【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第五章 滅びゆく魔国
第61話 死ぬときは一緒
会議が終わり、二人で塔に向かう。
ぼくはいつもの場所に戻る前にルーカスの腕を引っ張った。
「こっちに来て」
「ん? ここは臨時治癒魔法所だぞ。臨時施術所はもう一階上ではないか」
「いいから」
臨時治癒所には責任者の人が一人だけいたので、挨拶して許可をもらった。
ルーカスをベッドに座らせ、ぼくは横の椅子に座る。
「教えてもらえるかな」
「?」
「なんでルーカスまで一緒に来るってことにしたのさ。せっかく一人でもいいって言ったのに……罠だったらそっちまで殺されるじゃないか」
彼は「ああ、そのことか」と言った。
「ここまで来たら死ぬときは一緒、ということだ。どうだ? 説明になっているか?」
「なってないような気がするけど……なんだか嬉しいことを言われているというのはわかった」
少し笑う彼。
その笑顔はどことなく退廃的でもあり、心身の疲労がこちらまで伝わってくるようだった。
「まあ、本人がその場にいれば『マコトを行かせろ』という意見が出づらいと思い、お前を会議に出席させることにしたのだがな。効果がなかったようだ。悪かったな」
「なるほど、出席しろと言ったのはそういうことだったんだ。別に気にしなくていいよ。『行くのは全然構わない』は本心だから」
「そうか……ああいうことを人間のお前に言わせてしまうことは、本来魔族としては恥であるはずだ。私は魔族幹部の立場として情けなく思う。
そしてお前にも本当に申し訳なかったと思っているし、同時に感謝している」
そう言うと、彼はぼくに対して頭を下げた。
……。
もうこの話はやめよう。
彼の自慢のストレートな金髪が抜けてツルッパゲになりそうだ。
さて、と。
「ハイ横になって。マッサージするから」
「む? 今か?」
「うん。なんかもーくたびれてる感じだからさ。見てて痛々しいんだよね」
無理矢理に装備を脱がせて彼をベッドに押し倒す。
「明日の交渉まで向こうの攻撃は止むだろうから、時間かけても構わないでしょ」
「なんだ、ずいぶん強引――」
「いくよ」
「アッ―――!」
久しぶりに触る彼の体は、指が入らないくらい硬かった。
この都市に来てからの多忙と重責で疲労が極限に達していたのだと思うが、これではパフォーマンスがガタ落ちだろう。
会談の前にリフレッシュするべきだ。
「しかし見事に全身固まってるね。これは酷いや」
「アアアアッ!」
魔族である彼の場合、施術をすると喘ぎ声でうるさくて、とても会話は挟めない。
あっちの世界では、体中がガチガチな患者さんの場合、その人の性格にもよるが、適度に関係ない会話を挟んで、気持ちからほぐしていくという選択肢もあったのだが……。
この場合は、時間を贅沢に使って全身を触っていくことが、遠回りなようで一番の近道のようだ。
一時間くらいかけて、たっぷりと施術した。
「ふー……やっぱりお前の施術はいいな」
施術が終わって起き上がり、大きく伸びをする彼。
見ると、表情がだいぶ良くなっている気がする。いつもの感じに近い。
「すっきりした?」
「うむ。一気に生き返った気がする」
彼は施術前に脱がされたものを再度手に取る。
そこで手が止まった。
「そうだ」
「ん?」
「魔王様もな、お前にはすまないと思っているはずだ。あまり素直に言わない方だが、悪く思わないでほしい」
「もうその話はいいって……あ、そうだ。魔王と言えば。あの人って会議中はおとなしいんだね」
あ、やばい。『様』付け忘れた。
まあいいか。ルーカスだし。
「魔王様は『起案者』ではなく、あくまでも『承認者』だからな」
「それはわかってるけどさ。いつもぼくの前だとギャーギャーうるさいのになあ」
「誰がうるさいって?」
「わっ!」
ちょうど魔王が現れた。どこから湧いてきたのか。
「なーんかいつも悪いタイミングで出てくるよね……」
「だまれ。陰口叩いてる奴に言われたくない」
「イテテテ……それはまあごもっともですが」
頭を掴まれて拳でグリグリやられてしまった。
「で、なんで来たんです?」
「まずは侘びだ。お前はこの国のために働いてくれているのに、あんな冷たい反応じゃ同胞のために働く気もなくなっただろう」
「あ、意外と素直だ」
「うるさい」
「イテテッ……ルーカスにも言いましたけど、そのへんは全然気にしてないんで大丈夫ですって。
むしろぼくは魔族の皆さんに感謝してます。この世界に来て、やっと仕事をすることができたと思っていますし、本当に充実してました。
王都でもいろいろと良くしてもらっていましたし、これで不満を言ったらバチが当たりますって」
「……そうか……。まあでも、悪かったな。あとは、やっぱり心配なんだよ。会談が罠だとお前また捕まることになるかもしれないだろ」
「いや、捕まらないと思いますよ? 今度は持ち帰らずその場で始末ってなると思いますから」
「もっとまずいだろが」
「イテテテ」
「ふふふ。魔王様、大丈夫です。私がおりますゆえ」
そう言ったのはいつの間にか起立して姿勢を正していたルーカスだ。
「それが唯一の安心材料だな。万一のときは頼んだぞ、リンドビオル卿」
「はい。仮に罠であったとしても、商館に百人も二百人も暗殺者が来るとは思えません。十人二十人程度であれば私一人で蹴散らしてご覧にいれましょう」
「へえ、やけに自信満々だね。いつぞやのように魔力切れにならなきゃいいけど」
ノイマールの戦いのときに、対勇者戦で魔力切れを起こしていたような……そんな気がしたので突っ込んでみた。
「あれは切れてなどいない」
「えっ」
「勇者の鎧に魔法が効きにくいことを知っていたので、剣で戦っただけのことだ」
「えええ? ……ってぼくは騙されてたのか。ひどいや」
「ふふ。私があの鎧の性質を知らないわけがないではないか」
なるほど。
良く考えたら勇者の鎧はルーカスの先祖がつくったものだ。
歴史に関することを代々いろいろと言い伝えられているのであれば、知らないほうが不自然だ。
「いざとなったら私が盾になる。たとえ罠であろうがお前は安心しているがよい」
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