【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -
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第一部
第一章 開業
第2話 まずはモミモミ
魔族と言われても、小説や漫画の世界のイメージしかない。
異世界モノのラノベは何冊も読んだことがあるが、魔族がどのような種族なのかということになると、作品によって様々だった記憶がある。
この世界の魔族はまともでありますように――そう祈るしかない。
「よし。では少年よ、お前の自己紹介もしてもらおうかな」
「あ、はい。では――」
「ああ、そうだ。その丁寧な言葉遣いはやめてもらおうか」
「え、でも」
「お前は私に捕まった奴隷だ。これは主人からの命令だ。対等な言葉遣いをするがよい」
「奴隷なら対等な言葉遣いって変じゃないんですか?」
「ふふふ、甘いな。私の研究したところでは、人間の世界において、奴隷とは主人の心を映し出す鏡なのだ。奴隷を虐待しているところは主人の心も荒んでいる。つまり奴隷を厚遇すればするほど主人のステータスはアップするというわけだ」
「そういうもんなのですか」
「ウフフフ。ルーカス様の人間研究は一流なのよ」
「うむ。私ほど熱心に人間を研究している者はこの魔国にはいない」
「はあ」
一流の人間研究とやらはあまり正確ではない気がしたが、適当に流した。
突っ込んでも意味がなさそうだったので。
「ということでだ。普通に話すがよい。私の奴隷ということは、魔国一美しく、そして理知的な奴隷であることを意味する。いたずらにへりくだる奴隷は要らない」
「そちらのメイド長さんは丁寧な言葉遣いなのに?」
「少年よ。お前は人間なのに人間界の基本がなっていないな。メイドはへりくだってこそ美しい職業なのだ」
「そうなんですか」
「しかもだ。メイド長は言葉遣いこそへりくだっているが、心は決して卑屈などではない。下からではなく、水平よりほんの少し上からへりくだる……難しいが、その絶妙な角度が肝要なのだ」
ダメだこりゃと思ったが、彼なりの研究成果を尊重することにした。
「んー、なんかよくわかんないけど。じゃあ普通に話すよ。ルーカス」
「よしよし」
「よしよしです」
カップルにしか見えない二人に頭をなでなでされた。
ぼくは、自分が日本で生まれたこと、現在はマッサージ師であること、そしてここには転送屋なるお婆さんに飛ばされて来たことを、簡単にまとめて話した。
あとは、二十一歳なので少年呼ばわりはやめてね、とも。
ルーカスはメモを取りながら凄まじく真剣な顔で聞いていた。
「して、少年……ではなかった、マコトよ。マッサージ師とは何だ? そんな職業は聞いたことがない」
「え? そうなの」
「ああ。少なくとも魔国にはない職業だ。どんな仕事なのだ」
「んーと。揉んだり、押したり、叩いたりしてその人を健康にする仕事、かな?」
マッサージという仕事がないというのは、少し驚いた。
だが、世界が違えば存在する職業も違ってしかるべきだ。おかしくはないのかもしれない。
「ふむ。しかし、押したり叩いたりというのは攻撃だと思うのだが。攻撃して健康になるとは不自然な話だな」
「いや、なんでそうなるの」
「んん? よくわからんぞ?」
「ルーカス様、実際にやってもらってはいかがでしょうか? 前に『百聞は一見に如かず』とおっしゃっていたではありませんか」
「おお、さすがはシルビア。その通りだ。では実際にやってもらうとするか」
まさかの流れで実演することになった。
本心は、いきなりやることに抵抗はある。
人間ではない以上、体の仕組みも少し違う可能性があると思うから。
だが、今はできませんと言える立場ではない。
ルーカスの見かけは、目の色を除けばほぼ人間だ。
背は高いが百八十センチ程度だろう。今話しているときにも、首に胸鎖乳突筋――首の左右側面にある二本の筋――が見えていた。筋肉の付き方もさほど変わらない可能性が高いように思う。
人間とだいたい同じように施術できるかもしれない。
施術用のベッドはないと思われるので、床で施術することになる。
敷物や布など、施術に必要なモノを伝えると、メイド長とルーカスが持ってきてくれた。
テーブルや椅子を端に片付け、部屋の中央に敷物を敷く。
「ここに寝ればよいのか?」
「うん。けどその前に簡単な体の検査をするよ」
「どうすればいい?」
「まず薄着になって、真っ直ぐ立って」
メイド長が興味津々という感じで見ている中、検査を開始した。
まずは全体的な体のバランスを確認する。
やや反り腰がきついのは気になるが、きれいなシルエットだ。姿勢が良いので背の高さが際立つ。
そして、ぶっといわけではないが、筋肉の発達が凄い。参謀なのに。
「少し背中を触るね」
「わかった」
背骨を頸椎から腰椎まで触って確認する。
頸椎は七番まで、胸椎は十二番まで、腰椎は五番まで。
うん、人間と数は一緒だ。
背骨をなぞってみたが、側彎――左右の曲がり――もなく、きれいだった。
反り腰以外でそんなに気になるところはない。
筋肉も手のひらで触って確認してみる。
「お前の手は少し不思議な感じがするな」
「そう?」
「種族が違うから当たり前なのだろうか? 今まで人間に触られたことはないからな」
「そうかもね」
触った感じは、腰の筋肉の緊張が少し大きいようだ。
「じゃあ今度は椅子に座ってみて」
「こうか?」
「そうそう」
座っている姿勢も悪くない。
「座っていることが多いの?」
「参謀だから平均的な魔族よりは多いだろうな。もちろんトレーニングも人一倍やっているつもりだが」
それで筋肉質なのか。
参謀イコール肉体派ではない、というのもぼくの世界の話だ。こちらでは違うのかもしれない。
「じゃあ、うつ伏せに寝てみて」
「こうかな」
「うん。そんな感じ」
「あ。うつ伏せだと何をやるのか見えないな。『一見に如かず』にならない気がするぞ」
「フフ、大丈夫ですよルーカス様。前に『心の目で見よ』とおっしゃられていたではありませんか」
「おお、シルビア。確かに私ほどの者なら直接見る必要はない。さすがだぞ」
「ウフフフ」
漫才は放置して始めることにした。
「じゃあ始めるね」
さてと。まず肩から足先まで軽擦。
「うっ」
「えっ? どうしたの」
「いや、大丈夫だ……お前の手はやはり少し不思議だな」
「そう?」
ルーカスは少し反り腰気味で、腰の下部に負担がかかりやすい形をしている。
しかも、彼は座っている時間が長いと言っていた。
実は腰に関して言えは、立っているよりも座っているほうが負荷が強い。
まずは、腰の緊張を取るところからやっていくことにした。
手根で大きく揉んで、と。
「アアッ」
え、なに。
「強すぎたかな? 大丈夫?」
「ハアハア……いや、大丈夫だ。続けてくれ」
「うん」
やはり腰の筋肉のハリは強い。
特に背骨のキワの部分はよくゆるめたほうがよさそうに見える。
母指でぐいっと。
「アアアッ」
……?
今度はお尻もだ。
腰だけ揉んでいても、ゆるむのに時間がかかる。
治療効果を考えた場合、やはり他の部位もしっかり攻めたほうが効率がいい。
「ハアアッ」
次は膝裏の中央部、委中というツボが腰にはよく効くので指圧、と。
「アアアア――!」
次はふくらはぎ。
ここはいきなり母指だと痛いので、両手で包んで圧迫する。
「アアアアッ――!」
なんかしらないけどうるさいなこのひと……。
「ルーカス様、お声が少々うるそうございますわ」
「おおシルビア、すまないな。少し抑えるようにするぞ」
今度は足だ。靴下をそっと脱がせる。
臭い。
「ルーカス様、おみ足が少々くそうございますわ」
「おおシルビア、すまぬ。丸一日靴を脱げなかったからだな。後でしっかり洗おう」
リラックス効果もあるし、足裏も欠かせない。
ぐいっと。
「ハアアアアア――!」
うるせえええええ!
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