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立ち上がる猛牛

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第六話 勝利の栄冠その五

 今ショートにいるのは大橋ではなく井上修だった、このことがあったのだろうか、
 井上はこの場面でエラーが出た、これでだった。
 近鉄は待ちに待った追加点を得た、それは同時に阪急にとっては痛恨の失点だった。後はこの一点を守りきるだけだ。
 十回裏。近鉄はこの回をセロに抑えれば優勝だ。マウンドにはそのまま山口が入った。西本も選手達もファン達も誰もがだった。
「あと三人や」
「あと三人凌いだらや」
「優勝や」
「やっと優勝や」
 誰もが固唾を飲む、その緊張の中でだった。
 山口は投げる、まずはツーアウトを取った。最後の一人となったが。
 福本はここでヒットを打った、阪急にとっては同点のランナーだ。長打が出れば福本の足なら生還出来る。そしてバッターは足だけでなく長打と流し打ちといった技も持つ蓑田だ。その後には加藤やマルカーノ、ウィリアムスといった強力なバッターが続く。
 それだけに気が抜けない、ここで打ち取っておきたかった。
 山口は投げる、だが蓑田も必死に粘り。
 七球目を投げたがファールだった、その間山口は蓑田だけでなく福本も見た。福本の代名詞となっている盗塁を警戒していたのだ。
 二塁に行かれると得点圏だ、同点にされる危険が高まる。それでだった。
 福本を警戒していたが八球目にだった、福本は遂に走り。
 梨田の当時リーグ一とも言われていた強肩をかいくぐりセーフとなった。これでツーアウトランナー二塁となった。ここで。
 度胸のいい山口も流石に青ざめたがその山口に梨田はマウンドに来て言った。
「御前の得意なシュートを思いきり投げるんや」
「それでええんですか」
「そや、わしが絶対に受けるからな」
 こう言ってだ、梨田はキャッチャーボックスに戻った。そのうえで試合再開になると。
 山口は意を決してだ、そのシュートをだった。
 渾身の力で投げた、ミート力にも定評のある蓑田だったが。
 この時は空振りした、これでだった。
 勝負は決まった、蓑田が空振りし梨田のミットにボールが収まった瞬間に。
「やった!」
「やったで!」
 近鉄ナインもファン達も誰もがだ、飛び上がらんばかりに喜んだ。 
 歓声が起こりマウンドの山口がガッツポーズをした。その山口のところに梨田がマスクを被ったまま走りこのプレーオフ見事な活躍をした小川がファーストから両手を挙げて駆け寄り。
 近鉄ベンチから選手達が一斉に飛び出る、そしてグラウンドの中で。
 西本の身体が胴上げされた、二度三度と。ファン達は涙を流し喜んでいた。
「三十年待ったけど」
「優勝したわ」
「優勝なんてうちはないやろと思ってたけど」
「それがな」
「遂にやな」
 近鉄の旗が動いていた、三十年の歴史の中で最も多く最も大きく。
 胴上げの中にはマニエルも鈴木もいた、デッドボールを受けた彼もこれまで必死に投げてきた彼も。
 そして胴上げの後でだ、西本のインタヴューだった。
「長い間辛抱してきてこの瞬間を待って下さったファンの皆さん本当に有り難う」
 こう言うのだった、
「阪急を倒すのは長く辛い道程でしたがやっと実現させることが出来ました」
「やったで!」
「遂にな!」
 ファン達の声もする。
「これも選手、コーチ、球団一緒になって努力して掴んだたまものです」
 西本の顔も満面の笑みだった、近鉄の監督になって六年目に優勝を実現したのだ。これまで幾度も苦渋を舐めてきたが。
 選手達の拍手の中佐伯と共に日本酒の樽、勝利の美酒のそれを割った。酒は飲まない西本だったがそれでもそうした。
 近鉄はようやく優勝出来た、その近鉄を観て加藤も言った。
「よおやったな」
「ああ、ほんまにな」
 福本も言う。
「あいつ等やっとやったわ」
「西本さんを胴上げしたわ」
「これで西本さんも報われた」
「近鉄に来てな」
「近鉄もな」
「報われたわ」
 誰もがというのだ、そして。
 ロッカーに向かう阪急ナインにだ、マルカーノが言っていた。
「レンシュー、レンシュー!来年に向けて!」
「ああ、そうせなあかんな」
 山田がそのマルカーノに応える。
「そして来年はな」
「うちが優勝だよ!」
 敗れた彼等だったが近鉄の優勝は笑顔で観て胸を張って去った。その球場では。
「西本さん有り難う!」
「優勝を有り難う!」
 まだファン達が叫んでいた、お荷物球団と言われ続けていた近鉄を優勝させた彼に。その声は球場に何時までも響いていた。


第六話   完


立ち上がる猛牛   完


                          2016・9・2 
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