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立ち上がる猛牛

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第四話 苦闘の中でその三

 その大台だ、それで西本にも言うのだ。
「ですから」
「やれるな」
「やります、そして何といっても最後のシーズンになりますさかい」
 それでとだ、米田は西本にこうも言った。
「監督のとこに来ました」
「わしとか」
「はい、最後の一年一緒にしたくて」
「そうか、それやったらな」
「宜しくお願いします」
「三百五十勝やるで」
 西本は微笑み米田に言った、そしてだった。
 このシーズン西本は彼も戦力に加えて戦った、さしもの米田も年齢の衰えは隠せず往年のスタミナも変化球のキレもない。
 だが一勝してだ、ファン達は言った。
「あと一勝か」
「あと一勝で三百五十勝やな」
「やってくれよ、三百五十勝」
「大台に届いてくれや」
 誰もが願う様になった、それは近鉄ファンだけでなく。
 多くの野球ファンが願った、そしてだった。
 米田は遂にもう一勝を挙げた、それがだった。
 大台、三百五十勝だった。そに勝利を掴んでだ。
 米田は男泣きした、西本はその彼を笑顔で迎えてこう声をかけた。
「ヨネ、よおやった」
「やりましたわ」
「これまでホンマによおやった」
「これで悔いはないです」
 泣きつつだ、米田は西本にこうも言った。
「引退します」
「そうするか」
「最後は近鉄で引退するなんて」
 阪急時代は敵であり多く勝ってきたし敗れもしてきた。同じ在阪球団として南海と共に思い入れのある相手だった。
「しかもそこで監督と一緒にやれたいうのも」
「縁やな」
「そうですわ」
「これも野球や」
 西本は明るい声で米田に話した。
「こうした時に一緒にやれるのもな」
「そうですな、縁ですわ」
「ほなこれからはな」
「選手とは違う形で」
「野球やるんやな」
「そうします、今まで有り難うございました」
 米田は近鉄でユニフォームを脱いだ、阪急時代はエースナンバーの十八番だったが近鉄では十一番だった。
 そのユニフォームを脱いだ、この五十二年も近鉄は四位であった。そして。
 西本は来る日も来る日も自ら動き選手達を教えていた、羽田や栗橋にトスを行いそのボールも打たせていた。
 そのうえでだ、昭和五十三年のシリーズを迎えることになるが。
 西本はキャンプを終えてだ、記者達に言った。
「スズの調子もええ、若手も育ってきた」
「ほないよいよですか」
「五十年の借り返しますか」
「優勝しますか」
「今度こそ」
「ああ、やったるで」
 こう言って開幕に挑む、実際に若手は昨年とは全く違って打つ様になり特に佐々木が好調だった。そして。
 エース鈴木は西本の言う通り好調だった、しかもただ好調なだけでなく。
「また勝ったな」
「しかも完投でや」
「どんどん勝ってくやないか」
「もうあかんって思うてたのに」
「完全復活や」
「そうなったわ」
 速球派から技巧派に完全に転向してだ、それが完全に生きだしたのだ。
 ストレートだけでなくカーブにフォーク、そこにスライダーとシュートを使った左右の揺さぶりも入れてだ。鈴木は持ち前のコントロールも生かして技を使って投げていた。
 そこに有田の強気のリードも加わってだ、完投勝利を重ねていった。
「前から山田とどっちが上かって思てたけど」
「今は鈴木の方が上やな」
「鈴木が投げたら勝てる」
「もうそうそう打たれへんで」
 こうした安心感がファンの中に生じていた、そして。
 前期は阪急が優勝したが後期は。
 西本はまずユニフォームを変えた、これまでの白地に赤と青の三色の配色は踏襲しているが細部を西本自ら変えてだ。
 これまでどのチームにもなかった様な派手なものにした、特に帽子が変わってだった。
 猛牛の、岡本太郎がデザインしたエムブレムを軸にしたその帽子を見てだった、ファンも記者も驚いた。 
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