百人一首
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50部分:第五十首
第五十首
第五十首 藤原義孝
昨日までは思いつめていた。どうにもならない程で時分でもどうしていいのかわからない程だった。この想いに偽りはないことは自分自身がよくわかっている。
けれどそれは昨日までのことで。今は違っていた。少なくとも今はそうしたことは全く思ってはいない。無論考えてもいないことだ。これもまた偽りではない。
命を捨てても惜しくはないと思っていた。あの人に逢えるのならもうそれだけで。それだけで充分だと思っていた。満足だと思っていた。やはりこれも偽りではない。自分の中に偽りがないことは何度でも言えた。潔白であるというこのことを。
しかし。今は違う。今は違っている。
逢えた今では。この気持ちは変わってしまった。
この命は惜しい。惜しくて仕方がない。生きていないとどうにもならない位だ。この気持ちもまたやはり偽りではない。
何故か。あの人に逢ったから。あの人と少しでも共に、少しでも長く生きていたいから。そう思うようになってしまったから。
あの人と少しでも長く生きていたい。暮らしていたい。二人でいたい。
命は儚いもので何時消え去るかわからないものだけれどそれでも。少しでも共にいたいから。この気持ちは抑えることはできず隠すこともできず。歌に託した。
君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな
歌に託したのは心だけではない。自分の全てを託した。何時消え去りなくなってしまうかわからない自分のことを。全てを託して今詠った。この儚い命のことも想いつつ。今は詠った。
第五十首 完
2009・2・16
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