【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第六章 滅亡、そして……
第67話 あっさり……
自分から攻めた。
剣を振りかざし、踏み込んでいく。
ルーカスがつくった剣。
かなりの重量があるはずだが、加速が付きやすく、振るときに重たくは感じない。
魔化されているおかげだ。
どんな魔法がかかっているのかについては、正確には聞いてはいない。
そもそもこの世界の魔法の体系自体についても、いまだ詳しくは知らなかったりする。
あまり魔法に興味がなかったためだ。
だが、ルーカスやその他魔族の魔法を今まで見てきて、少なくとも火・水・風・重力の四属性は存在しているように思う。
おそらくこの剣に込められているのは――重力魔法。
ぼくの斬撃を勇者は剣で受け、弾き返す。
そして今度は彼女のほうから攻撃を出してくる。
彼女の剣はその鎧と同じく、ルーカスの先祖が作ったものだ。
やはり重力魔法が込められているのだろう。速い動きだ。
ぼくは同じく剣で受ける。
以前に戦ったときのように、まったく動きについていけないということはなかった。
手から肩まで強い衝撃が伝わってきたが、しっかりと受けることはできた。
ぼくに戦闘技術があるわけではない。動体視力が特別に良いわけでもない。
けれども、彼女に対しては何度も施術をした。
呼吸やリズムが、なんとなくわかる。
マッサージは施術者と患者の息が合うということも大事だ。
息が合っていないと、やっているほうも違和感があるし、受けているほうも不快に感じる。当然治療効果も上がらない。
彼女との相性は、おそらく悪くはない。
ぼくは彼女の呼吸に合わせられるし、彼女のほうも自分からリズムを狂わせてくることはなかった。
打ち合いは続く。
彼女の顔はほとんど兜に隠れている。
表情はわからないが、これまたなんとなく伝わってきてしまう。
たぶん、いろいろ思い出しながら剣を振ってきているのだと思う。
腕が、しびれてきた。
手に力が入らなくなってきた。
――そろそろ限界か
振り上げを受けたはずの剣が弾き飛ばされた。
高速で回転しながら、施術ベッドのほうへ飛んで行った。
彼女はすぐに懐に飛び込んできた。
ぼくの片足を踏み、タックルを決める。
倒してからヨロイの隙間に剣を突き刺してくるつもりだ。
フルアーマーの相手に対しての戦い方は、おそらくそれが基本なのだろう。
もともとこの一騎打ち、勝てると思っていないし、勝つために受けたわけでもない。
無様に転がされたぼくは、特にそれ以上ジタバタはしないことにした。
「……さよなら」
真上から降ってきたその声。
少しかすれて、そして少し震えてもいた。
無理している感じがまともに伝わってきて、気の毒だった。
――だから相手は他の人のほうがいいって言ったのに。
そう思いながら、剣先が落ちてくるのを待った。
「待て」
その声は、部屋の入口のほうから聞こえてきた。
視線を向けるぼくと勇者。
「お前は……!」
おそらく開いたままだったであろう扉の前にいたのは、ルーカスだった。
勇者は彼のほうに向き直り、剣を構えた。
剣を向けられた彼は、特に動じることもなく、状況把握のために視線を一巡させた。
「マコトよ、やはりここだったか。勇者もいるということは……戦っていたところだったのか?」
「そうだ」
「ふふ。マコトと戦うのはお前としては本意なのか? とてもそうは思えんが」
「もうマコトを助ける手段はない。他の人間に殺されるくらいなら私が殺る」
「ふむ、なるほどな。では、マコトをここで殺す必要がなくなった、となればどうする?」
「何!? どういうことだ」
「言葉通りの意味だが……まあその前に、だ」
ルーカスは意味不明なことを言うと、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
勇者はやや気圧されたような感じで下がり、ぼくからは離れていく。
倒されたままだったぼくは、立ち上がった。
「マコトよ」
「うん」
「私は全員に対し魔王城へ集合の指示を出したはずだが」
「……その指示はさっき兵士から聞いたよ」
「従わなかった理由は?」
「いや、もうこの治療院は終わりだし……ぼくもどうせ死ぬし。最後はここで終わりたいなって」
ルーカスは「そうか」と小さく言うと、ぼくの右手を両手で少し持ち上げ、籠手を外した。
理由がわからずそのまま見ていると、彼は外した籠手を自身の右手にはめた。
直後。
頭に強い衝撃があった。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
しかし、もう一度後頭部のほうに衝撃があり、床に倒されたということを理解した。
殴られたのだ。
「う……」
「貴様! 何をする!」
勇者の声が広い室内に響く。
――いや、きみもさっき全く同じことをしたからね?
そう突っ込む気にはならなかった。
彼に殴られたのは初めてで、その衝撃のほうが大きかったためだ。
「ふふ。命令に違反した奴隷に主人として罰を与えたまでだ」
彼はぼくの手を取ってもう一度立たせた。
「ここまで来たら死ぬときは一緒――そう言ったはずだぞ。忘れたか?」
彼はそう言いながら籠手をぼくの右腕に戻し、少し笑うと、兜の上を軽く手のひらでポンと叩いた。
「お前は治療のこと以外ではまるで粘りがないようだな。淡白すぎる。あっさりしすぎている」
「そうだ! キミはあっさりしすぎだ!」
――なんできみまで加わるの。
とも突っ込む気にはなれなかった。
よく考えたら、殴られるのはおろか、彼にこうやって叱られるのも初めてだった。
「マコトよ。お前はいつだか、元の世界では行き詰まって死んだも同然だったと言っていたな?」
「うん」
「それは……本当に最後の最後まで手を尽くしたのか?」
「……」
……。
――おそらく、ノーだ。
一人だけ異種族という状況から、開業をやり直した今なら、そしてルーカスというポジティブかつ粘りのある人物を間近で見てきた今なら――わかる。
あのときは、本当にやれることを全部やったとは言い難い。
学生の頃の好成績と、教員や先輩たちからやたら褒められていた技術に満足してしまい、営業努力を怠っていた。
今思えば、チラシをもっと配ることができたかもしれないし、朝に建物の周りを掃除しながら通行人に挨拶をすることだってできた。
周辺の企業や飲食店に営業をかけに行くことだってできたはずだし、インターネットを使った集客だってもっとできたかもしれない。
法律の縛りや、その他環境的な厳しさはあったにしろ、やれることはまだあったはずだ。
それなのに、安易に「やり直しがきかない状況」「職業人としては死んだ」と結論付けてヤケになってしまっていた。
もちろん、あの時はわからなかったし、今だってルーカスがこうやって言ってくれなかったら、きちんと反省することはできなかったのかもしれないが……。
「最後まで手を尽くしては……なかったのかも」
「そうだろうな。そしてお前はこの世界でも詰んだと早合点して諦めるのか? それでは進歩がないと言われてもおかしくないな」
彼の言葉が、体の奥まで撃ち込まれているような感じがした。
ぼくは専門学校を出てからすぐに開業している。
なので、所属している団体の研究会で偉い先生から技術的な指導を受けることはあっても、叱ってくれる上司が存在したことはない。
そんなぼくにとって、彼がしてくれている説教は新鮮であり、一語一語が重かった。
だが……。
「ぼくにも、まだやれることが……?」
もはやそのような段階ではないのではないのだろうか――。
「ふふふ。私もな、軍の責任者、魔族の幹部として、きちんとあがいてみたのだ。そうしたらな、ギリギリで間に合った。
その結果、少なくとも今ここでお前が死ぬ必要はなくなった。これから私と一緒に最後まであがいてもらうぞ」
あがいてみた結果? 間に合った? その結果ぼくはここで死ぬ必要がない?
どういうこと?
「事情はゆっくり話したいところだが、残念ながら今はその時間がない。とりあえず魔王城へ向かう。見るのが一番早いだろうからな」
そう言うと、彼は勇者のほうを向いた。
「勇者よ。お前も来るとよい」
「私も?」
「そうだ。なぜマコトがここで死ぬ必要がないのか、それを知りたいだろう?」
ルーカスは施術用ベッドのカバーに使っていた大判の布を取ると、それを勇者に投げ、勇者の証である白い鎧を隠すよう指示した。
「では魔王城まで行くぞ」
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