百人一首
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55部分:第五十五首
第五十五首
第五十五首 大納言公任
昔のことだ。昔のことになってしまったと言うべきだろうか。
かつてこの離宮の庭には滝があった。嵯峨の帝が造られた滝。その滝がかつてこの離宮には存在した。昔のことであるが。
その滝の前に多くの文人や歌人が集まっていつも宴が催された。
雅な宴が昼も夜も催されそれが宮廷を華やかにさせ帝もその御心を楽しいものにされた。そこには見事なまでに大きな花が咲き誇り誰もが滝を褒め称えそれを造られた帝のことも褒め称えられた。昔のことであるがそのことは今も伝わり。そしてその時の美しさを偲ばせてくれる。
けれど今はその滝はない。
枯れてしまい今はもう見る影もない。ただここに枯れてしまったその後を見せているだけだ。他には何も見せてはいない。見せることはもうない。
滝は枯れてしまい後には何もないのかというと。決してそういうことはなくて。
滝はなくなろうとも名は残っている。かつて栄華を見せてくれたというその名は残っている。人が死のうともその名は残るけれど滝もまた。その名を残すのだ。
だから今詠う。その滝のことを偲び。かつて滝が流れていたここで詠うことにした。
滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞えけれ
今はない栄華も偲びながら。今は詠う。詠ったこの気持ちも今のものだけれど。それでも感じるものはあった。その滝の名にこそ。だからこそ詠ったのである。今の時に。
第五十五首 完
2009・2・21
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