魔法少女リリカルなのはINNOCENT ~漆黒の剣士~
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第29話 「憧れと感謝は程々に」
現状を説明しよう。
俺とシュテルは、デュエリストの腕を磨きつつ海鳴市以外のブレイブデュエルの稼働状況などを調査するために山彦市に足を運んだ。
だが目的地であるアズールという店に向かっている途中に人とぶつかってしまい、シュテルのカードが散らばってしまう。相手側も拾ってくれたわけなのだが、その人が熱射病にでもなったのか倒れてしまい……今は空調管理が行き届いているアズールのコミュエリアに居る。
俺達としては目的地に着いたのであれだが……それでも今日のような流れでまた来たいとは思わないな。さすがに目の前で急に人が倒れるのは精神的に悪い。
「大丈夫か?」
「う、うん……その、迷惑かけちゃってごめ、ん」
たどたどしさのある話し方をしているが、おそらく先ほど倒れたからこうなっているのではないだろう。見ている限り、この黒髪の女性は人見知りというか内気なタイプに思える。
知り合いで言えばフェイトが最も近いだろう。ただ彼女は慌てたりしなければ話すときは普通なのでこの人の方が内気だろうが。
それだけに……黒ずくめの人も大変なことがあったりするんだろうな。まあ今回みたいにいきなりぶっ倒れることはさすがに少ないだろうけど。頻繁に倒れてるならさっき倒れたときに俺達と一緒に驚いたりしなかっただろうし。
「俺は別にいいけど……この子達には謝っておいたほうがいいぞ。また倒れるってんならやめてたほうがいいけど」
「だ……大丈夫、なはず。……そ、そのシュシュシュテルさん達、さっきはめ、迷惑かけてごめんなさ、い」
黒髪の女性は深々と頭を下げる。申し訳なさ以外にも凄まじい緊張が伝わってくるが、この人はシュテルのファンなのだろうか。
ファンなら……ぶつかったのがシュテルだって分かって倒れるのも理解できなくもない。シュテルは知名度的にファンが居てもおかしくないし。ディアーチェのように自分のことを踏んでくれと言うような変態チックなファンはいないだろうが。
余談になるがディアーチェは身近な人以外からも王さまという愛称で呼ばれて慕われているわけだが……その愛称故に変態チックなファンが出来ているかと思うと可哀想にもなってくる。あいつが元気がないときはちゃんと励ましてやることにしよう。
「いえ、別に気にしていませんので。私達の目的地もこの店でしたし……そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私のことは知っているようにお見受けしますが、シュテル・スタークスと申します」
「これはご丁寧に。俺は日向疾風、よろしく」
「わ、わわ私はお小野寺さ、紗耶です!」
何とも真逆の挨拶をするふたりである。まあ小野寺という人はシュテルを前にして緊張しているのだろう。目元は前髪で隠れているが、顔に赤みが差しているし。
「何をぼけっとしているのですか。あなたもちゃんと挨拶をしてください。挨拶もできない子に育てた覚えはありませんよ」
「別にぼけっともしてないし、今からしようとしてたところだ。というか、お前は俺の何なんだ? 俺はお前に育てられた覚えはないぞ」
俺がお前を育てた、ということならまだ分かる。小さい頃は面倒を見ていたわけだし、現在の性格を形成している要因のひとつになっていてもおかしくないのだから。
「私ですか? そうですね……私はあなたの最大の好敵手でしょうか」
「おかしなことを言われたわけじゃないし、それで別に良いんだが……何でわざわざ違う意味合いまで込めて言った?」
「きちんと理解しているとは、さすがは私の最大の好敵手です」
うん、だから別の意味合いを込めないでいいから。絶対俺にしか伝わってないし、お前のそういうところを理解出来るようになるにはそれなりの時間を有するからね。初対面のこの人達じゃまず理解できないよ。お前がただ言いたいだけなのかもしれないけどさ。
「まあそれは置いておくとして」
「勝手に置かないでください」
「いや置くから、お前のおかげで話が進んでないからね。あとで話は聞いてやるから少し黙ってなさい」
やれやれ、別の街に来て浮かれているのかいつも以上のマイペースさだな。ここが海鳴市であったならこれほど話の腰を折るような発言はしなかっただろうに。近しい人間以外には基本的に淑女的な振る舞いをする奴なんだから。
それにしても……日向って人はともかく小野寺って人は落ち着きがないな。シュテルのファンだからなのか、一緒に居る俺がどういう人間なのか気になってるのかもしれないけど、露骨に交互に見る必要はないと思うんだが。俺達の関係を疑うのは学校の連中だけで間に合ってるし。
「えっと、こっちが話を逸らしたのに戻すのもあれなんですが……俺は夜月翔って言います。お連れの方がさっきから凄まじく俺とシュテルを交互に見ているので説明しておきますが、俺とシュテルの関係はただのクラスメイトなんで誤解しないでください」
「え、あ……べ、別に誤解してたりはしな、い。ただシュ、シュテルさんと仲良しなんだなって思っただけ、で!」
「ショウ、聞きましたか? あなたは客観的に見た場合、私と仲良しに見えているようです。なのでただのクラスメイトという言葉に関して撤回を要求します」
キリッとした顔で何を言ってるんですかねこの子は。
というか、何でそんなにマイペースに話すことができるわけ? 俺が話を進めようとしてるのはお前も理解できてるはずだよね。それなのにどうして構ってと言わんばかりに話しかけてくるのかな。
「……話の続きですけど、今日俺達が一緒に居るのは」
「やれやれ、ここで華麗にスルーして話を進めるとは……親の顔が見てみたいものです」
「あのな、お前は俺の親に何度も会ったことあるだろ……頼むから少し黙っててくれ。ちゃんとあとで構ってやるから」
「仕方ありませんね。ここはあなたに華を持たせてあげましょう」
その日本語の使い方合ってる?
いや、まあ日本語の使い方は置いておくとして……冷静に分析するとこれまでとは違った手で嵌められたような気がしてならない。
俺の方から構ってやると言ってしまった以上、面倒臭がった対応をすればきっとシュテルは多様な言葉を用いて責めてくるに違いない。切り返せる手札が今のところないだけに……考えるのはここまでにしよう。下手に状況を悪化させないために目の前のことから片づけるべきだ。
「えーと……俺達の関係性について話してましたよね?」
「そうだな。まあ今のやりとりを見てたら何となく分かったけど……なあ紗耶?」
「え、あ、うん……ただ、のクラスメイトじゃないと思、う」
うん、俺が意図していた方向に話が進んでいないのは分かった。
にしても……小野寺って人、シュテルに対してはまともに話せてない感があるけど俺にはそこそこ行けるみたいだな。口数が少ない感じだから俺の望んでない答えをあえて口にしたのかまでは分からんが。
「はぁ……まあ他のクラスメイトよりも親しいのは認めますが、変な誤解だけは勘弁してくださいよ」
「別に誤解をしてるつもりはないけど……確か夜月くんだっけ?」
「えぇ、そうですけど」
「俺はスタークスさんのことデュエリストだったこと以外これといって知らない。でもデュエルしてるときの雰囲気と君と居る時の雰囲気はがらりと違うのは分かるし、周囲の人間が疑うのも分かる気はする。俺の予想になるけど、君以外にはそこまでお茶目な感じは出してなさそうな気がするし」
確かに周囲の人間と接するときは割かし普通ですけど……親しくなった人物の大半は俺みたいな目に程度の差はあれ遭ってると思いますよ。
ちなみにデュエル中にも普段の片鱗はたまに出てます。スカイドッジのときとかぼんやりと佇んでるときもありますし。小野寺って人がシュテルのファンみたいなので口にはしないでおきますけど。下手な発言をしてキレられたら面倒だし。
「否定はしませんけど、小さい頃から付き合いがあるからその分……ってだけですよ」
「へぇ、じゃあスタークスさんとは幼馴染なんだ」
「まあ……そう言えなくもないでしょうね」
ディアーチェならば素直に認められそうなことなのだが、シュテル相手だとどうにも認めたくない自分が居る。
別にシュテルの事を嫌っているというわけではないのだが……いつも一緒だったというわけではないからなのか、はたまた俺の中の幼馴染というものへのイメージによるものなのか。まあシュテルを見る限り、幼馴染という言葉を肯定しろと言いたげな雰囲気はないのでどうでもいいと言えばいいのだが。
「全国1位のスタークスさんの幼馴染で一緒にここに来るってことは……夜月くんも結構強いデュエリストなんだろ?」
「デュエリストなのは認めますが、こいつはこう見えて約束すれば誰とだって遊びに行ったりしますよ。今回も前にした約束を果たすために来てるようなもんですし」
「ショウ、今のあなたの言い回しは場合によっては私の印象を悪くする可能性があります」
「本音は?」
「あなたの言い方が何だか癪に障りました。ただ別に撤回はしなくていいです」
だったら会話に入ってくるのやめてもらえますかね。お兄さんは黒ずくめの人と話してるんだから。
「……あ、あの!」
「どうかさましたか?」
「ええええっと、その……! あ、あの……おおふた、りにき、聞きたいことが……」
シュテルが話しかけた途端に凄まじい動揺である。声量もどんどん小さくなってるし……何というかある意味フェイトの数年後の姿を見ているかのようだ。
いや高町達という良い友人に出会えたのだからさすがに今以上に内気になることはないか。
余談になってしまうのだが、そもそも話……シュテルを目の前にしてそこまで上がってしまうものだろうか。シュテルに対して恋心を抱いている男子、などであれば理解できなくもないのだが。ただぶっちゃけてしまえば、シュテルはとあるゲームで全国で最も強い中学生。普通の人が聞けば「へぇ、凄いじゃん」くらいにしか思われないのでは?
まあ考え方によっては、それだけこの人がブレイブデュエルに本気ということなのだろうが。そう考えると開発者側にも関わっている身としては悪い気はしない。
「わ、私……シュシュシュテルさんのデュ、デュエルを見て……その……えっと」
「時間が掛かりそうだから代弁するわ。紗耶は知り合いが開発者側にいるらしくて、ロケテストの時のスタークスさんのデュエルを見たんだ。そのデュエルを見て強くブレイブデュエルに惹かれたみたいで……まあ簡潔に言えばスタークスさんに憧れや感謝の念を持ってるってことだな」
日向さんの言葉に小野寺さんは何度も頷く。勢い良く首を縦に振るので首を痛めやしないかと不安にもなるが、それはさすがに心配し過ぎだろう。
ちなみに必要のない情報かもしれないが、小野寺さんの瞳は月村に近い青色だ。通常は前髪で隠れているので今のように何度も頷いてくれなければ見ることはできなかっただろう。
「なるほど、そうでしたか。先駆者であろうと心掛けていただけに小野寺さんのような方が居てくれるのは嬉しい限りです。ありがとうございます」
「――っ、いいいいえ、べべべ別に……そ、んなに風に言われるようなのこと、じゃ!?」
「いえいえ、あなたのような方が居てくれるからこそ……私を含めたダークマテリアルズは常に頂に居続けデュエリスト達の壁であり続けようと思えるのです」
「シュテル、そこまでにしとけ」
「何故です?」
「この人はお前の言動で一喜一憂している。つまり、お前から色々と言われたら喜びのあまりさっきみたいなことが起きておかしくないわけだ。何より……普段無表情なお前の笑顔はギャップもあって可愛過ぎるからこの人は昇天しかねん」
また気絶でもされたら面倒なことこの上ない。
それに今日は帰るまでシュテルと一緒なのだからシュテルをグランツ研究所に送り届けるまでは何が起こってもおかしくない。故に……可能な限り体力や精神力は残しておかなければ。俺が生きて帰るためにも。
「か、可愛い……そ、そうですね。王者のチームの一員があれこれ言い過ぎてしまうと、貫禄や風格を疑われてしまうかもしれません。我が王たるディアーチェにも迷惑を掛けてしまうかもしれませんし、ここは大人しくあなたの言うことに従うことにしましょう」
……こいつ、照れてる?
いやいやいや、確かに俺はシュテルの笑顔は可愛いといった発言はしたけれども……俺よりも小野寺さんに比重を置いての発言だったと思うのだが。照れさせようと思って口にした言葉でもないし。
シュテルは俺に対して最近自分に対する接し方がおかしいなどと言っていた気がするが、むしろシュテルの方が俺に対する反応がおかしいのではないだろうか。今のだってこれまでなら
『可愛い? 褒めても何も出ませんよ』
『それはナノハも可愛いと言っているようなものですよ。今度彼女に会った際に言っておきましょう』
みたいに答えているはずだし。これが続くようなら……今度ディアーチェにも相談することにしよう。この手のことはあいつを頼るに限る。
「ただ……紗耶の話には続きがあって、紗耶にはスタークスさん以外にもうひとり会いたいデュエリストが居るんだ」
「もうひとり? シュテルとのデュエルを見てブレイブデュエルをやりたいって思ったんなら少なくとも上位のデュエリストでしょうね。アバターの恰好や使う得物の特徴とか分かったりします? ロケテスト時の上位者なら知り合いに結構いますから分かるかもしれません」
「特徴ね……簡潔に言えば、漆黒のロングコートを着てる二刀流の少年だな」
漆黒のロングコートに二刀流。その特徴のアバターを俺は知っている。
とはいえ……世の中は広くデュエリストの数は今ではロケテスト時の比ではない。もしかすると俺の心当たりとは別人の可能性もあり得る。ここはもう少し様子を見るべきだろう。
「も、もっと詳しく言うなら……黒と白の長剣を持ってて、通り名は《漆黒の剣士》。多分年齢はシュ、シュテルさんと大差はないと思、う」
「ロケテストの時は噂になってたみたいだけど、本格稼働してからはスタークスさんと同等の実力があるらしいのに詳細不明。最近になってまたチラホラ噂が飛び交い始めてるみたいだけど……」
…………。
………………。
……………………アバターの特徴並びに通り名、ロケテストから今に至るまでの経緯。どれから推測しても小野寺さんの探している人物はひとりしかいない。
「どこかのショップに所属してるって話は聞かないし……いったいどこの誰なんだか」
「いったいどこの誰と言われましても」
「ご、ごめんなさい。シュシュシュテルさん、は毎日のようにたくさんの人とデュエルするから分かりませんよ、ね」
「いえ、そうではなくて……あなた方の話に嘘がないのであれば、あなた方はすでに目的の人物に会ってますよ。今も私の隣に座っていますし」
シュテルが言い終わると、ふたつの視線が静かに彼女から俺の方へと移される。もしも俺がレヴィのようなタイプだったならば、ここで颯爽と名乗りを挙げていただろうが……俺がしたのはバツが悪そうに顔を逸らすことだけだ。
「え……ええええっと、ややや夜、月さんがしししし漆黒の……!?」
「ふむ……どうやらまだ信じらないといった様子。ならば証拠を見せる他にありませんね。ショウ、あなたのカードを出してください」
「そこまでしなくても信じてくれそうなんだが。それに……分かった、分かったからそれ以上近づくな」
無表情な人間が迫って来るのはなかなかに圧迫感があるのだから。もし仮にこれがレヴィだったならば顔を鷲掴みしているだろうし、八神堂の主だったならばでこピンやらチョップを撃ち込んでいただろう。
ブレイブホルダーから愛用しているアバターカードを取り出してシュテルに渡す。シュテルに渡したのは直接小野寺さんに渡すのが気が引けた、というわけではなく……単純にシュテルとの距離を元に戻すためだ。
「……そういえば、私はあなたのアバターカードを持っていません。予備のカードがあるならください」
「なあシュテル、お前は何のために俺にカードを出させたんだ?」
「問題ありません。会話しながらでもカードを彼女の方へ差し出すことは可能ですから」
それはそうだけど、人に何か渡すときはちゃんと相手の方を見て渡しなさい。人と話すときは目を見て話すことも大切だけど、今に関してはそこまで俺を優先しなくていいから。
「ま、ま……まままま間違いない! わ、私が探してた……うううそ、まさかこんな偶然って……。し、しかもシュテルさんと一緒にだなん、て!? あわわわ…………」
「え……お、おい紗耶! ここで気絶は不味い……おい、しっかりしろ。気をしっかり持て!」
「……こうなるかもしれないから出したくなかったのに」
「出していなくても同じだったと思いますがね。さて、彼女が落ち着くためにもいったん私達は離れた方が良いでしょう。何か飲み物でも買いに行きましょう」
「お前……こういう時は至ってマイペースだな」
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