立ち上がる猛牛
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第三話 二つの過ちその一
第三話 二つの過ち
昭和四十九年のシーズンが終わりその後はドラフトだった、そのドラフトにおいて。
西本はコーチ達にだ、こう言った。
「一位は山口を獲るで」
「山口高志ですか」
「あいつ獲りますか」
「そうしますか」
「そや、山口や」
まさにだ、彼をというのだ。
「あいつの速球はほんまもんや、そやからな」
「あいつを手に入れてですか」
「来年は挑みますか」
「そうしますか」
「あいつが近鉄に来たら大きい」
それ故にというのだ。
「獲りに行くで」
「はい、わかりました」
「それならです」
「一位は山口でいきましょう」
「あいつで」
「そうするで、あいつを指名する」
こう言ってだ、実際にだった。
西本はドラフトで山口を指名することを決定した、そのうえでドラフトに挑んだ。そしてそのドラフトの場でだった。
西本を指名した、しかしここで。
阪急ブレーブスの監督である上田利治も指名したのを見てだ、共に席に座るコーチ達に言った。
「これでな」
「はい、若し山口が阪急に入れば」
「鬼に金棒ですね」
「只でさえ阪急には戦力が揃ってます」
「それも投打に」
「阪急には勝てんかった」
容易にとだ、西本も言う。何しろその阪急が彼が一から育てたチームだったからだ。当初弱小球団だった阪急を一から育てた、それ故に阪急のことをよく知っているのだ。
だからだ、彼はこうも言った。
「今シーズン優勝したのはロッテやったがな」
「やはり一番強いのは阪急ですね」
「あのチームですね」
「阪急がダントツです」
「戦力が違います」
「確かにロッテも強かったが阪急はちゃう」
その長い顎に手を当ててだ、西本は言った。
「投打のバランスがええ」
「攻守もですね」
「ちゃいますね」
「そやからな」
それ故にというのだ。
「うちも勝てんかった」
「スズを出してもでしたね」
「ほんま勝てませんでした」
「その阪急に山口がいったらどうなるか」
「言うまでもないですな」
「山口の速球はハンパやないらしい」
西本は山口個人のことも話した。
「キューバ相手に投げてな」
「はい、キューバの選手が全然打てんかった」
「もうどうしようもなかった」
「そんな感じやったらしいですね」
「もう球がとにかく速くて」
「手も足も出んかったっていう」
「そやからな、阪急にいかんことを祈ってな」
そのうえでというのだ。
「こっちも指名したわ」
「はい、それで来てくれたら」
「そう祈ってですな」
「後はくじを引くだけですか」
「ドラフトは大事や」
昭和四十一年から導入されているこのシステムについてもだ、西本は言及した。
「三人ええ選手一度に獲得したらな」
「それでチームの戦力がぐんと上がる」
「そうなりますな」
「ほんまにそれだけで」
「チームが変わりますな」
「昔はどんなことしても選手を獲得してた」
それこそ監督自ら有望な選手、大学生の彼等に直接会ったり栄養費としてその選手の大学の選手を通じて金を渡したり噂ではヤクザ者を使って話を斡旋したりしてだ、とかく色々な手段で選手を獲得してきた。だから金と権力を自由自在に使えた球界の悪性腫瘍にして戦後日本のモラルの荒廃と腐敗の象徴である巨人が多くの有望な選手をモラルというこの世を形成する価値観の一つを理解出来ない者達しか賛美しない様なやり方で選手達を強奪してその戦力で強くなることが出来たのだ。
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