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立ち上がる猛牛

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第六話 勝利の栄冠その二

「井本がええですわ」
「あいつか」
「はい、あいつは度胸がありますし勝ち運があります」
「度胸か」
「こうした時のあいつはええです」
 こう西本に言うのだった。
「そうですから」
「そうか、そやったらな」
「井本にしますか」
「決めたで」
 こうして井本が運命の第一戦の先発となった。その近鉄に対して。
 阪急はセオリー通りエースの山田を送ってきた、この先発のカードに球場にいるファン達もラジオを聴いている者達もだ。
 いぶかしんでだ、口々に言った。
「井本か」
「井本が第一戦の先発か」
「スズやないんか」
「相手は山田やっちゅうのに」
 阪急の山田、そして近鉄の鈴木はまさにライバル関係と言っていい。エース同士の対決でよく投げ合ってきた二人でもある。
 それで多くの者は近鉄は鈴木が出ると思っていた、だが。
 近鉄は井本を出してきた、多くの者がこれは大丈夫かと思った。
「井本か」
「まさか井本が出て来るなんてな」
「確かに今シーズン十五勝してるけどな」
「こうした大勝負の経験少ないしな」
「相手が山田やし」
「位負けしてるな」
「どうしても」
 この試合は大丈夫かとさえ思われた、だが。
 いざマウンドに立つとだ、井本は真田が言ったその度胸を発揮してだった。速球主体のピッチングで阪急打線を抑えた。
 対する打線はというと。
 四回、五回、七回、八回と小刻みに得点を重ねていった。確かに山田は優れたピッチャーである。だが彼には鈴木と同じ弱点があった。
 それは長打を打たれやすいということだ、二人共とかくホームランを打たれやすい。鈴木も山田の現役生活での被本塁打数は共に歴代一位と二位でありその数は三位以降を大きく引き離している。
 その山田の弱点が出た、彼は左バッターの小川と栗橋にホームランを浴びた。近鉄は八回までに五点を入れていた。
 井本は八回途中まで阪急の強力打線を散発六安打に抑えていた、そのまま完封出来るかと思われたが。
 八回で捕まり代打笹本信二にツーベースを浴びて一点を失い尚得点圏にランナーがいる。この状況でだった。
 西本は動いた、好投していた井本をここで降板させてだった。
 山口を投入した、この山口がだった。
 続く島谷をショートゴロのダブルプレーで打ち取りピンチを脱した。九回も無事に抑え近鉄の勝利を決めた。
 近鉄は第一戦を手に入れた、だが西本はこれで喜んではいなかった。
「あと二つや」
「あと二つ勝つまで」
「油断出来ませんか」
「相手は強い」
 阪急、彼等はというのだ。
「何というてもな」
「そやからですな」
「油断は出来へん」
「あと二つ勝って優勝決めるまでは」
「その時までは」
「そや、油断出来へんで」 
 こう言ってだ、そのうえでだった。
 西本は既に次の試合のことを考えていた、第二戦にだった。
 西本はマウンドに遂に鈴木を送った、今シーズンは確かに不本意な成績であったがやはり近鉄のエースは鈴木だ。このプレーオフで一試合は絶対に先発に送るつもりだった。
 その鈴木がマウンドに立つ、対する阪急の先発は白石静生だ。このカードで試合がはじまった。
 鈴木は一回表立ち上がりを攻められ一点を奪われた、だが彼はこの後は本調子になって阪急打線を抑えた。
 そして五回にだ、打線は遂にだった。
 白石を捕らえまずは小川がホームランを打った。彼はこのプレーオフで二本目のアーチだった。
 そこからもさらに白石を攻めて一打逆転の状況となった。バッターボックスに立つのは鈴木をリードする有田だ。
「有田は勝負強いで」
「リードも強気やさかいな」
「こうした時はやってくれる」
「まさに有田の為の状況や」
 ファン達は彼ならやってくれると思った、だが。 
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