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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百六十話 謀議

帝国暦 487年 11月13日   オーディン 某所


薄暗い部屋に十人程の男達が集まっている。会議卓を囲んだ彼らの雰囲気は部屋同様、決して明るいとは言えない。刺々しさと苛立ちに満ちていた。

「それで、あの話は本当なのか?」
押さえた口調ではあるが余裕があるとはいえない、とはいえそれをからかう人間はいなかった。

「分からない、フェルナー准将もガームリヒ中佐もそんな事はありえない、ヴァレンシュタインの謀略だろうと言っている」
何処からか溜息が聞こえた。

「有り得る話だな。相手が相手だ、その可能性はある……。しかし、もしそうなら我等にブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯から決起に関し何らかの話があっていいはずだ、そうではないか?」

問いかける言葉に部屋に居る男たちから同意の声が上がる。
「だが、未だに何も無い、となると……」
「やはり本当なのかもしれん」

沈黙が落ちた。皆顔を見合わせ相手を窺うようにしている。まとわりつく重苦しさを打ち払うように一人の男が口を開いた。
「アマーリエ様、クリスティーネ様は陛下を説得しているという事だがどうなのだ?」

「ヴァレンシュタインを宮中に頻繁に呼んでいるのは事実だ。だがそれ以上はわからん」
「また分からんか、何も分からんではないか」

吐き捨てるようなその言葉に怒りの声が上がった。
「なんだと、もう一遍言ってみろ!」
「役に立たんと言ったのだ、文句が有るか」
「止めぬか、卿ら。争っている場合ではあるまい」

十分に抑制の利いた声だった。思わず立ち上がりかけた二人の男が渋々椅子に腰を降ろす。止めた男が部屋に漂う気まずさを払拭するかのように口を開いた。
「説得が上手く行っていないのか、それとも説得自体していないのか、どちらでもいいことだ」

「しかし……」
「説得は上手く行っていないと割り切るのだ、上手く行っていれば改革の取り止めが発表されているはずだ、そうではないか?」
「……」

「領地替えか……」
“領地替え” その言葉に部屋にいる人間の顔が歪んだ。

「しかし、そんな事が本当に有るのだろうか? ブラウンシュバイク公もリッテンハイム侯も豊かな領地を持っている。それを捨てて辺境に行くなどとても信じられん……」
何処か信じかねるといった口調だった。

「時期を待つのだろう」
「例の十年待つというやつか」
「そうだ、リヒテンラーデ侯もエーレンベルク元帥も高齢だ。十年後も生きているという保証は無い。そうなればヴァレンシュタインの力もかなり弱まるはずだ、それにエルウィン・ヨーゼフ殿下が無事に成人されると決まったわけでもない」

“無事に成人されると決まったわけでもない” ぞっとするようなものを感じさせる口調だった。口元に冷たい笑みがある。だがそのことに嫌悪の表情を表す人間はいなかった。

「しかし、辺境へ行けば財力も武力も全てを失いかねん」
「娘達が皇位につけば直ぐに元を取り戻せる、そうではないか? 今我等に付き合って危ない橋を渡る必要は無い、そう考えたとしても可笑しくは無い」

「やはり、我等を切り捨てるということか?」
「馬鹿な、そんな事が許されるのか? これまで我等を散々利用しながらこの期に及んで自分達だけ助かろうなどと、そんな事が許されるのか、ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯とも有ろう人物がそんな卑しい事を考えるのか!」

憤懣に満ちた声が上がる、それに同意する声も。卑しいと非難する声の裏側には恐怖がある。自分達だけでは勝てない、勝つためにはブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯の力が要る。自分達を見捨てないで欲しいという恐怖感が彼らを激高させている。

「だがおかしいではないか。二人とも陛下を説得するためといって夫人と令嬢を陛下の下に預けている。あれでは人質だ、いざという時には、彼女達こそが我等の旗印になるのだぞ! その切り札をみすみす相手に渡してどうする!」

「やはり我等を裏切るのか……」
「……」
「……」
重苦しい沈黙が落ちた。

「そのような事、許されるわけがありません。我等貴族こそが、帝国を守るという神聖な義務を持つのです。それを忘れ自家の繁栄だけを求めるなどあってはならないことです」

「……」
沈黙を破ったのは若い声だった。どこか自分の言葉に酔うような色合いがある。

「ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯には我等の盟主として行動してもらいましょう。我等貴族こそがゴールデンバウム王朝を守護すべき存在なのです。卑しい平民や、それに与する裏切り者どもに帝国は任せられません。お二方にもその神聖な義務を果たしてもらいましょう……」
「言うは容易いが、何か手が有るのか」

「有ります。これならブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯も必ず我等とともに立ち上がってくれるでしょう、必ずです」
「……」


帝国暦 487年 11月14日   オーディン 宇宙艦隊司令部  エグモント・シュムーデ


「フイッツシモンズ中佐、我々は明日から訓練に入る。その前に司令長官に挨拶がしたいのだが」
「少々お待ちください。……三十分ほど後なら時間が取れますが、いかがしますか?」

三十分後? ルックナー、リンテレン、ルーディッゲに視線を向けると皆問題ないというように頷いた。
「分かった、では三十分後に伺う事にする」

三十分後、我々は司令長官と応接室にいた。
「明日から訓練に入ります。しばらく会えなくなりますが、閣下も御自愛ください」
「有難う。フェザーンは色々と大変かとは思いますが、宜しくお願いします」
司令長官は丁寧に挨拶を返してくれた。

「その後、貴族達の動きは如何でしょう?」
「余り目立った動きは無いようですね。ですが早ければ今月中、遅くとも来月半ばまでには何らかの動きがあると思いますよ、ルックナー提督」

「それに伴って、フェザーンが動く……」
「ええ」
なるほど、特に我々の認識と違っている所は無い。やはり後一ヶ月がヤマ場だろう。

「我々に対して、何かご命令は有りますか?」
私の問いに司令長官は軽く頷いた。
「内乱が鎮圧された後、貴族達がフェザーンへの亡命を図ると思います」
「なるほど、それを捕らえろと」

司令長官は軽く笑いながら首を振った。
「いえ、そうではありません」
「?」
「彼らを適当にフェザーンに逃がしてください」
逃がす? 思いがけない言葉だ、私達は思わず顔を見合わせた。

「適当に? よろしいのですか、逃がしてしまっても?」
「構いません、リンテレン提督。彼らはいずれフェザーンで反帝国活動を始めます。それがフェザーン侵攻への大義名分になるでしょう」
「なるほど、分かりました。適当に逃がすとしましょう」

リンテレン提督の生真面目な口調に周囲から笑いが起こった。なるほど、次の戦いへの布石というわけか。確かに亡命した貴族達が何もせずにいるわけが無い。フェザーンに攻め込む大義名分になるだろう。

「それと、私に万一の事があった場合ですが……」
「閣下、縁起でもない事を仰らないでください」
大声で司令長官を遮ったのはルーディッゲ提督だった。目が吊り上っている。しかし司令長官は止めなかった。

「大事な事なのです、ルーディッゲ提督。良く聞いてください、私に万一の事が会った場合はメルカッツ提督が宇宙艦隊司令長官に親補されます。メルカッツ提督の指示に従ってください」

「!」
メルカッツ提督が宇宙艦隊司令長官になる。それでは……。
「ローエングラム伯はどうなりますか?」
「……私の死後の事ですから……、生き残っている人達が決めることになるでしょう……」

司令長官は私の問いにはっきりとは答えなかった。答えられなかったのではあるまい、答えたくなかったのだろう。司令長官に万一の事が有った場合、ローエングラム伯はそれを機に排除される、そういうことだろう。

帝国の上層部はローエングラム伯を帝国にとって不安定要因だと判断した。実際それに近いところは有る。今は司令長官がいるから良いが、司令長官の死後、宇宙艦隊司令長官になった伯をコントロールできる人間がいるだろうか?

おそらくいないだろう、帝国は新たな混乱に直面するに違いない。宇宙艦隊司令長官は言い方は悪いが帝国を守る番犬だ。番犬は強く、しかも御し易くなければならない。上層部はそう思っているだろう、その点でローエングラム伯は危険だとみなされたというわけか。

「万一の場合です。あまり考えないでください。それよりもフェザーン方面は頭脳戦、心理戦になるでしょう。そちらに集中してください」
「はっ」



帝国暦 487年 11月14日   オーディン 宇宙艦隊司令部  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


シュムーデ達は驚いていたな。やはり事前に言っておいて良かったか。まあ万一の場合だ、必ず俺が死ぬと決まったわけじゃない。後はメルカッツ提督に何時話すかだが、そろそろ話すべきだろう。これから会って話すとするか。

応接室から戻った俺は、早速メルカッツ提督に連絡を取ったが外出中だった。陛下の謁見に立ち会っているらしい。書類の決裁を行なうかと思ったが、何となくその気にならなかったので以前から気になっていたことを調べることにした。

「フィッツシモンズ中佐、少し調べ物がありますので資料室へ行ってきます」
「では私達も同行します」
「?」

私達? 見るとヴァレリーの他に男爵夫人も同行しようとしている。必要ない、と言おうとすると
「シューマッハ准将、キスリング准将から閣下を一人にするなと言われています」
と言われた。

宇宙艦隊司令部の中でそんな危険なんてあるわけ無いだろう、そう思ったが、俺を心配しての事だとは分かっている。文句を言わず有難く同行してもらうことにした。

シューマッハ、キスリングは慎重な男達だが、大袈裟に騒ぐ男じゃない。俺の認識が甘いのかもしれん。まさか俺が迷子になると思っているわけでは有るまい。

資料室に着くとヴァレリーと男爵夫人が資料探しを手伝うと言って来たが断った。全くわかってないな、資料は読むだけじゃない、探す事から楽しむんだ。

二人には適当に気に入った資料を見ていてくれと言って俺は目指す資料を探し始めた。目当ての資料は百年以上前の資料だ、航路探査船の調査記録……。

資料を見つけたのは三十分ほど経ってからだった。第三十八~第五十九航路探査船調査記録。俺が捜し求めていた資料だ。

銀河連邦が成立してしばらくの間、人類は生存圏を広げ続けた。探査船が活躍したのもこの時代だ。だが銀河連邦も成立後二百年を過ぎると中世的停滞が訪れる事になる。惑星探査は打ち切られ、辺境星域の開発も中止された……。

この停滞した時代を一新したのがルドルフだ。ルドルフは確かに訳の分からん劣悪遺伝子排除法なんてものを作り出し、銀河帝国の暗部を作り出してしまったが、彼は辺境星域を開発し、惑星探査を再開している。それにより帝国の版図は連邦時代よりも大きくなった。

彼が銀河帝国を創設し、初代皇帝になれたのも辺境星域の開発による経済効果、生存圏の拡大が大きいと俺は見ている。誰だって国が大きく、豊かになれば嬉しいものだ。

だが帝国も連邦同様、辺境星域の開発に関心を失い惑星探査に見向きもしなくなる。その後帝国が一時期では有るが探査船を頻繁に出す時期が来る。帝国暦332年~373年までの期間だ。

帝国暦332年~373年、別に当時の皇帝が惑星開発に目覚めたわけではない。帝国が同盟と接触してからフェザーンが成立するまでの期間なのだ。この期間、帝国はイゼルローン回廊以外に同盟に攻め込むルートが無いかを必死で探したのだ。

だがルートは見つからなかった。レオポルド・ラープがフェザーン回廊を見つけたにもかかわらず、当時の帝国軍、そしておそらく同じ事をしたであろう同盟軍も発見できなかった。何故なのか、その理由がこの資料から分かるかもしれない。そこからフェザーンと地球の繋がりを示すものが見えれば、キスリング達の目を地球教に向けることが出来るかもしれない……。

 
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