
頭が足りない火妖精でも、それでも馬鹿ではない。でなければALO史上でただ唯一の領主殺しなど為せていないだろう。
いくら彼らでも、大前提は分かっているはずだ。
すなわち、種族首都におけるダメージ無効化。
通常、種族に一つ設定されている首都では、その種族に対するあらゆるダメージ判定が無効化される。実際、騒ぎの中心から逃げてきているプレイヤーを見ているとその大半が他種族――――交友が深いプーカやシルフ、また遠くレプラコーン領から出稼ぎに来ている鍛冶屋レプラコーンなどが多い。彼らのアバターのどこかしらには闇夜にも鮮やかなダメージエフェクトがあり、痛々しげな顔ですれ違っていく。
また一人、シルフの少女とすれ違いながら、ヒスイは思わず呟く。
「なんで……」
会談を申し出たサラマンダーの小隊だったが、その後どうなったかはわからないが一般のケットシープレイヤー達と魔法飛び交う乱戦――――いやもう混戦としか言いようがない様相になったという。
当然、先述のダメージ無効化があるので、ケットシー側は領内にいる限りHPバーに変動はない。仮に大魔法を真正面から受け止めたとしてもノックバック程度で済むはずだ。
だが、圏内が保証するのはあくまでもプレイヤーのHPだけである。
平たく言えば、物についての保証はない。破壊不可能に設定されている、領内にもともと建っていた建築物以外の――――選挙前夜祭で多く立ち並ぶ屋台や露店類に対するダメージはそのまま透過し、耐久度がなくなれば倒壊、破壊されてしまうだろう。ただでさえ領の顔とも言え、賑わっている正門前で攻撃魔法が乱舞すれば大惨事は免れない。
そう、ネガティブな想像しか脳裏に浮かんでこないヒスイの目の前に、上空から飛来した流れ弾のような火炎弾が着弾した。
道路自体は地形属性のため、紫色のウインドウとともに破壊不能が表示されるだけだ。だが、爆ぜ散る火炎の揺らぎがプレイヤー死亡時に現れる命の残り火を想起させ、ヒスイは思わず唇を噛む。
その顔をチラリと見、アリシャも滅多に見ない険しい顔で隘路の角を曲がった。
するとそこはもう、正門前から伸びるメインストリートに繋がっていた。高い建物が多いため、自然、狭窄していた視界が一気に広がる。
隊長室の窓から見えたそのままの光景が、そこには広がっていた。
領内に入ることが不可能なサラマンダー一個小隊は、領土を示す外壁を盾として、その外側を無尽に飛び交いながら強力な火炎魔法をブッ放している。それに応戦するのは、恐らく戦端が開かれた際、メインストリートを歩いていた一般プレイヤーの中でも好戦的な者達なのか、ケットシープレイヤー――――その中でも後衛攻撃職と思われる数人が安全な圏内から魔法を放ち、前衛の数人が圏内から出て空中戦闘をしていた。
だが、その辺を歩いていたプレイヤー達だけで即席で組まれた応戦チームに対し、サラマンダー勢の小隊は動きに無駄がない。明らかに普段からギリギリの環境下でスキルを磨いている精鋭だ。圏内から放たれる様々な種類の魔法を片っ端から回避、あるいは撃墜させている。
全体の勢いは互角。だがそもそも数で圧倒的に有利に立ち、かつ絶対的安全圏を確保しているケットシー側が優勢になるのは目に見えていた。
だが、ただサラマンダーの小隊を殲滅しても、この場は良くても長期的に見れば禍根しか残さない。いくらシルフとの同盟の関係上、敵対しているからといって、これ以上両種族の溝を深めるのはだれも望んでいないのだ。
―――とりあえず、止めなあかん……!
見れば、一般のケットシープレイヤー達は安全圏ということもあってか無茶苦茶な攻撃をしていた。圏外に出ている前衛だって、城壁を越えればそれで安全を確保できるのだから、それはそうだろう。
だが対するサラマンダー小隊はまだ救いはある。少なくとも理性があり、対話の意思を感じられた。
「ほら皆!!やめーや!こんなことしてなんになるんや!!」
だが、止まらない。
ヒスイがいくら声を張ったところで、事態はもう、そう簡単に鎮火しない。
ギリ、とヒスイは歯を噛みしめる。
副隊長などという大層な肩書を持っていようと、自分は先導できる人間が持つ《よく通る声》などというものは持っていない。
それはひとえに、フェンリル隊が誰を中心に成り立っているのか、また一人だけに頼り切っているかを浮き彫りにさせて、ヒスイは怒りに顔を伏せた。
そして――――
パンパン
「はいはーい、そこら辺にしようネー」
その場にそぐわない、コケティッシュな黄色い声が飛んだ。
混戦も甚だしい戦場に、普通だったら吸い込まれて消え去るだろうその声は、不思議とその場にいる全員に響き渡った。
音が途切れてもいない。そう大きな声の訳でもない。
それなのにその声は、不思議と耳に残る。
そんな一声だった。
打ったような静寂が場を支配する中、群衆の中をスルスルと抜けたその少女は、あっさりと正門の外へ出てサラマンダーの小隊と相対した。
止める間も、悲鳴を上げる暇すらなかった。
通常、領主は自らの領地を出ることは滅多にない。執務が多いというのもそうだが、領主が落された場合、落とされた側に税率の操作権や領主館にある資金の一部が無条件譲渡される。これは一度やれただけでアルヴヘイムの種族間のパワーバランスを揺るがすほどで、実際サラマンダーが過去最大勢力と呼ばれたのもシルフ領主を殺めたからだ。
そして今、よりにもよって前科のあるサラマンダーの小隊(しかも精鋭)の目の前に無防備な状態で我が領主がいるという状況に、ヒスイは眩暈が起こりそうだった。
だが、後ろの部下の気持ちもいざ知らず、進み出たアリシャは静かに頭を下げる。
「こんな状況になって、ゴメンナサイ。謝って赦してもらえるとは思えないケド、良かったら、話だけでも聞きたいな」
「…………」
領主の嘆願に、小隊の長と思われるライトアーマーを身に纏った男はしばらく黙っていた。
その様子を見ている間、ヒスイもただハラハラしていた訳ではない。追尾してきた二匹の巨狼――――ガルムとクーに待機を命じ、いつでもゴーサインで襲い掛かれるようにしていた。
不意に、隊長の男が口を開く。
「あなたが、領主のアリシャ・ルー。……いえ、突然来たらこうなるのは予想していました。お気になさらずに」
すると、男のすぐ脇に控えていたサラマンダーが耐えられなかったように叫ぶ。
「隊長ッ!でも――――!!」
「黙れ。お前らでも逆の立場ならこうするだろう。……こちらの部下も気が立っていて、冷静な判断ができませんでした。お許しを」
「いえ。それで、お話って……」
「できれば正式に話を通したかったですが、この様子では致し方ない。この場を借りて、サラマンダー領主、モーティマーからの言葉を伝えます」
一言一句逃さんとばかりに長い耳を立てていたヒスイだったが、それゆえに聞こえてきた言葉に眉根を寄せた。
―――モーティマーやと?南の首領が何の用け?
疑念をよそに、スルスルと小隊長の男は実体化させたロール紙を伸ばしていく。
「――――これは、サラマンダー領から貴領への正式な《抗議文》です」
「こ、抗議?何の……」
「本日未明に、中央発の交易キャラバンが襲われました。商隊は全滅。積んでいた積み荷のほとんどは奪い去られました」
―――まさか。
嫌な予感に心がざわつくが、もうサラマンダーの口は止まらない。
「復活したキャラバンの者の証言によれば、襲ったのはケットシーだけで構成された一団。そして――――」
チラリ、と小隊長の鋼のような視線がこちらに向いたのを、ヒスイは気付く。
いや、正確にはその視線はヒスイに向けられたものではない。
その後ろ。
屋根の上にて忠実に待ての命令に従う巨狼達に注がれていた。
「その中に、テイムされたフェンリル・ラウンダーを確認した、と」
「「な……」」
絶句するしかできないアリシャとヒスイ。
その二人の様子を、遥か高みから二匹の狼は静かに見下ろす。
動乱は――――始まったばかり。
後書き
正直、私がALOに感じている一番の魅力って、こういう『政治』があることだと思っています。
システム上『領内における属領者のHP固定』ルールがある限り、わかりやすいタワーディフェンスみたいにはならないのがミソですよね。領vs領が描写としては一番映えるのに、なかなかそれができない。そこをどーにかして面白くするかにかなり頭を捻りました。
しかし残念なことに、原作だと3巻くらいしか政治要素ないんですよね。まぁキリト先生が領とは無縁の脱領者ライフを送っているから仕方ないことかもしれませんが。もっと種族間のドロドロ模様の描写とか増やしてもええんやで?(チラッチラ←
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