STARDUST∮FLAMEHAZE
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二部 WONDERING DESTINY
CHAPTER#15
DARK BLUE MOONⅦ ~Heaven's Door~
【1】
空間を、巨大な蒼き閃光が翔け抜けた。
否、斬り裂いた。
後から捲き起こった猛烈な突風が少女の炎髪を大きく翻す。
その、刹、那。
ヴァッッッッッッッジュアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアァァァァァァァァァァ――――――――――!!!!!!!!!
少女の首筋から下、等間隔に三迅、セーラー服が引き裂かれ
その欠刻から深紅の飛沫が空間に咲く。
大気を濡らし、時間すらも朱に染める、生命の血華。
ソレは周囲に滞留する高熱によって瞬時に蒸散し、
紅の靄と化した血霧の中へ少女の躰はゆっくりと堕ちていく。
制服の切れ端と共に宙を舞う大きなリボン。
意識が消え去る瞬間、何もかもが虚ろな心中に、過ぎる姿。
(……承……太郎……やっぱり……私……)
今際の際の光景のように、静かに紡がれる少女の言葉。
(アナタが……いないと……)
熱いのか冷たいのか解らないコンクリートの感触と、暗転する視界。
(ダ、メ……!)
もう二度と開くコトはないかのように、閉じられた灼眼。
罅割れたコンクリートの上へ、無造作に散らばった炎髪。
完成された焔儀は、ソノ対象以外余計な破壊を一切生まない。
もしマージョリーが全力で魔狼の爪を揮り抜いていたのなら、
周囲を取り囲む高層ビルを内部の鉄筋ごと軒並み真っ二つに斬り裂いていただろう。
無論ソレは、眼前で伏す少女も同じコト。
非の打ち所のない、完全無欠なる己の勝利に、満足げな微笑を口唇に刻む美女。
その姿を彩るかのように背後の巨大なる魔狼の前脚は、
大量の群青の火花となって一斉に空間へと爆ぜた。
廃ビルの荒れ果てた屋上全域に、音も無く降り注ぐ炎粒。
空間を染めていく火の香りにその嬌艶なる肢体を包まれながら、
美女とその契約者は口を開く。
「ヒュウッ、爪先掠めただけで一発KOかよ。
相変わらずおッそろしい焔儀だな?」
「フッ、最近威力が向上がるに連れ、
ソノ精度が落ちてるような気がしたから照準率を試したみたんだけど、
どうやら無用の心配だったようね。
小さくて素早しっこかったから返って良い実験台だったわ」
その風貌と立ち振る舞いから、王と同様狂猛に視えるマージョリーだが、
実は他のどのフレイムヘイズよりも実戦の怖さや不条理を熟知し
万全の態勢を整えるコトに日々執心している。
この戦闘に於ける妥協無き姿勢もまた、
“蹂躙の爪牙” のフレイムヘイズ“弔詞の詠み手” の恐ろしさの一つ。
「さて、それじゃあ失礼するとしましょうか。
ご機嫌よう “天壌の劫火” アラストール。
「本命」 前の前哨戦としては、なかなか愉しめたわ」
「“前の” たァ大分タイプが違うが、良いフレイムヘイズだぜ。
大事にしなよ天壌の。巧く育てりゃあ我が愛しの酒 盃の
片腕くらいには遣えるかもな?
ヒャーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
称賛とも嘲弄ともつかない言葉をその場に残し、
美女と王は地に伏した少女に背を向ける。
しかし、ソレよりも速く。
(チ・ガ・ウ……ッッ!!)
(!?)
(!!)
灰燼と化した存在から、突如立ち昇る灼熱の闘気。
戦いを識る者なら、ましてや歴戦の勇で在るマージョリーからしても、
絶対に起き上がらない、否、 『起き上がれない』 倒れ方をした目の前の少女が、
ものの片時で立ち上がった。
無惨に刻まれた蹂躙の爪痕、引き裂かれた衣服、布地に染み込んだ鮮血、
誰がどうみても戦闘続行不可能なズタボロの躰。
しかし、その己に不利な条件をスベテを吹き飛ばすかのように、
愛刀の助けも借りず、震える脚を無理に引き起こして
少女は遮二無二立ち向かおうとしていた。
絶体絶命の状況下の中、その瞳の裡に宿った光だけは、先刻以上に滾らせて。
「シャ、ナ……」
胸元のアラストールが、慨嘆と驚愕とを滲ませた声で少女に呼びかけた。
黙って眼を閉じてさえいれば、きっとコレ以上の危害は加えず
相手は立ち去っただろう。
少女の不調を差し引いても、目の前のこのフレイムヘイズは強過ぎる。
仮に万全の状態で在ったしても果たして一矢報いるコトが出来るか否か。
戦闘経験、自在法の練度、死地に於ける狂暴な迄の精神性、
あらゆる面に於いてマージョリーはシャナを圧倒的に上回っている。
だがしかし少女は、シャナは、彼我の実力差など顧みないかのように
再び戦場へと立ち上がった。
絶体絶命の状況下に於かれるコトによって初めて気づく、
『真実』 故に。
(……私……私……間違ってた……優しいアイツに……甘えてた……ッ!
一番辛いのは、本当に苦しいのは、『私なんかじゃなかったのにッ!』 )
旅立ちの前夜、己の身を引き裂くような凄まじい怒りと悲しみを
冷たく降り注ぐ雨の中、懸命に耐えていた彼の姿。
(それなのに、アイツは、そんな自分の辛さなんか少しもみせないで、
私を護ってくれて、庇ってくれて、いつもいつも気遣ってくれて。
それなのに、私、自分の気持ちを受け止めてもらうコトばかり考えてた。
そんなんじゃダメだって、もう気がついていたのに……!
今度は私が、アイツを支えてあげなきゃいけなかったのに……ッ!)
少女の心を劈く、どうして同じ過ちを何度も繰り返すんだという悔恨。
ソレ故に少女は俯き、その小さな肩を震わせる。
(もう、イヤ……アイツの為どころか、
自分の中のイヤなコトは全部 “アイツのせい” にして、
自分の本当の気持ちを、誤魔化し続ける。もう、そんなのは、イヤ……)
そっと、心中で呟いた言葉。
そしてその後、伏せていた顔を少女は決然とあげる。
ソレと同時に、その真紅の双眸で燃え盛る、黄金の光。
心中で湧き上がる精神の咆吼。
(だから! もう負けられないッ! 負けたくない!!
目の前のこの女にじゃないッ! 『自分自身にッッ!!』 )
渾心の叫びと同時に、シャナは再び目の前の強大な存在へと挑み懸かる。
そして、決意の言葉を口にする。
「もう何をどうしたって!! 絶対私は負けるわけにはいかないのよッッ!!」
眼前の驚愕にグラスの奥を丸くする美女、
しかしその姿は今、少女の瞳には映っていない。
(胸を張って……逢いにいかなきゃ……アイツの処に……)
そして、聞いてもらおう。
ごめんなさいって。ありがとうって。
喩えそれがどんな結果に結びついたとしても、今度は逃げずに全部受け止めよう。
自分の本当の気持ちを、誤魔化さずに、偽らずに。
「フッ……! フフ……フ……!
まさか、まだ本当に 『戦える』 とは、ね。
殺しこそしなかったけど、一ヶ月は指一本動かせない位のダメージは与えた筈なのに」
慮外の事態とは裏腹に、美女は感奮に熱を浮かされたような表情を浮かべる。
ルージュに彩られた微笑も、先刻までの余裕に充ち充ちたモノとは違っていた。
「前言を、撤回するわ。アンタ、素晴らしい、最高よ。
このまま後100年、いいえ、50年もすれば、
歴代屈指のフレイムヘイズに成るコトは間違いないわ」
最早凄惨な復讐者として気配は消え
一人の正統なフレイムヘイズとして、
マージョリーはシャナに向き直る。
磨けば至宝の光を放つ、
極上の原石をみつけたような瞳を爛と煌めかせて。
今はまだ想像だにし得ないが、近い将来自分とコイツが「組め」ば、
この世に蔓延る紅世の徒を絶滅させるコトも可能だという心算に躰を震わせて。
「だから、とことんまでつき合ってあげたいけど、でも悪いわね?
「先約」 が有るからもう行かないと。
あまり男を待たせ過ぎるのも、良い女のするコトじゃないから」
そう言ってマージョリーは背後へ大きく跳躍する。
「!」
反射的にシャナは追おうとするが、心とは裏腹に膝の力が抜け大きく体勢を崩す。
高い鉄柵の最上部、不安定な足場に端然と屹立した美女は、
ソコから蒼い紋章を浮かべる封絶を背景に、揺るぎない視線で少女を見据えた。
そして、厳かな微笑と共に口を開く。
「名前、まだ聞いてなかったわね? 教えてくれる?」
(ッ!)
想わぬ問いかけに少女は一瞬息を呑むがすぐに、
「空条、シャナッッ!!」
己が存在を刻み付けるように凛々しい声でそう返す。
「フフ、ちょっと変わってるけど、良い名前ね? 覚えておくわ。
お互い生きていたら、凄惨なる修羅の隘路でまた逢いましょう」
(逃げる気……!? イヤ、違う……!)
深いルージュで彩られた美女の妖艶な口唇を覆い隠すように、
分厚い革表紙の神器 “グリモア” が逆さなった状態で空間に静止する。
そして、哀別のようにシャナへと告げられる、一人のフレイムヘイズの言葉。
「アンタの存在、認めたわ。 『だから全力で撃つ』 死ぬんじゃないわよ」
そう言うと同時に、複雑に絡められた自在式印と共に、
天空へと抱え上げられる美女の両腕。
「“蒼 蓮 拾 参 式 戒 滅 焔 儀”」
次いで微塵の躊躇もなく宣告される、虐殺の流式名。
闇蒼絶獄。魔狼の叫吼。
“蹂躙” の流式
『冥 導 禍 顕 滅 碎 流!!!!!!』
流式者名-マージョリー・ドー
破壊力-A+++ スピード-B 射程距離-A(最大150メートル)
持続力-C 精密動作性-D 成長性-A
そう叫んだマージョリーが両手を交差して結んだ印ごと自在式を
神器に叩き込むと同時に、真一文字に大きく開く “グリモア” の口。
その戦慄、正に月に吼える魔狼に相剋。
そして表面の刻印と内部の文字が蒼く染まった神器の内部から、
突如屋上全域を覆い尽くす程の、莫大な群青の禍流が狂ったように飛び出してきた。
ソレが己に襲い掛かる遙か前から、
既に「覚悟」を決めていた少女の執った選択は、
両腕を大きく左右に開き渦巻く焔儀と真っ向から対峙する姿。
「莫迦なッ! 真正面から受け止める気か!?」
「防御すれば両腕が塞がる! 守りに入れば反応が遅れるッ!」
意想外の、暴挙と呼んでも差し支えない少女の選択に、
さしものアラストールも声を張り上げる。
確かに、相手が焔儀を撃つより前に間合いへ飛び込めば、当然その動きに対応される。
だが真正面から受け止めるならば、その焔儀自体を煙幕にして奇襲攻撃を掛けられる。
どんな自在法の巧者で在っても、
焔儀を繰り出した直後はその原理故に躰が硬直せざる負えず、
しかもソレはソノ威力が高ければ高いほど大きくなる。
少女が狙うのは、その針の孔のような一瞬の隙。
しかし、現代最強のフレイムヘイズが全力で撃ち放つ凄絶焔儀を、
満身創痍の無防備状態で受け止めるのは、無謀をも遙かに逸脱した狂 謀。
だが、その狂謀を決死の覚悟で敢行する少女の瞳は、
自暴自棄に陥って捨て身になる愚者のソレではない。
喩え如何なる状況に於かれても、最後まで決して諦めないという勇士の似姿。
そしてその存在を支え得る、少女の胸の裡に宿る確かな想い。
人間であるならば、誰しもが例外なく持っている “在る感情”
ソレは時に、人をこの上なく脆弱にしてしまうコトもある。
だがしかし!
時に人はソレ故に、この上もなく強くなれるッ!
そう。
今のこの少女と同じように。
喩え何が起ころうとも、真実から生まれ得た 『誠の行動』 は、
何が在っても絶対に滅びない!
そし、て。
真に 「祝福」 されるべき資格を得たのは、この少女。
“自らを助くる者を、天は助く”
彼女が行ったのは、つまりは 『そういうコト』
信じようが信じまいがソレが 『真実』
信じようが信じまいがソレが 『現実』
否、だからこそ天は、地との間に “人” を創ったのだろう。
人を救うのも、また人なのだと。
そして、天国への扉は開く。
否、ブチ破られる。
音速の衝撃波を周囲に纏わせる白金の蹴撃によって。
少女のスベテを呑みこむかのようにして迫る炎の激浪。
その直中に音よりも迅く、少女の傍に立つ者。
眼前の蒼き災厄に立ち向かう者!
「――ッッ!!」
俄には信じがたい 『現実』 に、シャナはその紅い双眸を限界以上に見開く。
来る筈がない。居る筈がない。
喩えどれだけ自分が、その存在を強く求め深く焦がれていたとしても。
“来てくれる筈がないのだ” 先刻自分がし損じた 『炎架』 の軌道から
この場所が特定出来たのだとしても。
絶対に在り得ない眼前の光景に、
少女は自分が極限の精神状態に於ける幻覚を視ているのではないかと錯覚する。
しかしそのシャナの疑念を吹き飛ばすように眼前に立つ青年から
白金の光と共にもう一つの存在が瞬現し、
二人を呑む込もうと迫る蒼い狂 濤へ敢然と挑み懸かった。
天道の眩耀の如く空間で弾ける、白金の閃光と群青の狂炎。
「……ぐ……ッ!おおぉ……ッ!」
青年の躯から抜け出たスタンド、 『星 の 白 金』 が
十字受けの構えのまま蒼炎の大激浪と真正面からブツかり合った瞬間、
旧約聖書の 『十戒』 の如く二つに割けた炎が、
元に戻ろうとする流動法則を無視して半円筒状に捌け、
シャナの頭上と脇へと逸れていく。
(!?)
その少女の周囲を包み込むように取り巻く、
白金の 「幽波紋光」
“近距離パワー型スタンド” 『星 の 白 金』 の射程距離は、半径2メートル。
故に、その距離内であるならば 「本体」 から放出される
スタンドパワーを場に留め、防御膜を展開するコトも
数十秒であるならば可能なのだ。
「……ッ!」
しかし、たった今その 『能力』 を繰り出した空条 承太郎に、
別段深い思慮が在ったわけではない。
咄嗟の事態だった為半ば無意識、或いはスタンド自身が勝手に動いたように感じた。
護るべき者を護るという彼の精神が、生命の深奥、
その更に奥底の原初的な部分を強撃したのだ。
「むっ……うぅぅ……ッッ!!」
己が操るスタンドと共に、口中をきつく喰い縛りながら
眼前の流式と対峙する承太郎。
特に想っていたコトは、何もなかった。
ただなんとなく、“いるんじゃないか” と想った。
そして、やっぱりいた。
予想通り、大窮地に陥って。
「ぐ……ッ!オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ
ォォォォォォォォォ―――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!」
今を以て執拗に、己と少女を呑みこもうとする炎の圧力に屈しない為、
彼はスタンドと共に喚声を上げる。
幾らスタンドパワーを全開にして周囲に展開させているとはいえ、
その威力を全て無効化出来るわけではない。
己の存在をジリジリと焦がすように迫る炎の熱は確実に
フィールドを侵蝕し、スタープラチナの両腕を炙り始めている。
同時に自分の両腕からも立ち上る、皮膚と肉の灼ける匂い。
感じる炎傷とは裏腹に青褪めていく表情。
気を抜けば最前線で炎を防ぐスタープラチナのガードが一瞬の内に弾き飛ばされ、
そのまま蒼い狂濤に呑み込まれてしまいそうだ。
だが、退くことは出来ない。
否、退きはしない。
自分の後ろには。
“少女” がいるッ!
「……」
その青年の背後で、放心するように佇んでいたシャナの躰を支える力が抜け、
剥き出しの両膝がコンクリートの上につく。
先刻まで心中で何よりも烈しく燃え盛っていた戦意は存在すらしなかったように
沈静し、代わりにきつく胸を締め付けるような感情が己の裡を充たしていった。
嬉しさ、悔しさ、切なさ、哀しさ、愛しさ。
そのスベテが感情の奔流となって少女の全身を駆け巡る。
(頼りたく……なかった……だから電話にも……出なかった……
何かがあればきっと……助けてくれるから……
いつでも……どんなときでも……必ず傍に来てくれるから……)
でもそれじゃ、何も変わらない。
他の人間と何も、変わりはしない。
ソレとは違う眼で、自分を見て欲しかった。
でもソレ以上に、もう自分の為に傷ついて欲しくなかった。
(おまえが傷つくと……辛いの……おまえが血を流すと……苦しいの……
自分が……殴られたり蹴られたりするよりずっと……ずっと……!)
そう言って見上げる、彼の姿。
大きく、広く、そして寂しい背中。
感謝など、求めない。
何の利害も打算も、存在しない。
ただ、当たり前のコトのように、他者の為に平気で己の身を危険に晒す。
無尽の荊にまみれた 『苦難の道』 を歩み続ける。
ソレが余計に、少女の心を締めつけるとは知らず。
(ごめん、ね……何も、出来なくて……)
潤んだ瞳と共に紡ぎ出された、少女の言葉。
ソレが伝わったのか否か、周囲の空間全域に響き渡るスター・プラチナの咆吼。
「オッッッッッッッッッラアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ
ァァァァァァァァァ―――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!」
ただ護るだけではない、白金の防御膜を構成すると同時に
スタンドの両腕にパワーを集束させていた承太郎は、
そのリミットの針が限界点に触れた瞬間、
押し固めていた腕部を音速で振り解き発生した衝撃波と共に溜め込んだ
スタンドパワーを解放し、屋上全域に渦巻く群青の狂濤をスベテ吹き飛ばした。
ヴァオンンンンンンンンンンンンンッッッッッッッッ!!!!!!!!
空間を拉ぐような衝撃音と共に、高速発生した莫大な量の気流が
周囲ビル群の強化ガラスを亀裂と共にビリビリと揺らしたのは 『その後』
「炎」 と 「風」 という “属性” の「相性」を利用したとはいえ、
ともあれ承太郎とスタープラチナは現代最強のフレイムヘイズが放った
凄絶焔儀を完全に撃ち破った。
降り注ぐ余波の為、屋上の至る処で延焼する群青の残り火。
十字受けの構えのまま屹立するスタープラチナと、
その全身から焼煙を上げ佇む承太郎。
限界を超えるスタンドパワーを、精神の力で無理矢理引き絞った為か
その口唇からは荒い吐息が断続的に漏れている。
(逃がした、か……)
誰もいない開けた視界。
そして。
(無事……か……)
背後のソレを認識した刹那、突如承太郎の膝の力が抜ける。
傍に立つスタープラチナも、ソレと同時に掻き消えた。
「う……ぉ……」
自分でも意外だったのか少し驚いた表情でコンクリートの上に片膝をついた
無頼の貴公子は、その後興味なさげに自分の制服を抓む。
「やれやれ、しこたまブチ込んでくれやがって。大事な制服が焼け焦げちまったぜ……」
そう言って学ランの内側から煙草のパッケージを取りだし、
一本引き抜いて口に銜えようとするが、痙攣する指先では叶わず地面に落ちる。
それを面倒そうに拾って銜え直すと、
近くで燃えていた炎に先端を翳して火を点け細く紫煙を吹き出しながら、
そこで初めて彼は少女の方へと向き直った。
自分以上にズタボロの、惨憺足る有様で両膝をついている少女に。
「よう……らしくねーんじゃねぇのか? 昨日といい今日といいよ」
「……」
誰に言うでもなく、空を仰ぐようにして紡いだ彼の言葉に、
俯く少女の反応はない。
まぁ予想通りの反 応 だと鼻を鳴らした承太郎は、
銜え煙草のまま焼け付く躯をおもむろに引き起こす。
そして。
「後は、任せても構わねーか? アラストール」
件の剣呑な瞳で少女の胸元にそう問う。
「うむ。しかし、貴様の治療は良いのか?」
過程はどうあれ結果的には少女の絶体絶命の窮地を救った男に、
特別待遇の自在法を施そうと定めていた深遠なる紅世の王はそう問い返す。
「オレなんかより、すぐにでも治さなきゃならねーのがいるだろ。
オレァジジイのヤツにでも頼むさ。その前に行かなきゃならねー所もあるしよ」
「むう? そう言えば貴様、一体どのようにして 『この場』 を聡った?
トーチを視るコトは出来ても、封絶や紅世の徒の存在を感知する能力は
貴様には無い筈」
「後で話すさ。色々と入り組んでるンでな。
じゃ、後は頼んだぜ、炎の魔神サンよ」
戦いが終わった以上、もう自分に出来るコトは此処にない。
何より 「敵」 がもうラミーの元へと向かった可能性が有る。
なので端的にそう告げ、襟元の鎖を揺らしながら承太郎は
先刻スタンドでブチ抜いた出口へと足を向ける。
「じゃあ、な」
そう言って、少女の傍 を通り過ぎようとした刹那。
「ッッ!?」
気流に靡く長い学ランの裾が凄まじい力で引っ掴まれ、
先刻受けたダメージの所為かバランスを大きく崩した無頼の貴公子は、
そのまま落下するリンゴのように後頭部をコンクリートに強打した。
鋼鉄のクラッカーが真後ろから高速でブツかったような激痛に、
さしもの承太郎からも呻き声が漏れる。
「……ぐ……ぉぉ……! テメー、いきなり何しやが」
「うるさいうるさいうるさい!! 行くなバカッッ!!」
石造りの地面に仰向けの状態で、ぼやける視界一面に映ったモノは、
その紅い瞳に涙を浮かべた少女の顔。
その瞳に映った感情に、他の何よりも強いその気持ちに、承太郎は戸惑いを隠せない。
「痛く……ないわけない……」
(?)
やがて、呻くように少女の口唇から漏れた言葉。
「大したコトないなんて……在るわけない……ッ!」
(!)
そう言って少女は、自分の包帯が巻かれた左手を取り、制服の袖を捲り上げる。
剥き出しになった、己の左前腕。
ソコはスタンドが受けたダメージと同様、
炎傷でケロイド状に焼け爛れ部分部分が高熱を持ち、
痛みで満足に動かすコトも叶わない程だった。
「こんなにズタボロのくせにッ! 何が舐めときゃ治るよ!!
デタラメなコト言わないでよ!! 大体こんな躯で一体どこ行く気よ!!
だったら私と一緒にいてよッッ!!」
論理も道理もそして前後の繋がりもないまま、
少女はただ感情のままに言葉を吐きだし続ける。
ソレに比例して疵痕に落ちる、透明で温かな雫。
(やれやれ…… 『そーゆーコト』 か……)
心中でそう呟き、無頼の貴公子は仰向けに寝っ転がったまま学帽の鍔を抓む。
どうやら、上で己を組み如く少女は、
果てしなく不器用でブッきらぼうながらも
自分のコトを 『気遣って』 くれているようだ。
昨日の気が抜けたような戦い振りも、今朝の不自然な態度も、
スベテは “コレ” が原因だったらしい。
(もしかして、 “オレの所為” か? そうかもな……)
少女を庇って傷を負ったコトに、微塵の後悔もない。間違っていたとも想わない。
しかし、 『そうされた』 彼女の気持ちを、もう少し汲んでやるべき
だったのかもしれない。
気丈で、とことん自分の気持ちに素直じゃないが、
その心の裡はこの世の誰よりも温かく、そして優しい心を持った少女だというコトは、
もうとっくの昔に識っていた筈だから。
(……)
こーゆー時、どんな事を言えば良いのか解らない。
一体どうすれば、目の前で泣く少女の涙を止めてやれるのか?
己に流れる血統も、背後のスタンドも、何も教えてはくれない。
だから承太郎は、自分の一番正直な気持ちを口にする事にした。
何の偽りもない、自分だけの、少女に対する気持ち。
そして定められた運命で在るかの如く、肌と肌が触れる程の近距離で交錯する、
淡いライトグリーンの瞳と深い真紅の灼眼。
ソレと同時に口唇へ刻まれる高潔な微笑と共に、
透き通った表情でシャナへと伝えられる言葉。
「何度も言っただろ? 大したコトねーよ。この程度」
そう言って少女の前に、剥き出しの左腕を翳してみせる。
(そんな……!)
解ってくれないの? と少女がその紅い双眸をより潤ませるより速く、
再び承太郎の口唇が動く。
「“オメーの代わりと想えば、大したこたァねー” 」
「――ッッ!!」
瞬間。
脳裡を、否、己の存在全体を充たす、緩やかで温かな光。
言葉等ではとても表現出来ない、余りにも激しく強烈な感情に、息が、出来ない。
でも、不思議と全然不快じゃない。胸の中が無くなってしまうかのように
狂おしく締め付けられてはいるけど。
その眼前で、自分の一番好きな微笑を浮かべて瞳を見つめている青年。
やっぱり、この人は、ホリィの息子なんだ。
どれだけ悪ぶっていても、この世の誰よりも温かく優しい精神を持っている。
そして、少女が思考出来るのは、ソコまで。
次の瞬間、シャナの意志は、霧散した。
継いで躰はまるでミエナイ引力に惹かれるが如く、眼前の存在へと降りていく。
抵抗出来ない、拒否する気も微塵もない。今在る感情のスベテを、
ただ在るがままに受け止めたかった。
その結果どうなろうと、もうどうでも良かった。
星形の痣が刻まれた細い首筋に、そっと絡められる少女の腕。
素肌に感じる、小さな吐息。
「……ッ!」
嫌ではないが、若干困ったような表情で少女の抱擁を受け止める承太郎。
(どうしてオメーはこう、いっつも “いきなり” なんだ……)
己を包み込む、火の匂いと種々の花々が入り交じった芳香。
頭の中が気怠く痺れ、心の表面をそっと撫ぜるような甘い感覚に、
何故か気が遠くなりかける。
(なんかした方が、良いのか?)
蒼く染まる天を仰ぎ、誰に言うでもなく心中で呟いたその言葉に、
無論応える者は誰もいない。
なので仕方なしに、己に覆い被さる少女の頭に右手を向け、
しかし想い直してその小さな肩にそっと置く。
「もっと……強く……」
その瞬間、待ち焦がれていたかのように、
少女の消え去るように澄んだ声がピアスで彩られた耳元に届いた。
戦いで傷ついた躰にそれ以上力を込めるのは気が引けたが、
彼女がそう望むのなら、仕方無しに承太郎は背を抱えた右手に力を込める。
少女の肩口に刻まれた炎架の紋章と、
青年の襟元から下がった黄金の長鎖が互いに折り重なった。
「もっと……もっと強く……!」
(おいおい、もう随分力入れてるぜ。アラストール潰れンぞ)
少女の可憐な、更なる要請に無頼の貴公子は自棄になったように応じる。
「ッ!」
開いた制服の、極薄のインナー越しに、破れたセーラー服から露出した
少女の素肌が感じられた。
そしてその傍に刻まれた、戦いの疵痕も。
「……」
自分と同じ、傷を持つ者。
少女への謝罪代わりにコトへ応じていると想っていた自分だったが、
どうもそうではないらしい。
よく解らないが、おそらくソレとは違う、もっと別のナニカだ。
それは一体何だと考えようとして、承太郎は止めた。
胸元から伝わってくる、少女の鼓動、そして体温。
散々なメに在ったようだが、この少女は生きている。
今はただ、その無事を喜んでやるのが、何よりも大事なコトに想えた。
やがて、少女の躰が惜しむようにそっと離れ、真紅の双眸が真っ直ぐ己を見つめる。
「ッ!」
その表情の変化を、承太郎は見逃さなかった。
(コイツ、 『こんな顔』 だったか?)
外貌が美しいとかそういう次元ではなく、
まるで心の中の不純物がスベテ流れ去ったかのような、澄み切った表情。
初めて視る筈なのに、以前から知っていたような既視感。
ソレが己の 『分身』 を視るような感覚だったコトに、
この時彼はまだ気づいていない。
困惑する彼を余所に、少女の口唇が静かに開く。
己の裡で生まれた新たな誓いを、そして祈りを、そっと分け与えるかのように。
「もっと、強くなる。おまえを護れる位、大切な誰かを護れる位、強く」
「……」
静かに告げられた少女の決意を、承太郎はただ黙って受け止める。
そして。
「ま、がんばんな……」
件の剣呑な瞳でその長い炎髪を撫でるように、そっと彼女の頭に手を置く。
「やれやれ、よね」
そう言って微笑むシャナの顔は、今まで見たどの表情よりも眩しく輝いて見えた。
←To Be Continued……
『後書き』
どうも作者です。
この小説に於いてシャナが承太郎に対して「精神的に」弱いのではないか?
という疑問があるかもしれませんが、コレは解った上で意図的にヤっています。
というのもシャナ「原作」では彼女を見る「その視点」が、
主人公 (○タレ) の目線上なので「相対的に」強くて何でも出来る完璧超人の
ように映ってしまうのであり(要は視点がヘタれてるので)
その「視点」が承太郎となると当然、映る姿も受ける印象もまるで変わってきます。
ソレはシャナ本人にとっても同じコトで、精神的に既に「完成」されている
承太郎(生まれながらの『黄金の精神』の持ち主)に対し、
まだ(精神的に)成長途上にある彼女は弱いように映ってしまうのです。
(原作では一見完成されているように見えますが、
これは「下」から見ているだけの話で、その「視点」を「上(承太郎)」に
持ってくるとそのアラも目立ってくるのです)
何より承太郎にとってシャナは(気の強い)女の子としてしか映っていません。
能力の多寡で人を判断する男ではないので。
コレは、「ジョジョ主人公」その「部」ごとの『特性』とも言えるモノで、
「偶数部」の主人公は、ストーリーが進むごとに精神的に「成長」し、
最初と最後では精神的にかなり「変化」しているのに対し、
「奇数部」の主人公は(ジョナサンは青年部、7部はジャイロを主人公とした場合)
その精神は最初の段階でほぼ「完成」されており、
最初と最後で殆ど変化がないというのが特徴です。
承太郎は「奇数部」の主人公であり、尚且つ因縁の相手、
DIOサマとの三部作、最終決戦の場なので
最初から精神が「完成」されてないと
とてもじゃないが勝つコトの出来ないストーリーなのです。
なので(今はまだ)承太郎の方が上に見えるのは仕方ありません。
でもまぁシャナは女の子ですし、承太郎も「(女に)護られたい」ではなく
『護りたい』と考える主人公なので今後の展開に御期待ください。
「奇数部」と「偶数部」異なる主人公が同時に存在しているようなモノなので、
シャナは想いもよらぬ「成長」を遂げるかもしれませんし、
承太郎もその関わり合いによって不動の精神に「変化」が訪れるかもしれません。
ソレでは。ノシ
「追記」です。
この回で一番訴えたかったのは、
別に後半のうちゃうちゃヤってる部分ではなく、
『一番の敵は、乗り越えなくてはならないのは』
“自分自身” だというコトです。
(どーでもいーけど「原作」のあのシーン、
ただの「痴漢行為」だよな・・・・('A`)拒否られたら・・・・
「女子高生が歩いてたから抱きついた」という莫迦と
一体ドコが違うンだろう? 犯罪行為まで何故「ご都合」で誤魔化す?)
とある心理学者に言わせると、
人間に「心的外傷」と呼ばれるモノは存在せず、
ソレらは全て「怠惰」や「保留」といった『自分の目的(本心)』への
『言い訳』に過ぎないのだそうです。
初めて役に立ちますが、この事をシャナ原作の「アレ」を使って説明しますと、
2巻序盤で「どうせ僕なんて必要ないだろ……」
と不貞腐れながら言うシーンがありますが、
コレは言ってる本人さえも『本心』から言っているのではありません。
「ううん、そんな事ないよ」「君はよくやってるよ」という
『否定の言葉』を期待しての「見返りを求める行為」
言うなればただの「甘え」なのです。
よくイジけている人間が、解り易く「イジけた態度」を
無言で周囲にアピールする事がありますが、
コレは本当に周りを拒絶しているのではなく
「どうしたの?」と“構って欲しいだけなのです”
本当に傷ついたり周りを拒絶している人間は、
そもそも人と関わろうとはしません。
或いは無理に笑ったりして周りに悟られないようにするでしょう。
(虐待を受けていたり暴行事件に巻き込まれた女性などは)
まぁ普通はそんな甘ったれた勘違い○○、周りから相手にされず
迷惑がられて嫌われるだけなんですが、
本人にその「自覚」は一切無いというコトが非常に鬱陶しい所です。
まぁここまでクレばお解りの通りこのような心理状態は、
所謂ニートや引きこもりと呼ばれる者達の「典型」で、
彼等も色々『言い訳』は並べ立てますが結局言いたいコト(その本心)は、
「働きたくない」「その努力もしたくない」「楽して遊んで暮らしたい」
「でももっと優しくして」「可哀想な僕を大切にして」
という『エゴ(身勝手な要求)』だけなんです。
「被害者意識」がある分余計にタチが悪いとも言えるでしょう。
(本当に「病気」なら仕方ありませんが、
そもそも彼らは家から「外」に出ませんからね・・・・('A`)
カウンセリングも受けようとしない)
まぁこのようにこの坂井 悠二(久々に書いたな名前、でも○したい・・・・)
というキャラクターの「内面(精神)」は、
ニートや引きこもりと「同じ」だというコトで、
だから「まともな感覚を持つ人」には
どうしたって「嫌悪」以外の感情は生まれようがないのです。
前置きが長くなりましたが要するに何が言いたいかというと、
「人間の精神」とはとかく「悪い方へ」流され易いモノ、
言っている事と「本心」が『逆』だというコト、
そして『都合の悪い真実』からは眼を背ける
「傾向」が在るというコトです。
上記の例は極端で『最悪』なモノかもしれませんが、
多かれ少なかれそのような要素は誰にでも在る、
ワタシは無論、読者の皆さんも、もしかしたら荒木先生でさえも
皆無では無いかもしれません。
別にここで『性悪説』を説きたいワケではありません。
(ソレと誤解がありますが、『性悪説』は『性善説』を
100年以上かけてヴァージョン・アップしたモノで、
「悪をコントロールして“正しく”生きよう」と訴える書物です)
しかしそのような「負の要素」を認めて乗り越える事こそが
岸辺 露伴の言っていた『自分を超える』というコトであり、
この作品を通して描きたい重要な『主題』だというコトです。
ソレでは。ノシ
PS 「続き」は近い内UPするかもしれません。
どうしてかはその時また記載致します。
ページ上へ戻る