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世界最年少のプロゲーマーが女性の世界に

作者:友人K
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22話 一夏VS鈴 その2 & 無人機戦

 
前書き
 恐怖と絶望の30000オーバー。書き終えてびっくりしたわ。時間のある時にどうぞ。

 そして今回、中盤くらいから今までと全く違う書き方を行ってみました。個人的に良くても良くなくてもそれについての感想も頂けたら嬉しいです。良いか悪いか知りたいんで。僕が面白いと思っても皆さんが面白くない、読みにくいって感じるなら意味がないんで。

 そして今、これの前半部分を21話にくっつけてまとめた方がいいかもしれないと考えている。 

 

「……この試合、なに?」

「2人とも……なんか、怖い……」

 清香と静寐は一夏と鈴の試合を見て、そう感想を漏らした。傍から見ていても鈴の苛立ちや怒りに似た感情は伝わってくる。周りの生徒たちも似たような感想を持つ。

「出だしも酷かったですけど、これはまた一段と酷いですね」

「……織斑さんは論外ですけど、鈴さんも大概ひどいですわ」

 鬼一とセシリアはそれに気にした風もなくそれぞれの感想を零す。

 鬼一は一夏の行動に対して、セシリアは両者の行動とその後の展開について。

 一夏は追い詰められる前に離脱を選択したがそれを失敗だと鬼一は考える。基本的な考え方は間違ってはいない。鈴に追い詰められる前に離脱するのは正しい。

 だが、1合も打ち合わずに離脱するのは正しいとは思えない。

 鈴は明らかに感情に身を任せるタイプであり良い意味でプレイに反映させれる。相手が一夏ならその傾向はより強くなるのは明白。その感情を煽るような行為は決して褒められたものではない。更に言えば、鈴は感情で動いているが感情に飲まれていない。感情からミスが生まれるのは考えにくい。鬼一はそう考える。

 セシリアは一夏のことを論外と評したが、それは一夏の基本方針を理解した上での発言。主体性うんぬんではなく、序盤とはいえ消極的過ぎる、安全策というよりも逃げ腰に見えたからだ。そして、その弱腰を咎められなかった鈴を責めていた。

「ちょっと心配……」

 本音が小さく両者を案じるように言葉を呟く。

「心配って何がですか? あの一夏さんが失敗も試行錯誤をしているんですから心配なんてする必要はどこにもないですよ。いっそのこともっとやったほうが面白いんじゃないですか?」

「……面白いって」

 しかし、鬼一は本音の心配は無意味だと断じる。そもそも勝負の場での外野の心配などなんの意味もない。そう言う鬼一を本音はジト目の視線を向ける。非難しているようにも見えた。

「いや、ホントにもっとやったほうがいいと思います」

「えー……」

 そんな本音の視線など気にした風もなく鬼一は自分の意見を述べた。

「まだ甘いですけど一夏さんが自分で考えて、自分の意志で決断をして自分の責任で失敗しているんですよ。これって発展性のあることです」

 セシリアが感じる弱腰さは鬼一も感じているが、今はそこまで問題ではない。まだ流されている部分もあるが以前と違って考えなしに、感情に振り回されたまま試合を進めていないだけでも成長したと言える。

「それに……凄くないですか? 一夏さんここまで悪手、下手すれば試合が終わりかねないプレイをしているのに、試合が終わるどころか絶対防御も発動していないんですよ? 鈴さんがそれを咎めれていないからより酷く見えますけど、正直なんであんな状態で試合が成立しているのか不思議です」

 一夏が成長したと言っても勝敗とはまた別の問題。

「身体能力、技術、メンタル、反応、経験、読みを初めとした感性。IS戦で問われる要素は非常に多く、一夏さんは全部劣っています」

 一朝一夕で引っくり返せる差ではない。それは一夏以上に鬼一もセシリアも理解している。実際に戦っている鈴はその差をもっと正確に理解しているだろう。一夏はまだその差がどれだけのものかイメージ出来ていない。

「内容の良い悪いは別問題として、一夏さんみたいに悪手を連発していても試合を維持出来る人なんてどれだけいるんですかね?」

 ―――少なくとも、俺たちには絶対に出来ない。

「!」

 鬼一のその言葉にセシリアが驚きを表す。鬼一が言う通り一夏の対応は褒められたものではない。にも関わらず試合が成立している。それがどれだけ異常なことか理解したからだ。

「この試合、一夏さんが受身になった瞬間、もしくはさせられた瞬間にケリがつきますね」

「え? でも織斑くん攻めないで守りに入っているよ?」

 清香のその感想に鬼一は首を横に振る。

「受身と守りは全くの別物です。受身は自分の意志がなく相手の行動に常に振り回される状態で、守りは個人の主体性を持っています。まあ、あれを守りと言っていいかは正直疑問ですが」

 一夏の基本方針は守備ベースの立ち回りからカウンターを狙う、が主軸になっている。攻められないために常に動き、一定のスペースの確保することで自分が安全に回避できるようにする。白式の機動力は甲龍を上回っているのだからスペースを潰されない限りは捕まることはない。

 本来切り札になるはず見えない弾丸の『龍砲』は鬼一と鈴の戦いで1度、生で見ていることが一夏にとって大きかった。

 ―――……まぁスペースがある、白式の機動力が高いからといって対応できるほど『龍砲』の完成度は決して低くないんだけどな。

「ちなみに皆さん、守備に一番必要な要素って何か分かります?」

 その鬼一からの質問にセシリア以外の3人は首を横に振る。

 鬼一はあくまでも一夏と鈴の試合を見続けたまま淡々と喋る。

「守備は相手の動きを読み取るというところから始まります。人にもよるでしょうけど読み取るためには様々な情報を自身の五感から得たり、もしくは心理的な部分から情報を得ます。そしてその情報を解析し最適解を出して回避なり迎撃を選択することが守備」

 それが所謂読み合いと言われるもの。どのタイミングでどんな攻撃をするのか、それに対して回避をするのか、それとも迎撃をするのか、両者の間で様々な読みが交差する。

「もしくは積み重ねてきた『経験』です。過去、様々なシチュエーションから身体が痛みやそれ以外の何かによって最適解を理解するんです」

 一例として考えるならば更識 楯無がその最たる例と言える。

 彼女こそがその『経験』の塊。数多の勝負と戦いに身を投じて莫大な経験を見に染み込ませた。そして鬼一はその『経験』を超えることが出来ずに敗北している。

「経験から一定の予測を立ててそれに対応するということも守備です。その動きも経験によって身体が自然と反応するになっていきます。無論ベストな対応するためには体力や技術は必須ですが」

 経験だけでは実戦で勝利することは出来ない。だからこそ身体能力と技術の2つを普段のトレーニングで磨き上げることが必要不可欠。鬼一にしろ優秀なIS操縦者たちはそれを知っているからこそ、厳しいトレーニングに音を上げずにこなすことが出来る。

「一夏さんはその経験や情報を扱う能力が絶望的なまでに足りないです。必然的に予測を立てることも出来ない。だから守備を続行することは不可能。必ずどこかで攻める必要があるんです」

 楯無のように守備のスペシャリストならいざ知らず、今の一夏にそんなことは出来ない。勝つためには必然的に自分から攻める必要がある。今の守備を維持することは出来ない。

 ―――そのはずなんだけど織斑 一夏はギリギリの所で対応が追いついている。俺たちのように情報や対策、先読みをしているわけじゃない。じゃあ何で織斑 一夏は鳳 鈴音を相手に守りを崩されずにいるのか。それは多分……『俺たち』とやりあった時もそうだったけどまさか……。

「鈴さんのキレが良くなってきてますね。調子が尻上がりの傾向の強い人は強豪に多い。一夏さんはこの試合で相当鍛えられます」

 ―――今の織斑 一夏は相当きついはず。今までは人から言われていたことをこなしていただけど、自分から能動的に動くこともしんどいはずだし、しかも成果に結びついていない。

「ねえつっきー? 質問なんだけど、守備に必要なものは分かったんだけど、逆に攻撃に必要なものって?」

「攻撃って実は守備ほど経験を必要としないんですよ。攻撃に必要となるのは相手の守備を崩せる、正確には相手の弱点を嗅ぎ取る嗅覚。ざっくりと言えば個人の感性が物を言うんです」

 だからこそ鬼一はIS戦では必ず攻める。IS戦に耐えられる身体能力と経験が無い以上は持久戦に持ち込み守り勝つことは出来ない。短時間ならば守備を維持できるかもしれないが必ずどこかで崩壊する。

 だが攻撃はそうじゃない。

 鬼一の情報処理能力も先読み、どちらも守備に活かせるがその真髄は攻撃にある。莫大な情報から相手の弱点を見つけ、先読みで先手を取り鬼神の攻撃力で相手を妥当する。それが最善。

 とはいえ理屈以上に本人の好みもあるが。

 ―――織斑 一夏の守備はお粗末なものだが、本人の持つ生まれ持った感性は間違いなく攻撃力に特化されている。それだけは断言出来る。そうじゃなければあの戦いで俺たちの攻撃力に並べるはずがない

 ―――……いや、むしろあれの本質は守り寄りかもしれないな。

―――――――――

 葵と双点牙月が高々と金属音をアリーナ内に響かせながら2人は交差する。

 衝撃に震える右手。だが、鬼一との戦いで受けたダメージはとうに回復している。すぐにその痺れは引いて無くなった。

 空中で一瞬だけ制止。

 白式のスラスターが片方だけ勢い良く稼働し急速反転。

 意識が振り回されながら一夏は葵を払う。

 払った先には鈴の双点牙月が待っていた。

 再度金属音が鳴る。

 必要以上に踏み込まれるのを嫌った一夏は、自分から踏み込み鍔競り合いに持ち込もそうとしたがそこで思い出す。龍砲の存在を。

 ―――やべっ!

 ちぐはぐな行動。自分から鍔競り合いに持ち込んだと思ったら今度は離脱。ギャラリーはその不可解な行動に疑問を抱える。そして対戦相手の鈴もその行動に疑問を抱くが迷わず追撃に移行。

 ―――やっぱり鈴は強い! 鬼一の奴、鈴を相手にあれだけ立ち回れたのかよ。しかも絶対防御を何度も発動させて!

「くっ―――!」

 視覚外から振るわれる双点牙月は葵で弾いて凌ぐ。鬼一だったら先まで考えながらやるんだろうけど俺にはそんなこと出来るはずもない。鬼一のアレは間違いなく濃密な時間の中で積み上げてきた物だ。セシリアだって鬼一よりも長い時間ISの努力をしてきたからこそ、あんな風に動かせるんだ。

 積み上げてきたものも相応の努力をしていない俺が出来ることなんて、やれることなんて1つしかないじゃないか。

 ―――目の前の出来事に全力で、それこそ死に物狂いで食らいついていくしかない―――っ!

 焦るな。焦ると視界が狭くなる。

 逸るな。逸ればチャンスを見逃すことになる。

 考えるな。俺みたいな奴が呑気に考えていたら後手に回される。

 感じるんだ。鈴の攻撃も守備も。

「―――!」

 僅かに空いたスペースに後退。鈴の打ち合い始めてから随分と時間が経っている。いい加減呼吸が続かない。分の悪い勝負は極力避けないと。勝つために、自分が全てを賭けることが出来るタイミングが来るまで粘るんだ。

「―――逃がさないわよ!」

 分かっていたけど鈴のスタミナは頭がおかしいっ! 全力で攻める方が体力を使うはずなのにパフォーマンスが落ちないんだよ!

 こっちはスペースを残さないといけない以上、鈴が踏み込んでスペースを潰しに来るならこちらも迎撃を取るしかない。

 それはつまり、この無尽蔵と言える体力に真っ向から付き合うということだ。

 鈴の連撃には葵で食い止めて、連撃の間に挟まれる衝撃砲は全速力で回避に集中。鬼一だったらタイミングとコースを情報から予測してカウンター、セシリアだったら理詰めで最小限の動きで回避するんだろうけど、俺は見てからじゃないと対応できないからどうしても遅れる。

 ―――っ、息が、持たないっ

「……ぶ、はぁ!」

 鈴を振り切ることが出来なかった俺はついに口を開ける。鈴は容赦なく切り込んできた。

「遅いわよ!」

「……ちぃっ!」

 ―――まずい。早く体勢を立て直さないと―――っ!

 一瞬でも呼吸が出来れば身体は動いてくれる。視界の中に入ってくれれば俺だって対応は出来るんだ!

「取った―――!」

「……させるかよ!」

 正直言って俺は今、すげえ楽しい。

 楽しんでいいものではないし、楽しんじゃいけないんだろうけど、余計なことを考えずに全力に滅茶苦茶に身体を動かして鈴と勝負できるのが楽しくて楽しくてしょうがない。多分、ISに乗って初めて抱く感情だ。

―――――――――

「いいね」

 そこで鬼一は笑った。口元は笑ってはいるがその目は少しも笑っていない。

「なるほど、一夏さんは理性とか論理で動く人間じゃない。本能と感情で動く人間、本能と感情で動くためには一定の理性や論理はどうしても必要だと思ったんだけど、不要だったみたいですね」

 鬼一はそこで織斑 一夏が自分やセシリア、楯無などとは対極の人間に位置する人間だということだと理解した。鈴も一夏に近い人種だが、鈴は一定の理論を理解した上でそうなっている。一夏は明らかにもっと振り切った人間。

 織斑 一夏には小難しい理論や理屈などは微塵も必要ではなかったのだ。無論、あれば多少楽になるだろうがその程度である。あってもなくてもそこまで変わらない。

 ―――そうやって沢山の問題に直面、ぶつかりながら織斑 一夏は『天才』としての力の片鱗を見せていくのか。

 そこで鬼一は理解した。

 織斑 一夏がどうしてその日の実力に極端な『ムラ』があるのか。その原因を。

「……どうやってこの力を発揮できるようになるのか? 鳳 鈴音と話していたけど、それが原因か」

 ―――そして多分、本人も今はよく理解していない。今、アレの目に映るものがなんなのか。今は多分理解する間もなく、身体がそれに振り回されている状態。

「……鬼一さんは、織斑さんがどうしてここまで耐えている原因が分かるのですか?」

「おおよその目処は」

 ―――本人の集中力にムラがあるから分かりにくいけど多分、あれは間違いなく『見えている』。そうじゃなければリミッター解除状態の鬼火の速度についていけるはずがない。

 漠然とではあるが鬼一は一夏の見えている世界は常人のものとはかけ離れていると考える。それはある意味、自分達もそうだから一夏のそれを理解出来たのかもしれない。

 ―――織斑 一夏は桁外れに目もそうだけど『カン』が良い。目だけでは対応できない攻撃にも対応している。……冷静に考えればセシリア・オルコットとの試合の時からその片鱗はあった。時間が経つごとに対応力が上がってきている。

 死角から狙われている、と理解しても実際に回避できるというのは別次元の話。その考え1つでブルーティアーズに対応しきった一夏のカン。

 そしていくらISに乗って感覚が強化されていると言っても、リミッター解除した鬼火の瞬時加速に反応したことは明らかな異常。それだけ鬼火の最大速度は並外れたものなのだ。

 ―――見た目は鳳 鈴音の優勢だが、見た目以上に有利なわけじゃない。それは多分、本人がよく理解している。ここまで攻めているにも関わらずまだビッグリターンに繋がっていないのだから。問題はここから。少しずつ織斑 一夏の意識が試合内容に表面化しつつある。それが鳳 鈴音に対してどれだけ通用するか。

 時間が経てば経つほど一夏の対応力は増していく。そうなれば苦しくなるのは間違いなく鈴。甲龍の武装は双点牙月と衝撃砲の2つのみ。鈴の抽斗が多くとも根本的につけれる戦術の幅に限界があるのだ。いずれ、鈴の攻撃は一夏に届かなくなる。

 ―――でも―――勝敗は見えている、な。

 この勝負の行方は鈴が勝つ、そう鬼一は考えた。

 一夏の対応力が徐々に、尻上がりに進化してきているのは実際に勝負している鈴が誰よりも理解している。

 ならば『一夏が今すぐに対応出来ないレベル、圧倒的な攻撃力でねじ伏せる』のが最善策。もしくは『一夏の体力が尽きるまで守備で延々と振り回す』。鈴の能力と性格を加味すれば前者だろう。鈴はそれを可能にするほどの身体能力と技術、そして感性がある。

 なによりも一夏と真剣勝負できる喜びを考えれば、持久戦なんて詰まらないオチを許容できるはずもない。

 ―――……ん?

 そこで鬼一は異変に気づいた。

―――――――――

 観客席から転げ落ちそうになるほどの衝撃が鬼一たちを襲った。いや、観客席にいる一年生の一部は席から転げ落ちた。突然起きた事態に観客席が悲鳴に包まれた。

「なんだ!?」

「なんですの!?」

「きゃあ!」

 ―――……アリーナ中央から砂埃……? どこからだ? ……まさか……!? アリーナの遮断シールドをぶち壊したということか!

 正直、何が起きているのか鬼一には分からない。なんで遮断シールドを抜かれたのか、アリーナ中央に突っ込んできたのが何かはこの際どうでもいい。今、分かっているのは2人の試合を続行している状況ではないということだ。

 女生徒たちの悲鳴が痛いほど鼓膜と全身を叩く中、鬼一はプレイべートチャンネルを開く。対象者は一夏と鈴。今、あの2人がアリーナ中央に一番近い。そして先生方がいる管制塔にも繋げる。

『一夏さん、鈴さん! 試合は中止です! 急いでビットに避難してください! 織斑先生、山田先生、生徒たちの避難の準備を!』

 伝えるべきことは伝えて席から立ち上がって観客席の階段を駆け下りる。逆サイドの観客席に向かうために。ここにセシリアがいるなら、一緒にいる理由はないと鬼一は考えた。

 格納している鬼神が反応している。そのことが鬼一の不安を駆り立てた。同時に状況が自分が考えているよりも厄介だということを悟る。遮断シールドを抜いてきたということは観客席のシールドも抜かれる可能性があることだ。

 そもそも、IS学園の遮断シールドは観客席にいる人間の安全を保証するために備え付けられているものだ。その強度は折り紙つきで軍用ISの出力でも抜くことは出来ない。だが、現実に抜かれているということは相応の破壊力を持っているということに他ならない。

 そんなものが観客席に向けられたらどうなるか、そのことを考えて鬼一は迷っていられない。被害を押さえるために行動を続行する。こういう時のために専用機持ちがいるのだと鬼一は自分を激励した。

 ―――ハイパーセンサーに反応……!? 国籍不明のIS!? どこの馬鹿だよ、こんなことをしているのは!?

「……セシリアさん、みんなの避難の誘導をお願いします! 僕は逆方向の生徒たちの誘導をします!」

「分かりましたわ!」

 セシリアも立ち上がった後の行動は早かった。周りの生徒に落ち着くように呼びかけ今の混乱を落ち着かせようとする。

 悲鳴の中を駆け抜けながら鬼一は管制塔からの連絡を受ける。どうやらアリーナの2人と観客席にいる鬼一とセシリアを対象にしているようだった。

『織斑くん! 鳳さん! 今すぐアリーナからピットへ避難してください! 教師陣のIS部隊がすぐに向かいます! 月夜くんとオルコットさんは生徒の誘導をお願いします!』

 真耶の声はいつもと違い切羽詰まった声。だがそこに恐怖や焦りはない。生徒たちに恐怖や焦燥感を与えないためだ。

 その通信を聞きながらも鬼一は足を止めない。最前席まで来たらそのまま反対方向の観客席に向かうために迂回する。迂回している途中も混乱する生徒たちに声をかける。

「慌てないで! 落ち着いてイギリス代表候補生のセシリア・オルコットの誘導に従ってください!」

 普段は間違っても出さない大声を張り上げながら指先でセシリアの方向へ向ける。セシリアなら任せても大丈夫という安心感があるからか、少なく単純な言葉で指示するだけで動いてくれるだろう。

 走りながら視界の片隅でアリーナ中央の様子を見る。一夏と鈴は空中で制止しながらアリーナ中央を注意深く観察していた。その様子から避難する気は無いと鬼一は感じる。

 ―――……なんだ、アレは。『全身装甲』のIS、か。

 瞬間、一夏と鈴がいる空間を一筋の光線が切り裂いた。

 ―――エネルギー兵器……!? ブルーティアーズの出力も上回っている。

 視界の片隅に映っているデータ、ハイパーセンサーと接続したおかげで今の射撃のエネルギー量の凄まじさを理解させられた。少なくとも競技用ISの出力ではなかった。

 ―――全身装甲、型落ちのISか……? いや、あれだけの火力を持っていてそれは考えにくい。最新ISで全身装甲……しかも肌の露出が一切ないほどの徹底ぶり。聞いたことも見たこともない。

『―――いや、先生たちが来るまでは俺が食い止めます。鈴、お前は避難してくれ』

『何言ってんのよあんた!?』

 一夏の言うことは理解出来る。

 あれだけの火力を観客席に向けられたら成す術もなく、観客席にいる女生徒たちは死ぬだろう。それを防ぐためには一刻も早く女生徒たちの避難を完了させなければならない。そして避難するための時間を稼ぎ、全身装甲のISの注意を惹きつける必要がある。

 だが、一夏のそれは蛮行でしかない。

『……いや、鈴さんと2人体制で時間稼いだほうがいいです』

『鬼一!』

 一夏の怒鳴り声が聞こえたが無視する。今そんなことに構っている時間はない。

『山田先生、IS部隊が到着するまでどれだけの時間がかかりますか?』

『……』

 そこで真耶の声が途切れた。どうやら時間の計算を行っているようだ。もしかしたら生徒たちに時間稼ぎをさせることに何か思うことがあったのかもしれない。

『織斑、鳳、月夜、オルコット、聞こえるか?』

『千冬姉!?』

 千冬の声に驚きを隠せなかった一夏。いつもだったら一夏に注意する千冬だが、そんな時間ももったいないのか直様本題に入る。

『4人とも冷静に聞け。現在、アリーナの遮断シールドの設定がレベル4に設定されている。そしてアリーナに通じる扉がロック、制御が出来ない状況だ』

 ―――……!?

 4人の内心が驚愕で満ちる。それがどれだけ危険な状況か理解したからだ。声に出そうになったが歯を食いしばって黙った。特に鬼一とセシリアはその驚きを出すわけにはいかない。出せばその驚きが周りに伝播してしまう。この事実が表面化すれば今以上の混乱が起きることは予想に容易い。

『俺とセシリアさんの火力であの扉を破壊することは可能ですか?』

『無理だ。単純な強度なら遮断シールドと同じレベルだ。破壊するなら専用の装備がいる』

 専用機を持っている自分たちはまだいい。だがISを持っていない一般生徒たちは命の危険、長時間に渡って晒されることになる。長時間になればなるほどどれだけの規模、どれだけの被害が出るか考えたくもない。

『IS学園に常駐している専門家たちがシステムクラックを実行している。……今、教師陣で編成され、更識が率いるIS部隊が位置についた。クラック完了次第突入させる』

『ということはクラック完了させるまでの間、一夏さんと鈴さんの2人、状況次第では俺とセシリアさんも加わって時間稼ぎをしなければならないということですか?』

『そうだ。遮断シールドのレベルを下げることが出来ない以上、織斑も鳳もピットに戻ることはできない。もしアレがアリーナと観客席の遮断シールドを破壊するなら月夜とオルコットも参戦し、時間を稼ぐ必要がある』

『……っ』

 一夏の息を飲む音。

『クラック完了するまでの時間はどれくらいですの?』

『……正確な時間は―――、10分もかからないとのことだ』

 ―――10分、か。

 そこで通信は切れる。

 鬼一と一夏は当然、代表候補生であるセシリアも鈴もこんな状況を味わったことは無い。そして10分という時間がどれだけ長いのか考えたくもなかった。

 一夏と鈴は消耗した状態で正体不明のISを足止め、最低でもIS学園の遮断シールドを抜くほどの火力を有している。一撃を貰えば一瞬で絶対防御を発動させられるのは間違いない。どれだけの手札を持っているのかも不明で、撤退することも出来ない。

 鬼一とセシリアは10分間の間、観客たちの混乱を制御しなければならない。いや、制御はできなくても戦う準備はしなければならない。最悪、一夏と鈴が敗れ、観客席の遮断シールドを破壊されたら生徒たちを守りながら戦闘もしなければならないのだ。

『……一夏さん、白式のエネルギーシールドの残量はどれくらいありますか?』

 鬼一は一夏の白式のエネルギー残量を確認する。

『……200ちょい……鬼一、まさか……』

『……零落白夜、ね』

 一夏はなんとなく感づき、鈴は答えを口にする。

『周りの生徒たちの安全や戦闘を長引かせるリスクを考えればそれが最善策だと思います』

 零落白夜にもリスクは存在する。零落白夜を用いた短期決戦と用いずに部隊突入までの時間稼ぎ、どっちのリスクが大きいか鬼一は前者と判断。いや、正確には選択肢の1つに留めた。

『お待ちください鬼一さん。零落白夜は確かに有効策ですが―――』

『失敗した時のリスクは考える必要はないでしょう。あれほどの火力を持っている相手ならその気になれば観客席を抜けるんですから。抜かれたら虐殺が待っている以上―――』

『そうではなくて―――!』

 セシリアの制止に鬼一は押し黙る。このプライベートチャンネルを聞いている全員、一夏以外の3人は理解していた。
 零落白夜を使う一夏に、最悪人殺しをさせる可能性があることを。

『……分かっていますよ。僕から言うことはそれだけです。身体を張っているのは一夏さんですから、決断はお任せします。使って最終的に問題になるということなら僕に被せてくださって一向に構いません。指示は月夜 鬼一がした、ってね』

『……鬼一さん! ―――っ』

 そこで鬼一は通信を切った。鬼一が通信を切り、それを知ったセシリアの言葉は吐き出されずに仕舞われる。

『どういうこと、だ?』

『……一夏、以前少しだけ話したわよね? 零落白夜を使うということは―――』

 理解の遅れている一夏に鈴が鬼一の説明を引き継ぐ。

『人が死ぬ、可能性があるって話』

『―――っ!?』

『……確かにあのISは未知数でとんでも火力なのは間違いないわ。継戦能力もどれほどのものかわからないし私たちも消耗している以上、リスクはあるけど鬼一の言う通り零落白夜を使った短期決戦に持ち込んだ方が被害が少なくなる可能性はある。今回に限って数的優位も活かせるし』

 零落白夜のリスクよりもメリットの方が大きいと感じているのは鈴も一緒だが、鈴も鬼一と同様その考えを押し付けることはしなかった。

『でもね一夏? これは紛れもない実戦で犠牲の出る可能性のある『戦い』なのは間違いないわ』

 ここからは勝負ではなく犠牲の出る戦い。

『相手や私たちだけで済むのか、それとも後ろにみんなもなのか、それとももっと多くの犠牲が出るのか、もしくは誰も犠牲にならない可能性がある。そしてその犠牲を作るのは自分……それを忘れないで』

『……っ』

『お二人共、来ますわよっ!』

―――――――――

「通しなさいよ!」

「なんで扉が開かないの!?」

「早く行きなさいよ、後ろだっているのよ!」

 ―――落ち着け、慌てるな。深く呼吸しろ。

 本来なら自分だって叫び出して好き勝手に喚きたい。だがそれを許されない立場にある。今はあの2人に任せるしかないというのは鬼一にとって歯痒かった。身体張っているほうがまだ気持ち的には楽だった。

「早く出してよ! 邪魔よ」

 早くなっていく鼓動を押し殺し感情を沈静化させる。今、自分が爆発して何になると言うのか。

 だが自分1人が冷静になったところでどうしようもない。集団の感情をコントロールする術など鬼一は知らないのだ。集団でパニック状態になったらどうなるのか。

 ―――……こういう時、セシリア・オルコットや更識 楯無ならどうしただろうか?

 扉のロックが解除されない以上、いくら専用機があったとしてもどうしようもない。心の内に無力感が湧き上がりそうになるが無視。今はやれることをやらなければならない

 鬼神を展開した鬼一は背中を生徒たちに向けて視線をアリーナでの戦いに固定させる。それは生徒たちを守るように、向かってくる敵を迎撃しようとも見えた。

 頭の中で始まる情報処理、一夏と鈴の動き、そして全身装甲の正体不明のISの動きが脳内で幾通りもの動きが展開される。

 ―――上下からの挟み撃ちか。普通なら避けようのない挟み撃ち。でもその挟み撃ちを避けて、鳳 鈴音のマークすらも振り切るほどの腕前。

 近距離で鳳 鈴音に張り付かれたら引き剥がすのにどれだけの実力と労力が必要となるのか、それは対戦した鬼一が誰よりも理解している。スラスターの出力が上回っていようとも、近距離戦のプロフェッショナルである鈴に近距離でマークされるというのは下手をすれば敗北に直結する。

 にも関わらずあっさりと鈴を振り切るというのは、それこそ国家代表クラスでなければ出来ないだろう。

 ―――……ハイパーセンサーがある、と言ってもタイミングを合わせた挟み撃ちをきっちり回避することなんて人間が出来ることなのか? 完全な視覚外からの攻撃にゼロコンマ単位で反応して?

 それだけの能力があるのであれば一夏と鈴はもっと早くに落とされている。そう鬼一は結論付けた。

 ―――攻撃を避けた後は反撃。……カウンターというのはあまりにも雑すぎるし、かといって反撃というのはいくらなんでも乱暴すぎないか? あれだけのスペックと人間性能があるのに?

 全身装甲のISは攻撃を避けた後は両腕を振り回して反撃。専用の近接武装などは一切用いていない。ただし、両腕を振り回す際に射撃による攻撃もセットでた。

 イラついた鈴が衝撃砲による攻撃を敢行。全身装甲のISはその不可視の弾丸をその手で『叩き落とした』。

 ―――……は? ……あの弾丸を叩き落とした、のか?

 鬼一はその余りの絶技に思わず閉口してしまう。初見の衝撃砲を完璧のタイミングで対応した。これが防御した、回避したなら理解できる。あれだけの技術を持っているなら初見でもそれなりの対応が出来るのはさして不思議なことじゃない。

 だが、いくらなんでも『叩き落とす』というのは常軌を逸している。神懸っていると言ってもいい離れ業。最強と名高い織斑 千冬でもこれほどの技は出来ない。少なくとも人間業とは考えられない。

 2人の攻撃に対して完璧と言ってもいい守備を見せているのに、攻撃は幼稚そのもの。このギャップは鬼一に不信感を募らせる。

 ―――……あのIS、本当に人が乗っているのか……?

 ISは人が動かすという前提があるからこそ成り立つ。その前提が崩れるということはここだけの問題では済まない。それは今までの常識をひっくり返すことになる。だが1度抱いた疑いは簡単に晴れない。むしろ辻褄が合うことが多い。このギャップに説明がつく。

 鬼一は可能性という曖昧なものは極力信じないようにしている。可能性というのは自分にとって都合の良い材料でしかない。それを肯定するということはその可能性が否定された時、大きなダメージになって自分に返ってくることを理解しているからだ。

 ―――だが、この場に置いては大きな価値がある。少なくとも織斑 一夏という剣を動かす道具に成りうる。

 ―――でも、それは正解なのか……?

 湧き上がる疑問。

 自分が身を切る分には何も問題ない。気にすることはない。今までやってきたことをISという分野でもやればいいだけの話だ。

 だが今回はそういうわけではない。

 究極的なことを言えば、今から鬼一は織斑 一夏に人殺しさせようというのだから。自分が零落白夜という反則手を使えるならば迷いなく行使する。人殺しだろうがそれが最善だと思える。無関係な生徒たちも多数いる以上、そこは迷っていられない。

 だが本当に正解なのだろうか? 犠牲を出すことを嫌っている一夏の性格を考えれば零落白夜を使わせることがベストとは思えない。下手すればパフォーマンスの低下にだって繋がる。

 織斑 一夏のメンタル的な問題などを考慮すれば、数的優位を活かしたまま時間稼ぎの方が良いのではないだろうか? 時間稼ぎをして教員たちの突入、多分そこには楯無のような精鋭もいるだろう。敗北するなど万の一の可能性もない。

 しかし、正体不明のISの出方次第ではそうも言っていられない。もしIS学園の破壊などであれば破壊力を前面に押し立てて遮断シールドを突破し、破壊の限りを尽くすかもしれない。その可能性を考えればリスク覚悟で零落白夜を使用した短期決戦がベストに感じる。

 ―――……どっちだ。俺はあの2人になんて声をかければいい?

 1人の女生徒が沈黙している鬼神を展開している鬼一の姿を見つけた。その女生徒の足取りはふらついており、不安に満ちた表情は青ざめている。明らかに冷静とはかけ離れた姿。

 生徒は鬼神を展開した鬼一に近寄り、鬼神にしがみつく。

 自分の思考が邪魔された鬼一は足元を見る。そこには1人の女生徒がいた。

 そこにいる少女の瞳を見てしまった瞬間、鬼一の心は凍った。不安と恐怖に彩られたその表情と涙ぐんだ瞳に決断を下した。

 犠牲が出る前に決着をつける。

 それしか、ない。

 少女から視線を切って、感情に波が立たないように1度だけ深呼吸。そして通信を開く。

「……一夏さん、鈴さん、聞こえますか?」

『鬼一!?』

『なによ!?』

 鬼一からの突然のプライベートチャンネルに2人は応える。一夏は困惑交じり、鈴は苛立ちが多分に混じった声。苛立ちの中には怒りもある。戦闘中に目の前の敵から意識を逸らされるというのは危険なのだ。鬼一もそれは理解している。

 だが鬼一は確信めいた何かが自分の考えにあった。

 ―――……やはり止まった、か。

 それは正体不明のISが攻撃をしてこないという考えだ。しかも、こちらが話している時限定でだ。
 本来なら決定的なチャンスに成りうるこの状況で一切の攻撃行動を取ってこないというのは、先ほどの通信で充分な予想が立てられる。

「警戒しながらこっちの話を聞いてください。とりあえず結論から入りますがあのISには人が乗っていません」

 とはいえ攻撃をしてこないという保証はない。だからこそ鬼一は2人に注意を促してから話を始める。結論から話したのは戦闘中の2人に余裕がないからだ。断定口調で話しているのはこの後の伏線。

 ―――頼むから疑問を持たないで乗ってくれ。

『……やっぱり』

『あんたまで何を言っているの!?』

 鬼一の突然の発言に一夏は鬼一から見て不自然なくらいスムーズに納得し、鈴は怒鳴り声を上げた。彼女にとって予想外の言葉、それも悪い方向に。

 ―――よし。

「じゃなきゃ辻褄が合わないことが多すぎます。鈴さんの衝撃砲による不可視の弾丸の対応、一夏さんの死角外からの攻撃に対する回避、お二人による挟み撃ちへの対処、守備は完璧すぎるほどに完璧なのに、あれほど強力な武装を幼稚すぎる扱い、そして―――」

 鬼一は淡々と冷静に目の前で起きた事実を整理する。その視線は2人に向けられておらず、あくまでも正体不明のISに向けられていた。

「俺たちがこうやって喋っているにも関わらずあのISは動かない。2人を追い詰めるチャンスを、そして観客席まで突破するこの貴重なチャンスを見逃してまで動かないというのは明らかにおかしいんです」

 その事実に一夏は頷く。鈴は先ほどまでの勢いが削がれたが、それでも鬼一の言葉を否定しようとする。

『……でも、無人機なんていくらなんでも有り得ない。ISは人が乗らないと起動しないはず……』

「鈴さんがどんな根拠を持って言っているのかは知りませんが、俺から言わせてもらえれば、ISは今も不明なことが多いんですよね? 正直、無人で運用する方法があっても不思議ではないと思いますが。俺らが知らないだけで」

 ―――本当にアレが無人である決定的な証拠はどこにもないけど、さ。

『……っ』

 ―――だけど、人がいないという可能性は零落白夜という最強のジョーカーを使えるきっかけになる。織斑 一夏に引き金を引かせることが出来る。そうすれば最悪の状況を避けれる勝算が立つ。

「人が乗っていないのならば犠牲は出ない。一夏さんが零落白夜を1回当てるだけで全て終わる。一夏さん、守ることが出来ますよ」

『……鬼一っ!』

 鬼一のその言葉に対して鈴は激昴の声を上げた。その視線は正体不明のISから鬼一に向けられる。鈴の怒りに染まった瞳を向けられても鬼一は一瞥もしない。心が決まっている以上、鬼一を止めるなら実力行使しか方法はない。

 ―――そう、鳳 鈴音がこんな言い回しを認めるわけがない。なんせまだ人が乗っている可能性が残っているのだからな。だけど、それはどうでもいいこと。重要なのは織斑 一夏が俺と同じような疑念があってそれを肯定されたこと、そして守ることが出来るかもしれないという欲が満たされるかもしれないこと。

 結局の所、鬼一は一夏の『守りたい・犠牲を出したくない』という気持ちを利用している。利用することでこの戦闘に伴う最小限の犠牲で終わらせようとしているのだ。

 鈴は一夏の気持ちを知っているからこそ、甘いということも重々承知した上で一夏の気持ちを叶える為に四苦八苦しながら戦っていた。鈴の奮闘があったからこそここまでまだ犠牲を出さずに押さえているというのは事実。

 そして鈴は鬼一の意図も理解している。鬼一が一夏の気持ちを利用としていることも。

 だからこそ鈴は鬼一を許すことは出来なかった。

 だが鬼一は鈴の気持ちなど知ったことではない。鈴が消耗した状態でここまで戦っていたのは尊敬している。よくぞ一夏のフォローをしながらここまで耐えた。が、それだけだ。鈴の限界だって決して遠くない。そうなればリスクがどのように変化するか、予想出来なくなる。

 ―――長引けば長引くほどリスクが上がっていく以上はこれが最善だ。少なくとも観客席にいる生徒たちは助かるのは間違いない。本来、どこにも躊躇う必要はない。

「人が乗っていないなら容赦なく全力で攻撃しても誰も犠牲になりません」

『……あぁ、分かっているよ鬼一』

『一夏っ!?』

 一夏の肯定と鈴の戸惑いの声。一夏の声を聞いた瞬間、鬼一は自分の頬が釣り上がるのを自覚した。鈴が鬼一から視線を切って一夏を見たおかげでその表情を見られなかったのは幸い。見られていたら鈴は鬼一を殺そうとしたかもしれない。

 人は誰だって肯定されたい。自分の考えや自分の感じたものを肯定され、共感して欲しいと感じるのは至極当然のことだ。このように切羽詰まった状況でなら尚更だ。1度受け入れてもらえば、もう疑問を抱くことは出来ないだろう。

『鈴、零落白夜は確かに誰かを殺すかもしれないほどの力があるかもしれない。だけど相手は無人機なんだ。鬼一の言う通り零落白夜で一気に決着をつける方が正着じゃないか』

『……っ』

『鈴、俺に考えがある』

 一夏は鈴を見ようとしないで自分が考えた策を話し始める。

 鈴はそれを止めることは出来なかった。一夏の表情を見て止めることができなくなってしまったからだ。

―――――――――

 俺はブレード『葵』を構えたまま謎のISに肉薄。自分が自信のある間合いに踏み込み、全身の勢いを余さず葵に乗せて振り切る。だけど、その一撃はあっさと避けられてしまう。

 さっきからずっとこうだ。俺や鈴の攻撃は悉く避けられ、止められ、受け流されている。ここまで完璧な守備を出来るなんて正直、信じられなかった。俺だけならいざ知らず鈴もここにいるのに。

「―――このっ!」

「一夏、無理しないで!」

 体勢を立て直して再度切りかかろうとしたら鈴の言葉に、頭に登った血が一気に下がる。そのおかげで冷静に下がれる。それに合わせて右サイドから鈴の龍砲による援護が入った。

 さっきから胸を掻き毟るような違和感がずっと付き纏っている。

 このISのスペックは極めて高い。IS学園の遮断シールドを破壊するだけの力がある。そして鬼一の鬼神と同等、もしかしたらそれよりも速い速度でスラスターを展開している。ビームによるエネルギー射撃も、セシリアのブルーティアーズよりも出力が高い。直撃すれば絶対防御が発動するのは間違いない。全身装甲ということもあって通常のISよりも遥かに防御力が高いはず。

 そして、この操縦者の卓越した防御スキルが俺と鈴の連携による攻撃を悉く阻む。はっきり言って悪夢のようだ。

 何をやっても意味がない。

 何をやっても通用しない。

 そんな無力感が時間が経つ度に強くなっていく。

「一夏、あんたは下から行きなさい! 私は上から行くわ! 上下で挟み撃ちすればあの破壊力や火力が観客席に向けられることはなくなる!」

「分かった!」

 鈴からの指示に白式を急降下させて正体不明のISの下ポジションを取る。俺がポジションにつくとほぼ同じタイミングで、鈴が衝撃砲で足止めしながら無人機の頭上を取る。

 鈴とタイミングを測る必要もなく、一瞬視線が交わっただけでそれで充分だった。それだけで俺たちなら合わせることが出来る。

 俺と鈴は同時に瞬時加速で正体不明のISに突撃。俺は無人機の右の脇下から左肩を切ろうとし、鈴は右肩から左の脇下を切ろうとした。どれだけ反応が早くても、専用機のスピード、それも瞬時加速を利用した同じタイミングの斬撃に対応出来るはずがない。

「殺った―――!」

「うおおおおっ!」

 鈴の叫び声に俺もそれに応えるように雄叫びを上げる。

 必殺の連携は成功した。俺の葵は右の脇下に触れ、鈴の双点牙月は左の脇下に触れる。もう後はこのまま切り裂くだけだった。

 そのはず、だった。

「ぬ、ぐっ!?」

「きゃあ!?」

 一瞬何が起きたのか理解出来なかった。ただ理解出来たのは俺と鈴がそれぞれ弾き飛ばされたということだけ。

「……なんて滅茶苦茶なのよコイツ……!」

「……っ」

 鈴の悔しそうな、怒りの声。俺はあまりの衝撃に声を出すことも忘れていた。

 信じられないけど、目の前のコイツは俺と鈴の武器が触れたと同時にその場で高速の一回転。無理矢理俺と鈴を引き剥がしたのだ。

 ―――……鬼神のリミッター解除した鬼火と同じくらいの出力がある、いやもっとあるんじゃないのかアレ!?

 ぶっ飛ばされた衝撃で頭がクラクラする。そんな状態でもあのISから視線を切るわけには行かない。切ったその瞬間、この均衡は一気に崩れてしまう。俺と鈴が踏み止まっているからギリギリの所で持ちこたえているだけだ。

 ―――……まだなのか? まだ10分立たないのか? 

 学校の休み時間の10分はあんなに短く感じるのに、この10分は果てしなく長く感じる。1分が1時間にも2時間にも感じられた。

 鈴はともかく、俺は身体が限界に近づいていた。鈴との勝負で身体を追い詰めていたのだから当然のこと。

 だからと言ってここで手を抜くわけにはいかない。いや、抜けるはずがない。俺たちが抜かれたら観客席の生徒のみんなが犠牲になるからだ。いくらあの鬼一やセシリアでもあの広さと人数を完璧にフォローすることは出来ない。

 だったらここで俺たちが踏ん張るのがベスト。

「……一夏、1度仕切り直しよ!」

 鈴からの指示に素直に従って後ろのスペースに後退する。随所に入る鈴のフォローのおかげで俺はここまで動けていた。鈴のフォローがなかったらもっと早くに体力が尽きていた。

 しかし、鈴もすげえ。

 鈴は俺のフォローしながらも自分のパフォーマンスを維持している。俺との試合ではあれだけ攻め込んできたのだからかなり体力を消耗しているだろうし、鬼一との試合での疲労も抜けていないのに戦闘を続けていた。

「くらいなさい!」

 俺が下がると同時に鈴は猛然と踏み込み、近距離で衝撃砲を浴びせかけた。だが見えない弾丸は敵の腕によって叩き落とされる。小さく鈴の舌打ちが聞こえた。

 この戦闘が始まってからどれくらいの時間が経ったのかは知らないが、それでもいくつか分かったことがある。

 このISは相手の攻撃を凌いだ後は必ず反撃に転じるのだが、その方法は余りにも無茶苦茶だ。その長い腕を使って乱暴に振り回して距離を詰めてくるのだ。しかも振り回している最中に射撃まで混ざってくるのだから笑えない。狙いは雑だからそこまで回避に気を遣う必要はないが、威力が威力なだけに気を抜くことは出来ない。

「鈴っ! そっちのエネルギーはどこまで残っている?」

「……今、半分を切ったところよ。残り293、アレに龍砲を撃ちすぎて消耗が激しいけど、このままの展開が続くなら残り時間を稼ぐくらいのことは出来るわ。そっちは?」

「雪片も零落白夜も使っていないからかなり残ってる。残り287だ」

 ほぼ同じくらいのエネルギーが残っているのか。鈴との勝負はそれなりに長い時間を戦っていたはずなのに、まだ半分も残っている。やっぱり雪片や零落白夜の消耗は半端じゃない。

「……のこり時間は7分。アレがこの状態を容認するなら充分おつりが来るわよ」

「あと7分、か」

 あれだけ長く戦っているのにまだ折り返し地点にすら来ていないのか。

「……鈴、あのISがこのままでいると思うか?」

 いくらなんでもそこまで楽観視出来ない。理由は知らないけど、向こうだってIS学園のことを知らないわけじゃない。それなら学園のIS部隊が突入するまでに決着をつけようとするはずだ。

 IS学園のアリーナの遮断シールドを抜くだけの破壊力、高火力の射撃武装、俺じゃどれくらいのものか分からないほどの圧巻の守備力。俺たちを倒そうと思えば不可能じゃないはず。鈴だってそれは理解しているはずだ。

 でも、なんであれだけの守りを展開出来るくせに攻撃はあんな幼稚なんだ?

「……それはないわね。それじゃIS学園の部隊に敗れるために来た哀れなピエロよ。アレの能力を考えれば私たちを無視しようと思えば出来る……」

 そこまで喋って鈴は頭を横に振る。

「余計なことを考える必要はないわ。私たちの役目は時間稼ぎ。私たちの火力と疲弊している身体じゃアレを機能停止に追い詰めるのは、いくらなんでも現実的じゃないわ」

 ―――本当に時間稼ぎだけでいいのか?

 鈴の言っていることは正しい。俺もそう思う。だけどそれだけじゃダメなような気がする。この状況はあくまでも敵のISの気分次第なんだ。時間が経てば経つほど何をしてくるか……。

 例えば……俺たちがもっと消耗してから、今よりもリスクを落としてから俺たちを料理する。そのあとでシールドを破壊することだって考えられるはず。俺と鈴が負ければ―――。

「……負けたら、どうなる?」

 絶対防御、生命維持装置があると言っても危険はある。俺と鬼一との試合、俺は保健室での休憩くらいで済んだけど、鬼一はあの時専用の治療室にまで入ることになった。鬼一は平然としていたけど、身体の怪我や何らかの後遺症が残る可能性があったらしい。

 つまりISは決して安全なものなんかじゃない。どれだけ万全を尽くしても危険は残る。

 それならこの実戦はどうなる? 安全は保証されていない、それどころか自分以外の安全もそうだし自分の安全だってどうか分からない……。本当に10分でIS部隊が突入出来る保証なんてどこにもない。

「……だったら……」

 リスクが上がる前に決着をつけるのが正解なんじゃないのか?

 千冬姉の雪片、そして零落白夜。

 1回切るだけで全ての問題を終わらせることができる。エネルギーも余裕がある。鈴と2人でなら勝算もあるはずだ。

 ―――零落白夜は人を殺す可能性がある―――

 その可能性に胸に重りがついたように身体が重くなった気がした。吐き出される息が心なし冷たく感じる。

「……だけど、このISは本当に人が乗っているのか……?」

 さっきからどうも引っかかる。どうしてこの正体不明のISはなんで同じ行動しか繰り返さないんだ? 

 そりゃこっちの行動に合わせて内容は細かく変わる。だけど守備から反撃を繰り返しているだけで、反撃に至ってはまったくと言っていいほど同じ。対策されるリスクを考えればまったく同じ行動を取る必要性はないはず……。

「なぁ、鈴?」

「……何よ一夏?」

 警戒していた鈴は俺の呼びかけに顔をしかめるが、俺の声に何かを感じたのか応えてくれた。

「少し俺の話を聞いてくれ。もし、この仮説が本気なら今とこれからのリスクを抑えられるはずだ」

 鈴の視線は正体不明のISに備えたまま無言で俺に続きを促した。

「あのIS―――機械みたいじゃないか?」

「……何言っているのよ。ISは機械じゃない」

「違う。あれは―――本当に人が乗っているのか?」

 俺のその言葉に苛立ちを隠せない鈴は否定の言葉を吐き出す。

「―――は? なに寝ぼけたこと言っているのよ。人が乗らなきゃISは動かない―――」

「でも鈴、おかしくないか? 俺たちがこうやって話しているのになんであいつは仕掛けてこないんだよ。本来なら決定的なチャンスじゃないか」

「……」

 鈴の言葉を遮って疑問をぶつける。俺と同じ疑問を持っていたのか鈴は続きを話せなくなった。

 鈴は険しい表情をしていたが、1度だけ深呼吸する。それは自分の中にある感情を打ち消すように、もしくは落ち着かせるように、上手くは言えないが何かを押さえているようにも感じた。

 険しさの残る表情と緊張感の宿った声で鈴は言葉を絞り出すように話し始めた。

「……確かにそうね。でも無人機なんていくらなんでも考えられないわ。それを考えた研究者はどれだけいて、全員が諦めているのよ」

「ISを『無人』で動かせることが分かったら鈴は誰かに言おうとするか?」

 俺だったら言うかもしれない。その技術を他に活かせるかもしれないから。だけどそうは考えない人間だっているかもしれない。もしかしたらその技術を何かに悪用することだって考えられる。

「勿論そんなの……あんたの言いたいことは分かったわ。仮にあれが無人で動いているとして、何が変わるのよ?」

「大きく変わるさ。……零落白夜を迷いなく使うことが出来る」

 俺のその言葉に鈴は視線を正体不明のISから俺に向けられた。その視線は俺を責めているようにも、諌めるようにも、咎めるようにも感じる。こんな鈴の視線は初めて見た。

「……一夏、別にアレが有人だろうが無人だろうが私が反対する理由はないわ。だけどあくまでも現段階では無人である『可能性』でしかない」

 じゃあ何で鈴は俺に零落白夜の使用を―――……可能性?

「あんた、もしあれが無人じゃなかった時、どうするつもりなの?」

 ―――犠牲を作るのは自分……それを忘れないで。

 脳裏に蘇る鈴の言葉。その言葉は、一瞬呼吸を忘れさせるほどのもの。

「……っ」

「有人であろうが無人だろうが私は零落白夜を使うことを反対しないわ。でもね一夏? アレが有人で零落白夜を使って落とした場合、いえ、『人間を殺した時』、一夏はその苦しさを背負える?」

 犠牲は出したくない。千冬姉もそうだし、この場のいる人たちを誰も傷つけたくない。

 そして、あの正体不明のISが無人じゃなくて有人だった場合、零落白夜を使えば殺す可能性が必ず付き纏う。―――犠牲を生み出すことになってしまう。例え敵であってもだ。

「……それは」

「私だって人を殺したことはないから分からない。でも、こんな状況になったら私は躊躇わない。ううん、専用機持ちになった瞬間からそれくらいの覚悟はしてる」

 いつか鬼一が言っていた。

 専用気持ちが戦場に出るということは自分だけの問題ではなく、絶対に敗北が許される状況じゃない。鈴もそれを理解しているからこそ、いつかは人を殺すかもしれないというのを受け入れている。

 でも俺はまだ、そんな覚悟は出来ていない。いや、したくない。犠牲が出る前提なんて間違っている。

「でも一夏、あんたは皆を守るために、誰も犠牲を出したくない、という考えからあれを無人機だと考えたいだけよ」

 その言葉に視界が赤くなった。

「……違う! 俺は―――!」

 鈴は悪くないのに、鈴に激情をぶつけようとした瞬間、冷水を彷彿させる声が俺と鈴にかけられた。

 それは予想もしていない人間の声だった。

『……一夏さん、鈴さん、聞こえますか?』

「鬼一!?」

「なによ!?」

 鬼一の声は冷たく、ひどく乾いた声。普段の鬼一とは掛け離れたその声に背筋が震えた。普段の鬼一は淡々としている所があっても、人のことを考えているから温かみがある。でも、今の声にそんな温かみは一切ない。

 鬼一のこんな声を聞いたのは初めてだけど、俺はこの鬼一知っているような気がする。鬼一との付き合いは決して長くないのにだ。

 俺はどこで、この鬼一に触れたんだ?

『警戒しながらこっちの話を聞いてください。とりあえず結論から入りますがあのISには人が乗っていません』

 鬼一は俺たちの声など知ったことではないと言わんばかりに無視して、自分の話を始める。

 そして、その鬼一の話は俺にとってありがたい話だった。自分の仮説を強くする内容の話。鬼一が言うならこの仮説は説得力が増してくる。

『……やっぱり』

『あんたまで何を言っているの!?』

 鈴はやはりこの仮説に否定的だ。でも、どうしてそこまで鈴は否定的なのかがよく分からない。

 相手が無人機で零落白夜を使うことに問題がないのであれば、そこまで否定的である必要はないのに。

『じゃなきゃ辻褄が合わないことが多すぎます。鈴さんの衝撃砲による不可視の弾丸の対応、一夏さんの死角外からの攻撃に対する回避、お二人による挟み撃ちへの対処、守備は完璧すぎるほどに完璧なのに、あれほど強力な武装を幼稚すぎる扱い、そして―――』

 鬼一は俺が気づいたこと以上に別の角度からも意見を話してくる。言われてみれば確かにそうだ。

『俺たちがこうやって喋っているにも関わらずあのISは動かない。2人を追い詰めるチャンスを、そして観客席まで突破するこの貴重なチャンスを見逃してまで動かないというのは明らかにおかしい』

 俺1人だけだったら弱いかもしれないが、鬼一も俺の仮説を援護してくれる。

『……でも、無人機なんていくらなんでも有り得ない。ISは人が乗らないと起動しないはず……』

『鈴さんがどんな根拠を持って言っているのかは知りませんが、俺から言わせてもらえれば、ISは今も不明なことが多いんですよね? 正直、無人で運用する方法があっても不思議ではないと思いますが。俺らが知らないだけで』

『……っ』

 鬼一の説明に鈴がついに押し黙る。

『人が乗っていないのならば犠牲は出ない。一夏さんが零落白夜を1回当てるだけで全て終わる。一夏さん、守ることが出来ますよ』

『……鬼一っ!』

 そう、鬼一の言う通りだ。人が乗っていないのであれば零落白夜を1回当てるだけで全部終わる。俺は守ることが出来るんだ。

『人が乗っていないなら容赦なく全力で攻撃しても誰も犠牲になりません』

『……あぁ、分かっているよ鬼一』

『一夏っ!?』

 鈴の悲しげな、悲鳴のような声に心が少しだけ痛かった。だけど迷う必要はもうない。

『鈴、零落白夜は確かに誰かを殺すかもしれないほどの力があるかもしれない。だけど相手は無人機なんだ。鬼一の言う通り零落白夜で一気に決着をつける方が正着じゃないか』

『……っ』

『鈴、俺に考えがある』

 俺は零落白夜を使って、守る。

―――――――――

 一夏が打鉄のデフォルト装備である近接刀『葵』を構えて所属不明のISに斬りかかっていく。その構えや距離を詰めていく姿は決して上等なものじゃない。初心者に毛が生えた程度のもの。必然的に避けられてしまう。

 このISと戦闘開始してから2分。通常のIS戦なら相手の『基準』というものが見えてくるもの、実際に『基準』というものが分かってきたのだがどうもちぐはぐだ。

 私たちの連携を交えた攻撃が捌かれてしまうのは別に良い。例えば相手が国家代表クラスならそれくらいのことは苦もなくやってのける。現に私もすでに山田先生から体験させられている。

 正直言ってこの状況に神経がドンドン削られている。認めたくはないけどさ。

 一夏との勝負から突然の実戦というのもあるけど、あまりにも特殊な状況に参ってきている。

 一夏の引率とそのフォローだけでも私にとってはかなり大きな負担。とはいえ、それは分かっていることだから肉体面での負担が大きくなるだけだから精神的にはそこまでじゃない。

 自分達が負けたら後ろにいる人たちが一気に犠牲になる。もっと言えば大虐殺が待っていると言ってもいい。

 鬼一やセシリアの実力を疑っているわけじゃない。あの二人なら私たちが抜かれても突入部隊が来るまでの時間は稼げるかもしれない。だけど、ISを持っていない他の生徒はそうじゃない。

 あの2人が守りながら戦うかもしれないが、あの2人は基本的に足を止めた防衛戦などは不向きだ。どちらも足が早く、攻撃力の高さが本質と言ってもいい。守りながらとなるとあの2人の力は激減する。それにセシリアのブルティアーズじゃ火力が足りなさすぎる。

 だからこそ、ここで私が一夏を守りながらこのISを食い止めないといけない。

「―――このっ!」

「一夏、無理しないで!」

 激昴しかけた一夏を諌める。一夏は実戦というのを初めて経験しているからか、先ほどから動きが浮ついているように感じてしまう。私だって実戦は初めてだが心構えが出来ている分、冷静に自分と周りの状態を確認できる。

 一夏を下がらせながら私が前線に出る。一夏の負担を減らすために衝撃砲で支援。あくまでこの戦場は時間を稼ぐことに終始した方がいい。相手の技量がズバ抜けている、そしてISのスペックも明らかに甲龍と白式を上回っている。

 敗北を認めたわけじゃないがその差を受け入れている分、感情を落ち着かせることが出来る。必要以上に焦ることもない。

 龍砲で敵ISの足を食い止めながら一夏の状態を確認。白式は損害を受けているわけではなさそうだが、一夏の顔色が優れない。

 ―――ある意味で当然よね。強気に攻めているのにその攻撃はまだ状況を変えることが出来ていないから。

 一夏は今頃自分の無力さを痛感しているかもしれないけど、この状況でメンタルが沈んでしまうと自分の身を守ることすら覚束なくなってしまう。

「一夏、あんたは下から行きなさい! 私は上から行くわ! 上下で挟み撃ちすればあの破壊力や火力が観客席に向けられることはなくなる!」

「分かった!」

 だからこの場で必要なのは冷静で具体的な指示。混乱しそうになる時ほど冷静に、具体的な指示を出すことで自分の仕事を意識させる。そうすれば思考が止まらず、立て直すことが出来る。

 一夏が地面に急降下していき、一夏と敵ISの位置を確認しながら私も敵ISの頭上を取る。あのISは全身装甲だから視線がどこを向いているか定かじゃないが、視界外をイメージしながらポジションを取る。龍砲を重ねることで一夏から少しでも私に意識させる。

 敵ISを挟んで私と一夏はポジションを押さえ、敵IS越しに一夏を視線が合う。自然と一夏が踏み込むタイミングが分かる。

 瞬時加速。

 文字通り最速で踏み込み敵ISに切り込む。タイミングは間違いなく完璧。即興にしては上出来すぎるアタック。はっきり言って国家代表クラスでも捌ききるのは困難を極める。

 この一撃は絶対に決まると確信。

「殺った―――!」

「うおおおおっ!」

 私と一夏の武器、双点牙月と葵が敵ISの装甲に触れる。一夏はどうかは知らないが、装甲に触れ、双点牙月から伝わるその感触に勝ったという手応えを感じた。

 だからこそ、私は何をされたのか本当に理解出来なかった。いや、正確には理解したくなかった。

「ぬ、ぐっ!?」

「きゃあ!?」

 指先の感覚が一瞬全部失うほどの衝撃。かろうじて武器を落とすような無様さをさらすことはなかったが、それ以上に必殺の攻撃をあっさりと食い止められたことによるショックの方が大きかった。

「……なんて滅茶苦茶なのよコイツ……!」

 思わず言葉にしてしまうほどの衝撃。一夏を不安にさせるような言葉は口にしたくないというのに口にしてしまった。

「……っ」

 一夏は今の守備に少し放心しているようだった。

 私は一夏のその表情を見て、思わず舌打ちを漏らしかけた。放心よりも不安のほうがまだマシ。放心というのは思考停止の状態と言ってもいいからだ。戦場で思考が停止するというのがどれだけ危険なことか一夏は知らない。

 幸いすぐに『戻ってきた』ようですぐに警戒心の宿った瞳に戻る。それを見て安心した。

 だからといって決して楽観できるような状況ではない。むしろ自分たちの状況が悪くなっていると言ってもいい。

 とにかく一夏の消耗が激しい。私との戦いで疲れているというのもあったが、この突然の状況に頭で分かっていても心と身体がまだ追いついていないのは明らかだった。

 今は緊張感があるからいいが、何かがきっかけで一気に疲労が噴出する可能性がある。そうすれば意識はあっても身体がついてこなくなってしまう。そうなればもう戦うことは出来ない。

 正直な所私自身、自分がどれだけ消耗しているのか正確に測りかねている。今はまだ大丈夫だろうが呼吸が少しずつ浅く、早くなってきている。この状況に参っているわけではないが、少しずつ追い込まれていく感じはある。

 でも、ここで私が潰れるわけには行かない。私が潰れてしまえば一夏はどうしようもない。一夏の実力もそうだが、それ以上に何をしていいのか一夏は分からなくなってしまう恐れがある。

 今はまだ私が指示を出せているから一夏は集中できているし動けている。でも私が戦闘不能の状態になってしまえば、一夏が単独であのISを食い止めることになる。

 いくらなんでもそれは出来ない。今の一夏では役不足もいいところ。

 突入まではまだまだ時間があり気が遠くなりそうだが、耐えられるかどうかではなく絶対に耐えなければならない。

「……一夏、1度仕切り直しよ!」

 私の声に一夏は頷いてこの戦場にある空白のスペースに後退。一夏の体力はあとどれだけ残っているのか? 一夏の体力の消耗を極力避けながら私は自分の消耗も押さえなければならない。

 敵ISはここまで守備的だからいいが、もし本気で攻め込んでくるようならこちらも腹を括ることになる。いや、敵は必ずどこかで仕掛けてくる。向こうだって援軍が来ることは充分に予想している。その時までに体力とISのシールドエネルギーはキチンと残しておかないといけない。

「くらいなさい!」

 一夏が下がると同じタイミングで私は衝撃砲をぶつける。これで決めようと気持ちはさらさらなく、あくまでも一夏の後退を援護するだけの威嚇射撃と言ってもいい。

 敵ISは私の衝撃砲の見えない弾丸を『叩き落とす』怪物なのだ。こんな芸当は本国の国家代表でも出来ない。これほどの技術を持っている相手が本気で攻めてきたら、どれだけタフな潰し合いになるのか考えたくもない。

 でも、なんで守備はここまで神がかっているのに攻撃はここまで手抜きなの? こちらからの攻撃を凌いでからの反撃は分かるんだけど、その方法があまりにも理解に苦しむ。ただ手を振り回しながら射撃をしてくるだけだ。

 攻めてくる気がないにしてもあまりにも消極的すぎる。

「鈴っ! そっちのエネルギーはどこまで残っている?」

 一夏の声に左目の片隅に映っているエネルギーの残量を確認。

「……今、半分を切ったところよ。残り293、アレに龍砲を撃ちすぎて消耗が激しいけど、このままの展開が続くなら残り時間を稼ぐくらいのことは出来るわ。そっちは?」

「雪片も零落白夜も使っていないからかなり残ってる。残り287だ」

 お互い半分、ね。正直言ってマズイ。

「……のこり時間は7分。アレがこの状態を容認するなら充分おつりが来るわよ」

「あと7分、か」

 今のような状態が続くとこちらのエネルギー切れになる可能性は高い。私の読みが正しければ残り2分のところで100を切るかどうかだ。一番エネルギーが必要になる時間帯に、敵ISが本格的に攻め込んできたらエネルギーが足りずこちらが先に音を上げることになる。なんとかしないと……。

「……鈴、あのISがこのままでいると思うか?」

 向こうがこっちの消耗を狙っているなら『今』はこの状況を維持するはず。だけど、必ずどこかで攻めてくる。

 むしろ攻めてくるだけならまだマシなんだけど……。

 一番怖いのはこちらを無視して遮断シールドの破壊を狙ってきた時だ。そうなれば私と一夏はそれを止める術はない。

「……それはないわね。それじゃIS学園の部隊に敗れるために来た哀れなピエロよ。アレの能力を考えれば私たちを無視しようと思えば出来る……」

 今、一夏にそれを喋る必要はない。ここで一夏をいたずらに不安に駆り立ててどうなるのよ。むしろ悪化するだけ、これ以上状況が悪くなんて考えたくもない。

「余計なことを考える必要はないわ。私たちの役目は時間稼ぎ。私たちの火力と疲弊している身体じゃアレを機能停止に追い詰めるのは、いくらなんでも現実的じゃないわ」

 なんとかしてこの劣勢を改善したいけど、ハッキリ言ってそれは絶望的。せめてエネルギーが十分にあれば時間を稼ぎきれる勝算も立てられるんだけど……。このままじゃ先に限界を迎えるのは間違いなくこっち。

「なぁ、鈴?」

「……何よ一夏?」

 必死になって思考を繰り返して勝算を立てている最中に一夏から声をかけられる。

「少し俺の話を聞いてくれ。もし、この仮説が本気なら今とこれからのリスクを抑えられるはずだ」

 一夏が話している間にも私の思考は続く。が、一夏の『仮説』に思考が完全に止められた。

「あのIS―――機械みたいじゃないか?」

「……何言っているのよ。ISは機械じゃない」

 本当は分かっている。一夏が何を言おうとしているのかくらい。昔からこいつは突拍子もないことを言ってくるときがある。

 そして、これは今までの中でぶっちぎりのものだった。

「違う。あれは―――本当に人が乗っているのか?」

「―――は? なに寝ぼけたこと言っているのよ。人が乗らなきゃISは動かない―――」

 その言葉に罵声を返さなかっただけでも自分を褒めて上げたかった。それだけ現実的ではない内容。早口で否定するけど私は心のどこかでその仮説を肯定していたのかもしれない。

「でも鈴、おかしくないか? 俺たちがこうやって話しているのになんであいつは仕掛けてこないんだよ。本来なら決定的なチャンスじゃないか」

「……」

 だから一夏の発言に無言で返すことになってしまう。無言は肯定の証、とまでは私は言うつもりはないけどそう受け取られかねない態度になってしまった。

「……確かにそうね。でも無人機なんていくらなんでも考えられないわ。それを考えた研究者はどれだけいて、全員が諦めているのよ」

 確かに敵ISは攻め込んでこない。そういう意味では確かに一夏の仮説通りかもしれない。だけど、こちらの様子を伺っているだけの可能性だってある。例えば向こうがこちらの消耗を狙っているのであれば、様子を見るも立派な選択になる。

「ISを『無人』で動かせることが分かったら鈴は誰かに言おうとするか?」

「勿論そんなの……あんたの言いたいことは分かったわ。仮にあれが無人で動いているとして、何が変わるのよ?」

 この後一夏が何を言うのか私は分かっていたけど、出来れば口にしないで欲しかった。

「大きく変わるさ。……零落白夜を迷いなく使うことが出来る」

 ……やはり零落白夜が出てくるよね。

 出来ることなら私も零落白夜を使って欲しい。それは戦闘が始まった時からずっと頭の片隅にあった。零落白夜を使えば一撃とまでは言わなくても触れるだけで終わる。

 でも、だからと言ってそれを私は承認するわけにはいかない。零落白夜は人を殺すもの。

 一夏が意識的なのかそれとも無意識なのかは知らないけど、こいつは私にわざわざ喋ってきた。もし、確信があるならこいつはこんな話をすることもなくさっさと零落白夜を使っている。

「一夏、確かにアレが無人なら私は反対する理由はないわ。でも現段階では無人である『可能性』でしかない」

 そう、一夏の仮説は敵ISが無人機だったらという仮説。だけどこの仮説はあくまでも仮説でしかないのだ。

 確かに敵ISの不可解な行動を考えれば、あらかじめプログラミングされたものであるという可能性はある。ハッキリ言って無人機という考えは頭から否定するつもりはない。

「あんた、もしあれが無人じゃなかった時、どうするつもりなの?」

「……っ」

 でも、あくまでも『かもしれない』だけだ。

 そんなもののために、このバカにとてつもなく大きな荷物を背負わせるつもりはない。

「有人であろうが無人だろうが私は零落白夜を使うことを反対しないわ。でもね一夏? アレが有人で零落白夜を使って落とした場合、いえ、『人間を殺した時』、一夏はその苦しさを背負える?」

「……それは」

「私だって人を殺したことはないから分からない。でも、こんな状況になったら私は躊躇わない。ううん、専用機持ちになった瞬間からそれくらいの覚悟はしてる」

 専用機に乗るというのはそういうことなのだ。

 専用機持ちというのは絶大な栄誉や様々な保証が約束される。だからこそ期待もされる。

 例えば、このような局面になった時『躊躇いなく人を殺す汚れ役』を被せられることとかね。私もいつかは人を殺すことになる。それは間違いない。

 でも、私はこのバカに、少なくともその覚悟も出来ていない一夏にそんなものを背負わせようとは思わない。ある日突然、専用機持ちになったこいつに。

 それは私たちが背負わなければならないものだ。

「でも一夏、あんたは皆を守るために、誰も犠牲を出したくない、という考えからあれを無人機だと考えたいだけよ」

 ねえ一夏? あんたの守るってどれだけ難しいことか理解している? それがどれだけ傲慢な願いか分かっている? 味方も敵も犠牲にしたくないというのは、もう不可能の、神様にしか出来ない領域なのよ。

 もし、あんたが誰も犠牲にしたくないという思いから敵ISを『無人機』と思いたいのなら私は止める。それであんたが覚悟もしていない人殺しをするよりはマシ。

「……違う! 俺は―――!」

 一夏が怒鳴り声を上げようとしたところで、

『……一夏さん、鈴さん、聞こえますか?』

 私にとって予期せぬ声が聞こえた。

「鬼一!?」

「なによ!?」

 マズイ。ここで鬼一が出てくるなんて。さっきの会話から私はこいつを警戒している。こいつは誰よりも早く零落白夜に目をつけてきた。この通信も零落白夜の提案の可能性が高い。

 つまりそれは一夏に人殺しをしろと言うようなもの。私はまだ敵ISを本当に無人とまでは思っていない。

『警戒しながらこっちの話を聞いてください。とりあえず結論から入りますがあのISには人が乗っていません』

「……やっぱり」

「あんたまで何を言っているの!?」

 一夏の呟きに自然と私の声は怒鳴り声に近いものになってしまった。このままだと一夏が零落白夜を使うことになってしまう。一夏はまだ覚悟も何も出来ていないのに。

『じゃなきゃ辻褄が合わないことが多すぎます。鈴さんの衝撃砲による不可視の弾丸の対応、一夏さんの死角外からの攻撃に対する回避、お二人による挟み撃ちへの対処、守備は完璧すぎるほどに完璧なのに、あれほど強力な武装を幼稚すぎる扱い、そして―――』

 私や一夏の考えにこいつ独自の考えが混ざった説明。やっぱりこいつも気付いているんだ。

『俺らがこうやって喋っているにも関わらずあのISは動かない。2人を追い詰めるチャンスを、そして観客席まで突破するこの貴重なチャンスを見逃してまで動かないというのは明らかにおかしい』

「……でも、無人機なんていくらなんでも有り得ない。ISは人が乗らないと起動しないはず……」

 否定の言葉を述べたがどうしても力のないものになってしまう。一夏の表情を見てしまったからだ。それは自分の考えを肯定された、共感された人間の顔。

『鈴さんがどんな根拠を持って言っているのかは知りませんが、俺から言わせてもらえれば、ISは今も不明なことが多いんですよね? 正直、無人で運用する方法があっても不思議ではないと思いますが。俺らが知らないだけで』

「……っ」

 うるさい。確かにそうかもしれないが、決定的な証拠じゃない。それじゃまだ無人と決めるには早すぎる―――っ。

『人が乗っていないのならば犠牲は出ない。一夏さんが零落白夜を1回当てるだけで全て終わる。一夏さん、守ることが出来ますよ』

 ……お前がそれを言うのか! 

「……鬼一っ!」

 鬼一がその言葉を言った瞬間、私は制止の声を出したがもう遅かった。それはもう一夏に入ってしまっている。

『人が乗っていないなら容赦なく全力で攻撃しても誰も犠牲になりません』

 鬼一は私の声を無視して再度繰り返して一夏に囁く。鬼一の声は悪魔との契約を進める死神にしか思えなかった。

 私は一夏に対して言葉を探す。今、一夏を思いとどまらせないと―――。

「……あぁ、分かっているよ鬼一」

「一夏っ!?」

 ……私が見つけるよりも先に一夏の心は決まってしまった。

「鈴、零落白夜は確かに誰かを殺すかもしれないほどの力があるかもしれない。だけど相手は無人機なんだ。鬼一の言う通り零落白夜で一気に決着をつける方が正着じゃないか」

「……っ」

 ……一夏、本当に分かっているの? 今、あんたが、自分が何を言っているのか、本当に分かっている? あんたは―――。

「鈴、俺に考えがある」

 その言葉を聞いた瞬間、私はもう一夏を止めることが出来ないと分かってしまった。
 
 

 
後書き
 大変お待たせしました。
 ぼちぼち全員の持つ歪みを書き始めようと思います(以前からもあったけどこの話はちょっと顕著に出ています)。
 次の話で無人機周辺の件は終わると思います。
 感想お待ちしております。モチベーションになっているのでお願いします! 何でもしますから!

 ではまたどこかで 
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