【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第五章 滅びゆく魔国
第57話 人間側の工夫
水掘に、白く小さい何かが沢山、流れていた。
ってコレ死んだ魚じゃないか!
――毒だ。
ぼくは慌てて城壁上のルーカスのもとへ走った。
……。
そこまでするのか、と思ってしまう。
今の地球でそんなことをしようものなら世界中から総スカンだろう。
この世界ではまだそのレベルに至っていないのか。
もしくは、別の種族で「駆除」の対象だから手段はどうでもよいのだろうか。
ぼくが到着したときには、すでにルーカスは報告に来たとおぼしき兵たちに取り囲まれていた。
だいぶ伸びた金髪を風になびかせながら、いつもと変わらぬ表情で報告を受けている。
報告の内容は明らかに堀の水の件だ。
あらためてぼくが言う必要はなさそうだったが、水をこの先どうやって確保するのか聞いておく必要はある。
報告が一通り終わり、ルーカスが指示を出し終わったであろうタイミングで近づいた。
「おお、マコトか。どうやら上流に毒物を流し込まれたようだ」
「やっぱりそうなんだ。被害は?」
「ふふふ、一応その可能性も考えていたのでな。斥候が人間の軍を発見してから堀の水は取水禁止にしていた。特にまだ被害はない」
このあたりはさすがだ。
もっとも、人間は川に毒を入れるような種族――そう予想されてしまっていたことは、人間である自分にとっては少々微妙ではあるけれども。
「対策はあるの?」
「水魔法しかないだろうな。だが空気は乾燥している。十分な供給量を確保できるのかはやってみなければわからな――」
「長官! 投石器に石がセットされた模様です! 迎撃準備に入ります!」
「……来たな」
***
籠城十二日目。
ここまで、まだ人間の城壁内への侵入は許していない。
迎撃に失敗した投石が命中をして建物の被害が少し出ている程度だ。
巨大な投石櫓による攻撃は毎日続いている。
たまに力攻めも混ぜてきており、石の迎撃だけに集中というわけにもいかない。
だが、迎撃の成功率はリンブルク防衛戦のときより若干低下という程度で済んでいるようである。
投石は夜も続くので気は抜けないが、要員は交代で休ませているようであり、まだ疲労が問題になっているという感じはない。
水魔法での水確保については、ルーカスも心配していたとおり、空気が乾いているせいで効率はよくないようだ。
飲料水は軍だけの生産で十分確保できるものの、城壁内側の農地へ回す分までは怪しかった。
そこでルーカスは、文官や残留民間人にもお願いして総動員体制にしているようだ。
ギリギリではあるものの、現在は何とかなっている模様である。
もちろん、入浴や洗濯などを打ち切れば余裕で足りるのであるが。
そうなると衛生上の問題が発生し、疫病の蔓延が危ぶまれるので、そこまでの規制はしていないとのこと。
組織の損傷がない病気については治癒魔法では治らない。魔族は怪我よりも病気のほうが怖いのだ。
現在、力攻めはひとまず止み、定間隔の投石のみの攻撃となっている。
投石櫓は六基中、三基のみが稼働しているようだ。
石の調達が間に合わなくなってきたか。
ここの臨時施術所もガラガラで落ち着いている。
「おいマコト」
視線を向けると、やや赤みのある髪の女性。
魔王である。
何だかんだでここに毎日様子を見に来ている。
「魔王様お疲れ様です。お、今日もちゃんと装備着けてますね」
「お前がうるさいからだろ……で、どうなんだ? 大丈夫なのか?」
「はい、弟子たちは交代制にして睡眠時間を確保するようにはしてます」
「いやお前がだよ」
「ん?」
「夜ずっと起きてるとか聞いたぞ」
「まだ大丈夫ですよ。たまに仮眠挟んでますから」
「戦いは長くなるだろ。ちゃんと交代制の中に入って寝たほうがいいぞ? 緊急事態になったら起こしてもらうようにすればいいわけだしな」
視界に入っていたカルラや他の弟子たちがこちらを向いて頭を上下に動かしている。
「んー……じゃあそうしますかね」
「そうしとけ。そんなに飛ばしてると持たないぞ」
「ありがとうございます。また柄にもなく優――」
「死ねええ!」
「うわあっ」
「おお、これは魔王様。お疲れさまでございます。カルラ様もごきげんうるわしゅう」
「宰相か。お疲れ」
「おつかれー」
今度は階段から宰相アルノー・ディートリヒが現れた。
彼も装備を着けている。従者がかなり口酸っぱく言ってくれているようだ。
「なんかあなたも毎日ここに来てますよね……」
「フン、仕事もきちんとしておるぞ? お前の主人に全面的に協力してやっておる。投石の被害で民が動揺せぬのは私が抑えているおかげだ。感謝せい」
「それは助かります」
「水の調達にしても私自ら得意の水魔法で手伝っておるのだぞ? まったく……なぜ私がそのようなことまでせねばならぬのだか」
「アルノーがんばってー」
「それはもう、喜んで頑張らせて頂きますカルラ様」
……。
「魔法、得意なんですか? 使ってるところ見たことないですけど」
「得意に決まっておろう。私は魔法学校の校長だったこともあるのだぞ。見ておれ」
「あー今やらなくていいですから。水浸しになりますので」
本当にやりそうだったので慌てて止めた。
「おお、これは魔王様、宰相様。お疲れさまでございます」
今度はルーカスだ。
魔王と宰相が挨拶を返す。
なぜかここはこんな感じでよく幹部の溜まり場になる。
「リンドビオル卿。籠城は順調のようだな」
魔王がルーカスにそう声をかける。
「そうですね。魔王様と宰相様のご協力のおかげです」
「ククク、その通りだ。もっと感謝してほしいものだな」
「アルノーありがとー」
「いえいえ感謝には及びませぬぞカルラ様」
ルーカスは空いているスツールに腰掛け、ぼくのほうに話しかけてきた。
「マコトよ、人間目線で何か気づいたことなどはないか?」
最近彼がここに来るときは、よくそのように聞いてくる。
恐らく、彼も少し不安なのだろう。
だいぶ軍の人材も薄くなってきており、一人でなんでもかんでも考えなければいけない状況になることも多い。
彼も神さまではない。
いや、むしろ普段は抜けているところも多い。
それを自覚して意見を求めてきているのだろうと思う。
ただ、今のところはぼくから見ても特に何か気づいたことはない。
それを伝えると、彼は「そうか」と言って微笑んだ。
と、そのとき。
「リンドビオル卿……!」
一人の若い兵士が臨時施術所に入ってきた。
「どうした?」
「投石があったのですが……」
「投石はずっと続いているだろう」
「いえ、それが。飛んできたのが石ではなく……布で」
「布?」
「はい、沢山の布を固めて縛った毬状のもので、兵士がそれを発見して解体して調べたのですが、中にはおもりがあっただけで何も入っていませんでした」
「ほう。さて、どういう意味があるのかな」
「ククク、石が尽きて布になったか。いかにも人間が考えそうなことだ」
宰相はそんなことを言って笑うが……。
何だろう。
んー……。
布。
布……。
……げ!
「ルーカス! それすぐに燃やすように言って!」
「む?」
「たぶん伝染病で汚染されてる布だ! 触った兵士は隔離! 今後飛んでくるやつも着弾したらすぐ焼却! 急いで指示して!」
「そうか、わかった。すぐ指示しよう」
ルーカスと報告に来た兵士は出ていった。
思い当たる知識が自分の中に一つあった。
アメリカ大陸。入植者とインディアンとの戦争で、入植者は天然痘に汚染された布を贈って病気を蔓延させようとした、と。
マッサージの専門学校では『公衆衛生学』の授業があり、伝染病の歴史についても学ぶ。
教科書ではペストの流行などがクローズアップされており、インディアン戦争のことは特に書かれていないが、ぼくが習ったときは教えてくれていた先生が雑談として話しており、たまたま覚えていた。
恐らくそうだ。
意味なく破壊力ゼロの布を飛ばすなどありえない。
きっと汚染された布だ。
「申し上げます……って、あれ? 司令長官は?」
すぐにまた別の魔族兵が入ってきた。
報告のようだ。
「いま出て行ったけど。また何か飛んできたとかですか?」
「はい。動物の死骸が……」
「……」
「司令長官! あれ? いない?」
まただ。
「今度は何が飛んできたんですか……」
「城壁上に向かって糞尿が……」
すごいな……何でもありになってきた。
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