立ち上がる猛牛
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プロローグその三
こうしたこともありだ。近鉄と阪急は同じ関西の私鉄を親会社に持つ球団という面からも何かにつけて張り合う関係になっていた。まさにパリーグを代表するライバル関係にあったのである。
その近鉄に西本が監督として入るなぞだ。ほぼ誰も考えていないことだった。しかしなのだった。
阪急のフロントに入ることがほぼ決定していた西本はまだ現場で戦いたかった。そこで野球をしたかったのだ。それでそのシーズンまさかの投手陣の不調により最下位に沈んでしまい監督、岩本尭が責任を取って辞任していた近鉄の監督のことについてだ。彼は近鉄に電話を入れたのだ。
「わしでよければ」
この言葉を聞いてだ。近鉄のフロントはだ。
最初まさかと思った。流石にこれは信じられなかった。何しろ近鉄にとって最大のライバルチームである阪急の監督から自分が監督になろうかと言ってきたのだ。それを聞いてだ。
近鉄のオーナーであり近鉄グループの総帥であった佐伯勇もだ。信じられないといった顔で自身の側近達に問うたのだった。
「それはほんまか?あの西本が近鉄にか」
「本人が言うてます」
「確かにそう」
側近達もだ。驚きを隠せない顔で佐伯に話すのだった。
「西本さん自身がです」
「言うてきたんですわ」
「そうか」
佐伯はここまで聞いてだ。まずはその首を捻った。
そのうえでだ。あらためて側近達に話すのだった。
「正直まだ信じられへんけれどな」
「それでどうしますか」
「今近鉄の監督はいませんけれど」
「渡りに舟や」
佐伯は言った。その顔は既に決断しているものだった。
そしてその顔でだ。彼は側近達に言い切った。
「それやったら西本や」
「西本さんを近鉄の監督にですか」
「決めたんですな」
「ああ、決めたで」
その通りだと話すのだった。
「十一年の間西本とは敵やった」
「阪急の監督としてえらい苦しめられましたな」
「どれだけ負けたかわかりませんわ」
「鶴岡さんにもやられましたけど」
前述の通り長年に渡って南海の監督だった人物だ。その監督としての手腕だけでなく人物としてもだ。かなりの大物だったのである。
その鶴岡にもやられたが西本にもだ。近鉄は随分とやられてきた。敵として見てきたからだ。余計に彼のことはわかっていた。
そのうえでだ。佐伯は決断したのだった。
西本を近鉄の監督にする、そのことを決めてだ。すぐにだった。
阪急側に電話をする。それを聞いてだ。
阪急のオーナーである小林公平もだ。驚きを隠せなかった。
それでだ。彼も己の側近達に問うたのだ。
「近鉄さんが西本さんをなあ」
「俄かには信じられへん話ですね」
「これは」
「こういう話やで」
小林もまた首を捻りながら話す。
「巨人と阪神がお互いの監督を交換するようなことや」
「そんなんしたら暴動起きまっせ」
すぐにだった。側近の一人が言った。
「選手でもそれは」
「まあ藤本さんは巨人の監督やったけれどな」
そこから阪神の監督になったのだ。ただしそれは彼だけの話だ。そこまで阪神と巨人の関係には因縁がある。そして彼等の球団である阪急、そして近鉄もだ。因縁があった。やはりライバルチーム同士として意識していたのだ。南海も含めてこの三チームはだ。時代によってそれぞれのチームに戦力差はあってもだ。それでも意識し合う関係であったのだ。
だからこそだ。小林達阪急側もいぶかしみながら話すのだった。
「けど。阪急の監督から近鉄の監督」
「それがほんまに実現するかどうか」
「正直夢みたいな話でっせ」
「どうなるやら」
阪急側もだ。こう話すのだった。とても信じられないというのだ。
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