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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第二部 WONDERING DESTINY
CHAPTER#17
  DARK BLUE MOONⅨ ~End Of Sorrow~

【1】


 なんのかんのと時間はかかったが、
ホテルまで帰り着いた承太郎とシャナは
(流石に中までおぶえとは言わずエントランス直前で軽やかに降りた)
夜の照明を透化する回転ドアを共に潜った。
 そして取りあえず備え付けの上等なソファーに腰を下ろし小休止を取っていた所、
疲弊した肉体がその完全なる恢復を渇望したのか突如猛烈な空腹感に見舞われた。
 そのまま互いに先を争うようにしてホテル内のレストランへと駆け込み、
メニューを片っ端から次々と注文してズラリと並んだ
戦国猛将さながらの豪勢な晩餐を二人でアッサリと平らげた。
 途中花京院から連絡が入り、自分は帰館がかなり遅れる事とその理由を伝えられ、
だから心配しなくて良いという言葉を最後に通話は切れた
(その背後で執拗に彼を呼ぶ若い女の声がしたが、
どこかで聞いたような声だったのは気のせいだろうか?)
 一応その旨を伝えたシャナの反応はそ、という素っ気ないもの。
 まぁ、花京院には花京院なりに、今日色々とあったのだろう。
 自分も今朝ホテルの一室で寝起きの一服を燻らせていた時には、
まさかこんなハードでヘヴィーな一日になるとは想像もしていなかったのだから。
 その後は適当にホテルの娯楽施設をはしごして就寝までの時間を潰し、
時計の針が十一時を指し示す所で各々の部屋へと足を向けた。
 途中、外の夜景が一望できるガラス張りのエレベーターの中、
シャナが妙にソワソワしていたのが気になったが
まぁ彼女にも彼女なりに色々とあるのだろうと察した承太郎は詮索せず
12階で開いた扉から無言で出る。
 そして自室のロックをカードキーで解除し中に入ろうとした刹那。
「あ、あの」
 すぐ隣の部屋であるシャナが声をかけてきた。
「アン?」
 既に仕切を(また)ぎ、その長身の躯を半分潜らせていた承太郎は首だけで向き直る。
 視線の先の少女は、何故か困ったような表情で口をモゴモゴさせていたが、
やがて意を決したように一つの言葉を彼へと紡ぐ。
「き、きょうは、ありがとう。助けに、来てくれて」
 早口のように、語尾にいくほど小さくなる声で、シャナはそう告げる。
 そしてソレよりもっと小さな声で。
「本当に、嬉しかった」
 と、囁くようにピアスで彩られた耳元に付け加えた。
「……」
 想わぬ少女の告白を、件の剣呑な瞳で受け止めた無頼の貴公子はやがて、
「あの、よ」
と横顔を向けたまま静かに切り出す。
「オレのスタンドは、近距離パワー型だ。
破壊力とスピードは有るが、遠くには行けねぇし、
壊れたものを治す能力もねぇ」
(?)
 想わぬ青年の返答に、少女は一抹の困惑と共に瞳を丸くする。
 ソレは、解っている。承太郎の能力(チカラ)のコトなら、
多分、この世界の誰よりも、深く。
「……だから、言いたいコトや、して欲しいコトがあるんなら、ちゃんと言えよ?
オレも、言われなきゃあわからねーから、よ」
(!!)
 俯いているため学帽の陰に紛れてその表情は伺えないが、
片手を制服のズボンに突っ込んだ青年は、深長な声でシャナに告げる。
「何かあったら、すぐに呼べ。いつでも、どこへだって行ってやっから」 
「ぁ……」
 突如、身体中に電流が走ったかのように強烈な、
しかし今日何度目か解らなくなった甘美なる衝撃で少女は絶句する。
“そういう意味だったのか”
 今朝、自分に背を向けて言った事の真意は。
 それなのに、勝手に誤解して一人で思い悩んで。
 ただ、信じれば良いだけだったのに。
「……」
 熱に染まった頬と、微かに潤んだ瞳で自分を見つめる少女。
 ソレとは視線を混じ合わせぬまま、
「じゃあ、な。シャナ」
そう言って承太郎は部屋の中へと消えていく。
 静かに閉じるスティール製のドア。
「……」
 その前でしばらくの間、少女は放心したように佇んでいた。






【2】


 狂猛なる紅世の王 “蹂躙の爪牙” のフレイムヘイズ 『弔詞の詠み手』 は夢をみる。
 かつて、何の能力(チカラ)も持たず、ただ掠奪され、凌辱を受け、
骨の髄まで毟られるのみだった、忌まわしき記憶。
 どれだけ時を経たとしても、決して消えない、色褪せるコトも在りはしない。
 大事なモノ等、何一つ存在しなかった。
 人間としての尊厳など、既に跡形もなく叩き潰された後の、家畜以下の扱い。
 どんなに長くても、25までは決して生きられないというこの世の地獄。
 その腐りきった欲望の掃き溜めの中で、人を憎み、世界を憎み、スベテを憎み、
そしてソレ以上に、何も出来ない無力な自分を憎んできた。
『そうでもしなければ生きられなかった』  
 そのような最悪よりも更に劣悪な状況下で一体何の為に生きているのか?
ソレを問う余力すらも奪われ堕ちる所まで堕ちたと想っていた。
 腐れた人間の屑共に躰も心も余すコトなく蹂躙し尽くされ、
路傍に転がる塵以下の存在になったのだと。
 残酷な 『不条理』 で充ち充ちた 「世界」 とは “そういうものなのだと”
 ずっと自分に言い聞かせてきた。
 アノ日、 アノ時、 “アノ娘” に逢うまでは。




 彼女の名前は、 “ノエル・ル・リーヴ”
 柔らかな栗色の髪と沁み渡るようなアイスグリーンの瞳が印象的な、
まだ年端もいかない容貌の少女。
 貧困か、それとも別の理由か、彼女は大き過ぎる娼館着に
その意味も解らず袖を通し、不安そうな眼差しをこちらに向けていた。
 醜い獣以下の “奴等” から自分に与えられた 『仕事』 は、
既に地方領主の “買い手” が決まっているこの娘に
人並みの行儀作法を(しつけ) ろという単純なもの。
 だが、その真意は相手の 『どんな要求にも』 逆らわず黙って応じるという
「服従心」 を叩き込めという讒言(ざんげん)以外の何ものでもなかった。
 通常このような 『仕事』 は、役得がてら男である奴等が行うモノなのであるが、
今回のように「キズもの」に出来ない、 “通常とは違う部分に”
「商品価値」が在る者は、同じ娼館の女にその勤めが回された。
 この当時、末期の梅毒や天然痘、癩病 (ハンセン病)等の忌病に犯された者が、
若い娘 (特に生娘)と交わるとその病魔が完治(なお)るという噂がまことしやかに囁かれたが、
ソレがこの少女と関係するのかどうかは定かではない。
 せいぜい “イイ子” に教育してやってくれよ、
という奴等の下卑た笑みを含ませた声を背後に聞きながら
『その時』 の自分は、明日屠殺(とさつ)される子羊でも視るような眼で
彼女を見ていたのだと想う。
 少女の不幸な運命にその先の残酷な未来に、
心を動かすにはもう自分は、
身を引き裂く程の凄まじい憎しみで荒み切っていた。
 信心深い家系だったのか、鈍い光沢を放つロザリオを
脹らみの淡い胸元に下げていたのも気に障った。
 神など、存在しないのに。
 そして事実、 『そのように』 彼女を扱った。
 酷い言葉で侮蔑し、失敗を見つけては詰り、
夜に啜り泣く声を聞いては感情的に罵倒した。
 自分より劣る者が出来たようで嬉しかった。
 何を言っても、何をしても、自分に縋るしかない存在が生まれたコトが。
 弱い者は何をされても仕方がない。
 今まで自分がされてきたコトを 『する側』 に廻った恍惚感に陶然となった。
 その行為を、心情を自省するには、もう自分の中の善悪という概念は
修復不能な迄に壊れきっていた。
 長い間忘れていた笑みさえもを歪んだ様相(カタチ)で取り戻し、
彼女を貶める事が何よりの楽しみとなった。
 堕ちに堕ちたドン底の、その更に(くら)き深みに
際限なく沈んでいくような気がしたが、もうどうでも良かった。
『本当にどうでも良かった』




“どうせ死ねば、スベテが終わりなのだから”




 終わりのないのが 『オワリ』 なら、
その救いのない無限地獄の中で少しくらい自分が楽しんだ所で、
誰に難じられる覚えもないと想った。
 しかし、やはり罪は罪だったのか?
 罪無き者を傷つけたその報いは、いとも容易く己に下された。
 彼女と出逢って二週間が過ぎた頃、
これ迄の苛酷な辛苦の果てに悪質な伝染病に罹患(りかん)し、
他の感染症も併発した自分は、逃れられない死の淵へと追いやられていた。
『定められた時間』 まで、後3年という時期。
 自分でも、よく持った方だと想うべきだろうか?
 湿った体液の匂いが染み着いた錆だらけのベッドの上で、
まだ死にたくないという気持ちと、もう良いかという気持ちが何度も交錯した。
 恐らく、後者の気持ちの方が強かった。
 このまま疫病に(うな)される茫漠とした意識のまま、
その苦悶を逆らうコトなく黙って受け入れれば、
スベテを終わらせるコトが出来る。
 己を取り巻く苦しみ、哀しみ、そして憎しみ、そのスベテから解放される。
 後には、何も遺らない。
 肉体も、精神も、存在すらも。
 ソレで良いか、と想った。
 どうせ自分には、何もない。
 本当に、驚くほど何も無い。
 生への執着すらも。死への恐怖すらも。 
……もういい。
 考えるのを、止めよう。
 このまま黙って眼を閉じていれば、もう気がつくコトさえない。
 さようなら。
 さよう、なら……
 誰に宛てた言葉かも解らないまま、意識は死の暗黒へと呑みこまれていった。
 戻ってくるつもりは、なかった。
 その、とき。
 口唇に触れる、温かな感触が在った。
 朦朧とする意識のまま瞳を開くと、そこには、己の渇いた口唇に
自分の生気に溢れた瑞々しい口唇を重ねる少女の姿があった。
 そして、甘やかな感触とは裏腹の、異様に苦い粘性の液体が少女の口中を通して
自分の喉に注ぎ込まれる。
 一瞬、彼女(ノエル)が何をしているのか解らなかった。
 アレ程罵倒して、侮蔑して、暗い感情を充たす為だけに彼女を扱ってきた自分に、
『こんな事をするわけがない』
 第一、この病は伝染(うつ)るかもしれないのだ。
 大事な 「商品」 である彼女を奴等が、数日後には裏手の溝川(どぶがわ)襤褸雑巾(ぼろぞうきん)のように
打ち捨てられる自分の傍へ近づける筈がない。
『ということは』
 よく見ると、頬に殴られたような痕が有り新品である筈の娼館着も薄汚れていた。
 今自分に口移しで注いでいる薬を得るため奴等に懇願した結果か、
或いはどこからか盗んできたのかもしれない。
 何れにしても、そんな事がバレればただでは済まない。
 それ以前に、自分にそんなコトをしてもらう 「資格」 はない。
 今まで何もしてやらなかった、傷つける事しかしなかった自分に。
 放っておけば良い、そんなコトまでして助ける価値など、自分にはない。
 死んだって誰も悲しまない。誰にも必要とされていない。
『だからもう良いと想ったのに』 
 震える腕を伸ばして、口唇を重ねる少女を押し退けようとした。
 しかし想いとは逆に力が入らず、肩より上へ動かす事すら出来ない。
 この役立たず!
 自分自身に激しい怒りを感じた。
 いつもいつも己に対して抱いてきた感情だったけれど、それとは全く違った気がした。
 そのとき。
「“ラルク……アン……シエル……” 」
 不意に、口唇を重ねながら少女がある言葉を呟いた。
 否、その声は少女の背後から、或いは全く別の領域から聴こえたような気がした。
 次いで、己の内面世界を汲み出す叙情詩のような囁きが、一つの旋律となって紡がれる。
「……時は奏でる……想いの詩を……溢れ出ずる……清き聖霊の……御名と共に……」
 ソレと同時に、突如全身の細胞全てが一斉に熱を噴いたように活性し、
凄まじい血液の奔流が外に迸る程の勢いで駆け巡った。
 追走するように、透明で緩やかな液体が躰の至る処で光る波紋のように棚引き
ソレが触れた箇所から、腐蝕した鎖が幾重にも細胞に癒着したような
(おぞ)ましき苦悶が、跡形もなく剥離(はくり)していくのを感じる。
 魔法の言葉?
 そう錯覚する程に、己の躰の裡で起こった変異は不可思議極まりなかった。
 先刻、ノエルが口移しで飲ませた薬に、このような効果が在るとは到底想えない。
 仮に在ったとしてもこんなすぐに、躰の奥底の部分まで根深く巣喰った
病魔が快癒する事は在り得ない。
 まるで少女の想いが、そして祈りが、
『安物の薬を神の水へと変貌させた』
そんな莫迦げた奇蹟としか思えない現象だった。 
 でも、一体何故?
 何でこんな私なんかを、自分の命の危険を冒してまで助けようとするのだ?
 あんなに非道い事をしたのに。
 殺されこそすれ、救う理由など何もないのに。
 その解答(こたえ)は、そっと花唇を離し己の胸に寄り添う少女の口唇から語られる。
 そして告げられた言葉は、たったの一言。
「死なないで……」
 汗で(まみ)れた娼館着に顔を埋めアイスブルーの瞳から伝う透明な雫と共に、
何度も何度も、少女は同じ言葉を呟いた。
「死なないで……死な……ないで……マー姉サマ……」
 そのときになって、初めて気づく事実。
 あぁ、そうか。
「理由」 なんて、無いんだ。
 どれだけ非道く扱っても、厳しい口調で罵っても、この娘はずっと、
こんな自分を “姉” と呼んで慕ってくれていたのだから。
 他に縋る者がいないから、媚びを売っているだけだと想っていた。
 一人でいるのが寂しいから、捨てられた子犬のように擦り寄ってくるのだと想っていた。
『でも、そうじゃなかった』
 そしてソレは、自分にとっても同じ事。 
 この娘が憎かったんじゃない。この娘が嫌いだったんじゃない。
 どれだけ悔やんでも、決して赦されない事もたくさん行ってしまったけれど、
『でもソレだけじゃなかった』
 自分の作った料理を、美味しいと言ってくれた。
 大き過ぎる娼館着を繕った時、ありがとうと言ってくれた。
 狭い水桶での湯浴みの時、その小さな手で背中を拭ってくれた。
 客の残した紅茶をくすねて持ってきた時、嬉しそうに微笑む彼女と二人でそれを飲んだ。
 他にも、他にも、たくさん、たくさん……
 なんで、なんで、忘れてたんだろう?
 大切な事も、こんな地獄の底に差し込む光すらも、憎しみは覆い隠してしまう。
 誰の所為でもない、それは全部、自分の所為。
 どんな辛い事も苦しい事も、全て 『運命』 の所為にして、
勝手に委ねて、抵抗すらしなかった自分の所為。
 己に流れる血は何よりも熱く、天に瞬く星は果てしなく明るく、
そして人間(ひと)は、こんなにも温かいのに。
 それなのに、その事に気づかず、勝手に自分で決めつけてスベテ捨てていたんだ。
 一番大切なものも、何もかも。
「ごめんね、ルルゥ……」
 自然と涙が、溢れてきた。
 もう、とうの昔に涸れ果てたと想っていた、透明で暖かな雫だった。
「ごめんね、本当に、ごめんね……」
 死に至る己を救った不思議な能力(チカラ)を使った所為か、
胸の中で深い眠りについた少女に、何度も何度も語りかけた。
 柔らかな栗色の髪を撫でながら、白い滑らかな肌に触れながら。
 何度も、何度も。




“ありがとう”




 この娘は、天使だ。
 自分を病魔からだけではない、終わりのない精神の暗黒からも救ってくれた。
 だから今度は、私が護る。
 何が在っても、絶対に護ってみせる。
 この世の地獄なんかに、決して堕とさせはしない。
 その為なら、喜んで身も心も捧げよう。
 大丈夫。
 出来る、出来る筈だ。
 スベテを憎んで、世界を呪って生きていくよりは、
きっと、ずっと簡単なコトの筈だから。
 この娘は私の “希望” そのものなのだから。
 破れたカーテンの隙間から漏れる、夜明け前の光を浴びながらそう誓った。
 ソレが自分に “誰か” から与えられた、
掛け替えのない 『使命』 で在るような気がした。

←To Be Continued……







『ラルク・アン・シエル』
本体名-ノエル・ル・リーヴ(ルルゥ)
破壊力-なし スピード-A(治癒速度) 射程距離-C
持続力-A 精密動作性-A(治癒精度) 成長性-完成
能力-触れた対象の存在を癒し、あらゆる重傷や病魔を駆逐するコトが出来る。
ただしルルゥが心の底から救いたいと想った者にしか効果がない。
戦闘能力は皆無(なき)に等しく、自分の傷は癒せない。
「シエル」 を “シェル” と呼ぶと、()ねて出てこない場合がある。





 
 

 
後書き
どうも、作者です。
原作の「設定」変えてでも、
どうしても出したかったのがこの()です。
(っていうか原作が好きじゃないカラ、
(徒の一人に)「復讐」奪われてカラッポになったから、
紅世の徒(おまえら)全員「皆殺し」ってどこの○○ザだ・・・・? ('A`))

やはり理性が砕けて憎しみの塊になってしまうには、
『ベルセルク』の「蝕」並かソレに匹敵する悲劇が必要であり、
ソレをキャラクターにするには「共感」と「感情移入」が
不可欠だと想うのです。
ジョジョのキャラクターにも「復讐」を生きる目的にする者が何人かいますが、
皆、哀しいながらも気高くてカッコイイのは、その「傷」を背負って
立ち向かう姿に「共感」と「感情移入」出来るからでしょう。

まぁ後のコトが確定しているだけに、
最初から崩壊するコトが前提の二人の絆ですが、
ソコはジョナサンのように、“だからこそ美しい”
といえるのかもしれませんネ(でもやっぱ哀しい(T-T))
ソレでは。ノシ 
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