魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~
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第十七話 日常で感じること
前書き
どうも、IKAです。
数ヶ月ぶりの投稿です。
今回からジュエルシードが関わったゴタゴタは隅に置いて、地球で過ごす日常に光を当てた内容にしたいと思ってます。
――――最初のジュエルシードを発見した日から、早一週間が経過した。
連日事件を起こしていたジュエルシードも、最近は音沙汰なしと言った状況で喜んでいいのか微妙な心境だ。
俺たちの力ではどうしても探査範囲が狭い上に時間も取れないため、ジュエルシードが何かしらの反応がでない限りこちらから動くにも動けない状況が続いている。
だけど、ただのんびり待つと言うわけにもいかない俺たちは限られた時間を修練に費やすことにした。
特に高町 なのはは魔法に目覚めてまだ日が浅いため、技術や経験が不足しているため、修練は必須だった。
砲撃型の魔導師と言うこともあり、同じ砲撃系魔法を使うことができる俺が高町の教導官になり、魔法を教えることと相成ってかれこれ一週間。
学校への登校時間ギリギリまでを修練に費やし、夜も遅くならないまでの時間を修練に使うことで彼女の技術向上を図ってみた。
結果として成果は上々と言える。
元々物覚えがよく、尚且つ“才能”を持つ高町は多くのことをすぐに吸収し、急激な成長をしてみせた。
この地球と言う世界では全く持って無意味で無価値な、しかし俺たちの世界では天才と言えるその才能に俺が少し嫉妬してしまうほどに、彼女は強くなっていく。
それを見守る側っていうのは、なんだか面白い。
失敗も成功も、一緒に味わえるこの立場は俺に向いているような……そんな気がした。
そんなこんなで今日この日もまた、特に変わりない朝練が終了し、俺と高町は解散したのだが――――。
「……身体測定?」
《今日、年に一回の身体測定》
「いや、それは知ってるし、体操着の用意もしてあるけど……?」
自宅に戻って登校の用意をしていると、デバイス兼通信機のアマネに通信が入った。
相手はクラスメイト兼幼馴染の逢沢 雪鳴。
こんな時間に珍しいなと思いつつ出てみると、彼女から学校で行われる身体測定についての注意連絡が届いた。
今日が特別な日で、午前からお昼までの時間全てを使って全学年の身体測定と体力測定が行われるというのは土日に入る前の金曜、担任の先生から言われているのはハッキリと覚えていた。
まさか俺が忘れていると思って連絡したんじゃないだろうかと思っていたが、どうやらそういうことではないらしく、
《私たちは地球の人より身体能力が高い。 いつもの調子でやったら、驚かれる》
「……確かに」
盲点だった。
と言うか全く考えていなかったことなだけに、声には出なかったが心の中では結構驚いたってくらいなことに気づかされた。
言われてみれば俺や雪鳴たちは魔法が存在する世界出身で、地球の人とは違う鍛え方や身体の構造をしている部分が多い。
もちろん基礎的な面は同じだし、人並みにお腹は空くし人並みに眠くなる。
ただ運動能力や知識や精神面での違いは大きいだろう。
今日の身体測定には走ったり跳んだり投げたりと、身体を動かすことも多い。
その中で俺たちの『いつも通り』は、この世界の人にとっての『普通』とはかけ離れた結果になっててしまうだろう。
それこそ大人の平均記録を超えるだとか、世界記録を更新してしまうだとかが平気で起こってしまうような……そんな結果になる。
《去年、私は怪我をしてたから問題なかった。 けど、柚那は困ったことになった》
「……柚那になんかあったのか?」
雪鳴の妹、柚那もまた去年から雪鳴と共に地球で暮らしている一人だ。
去年の身体測定を経験したのだろう。
そこで何があったのか、俺は不安になってしまう。
もし何も知らずにやってしまい、記録を出しすぎてしまったら……?
相手と距離を置かれたりでもしたのだろうか、なんて不安が脳裏をよぎる。
《記録が良すぎて学校にある全部の運動部からスカウトされてた》
「……」
思わずズッコケてしまう所だった。
拍子抜け……というのは柚那に失礼だろうけど、俺の想像してたことよりは斜め下な内容に安堵する。
どうやら俺たちの通う学校は、案外適応能力が高いらしい。
そして柚那も柚那でコントロールはしようとしたけど、それですら学校のレベルで言えば高すぎたのだろう。
《そのおかげで男女からモテモテ。 ラブレターも男女同じ割合で届くようになった》
「はははっ……なんか想像がつくな」
そして返事に困って唸る柚那の表情もまた想像が付いて、つい頬が緩んでしまう。
責任感の強い柚那のことだ。
きっと一枚一枚に対して丁寧な返事をしたことだろう。
そう思っていると雪鳴の後ろ辺りから大きな声が聴こえ、段々近づいてきた。
《お、お姉ちゃん!! そんなことまで言わなくていいでしょ!?》
《柚那、洗い物お疲れ様》
《うん、ありがとう。 はいこれお弁当……じゃないよ! さらっと話しを逸らさないでよ!?》
《失敗》
《そんなことより、なんでラブレターのこと話しちゃうの!?》
《妹自慢》
《アタシすごく恥ずかしいんだけど!》
《そんな柚那も可愛い》
《嬉しくなーい!!》
「……ホントに仲がいいな」
スピーカー越しに聴こえてくる二人の会話は、聴いていてなぜだか微笑ましいと思えてしまう。
柚那が怒ってて、雪鳴は反省した様子がないって光景のはずなのに、そこには二人の仲の良さが伝わって来る。
怒りや笑顔の裏にある、お互いの信頼がそう思わせるのだろうか。
今の俺にはわからないその関係性に、相変わらず俺は憧れに似た感情を抱いて、そしてまた微笑む。
《もう……あ、お兄ちゃ……黒鐘先輩?》
「お、おう。 柚那、おはよう」
《おはようございます。 お姉ちゃんの言ってたことですけど、忘れてくれませんか?》
雪鳴とは違う、どこか他人行儀な応対の柚那に俺は少し言い淀みながらも応対する。
あの日……俺と雪鳴と柚那の間にあった蟠りを解消してからと言うもの、柚那は俺のことを先輩と呼ぶようになった。
お兄ちゃんと呼んでくれたのはあの日が最後で、それから今日までずっと黒鐘先輩と呼ばれている。
それもそれで彼女なりに近づいてくれてる呼び方らしいし、雪鳴曰く「年頃だからお兄ちゃんは恥ずかしいんだと思う」とのこと。
幼い頃の呼び名を続けているのは恥ずかしいと思う感情は理解できる。
俺も父さんや母さんをパパやママと呼ぶのは、幼い頃はできたけど今は恥ずかしいから、きっとそういうことなのだろう。
そう思って理解したつもりなのだけど、不思議なことに柚那に先輩と呼ばれるのがまだ慣れていない。
《……先輩?》
「え、あ、ああごめんごめん。 分かった、忘れるようにしとくよ」
《お願いしますね》
「わかったよ。 それじゃまた通学路で」
《はい、失礼します》
そうして通信を切った俺はどこか疲れたようにため息を漏らし、必要なものを揃えて家を出るのだった。
*****
「……はぁ」
受話器を下の位置に戻したアタシは、どこか疲れたようにため息を漏らして玄関に向かった。
教科書や文房具が入った鞄を肩から腰にかけ、更に右手に体操服が入った巾着袋を持つ。
今日は人生で二回目の身体測定。
去年は本番直前になってアタシやお姉ちゃんの身体能力がこの世界の人とは違うことに気づいて、ギリギリで周囲に合わせようと努力した。
結局、それは成功だったような失敗だったような、曖昧な結果になって私は後悔してる。
お姉ちゃんがお兄ちゃ……黒鐘先輩に言ってた通り、アタシは力を抑えて挑んだにも関わらず学園最高記録を出してしまった。
それがきっかけで運動系全ての部活から入部のお誘いが来て、更にはアタシのファンだと言う人達からのラブレターも沢山届くようになった。
たった一度の身体測定でアタシの学校生活は激変したと思う。
一年が経過して、アタシに対するラブレターや部活の勧誘は減ったけれど、今日の身体測定がきっかけで再び増える可能性もある。
だから今年は去年より抑え目でいこうと強く決めている。
「柚那、大丈夫?」
そんなアタシにお姉ちゃんが心配そうな表情で私を見つめてきた。
きっとアタシがため息を吐いたことが原因だろう。
アタシがため息を漏らした原因は二つ。
今日の身体測定のことと、黒鐘先輩とのこと。
身体測定のことは今考えがまとまったからいい。
けど、黒鐘先輩のことは……まだまとまらない。
「うん、大丈夫。 そろそろ行こ?」
「……分かった」
アタシはお姉ちゃんを心配させまいと笑みを見せて、玄関に向かった。
大丈夫、と言うと嘘になるけど、大丈夫じゃないと言うのも少し違う気がする。
黒鐘先輩のことは色々あったけど嫌いじゃないってことが分かって、問題も解決して、仲直りできた。
このあとも通学路の途中で合流して、一緒に学校へ向かうことになってる。
一緒にいる時間を不快に思うことも、居づらいと思うこともない。
だから問題なんてない……はずだった。
だけど、アタシは色んな問題を解決させる中で、彼に対するアタシの感情と想いに気づいてしまった。
今に至るまでの怒りや憎しみが、本当は彼に対する好意を隠すためのものだったって気づいてしまって、そして怒りや憎しみを失った私にはこの『好意』を隠すための感情が存在しなくて――――。
「柚那、顔が赤い」
「へ!?」
「風邪?」
「ち、ちちち、違うよ! そんなじゃないから!」
「無理は禁物」
「ほんと、ほんとに大丈夫だから!!」
通学路を歩いている途中、アタシはお姉ちゃんに顔を覗かれ、あまりの恥ずかしさに走り出してしまった。
顔が赤くなっている理由はわかってる。
黒鐘先輩のことを想うと、どうしても顔が……ううん、全身が熱くなる。
この気持ちの正体に気づいてから、アタシは黒鐘先輩との接し方がわからなくなって……それで選んだのが、先輩後輩の位置だった。
どうしてそれなのかって聞かれても、私自身よく分かってない。
だけど、何かしらはっきりとした立ち位置が欲しくて、考えた末がそんなものだった。
幼馴染で、今は先輩後輩の立場になったアタシと彼……そんな感じ。
(逃げてる、よね……)
それが逃げてるってことくらいわかってるから、余計にため息が漏れてしまう。
この想いを伝えるための努力をすればいいのに、なんて思うこともある。
だけどアタシは怖かった。
また、なにかの拍子でこの関係が壊れてしまうことが。
今回のことで思い知らされてしまった。
「柚那、おはよう」
「は、はい……おはよう、ございます……はぁ」
「なんで息切れてるんだ?」
「た、たまには走ろうかなって思いまして……」
「柚那、置いていくなんて酷い」
「ご、ごめん……お姉ちゃん」
「雪鳴、おはよう」
「ん、おはよう」
こうして毎朝一緒に学校に行ける日々。
それは、他所から見れば当たり前の日々で、気にしなければなんてことない平穏で平凡な時間。
だけどこう言う普通っていうのはいとも簡単に――――あまりにも呆気なく、壊れてしまうと言うこと。
「……どうかしたか?」
「いいえ、別に。 行きましょ?」
「……ああ」
だからアタシは、抑えている。
この想いを。
今の……そして、これからの時間と関係を守るために。
*****
「黒鐘の一番大変だった任務は?」
「そうだな……。 どれもこれも大変だけど、一番大変だったのは三世界を一日で移動しないといけないことがあってな。 あれは肉体的な意味で疲れたな~」
「うわ」
「あぁ……」
柚那と雪鳴の二人と通い慣れて来た通学路を歩きながら、いつもいつも違う話題で盛り上がる。
魔法の話し、異世界の話し、任務の話し。
この五年間で管理局に入り、様々な仕事を経験した俺にとって話題と言うのは挙げれば尽きないほど溜まっていた。
人通りがある場所で、しかも魔法文化のない世界でそういった話しをするのはタブーとされているけど、誰も俺たちの話しに耳を傾けておらずそれぞれがそれぞれの事情に集中している。
きっと俺が話していることも、子供が夢で見たことや本で読んだ、アニメで視た話し程度に思っているのだろう。
「護衛任務だったんだけどさ、その日は一度に複数の世界を跨いでの会見や交渉があったんだ。 その護衛に俺が選ばれたのは、かなり良い経験だったよ」
そんな俺が話しているのは、二年前に経験した超過密スケジュールを強いられた任務のことだ。
当時、俺はある人の補佐をしており、その人が護衛任務を行うということで俺も参加させてもらうことになった。
護衛対象者はとある管理世界のお姫様だ。
魔法文化がかなり進んでいる世界ながら、その研究資料を他世界へ流通させて世界同士のバランスを安定させようと取り組む平和主義の世界。
そこで一番高い地位を持つ皇帝の第一皇女の護衛が、俺にとって一番疲労の多い仕事だった。
俺と年齢が同じだってことに驚いたし、俺より体力がないってことにも驚いた。
そんな彼女が周りには笑顔を絶やさずに頑張っている姿を見て、俺もこの仕事を諦めずに頑張ろうと思えた。
そういう意味でも印象が強かったのだろう。
「あとは……まぁ、それからも色々あったからさ」
「色々?」
「ああ。 色々、な」
雪鳴の問いに目を細め、遠い空を見上げて眺めながら答えた。
本当に色々あった。
たった一日で行われた護衛任務は、俺に様々な衝撃を与えた。
良い経験だったと、本当に心の底から思える。
「……それで、雪鳴と柚那はその頃なにやってたんだ?」
少しだけ感傷的になってしまった俺は、それを振り払うように話題を変えた。
俺一人の話しではどうも盛り上がりに欠けてしまう。
そう思いながら学園前の信号が赤になったので止まっていると、渡った先で見知った少女を見つける。
――――高町 なのはだ。
制服姿の彼女は、他に二人の同い年くらいの少女を連れて登校していた。
雪鳴と柚那の話しに耳を傾けながら、俺は高町とその友人を見つめる。
こうして彼女の『日常』を見るのは初めてだったから、新鮮な気分だ。
だけど高町からしたらそっちにいるのが普通で、俺やフェレットのユーノ、雪鳴や柚那――――そしてフェイトの過ごしている時間こそが異常なんだ。
俺が今見ている高町の姿こそ、彼女が本当にいるべき場所なんだ……って思うと、高町の友人であろう二人の少女に申し訳ない気持ちになってしまう。
一人は金髪の少し強気な雰囲気がありつつも気品あふれる少女。
もう一人は紫色の長髪で、金髪の子とは対照的に穏やかさと気品を感じる少女。
俺たちとは違う、魔法のない平穏で平凡な日々を過ごす少女達。
本来、高町 なのはも同じ立場の少女だったはずなのに、俺たち魔導師の不手際で巻き込んでしまった。
その責任は、高町の教導官をしている俺にもあるんじゃないかと思う。
魔法の世界からは離れさせるべきだと思いつつ、魔法をうまく使える方法を教えている。
そんな矛盾、二律背反の答えを……俺はまだ、出せずにいた。
「……ッ!」
そんなことを考えていると、俺の視線に気づいたのかこちらに手を振る少女が一人。
高町ではない。
紫色の長髪の少女だった。
(視線に気づいた……?)
驚く俺を他所に、高町もこちらを振り向いて笑顔で手を振る。
それを見て落ち着きを取り戻した俺は、動揺が悟られないように笑顔で手を振り返した。
少なくとも俺は、殺気のような気配は何一つ飛ばしてない。
ただただ視線だけ向けて、それ以外は何も送ってなんていなかった。
なんの力もなく、なんの訓練も受けてない人が俺の視線に気づいた?
俺はあまりにも突然の出来事に対応できず、彼女たちは校門を通り抜けて校舎へ向かってしまった。
それと同時に目の前の信号も青に変わったので雪鳴と柚那と共に渡り、校舎に向かいながら考えてしまう。
人は、たまに他者の視線に気づくことがある。
五感以外の第六感みたいなものが働いているのか分からないけど、なんか見られてるなと思う事がある。
先ほどの少女もそれがたまたま働いた……と思えば早いのだけど。
(なんとなくって反応じゃなかったよな……)
そう、俺が驚いてしまったのは彼女がちゃんと俺の視線に気づいたことにあるんだ。
今言った、たまに他者の視線に気づくことだけど、あれはなんとなくその気がするって言う反応が普通だ。
なんか見られてる気がする。
なぜかそんな気がする。
その程度の感覚で振り向いて、なんとなくの感覚を追って周囲を見渡すものだ。
だけど彼女は真っ先に俺の方を振り向いた。
その視線に疑いを抱かず、すぐに俺を見た。
なぜなのか。
(別に魔力がある雰囲気もないけどな……)
というか魔力の欠片一つも感じられない、この世界の人の姿そのものだ。
ただ一つ、俺の視線に気づいた瞬間だけ彼女の気配が変わったような気がして――――。
「黒鐘、体操着に着替えないの?」
「え……?」
目の前できょとんとした表情で雪鳴が見つめていた。
どうやら考え事をしているうちに教室まで到着していたらしい。
柚那とも別れていたけど、いつのことかさっぱり覚えてない。
……考えすぎたか。
「そうだな。 さっさと着替えるよ」
「私も更衣室へ行ってくる」
「ああ。 後でな」
「ん」
綺麗に折りたたまれた体操着とそれを入れるための袋を持って雪鳴は教室を出る。
それに続いて教室にいた女子生徒が続々と教室を出て行く。
残った男子は雑談をしながら体操着へ着替えていく。
俺も考えていたことは保留にし、この世界の日常に溶け込むことにした。
*****
朝のホームルームが終わり、早速俺たちは校庭へ移動した。
学年ごとに決まった場所で身体測定を行っていき、一定の時間になったら学年ごと前の学年が測定していた場所で別の測定を行うという流れになっている。
保健室では身長や体重、座高などの測定。
体育館では長座体前屈や上体起こしなど、筋力や柔軟性の測定。
そして校庭ではシャトルランや50m走にソフトボール投げなど、身体能力の測定。
身体測定と体力テストの両方が重なっているのが今回の測定らしい。
俺たち四年生は三年生と共に校庭に集まり、担当の教師から受ける順番や手順を説明されて解散となった。
「さて、それじゃ最初は……」
邪魔にならないよう木陰に背中を預けて周囲を見渡し、観察する。
この世界での身体測定が初めての俺は、とにかくこの世界の『平均』を知ることに専念した方がいい。
足の速い人、遅い人の動きや速度を見極めて記憶する。
あとは遅くはないけど速くもないって言えるような平均値な速度を出せば怪しまれることはないだろう。
……なんて思っていたのだが。
「月村がまた記録更新したぞ!」
「あの子、ホントに部活入ってないんだよね!?」
「流石、月村さんだわ!」
「おい男子負けてんじゃねぇぞ!!」
男女の怒声、歓声が響き、俺はそちらを向いた。
そこでは男女混合で50m走が行われており、ちょうど先頭を走ってた人がゴールしたようだ。
「なるほど、確かに速いな」
その光景に俺も、外野の人たちほどではないけど感嘆の声を漏らした。
なぜなら俺が振り向いてから三秒以上遅れて後続の生徒がゴールし、後続が息を荒げているにも関わらず『月村』って人は一切息を切らしていない。
後続には男子もいたし、その速度は決して遅くはなかった。
動きからして何かしらのスポーツをしている人もいただろう。
そんな生徒すら追い抜いて余裕の一位は誰か……。
「――――アイツが、月村だったのか」
紫色の長髪の少女。
高町の友人の彼女は、月村って名前なのか。
どうやら彼女は少々普通とは違うらしい。
けど、周囲は驚きつつもどこか納得がいってるような表情で月村を見つめていた。
賞賛の拍手が送られる月村は、微笑ながらも丁寧に頭を下げて友人のもとへ駆ける。
お辞儀する姿は綺麗で整っており、体操着姿にも関わらず上品さを醸し出していた。
「お嬢様みたいだな」
「みたいじゃなくてお嬢様」
俺の独り言に返事を返した少女は足音を立てずにこちらに歩み寄ってきた。
ただし気配はしっかりと感じ取っていたので、俺は冷静に対応する。
「雪鳴は月村のことを知ってるのか?」
「私より柚那のが詳しい」
「クラスメイトだからね」
そこにはほんの僅かに額に汗を掻く雪鳴と柚那がおり、俺と同じ木陰のしたに入ってきた。
柚那は月村と同じってことは、もしかして高町とも知り合いだったのか?
俺は疑問になっていたことを聞いてみることにした。
「柚那、月村ってどんな人なんだ?」
「……興味があるんですか?」
「まぁ、な」
訝しげな表情で聞かれた俺は、なぜか後ろめたさを感じてしまい視線を逸らす。
いや、ホントに変な下心なんてないんだけど。
「……まぁいいですけど」
ため息を漏らしつつ、柚那は説明してくれた。
「月村さんと、一緒にいるバニングスさんは海鳴市では有名なお嬢様一家の娘さんなんです」
バニングス……恐らく高町と月村と一緒にいた金髪の少女のことだろう。
そうか、あの子もお嬢様なのか。
「月村さんの一家は教育熱心な家庭らしくて、運動も勉強も人並み以上にできて当たり前……らしいです」
「当たり前……ね」
お嬢様と聞いてなんとなく俺も納得がいっていた。
更に家庭がそういう所なら尚更だ。
今朝、雪鳴と柚那に話していた皇女の護衛任務。
護衛していた皇女の家庭もまた教育熱心だったのを覚えてる。
勉強は出来て当たり前。
運動も出来て当たり前。
それはどこの世界も変わりなく、必ず存在するらしい。
だけど、それだけなのか?
今朝のことが再び思い浮かぶ。
俺の視線に真っ先に気づいた彼女は、本当にただのお嬢様なのだろうか?
むしろ彼女から感じたのは――――。
「黒鐘先輩、そんなに月村さんのことが気になりますか?」
「へ?」
「意外な伏兵」
「え、いや……えっと、だな……」
途轍もなく凍りついた空気が心臓を締めつけ、凍りついた割には冷や汗がダラダラと背中を流れる。
ジト目で睨みつけてくる柚那と雪鳴の顔が迫る中、俺がとったのが――――。
「そ、そう言えば俺まだ何も測定してないから行ってくる!!!」
一目散に逃げることだった。
「あっ」
「はや……」
全力で走ってしまったが、ほかの生徒はみんな測定に集中していたおかげで見られることはなかった。
……女の子って怖い。
*****
「小伊坂くん!」
「ああ、高町……お疲れ」
校庭で行う測定を全て終わらせた所で高町が俺に声をかけてきた。
その後ろからは月村とバニングスもいて、俺をそれぞれ違う目で見つめていた。
そんなことを知らないようで、高町は後ろの二人に俺を紹介しだす。
「最近、ちょっとお世話になってる小伊坂くん!」
「どうも、小伊坂 黒鐘だ。 今月からこっちに引っ越してきたばかりで高町には何かと世話になってるんだ。 えっと、月村とバニングスだったかな? よろしく」
「アタシたちを知ってるの?」
「有名人だから」
「やだ、有名人だなんて……」
バニングスはどこか警戒心を持った番犬のような鋭い目つきで俺を、睨むほどではないが見つめてくる。
俺が何をしたのやら……。
それに対して月村は雰囲気通りというか、落ち着いた雰囲気で謙虚な態度で接してくれる。
こうしてみても二人が対照的な存在なのが分かる。
高町はどうやって二人と知り合って仲良くなったのか少しだけ気になるな。
そんなことを思いつつ、俺は月村に声をかけてみることにした。
「そう言えばさっきの50m走を見たけど、すごかったな。 速いんだね」
なるべく隣のバニングスに怪しまれないよう、笑顔で接すると月村は恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。
「そ、そんなことないですよ!」
「でも男子の間じゃ流石お嬢様って褒めちぎってたぞ?」
「も、もう……そんな、褒められても困りますよぉ~」
「にゃはは……でも、すずかちゃんは本当に運動も勉強も凄いよね」
「なのはだって理数系は強いじゃない」
月村を賞賛する高町にバニングスが呆れたように溜息を漏らす。
「文系がダメなんだけどね~。 運動も得意じゃないから、やっぱりすずかちゃんには敵わないかな」
「そうなのか?」
ここで衝撃の事実。
高町って運動苦手なのか!?
魔導師の素質があるから、てっきり運動も得意なんだと思ってた。
というか俺の知ってる人は皆、訓練もあっただろうけど魔導師で活躍してる人は皆運動が好きだったはず。
例外ってあるものなんだな……。
「そういうアンタはどうなのよ?」
バニングスは目つきを鋭くして俺に話しかけてきた。
しかも一応先輩の俺にアンタ呼ばわり。
そこら辺は気にする方じゃないとは言え、やっぱり警戒されてるというか嫌われてるというか……なんだろうな。
「運動は……まぁこんな感じかな?」
そう言って俺は口頭ではなく手元に有る測定値を記入した紙を見せた。
まだ校庭で行ったやつしか書かれていないけど、充分に伝わるだろう。
それを三人が覗き込むようにして読んでいた。
「普通だね」
「普通ね」
「普通、ですね」
「そりゃ普通にやったからな」
三人とも同じ表情、同じリアクションに俺は苦笑混じりに返答した。
俺は結局、この学校の平均の数値で結果を出した。
きっと雪鳴と柚那も同じことをしただろう。
月村と違って俺は転校生の身だし、ここですごい結果を出しては今後の生活に支障があるかもしれないと思ったこその行動だ。
「勉強の方はどうなのよ?」
「どうだろな。 まだまともなテストを受けてないから、何とも言えない。 まぁ授業内容自体にはついてこれてるから、どうにかなってるんじゃないかな?」
「普通な回答ね」
「ちょっとアリサ!」
バッサリと切れ味の良い発言で切り捨てるバニングスに、隣にいた月村の態度が少し悪くなる。
声を少し上げ、バニングスを睨みつけたのだ。
まさか、怒ってるのか?
「……悪かったわよ。 ちょっと言いすぎたわ」
月村に睨まれ、怯んだバニングスは溜息を漏らし、降参した様子で俺に頭を下げた。
しかし軽く下げてすぐにまた俺を睨みつけてきた彼女の態度に、月村は困り果てた様子だ。
「もぉ……小伊坂さん、ごめんなさい」
「いや、謝らなくていいから。 ホント、全然気にしてないからさ……な?」
「……はい」
「ふん!」
「にゃはは……」
「はぁ……」
バニングスの態度に月村も高町も、苦笑なりため息なりを見せていた。
しかし険悪な雰囲気もないところを見ると、やはり三人は仲良しなのだろう。
本当に仲が悪いなら、ここの空気はもっと沈んでいたはずだから。
むしろ俺を置いて三人による会話が始まった。
月村の言葉にバニングスが反発し、高町が苦笑しながら仲裁に入る。
俺への態度が悪いんだって怒ってるようだけど、バニングスは反省してないな……。
風船のように膨らむ会話、連携が取れたかのような流れる会話に弾かれた俺は、気配を押し殺しながら三人の光景を眺めていた。
(ああ、いいな……こう言う光景)
不意に俺は、三人の光景に憧れに似た感情を覚えて、そして感じた。
ガラスの向こう側だ。
見えてるし、音もちゃんと聞こえてる。
だけど、触れないし踏み込めない。
俺が入り込む隙間もない領域で盛り上がる三人の会話を無言で見つめ続けた。
普通の、当たり前の日常の光景が……そこには広がっていて、俺もあんなふうになりたいなって、心の底から思ったんだ。
そんな感情を抱きながら、身体測定は終了していった。
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