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立ち上がる猛牛

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第六話 勝利の栄冠その四

「王手や」
「ここまできたな」
「あと一勝でやな」
「近鉄は優勝か」
「これまで長かったけど」
「最下位ばっかりやったけど」
 長い間弱小球団だった、この三十年の間半分近くが最下位であった。その為パリーグのお荷物とさえ呼ばれてきた。
 だがあと一勝でだ、遂になのだ。
「優勝や」
「まだ信じられへんけど」
「その時が来たんやな」
「あと一勝で優勝や」
「あの近鉄が」 
 選手達もだった、どうしてもだった。
 信じられないといった様子だ、だが。
 西本は選手達にだ、厳しい顔でこう言った。
「ええか、今日勝つんや」
「はい、今日勝てば」
「それで」
「今日勝つだけや」
 それだけだというのだ。
「全力でいくぜ」
「今日だけ、ですか」
「それでええんですか」
「そや、一つだけ勝てばいいんだ」 
 あえてこう言うのだった。
「わかったな、今日一つだけ勝てばええんや」
「ほな今日は全力でいって」
「そうしていけばええですか」
「そや、力まんといくんや」
 こう言ってだった、最後は笑顔で彼等を試合に送った。勿論西本自身もベンチに入った。そして先発あhというと。
 村田を送った、対する阪急は稲葉光雄だ。この試合で勝てば近鉄の優勝が決まるだけに近鉄は必死であったが。
 阪急も必死だ、背水の陣だからこそ余計にだ。その為試合は投手戦になった。近鉄は三回に羽田のヒット、石渡のエラー出塁で一、三塁となったところで次の小川がゲッツーを打ってしまったがその間に羽田がホームに生還した。
 ここでだ、西本はこんなことを言った。
「ゲッツーで一点入るのもな」
「野球ですな」
「これもまた」
「スペンサーが教えてくれたわ」
 阪急時代のことを思い出しての言葉だ、阪急に来た助っ人のスペンサーが西本に言ったのだ。ゲッツーの時に三塁バッターがいればノーアウトの時はダブルプレーになる間に三塁バッターがホームに突っ込めばいいとだ。併殺打は痛いがその間に一点が入りその一点が大きいとだ。
 そして今その一点が入った、これで近鉄が先制となったが。
 阪急は六回に福本が村田からホームランを放った。実は福本は俊足だけではない。守備もその足と打球反応のよさを活かして抜群の守備力を誇っている。そして安定したミートにパンチ力もありプレーボールホームランは通算で最も多い。この辺りでだった。
 村田も疲れが見えてきて七回にだった、マルカーノとウィリアムスが打ちツーアウト満塁となった、ここで西本は三度だった。  
 山口をマウンドに送った、彼はこのプレーオフで三試合連続で救援での登板となった。山口は代打の笹本をセンターフライに打ち取りピンチを凌いだ。
 だが阪急は稲葉から十回表のワンアウトから山田をマウンドに送った、もうこうなってはエースを投入して凌ぐしかなかった。第四、第五戦も山田の先発も考えられたが山口は前の試合で打たれていて不安があった。それで山田を投入したのだ。
「今井とか佐藤がまだおるしな」
「あの二人を使いますし」
「今は、ですか」
「山田や」
 梶本はこう言って山田をマウンドに送ったのだ、試合は稲葉の必死のピッチングもあり遂に延長戦となっていた。
「あと一点」
「あと一点でええのに」
「その一点が取れんな」
「どうしても」
 近鉄ファンも阪急ファンも試合を見守りつつ緊張で死にそうな顔になった、近鉄はあと一点でも入れば優勝出来る、阪急は望みをつなげる。それだけに必死だった。
 だが試合は延長に入ってしまっていたのだ、しかしその十回表にだった。
 近鉄は山田を攻めてツーアウト満塁になった、ここでまたしてもバッターボックスには小川が入った。その小川を観てファン達は言った。
「このプレーオフ小川はホームラン打ってるしな」
「一戦目でも二戦目でもな」
「この試合でも三回にゲッツーでも一点入れてる」
「妙に当たってるな」
 皆このことを言った。
「ずっと近鉄におるけど」
「それでいて地味やけどな」
「それでもこのプレーオフ渋い活躍してるわ」
「案外な」
「そやったら」
 その近鉄一筋の地味な男が若しかしたらというのだ。ファン達は小川に期待を感じた。 
 小川は山田のボールを打ったがショートの守備範囲だった、去年の後期最終戦では恐ろしいまでの名手大橋が近鉄の得点を封じたが。 
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