衛宮士郎の新たなる道
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第10話 家主のいない衛宮邸
前書き
今回は士郎の活躍と言うよりも、本人自体が出ません。
次回は出ると思います。多分。
エジソンは生前も今もワーカーホリックである。
士郎達が登校で家を出た後、エジソンは家主から提供してもらった高性能のパソコンの画面前に座り、自分で作った私設会社の公式サイトにて依頼をチェックしていた。
何故エジソンが私設会社を開いているかと言う理由は、シーマにはシロウの護衛と言う立派な役目があるのだが、エジソンは留守番や物見遊山ばかりで何も無い。自宅警備員、紐状態、ニートなのだ。
そんな状況にこのワーカーホリックが耐えられる訳も無く、あれこれ考えた結果マスターを経済的に援護しようと会社を立ち上げたのだ。本音は労働意欲に飢えているだけだったが。
しかしサーヴァントとしての役目を怠るわけにもいかないので、その時その場合にもよるが、これから先も社員は自分一人だと決めている。
因みに、資金提供者は士郎である。
そしてまとまった金額が揃い次第、本来の自分の希望職である発明家に戻ることも決めている。
「ふ~む・・・・・・・・・ん?」
そう考えながら依頼の確認を行っていると、横からトレイにアイスコーヒーを入れたコップ乗せて持ってきた、フィーネ・ベルクマンが立っていた。
「お飲み物をお持ちしたのですが・・・」
「おっと、すまないね」
遠慮せずにアイスコーヒーを受け取るエジソン。
そしてゆっくり飲みながら画面に再度戻ろうとしたところで、未だに立っている彼女に気付く。
「如何かしたかね?」
「その・・・・・・私たちは何をすればいいんでしょうか?」
「君たちは記憶喪失の病人なのだ。ある程度の行動範囲は安全のために縛らせてもらうが、労働義務は無いのだから安静にしていたまえ」
「それが・・・・・・何かしていないと落ち着かなくて」
「・・・・・・・・・」
彼女の素性自体はエジソンも聞いている。
ドイツの猟犬部隊の副長を務めていて、分析能力と情報処理に大変秀でているとか。
それほど優秀であればこれからの自分の補佐にスカウトしたいところだが、流石に病人時にそれを行うのはフェアでは無いし、シロウに怒られるのは明白だ。
如何したモノかと考えていると、丁度スカサハがやってきた。
「落ち着かないのであれば、私が面倒見てやろう。2人まとめてな」
如何やら盗み聞きをしていたようで、挨拶も無しに彼女を引き取る旨を口にしてくる。
監視を頼まれているが、正直な所今は仕事中なので助かるのだが、エジソンには一つだけ杞憂があった。
「構わないのですが・・・彼女たちは病人です。あまりやり過ぎないで下さいね?」
「私を一体なんだと思っているのだ?それにもし仮にやり過ぎる事があっても、少々に過ぎんではないか」
「少々?」
エジソンは何の嫌味も含みも無く、純粋な疑問を口にした。
その疑問にスカサハが如何受け取ったかは定かではないが、今の自分の言葉に語弊があった事を素直に認める。
「・・・・・・いや、大いにであったな。――――だがこれはそう言う事では無く、2人の記憶についてじゃ」
その件については様子見をした方が良いと提案したスカサハ本人なので、多少の怪訝さをを感じたエジソンだったが、それを踏まえた上での当人からの用件だ。
それ故自分が止める理由は無い。ただ一つ繰り返す懸念点は。
「ス・・・アルバ殿、やり過ぎないように」
「お主もしつこいな」
「口酸っぱくしなければ、やり過ぎる傾向にあるとシロウから忠告されていますので」
「むぅ・・・」
再び指摘された件について、自分は他と比べても矢張り行きすぎているのだと今までの自分を振り返りながらも、素直にエジソンからの忠告を真面目に受け止めてから2人を預かるのだった。
-Interlude-
昼頃。
スカサハは2人を引き連れて、衛宮邸と藤村邸をつなぐ扉を潜って藤村組の食堂に来ていた。
勿論理由は2人の昼食のためだ。
スカサハは肉体はあるものの、人ならざるものなので食事をする必要はないのだがティーネとリザは人間なので、そうはいかなかった。
と言うか、そもそも2人は病人なので、無理でなければ朝昼晩の三食は欠かせないのだ。
「来ましたな、アルバ殿!」
厨房を覗くと、藤村組本邸の料理長が声を掛けてきた。
「剛史、この2人の昼食は出来ているのか?」
「後5分少々いただきますので、席に座って待っていてください」
料理長に促された3人は、空いている席に座る。
その内の2人のリズとティーネに、藤村組の若手組員の視線が集中する。
2人は相当な美人故に仕方がないと言えるが、であるならば何故女性の美貌の完成形の一つともいえるスカサハに視線が集まっていないかと言えば、彼らは既に彼女を女として見れなくなっていた。
ではどの様に見ているか、と言えば――――恐怖の権化と言うのが彼ら共通の認識である。
なぜそこまでの認識を持たれているかと言えば、それはスカサハが雷画から特別相談役と言う役職を与えられた時まで遡る。
彼女がその役職に据えられた時、藤村組の幹部たちは疑問を覚えたが不満は無かった。
そして数日してから理由を教えてもらい、疑問も解消され、無事藤村組に受け入れられる事になった――――若手の組員たちを除いて。
まだまだ躾が行き届いていなかった多くの若手組員は、幹部たちに抗議をした――――なんてことは起きなかった。
世の中と言うのは可笑しなことに、表の世から弾きだされた者達が裏に行くと表社会以上の縦社会となり、上からの命令はより絶対なモノとなる。
勿論藤村組も例の漏れずにいるが、不満自体は日に日により大きく燻り続いて行った。
そして遂に一部の組員たちが決死覚悟でスカサハに特攻をして行った。
しかし何故か不思議な事に、幹部たちは止めるどころかその行為を黙殺していた。
理由は単にスカサハ本人から黙殺してくれていいと言う提案故だった。
若手組員たちが自分に不満を抱いていたのは気付いていたので、これを機に不満など考えられない位物分りを良くなってもらおうと言う企みからだ。
その結果誰も彼もがのされて行ったが、一度のされた程度で心が折れるほど藤村組に根性なしなど居なかったため、幾度もそれが続いた。
しかし何度もそれが続いて行くと、世間で決して評判の悪くない藤村組も自分達を疎ましく思っている者達への突っ込まれる材料にされる恐れがあったため、雷画は組織強化を名目にスカサハ指導の演習的なモノを本邸内で開いた。
そして数日後、スカサハに不満があり参加していた若手衆全員心が折れてズタボロ状態になった。
何でもスカサハ曰く、昔の赤枝騎士団に課した本気の修業前の準備運動を強制したと。
準備運動でこれである。クランの猛犬をも引かせるほどの本気の修行内容とはいかほどのモノか。
以後、その日を境にスカサハに不満を持つものなど、藤村組の本邸支部関係なく消え失せたのだった。
そして話を戻すが、自分には無いが多くの視線に的になっている美女2人は、素人目では兎も角スカサハから見て、明らかに居心地が悪そうだった。
「・・・・・・」
ササッ!
スカサハが彼女たちを助けるために、僅かな威圧を以て周囲を見回すように視線を向けると、彼らは本能的に視線を美女2人から外して、自分たちそれぞれの昼食の品に視線を戻した。
これで漸く落ち着けるなと思った所で、ティーネとリザの2人の前に料理長の剛史自らが彼女たちの昼食を持ってきた。
「ん?まだ一分も経過していないぞ?」
「彼女たちの分は既に出来る寸前だったのですが、アルバ殿の分は後五分少々頂くと言う事だったんですよ」
「いや、私は――――」
自分の分はいいと、声を掛けようとした所で、本人の返答も聞かずに剛史は厨房に帰って行った。
それを結果的に見送ったスカサハは、このまま席を立って厨房まで止める必要も感じなかったので、結局自分の品が出来上がるのを待つ事にした。
しかしそこで待つことを決めたスカサハの視界で、2人は目の前の昼食に手を付けようとせずに居心地が悪そうにしていた。
「如何した、早く食べねば冷めてしまうぞ?」
「いえ、私達だけ頂くわけには・・・」
「来るまで五分前後かるのだぞ?それでは剛史がせっかく作った料理が冷めてしまうではないか。だから私の事は気にせず、先に食べよ」
スカサハの思考も事前に聞いていた2人は、それでもと食らいつけば自分達に命令を使うと言う気遣いをさせかねないと判断して、促される通りに箸を取り料理に手を付けようとしたところで、2人してまたも止まる。
「今度は何だ?」
「・・・・・・・・・トーマスさんはいいのでしょうか?」
「あやつの事なら心配するな。アレは何時も昼食時は、近くのコンビニで事前に買いだめしてあるウイダーインゼリーで済ませているからな」
スカサハの言葉通り、エジソンな何かしらの事件やイベントが起きない限り、昼食は基本的にウイダーインゼリーで済ませている。
エジソンとシーマは肉体があるので、どうしても最低限のエネルギー摂取と休眠が必要だった。
その辺では霊体時に比べて時間の使い方が非合理にはなったが、サーヴァントの本来の役目は戦闘である。その為に戦闘時以外の魔力消費を抑えるためにこそ、重きを置く現状こそが優先されるため、これ以上は我儘となるだろう。
しかしそれでも極力合理的に物事を進めたいエジソン。
そんな時に、シロウに呼び出されてからそう時間が経っていない夕食時のテレビのCMで『10秒で2時間キープ』と言うキャッチコピーに目が引かれてから翌日、シロウが購入してきたそれを獲得して効果を検証すると、実に素晴らしいと気に入ったのが始まりだった。
それからシロウに借金をして、ウイダーインゼリーを多く購入したのだ。
そうして今に至り、話は戻る。
「えっ?でも、朝食時は皆さんと共に居ましたけど?」
「決して社交性のない男では無いからな。衛宮邸の住人の一員として顔出す事で、協調性がある事をアピールしているのだろう」
悪く言えばな――――と最後に付けだしたスカサハは、これで心配事は無いだろうと2人に目の前の料理を早く食べよと促した。自分に向けて来る意味ありげな2人の視線を黙殺して。
そうしてからスカサハが自分の昼食を待っている時に、テレビではニュースが流れていた。
『続きましては、神奈川県川神市のある民家の一室にて、首つり自殺をした少女の遺体が今朝ごろ発見された事が解りました。少女の部屋には遺書が残されており、いじめを苦に自殺したと思われます。その少女は中学二年の欅美奈さんと言って、近隣の中学に通っていた事から警察は学校側に自殺の事実があったかどうかの確認と調査を進めているとの事です。――――それでは次のニュースです』
今ではほぼ毎日の様に日本の何処かで起きている、世知辛い事象がまるで大した事じゃない様に流れるのだった。
-Interlude-
葵紋病院の特別な病室の一室で、藤村組の昼食時にテレビで流れていたニュースを天谷ヒカルは見ていた。
「っっ!」
テレビの画面が付いたままだと言うのに、ヒカルはベットにうつ伏せ状態で思い切り突っ込んで行った。そして――――。
「・・・・・・っ・・・ヒック・・・・・・ック・・・・・・」
泣いていた。かすれた泣き声もたまに聞こえて来る。
この少女の泣いている理由は、自殺した少女欅美奈とは小学低学年からの親友だったのだ。
だがそんな彼女も自分の手の届かない場所で、最悪の選択をした。いや、取らざる負えないほどまで追い込まれたのだ。
恐らく――――いや、確実に自分が今こうしてこの場に居る原因を作った怨敵たちの手によって。
しかしどれだけ憤慨しようと、自分には何の力も無いと自覚している少女は、これまでと同じく嘆きながら絶望していくしかなかった。
-Interlude-
深夜。
日本のとある人気のない海岸――――否、その付近を光学迷彩で周囲と同じ景色に偽装した宙を浮かび続ける巨大な“何か”から放たれる謎の電波により、周囲に居る人々の脳に干渉してこの周辺に近づかせないようにしているのだ。言うなれば、認識阻害の魔術結界の科学製版である。
しかしこれに抵抗するには、何故か魔術回路を持つ物や電波を発している巨大な“何か”の持ち主の同類である。或いは同レベルの技術力により、同じ電波で中和させて無効にする事の出来る装置が必要だ。
それは兎も角、その巨大な“何か”の一部が自動式のドアのように開かれて、中から誰かが出てきた。
その者は海岸の浜辺に足を付けてから周囲を見渡す。
「この国は平和そのものだと言うのに、相変わらず業に満ち満ちているな」
「仕方がないだろう。現代社会は全世界レベルで病んでいる。だが言うなら、この国は全世界から見てもトップクラスだろう」
最初に海岸に降り立った者の背後から、別の人物――――この巨大な“何か”の主が庇うような発言をした。
しかし先に海岸に降り立った者は肩を竦める。
「別に責めている訳じゃ無い。寧ろ褒めてると言ってもいい。今この場所に立っているだけでも、あちこちから怨嗟の念が漂ってきているのが分かるしな。この状況を放置するとは、余程この国の民衆らは豪の者達で溢れているのだろう」
「・・・・・・この国の原住民の多くは良くも悪くも事なかれ主義だが、そもそも一般人にはこの光景を知覚できないのだ。どうしようもないと言えるだろう」
「繰り返すが、これでも褒めている。これだけの怨嗟が集積しているのに、よくも無関心で放置できるものだな、と。最悪無政府状態になっても可笑しくないからな」
「・・・・・・・・・」
如何考えても褒め言葉では無いし、皮肉にしか聞こえない。それに先程言った様に、この国の事なかれ主義の性質が大きく関係していると指摘しようとしたが、その人物にはそこまでしてでもこの国を庇う義理も義務も無かった。
いや、この国だけでは無く、他国も生前の祖国すらも、この人物――――とあるサーヴァントからすればどのような末路を辿ろうが如何でも言い様だった。
その上、また言っても内容がイタチごっこになる気もしていたので、指摘するのを止めたのだ。
そこで話題を変える。
「それで・・・・・・この国は君のお眼鏡に適ったのか?」
「勿論だとも」
とあるサーヴァントからの質問に、この人物は先程までの冷静な表情とは違い、獰猛にかつ凶悪的な笑みを浮かべた。
「表面上では怨嗟に満ち満ちているが、それでも俺からすれば濃度自体は薄い。しかし――――」
懐から大きな本を取り出した。それは特殊な魔導書であった。
その魔導書は自動的にページが捲れて行き、止まった所で怪しく煌めいていた。
まるで何かに反応する様に。
「しかし遂に見つけた。見届けるに相応しい、憤怒から来る憎悪を。この魔導書の力に適した恩讐の徒の1人を・・・!」
まるで永年探し求めていたかの様に、淡々と語っていた最初とはまるで別人のように嗤った。
周囲の夜闇がこの人物をより一層不気味に引き立てるように、左目が眼光が赫く赫く煌めいていた。
地上を優しく照らし続ける凛々しい明星とは対照的に、まるで全てを蹂躙し支配し続ける禍々しき凶星の如くに。
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