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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第ニ十一話。変わる日常

「非合理的」とかなめが叫ぶ。それは彼女の決め台詞であり、彼女にとって、譲れないもの。渡したくない、引けない時に言う、覚悟を込めた想いそのものだ。

「……かなめ?」

スナオちゃんが驚きの声を上げて、かなめを見る。

「非合理的だよ、スナオちゃん。戦いは終わって、私達は負けた。敗者は勝者に従う。それがアメリカ(私達)のルールだよ!」

「うー、でも……」

「わたし、アメリカ人じゃないし……負けてもいないわよっ!」とスナオちゃんは抗議する。
かなめの考え方はアメリカ人らしいものだが、自分から負けを認めたくないというスナオちゃんの考え方もイタリア人らしいなぁ。

「負けた私達はもうお兄ちゃんの物語になるんだから、新しいマスターの言うことを聞かないのは非合理的!」

「かなめさんの言う通りです。私達『物語』は『主人公』の決定に従う定めですよ」と、いつの間に着替えたのか、スナオちゃんの首根っこを掴んだ一之江が言う。

「うぐっ、だって気になるじゃん!」

「気になるからこそ、ここで待つものです。それに、貴女にはどちらが上なのかを体の隅々にまで叩き込んでおかないと気が済みません」

「す、すみずみ⁉︎」

一之江の言葉に顔を青くさせるスナオちゃん。そんな彼女をズルズルと一之江は校庭の脇まで引っ張っていく。一之江の事だ。きっとこれからスナオちゃんはたっぷりと扱かれるのだろう。
南無と両手を合わしてしまう。

「よし! それじゃ、ちょっと行ってくるよ」

気を取り直して、俺は俺の仲間達に告げると。

「あ、理亜ちゃん!」

音央が理亜に声をかけた。理亜はゆっくりと振り向いて、音央の顔を見つめる。
そんな理亜に音央は一言囁いた。

「……頑張ってね」

「……はい。頑張ってきます」

音央がどういった意味を込めてそれを言い、理亜が何に対して頷いたのかはわからなかったけど、理亜の顔には緊張が走っていたのはわかったから、俺は何も言わず、何も聞かずにただ黙って理亜の隣を歩き始めた。
ゆっくり、と。少しずつ……距離を詰めながら。





2010年6月19日、午後10時。十二宮中学校校庭……の反対側にある校門。

そこまで歩いてきた俺達はそこで足を止めた。辺りは静かな雰囲気で、ふと頭上を見上げれば夜空には星が瞬いている。

「何故太陽は昇り、何故星は夜空に瞬くのでしょう?」

夜空を見上げていた俺に、理亜が問いかける。

「……それは自然現象だからだ。理由なんてない」

「はい、そうですね。私もそう思います……」

そう言った理亜は静かに俺の方を振り向いて……視線を逸らした。

「兄さん、最後の確認なのですが、私の物語にはなっていただけないのですよね?」

「ああ。理亜のお願いは何でも聞いてあげたいが、それだけはダメだ! 理亜だけを戦わせて、俺はぬくぬくと普通の生活を送るなんて……できないからな」

「……兄さんと同じ覚悟を私がして。私の物語として兄さんも一緒に戦っていただくというのはいかがですか?」

「可愛い理亜のお願いは極力聞いてあげたいが、それもダメだ! 理亜は____きっと、俺がピンチになってしまったら俺が戦えないようにしてしまいそうだし。それに……俺は理亜の兄だからな。大切な妹を守るなら、妹の物語になるんじゃなくて、妹の物語を記す物語として語っていく方になりたいんだよ。俺はな」

断りを入れると、理亜は目を伏せる。前髪で目が見えなくなるが、肩を大きく震わせたのはわかった。

「兄さん……私はやっぱり、兄さんに死んで欲しくありません」

「ああ、俺も死にたくない。こんな可愛い妹を残して死んでやるものか!
安心してくれ、理亜! 俺は死なない。
例え死ぬような場面でも、俺は死なない。もし死んでも、俺は地獄の底から這い上がってくるよ。なんたって俺は__不可能を可能にする男だからね!
それに理亜も見ただろう? 俺には頼りになる仲間がたくさんいるんだよ」

理亜の震える肩にそっと手を伸ばす。
理亜も体は自然とした動きで俺の手を避け……そうになるも、理亜はそのまま我慢するかのように踏み止まった。だから、俺はしっかりと両手で、理亜の肩を掴んでやることができた。

「我慢してくれてありがとうな、おかげで震える理亜の肩を掴めたよ」

「……兄さんだから、ですよ?」

理亜は揺れた声で呟くと、そのまま俺の胸に抱きついてきた?

「兄さんだから。兄さんだから私は、死んで欲しくないんです。兄さんだから、触られるのも我慢出来るんです。兄さんだから……もっと触って欲しいんです」

「理亜……?」

ぎゅううう、と俺の背中に手を回し強く強く抱き締めてきた。
回された手の強さから、理亜の気持ちの強さみたいなものが伝わってきて……少しだけ戸惑いを感じてしまう。

「兄さんだから……抱きつきたいし……」

両手を背中に回したまま、理亜は潤んだ瞳で見上げてきた。

「兄さんだから……抱き締めて欲しいんです……」

その弱々しい、華奢な体を俺は壊れないようにそっと包み込む。

「うっ……ひくっ……っ」

理亜の瞳から、大粒の涙が溢れ出し、頬を伝わって溢れ落ちていく。

「理亜……」

「もっと、もっと強く、抱き締めてくれませんか兄さん……?」

切なさが込められたその言葉に、俺の心臓は高鳴りっぱなしだった。
理亜がこんな感情を出す姿を見たのは初めてだ。
今までの記憶の中にも、理亜がこんなに自分の感情を、想いをさらけ出すところはない。
それだけ想われていたんだな、一文字は。
いつもクールで落ち着いている理亜。
そんな彼女の素顔に俺は困惑してしまう。
いや、違うな。
本当は解っていたんだ。
理亜がどうしてこんなに感情的になっているのか。
理亜がどうして『主人公』なんて苦しい道を選んだのか。
理亜がどうして……俺に『自分の物語になれ』なんて言ったのか。
本当は____解っているんだ。

「理亜。ありがとうな」

その気持ちがとても嬉しいから。だから俺は理亜をさらに強く抱締める。

「んぅ……はふぅ……」

苦しそうな声を漏らしながら理亜は、それでもせがむように俺の体を強く抱き締めてきた。

「もっと……苦しくなるくらい……お願いします。……兄さんを全身で感じられるくらい、強く、強く抱き締めて欲しいんです……」

俺はさらに理亜の体を強く抱き締めた。
苦しそうに告げる言葉に応じるように。泣くほど辛く、苦しい想いを抱えながらそれでも俺の為に戦って、俺のことを想ってくれるその体を離さないように。
強く、力強く抱き締める。

「……ん……兄さん…………」

抱き締められた理亜は消え入るような声を出して。俺の耳元で囁いた。





「好きです、兄さん」





その言葉を聞いた途端、俺の心臓は停止してしまうんじゃないかと思うほど大きく跳ねた。
身体に中心、中央に向かって血流が集まっていく。
ああ、敵わないな。
天下無敵のヒステリアモードでも、敵わないものがある。
昔、父さんに言われた言葉を思い出す。

『いいか、キンジ』

すぐそこにいるかのように。
父さんの声が、聞こえる。
ような、気がする。

『キンジ』

殉職した俺の前世の父親。
遠山金叉の声が。
走馬灯のように、ゆっくりとリピートされる。

『HSSは最強じゃない。最弱なんだ。世界の半分の人間は俺達HSSを____んだからな』

世界の半分の人間?
それは、誰だ?

『それは____だ。____の為なら俺達HSSは命を投げ打ってしまうのだから』

じゃあ、そうならないようにするためにはどうしたらいいんだ……?

『自分を____を、____のさ』

どうやって?

『____してあげなさい。それができれば、HSSは最弱から最強になれる』

父さんのその(・・)言葉を思い出した俺は瞳をぎゅっと閉じて、理亜の背中を抱き寄せる。

「『私の物語になりなさい』が、ロアに対するプロポーズだって、私も知っていました。兄さんも知っていたんですよね?」

「ああ、知ってた。知ってたから……悩んだ。動揺もしまくった。だけど……本当は嬉しかったんだ」

「あ……ふふっ。私だって、さっき言って貰った『俺の物語になって一緒に戦おう』の言葉は、とても、とても……嬉しかったんですから」

そう告げる理亜の声には穏やかさと……柔らかさが現れていた。
そう。そうなんだ。やっぱり俺にとって理亜は従姉妹であり、大事な、大事な妹の一人なんだ。
俺のことを『好き』でいてくれる……大切な女の子なんだ。
理亜がこれだけの勇気を見せたんだ。
だから、俺もちゃんとした返事をしないといけない。
理亜に伝えないといけない。
自分のことを。
自分の気持ちを全て。

「ありがとうな、理亜。
俺のことを想ってくれて、俺の妹でいてくれてありがとう」

「……兄さん?」

理亜は俺の瞳をじっと見つめてきた。

「理亜。俺はお前の気持ちには答えられない。その資格はない。
何故なら俺は……お前の知る兄じゃないからだ」

俺は理亜の瞳を見つめ返して、その瞳から目を逸らさないように。逸らしてはいけない気がして、ひたすら見つめ返した。

「……知っています。本当は別人だってことくらい、毎日見てれば解ります。
兄さんは本当はかなめさんの本当のお兄さんなんですよね?」

「知ってたのか?」

「はい。アリサさんから聞きました。ううん、聞かなくても解ります。兄さんのことならなんでも解ります。
妹ですから。大切な兄さんのことですから」

「それじゃ何故、俺に……」

「好き」なんて言ったんだ?

「なんででしょうね。……貴方の中に兄さんがいるから? ううん、貴方が兄さんと似ているから、かもしれません。
兄さんの姿をしているから、兄さんの魂がそこにあるから。ううん、やっぱり一番の理由は……貴方の近くで兄さんの存在を感じて……いたいから」

理亜はぎゅっと瞳を閉じる。
そして、理亜はその言葉を口にした。

「だから、私を貴方の物語にして、兄さんの側に居させてください」


キラキラリーン☆


直後、空気を読まないDフォンがいつもと違う派手な音を奏でた。

「あ……ふふ。なるほど、兄さんの物語になるってことは。心の奥が兄さんと繋がるってことだったんですね」

理亜はそう呟くと自分の胸をぎゅっと俺のお腹に押し付けてきた。
うっ、いかん。ヒステリア性の血流がまた流れてきた。
理亜の奴、意外にあるんだなぁ。
なんて動揺していると。

「あ、いけません、兄さん。そうやってすぐ鼻の下を伸ばしたら」

「いや、これは……理亜が」

「私のせいですか?」

「あ、いや……すまん、自重するから許してください」

「いーえ。兄さんにはおしおきが必要です」

さらにぎゅっと抱きついてきた理亜は、悪戯っ子っぽい笑みを浮かべると。

「兄さん」

「な、なんだよ?」

「私と、私の物語達をよろしくお願いしますね」

そう呟くのだった。
俺は理亜の身体をさらに強く抱き締めて告げる。

「……ああ、任せておけ」

俺の物語はみんな、守り抜いてやる!
そう心に誓ったのだった。

翌日。まだ薄暗い早朝の中。
俺は自宅近くの公園に来ていた。
そこにあるベンチの一つに腰を下ろし、待ち人が来るのを待つ。
頭上にある木々が風に揺れ、木々の葉の間から陽の光が差し込む。
空を見上げれば、青い空に白い雲が浮かぶ。
昨日の雨が嘘みたいだ。
公園を見渡すと、そういえば……と思い出す。
確か、キリカと戦ったあの日に座ったベンチもこの場所だったな。
この変に真っ赤な虫がいて……そうだ。Dフォンで周りの風景を撮っていた俺にキリカが声をかけてきたんだっけ。
ベンチから立ち上がり、ポケットからDフォンを取り出す。
そして。
確か……この辺で。
記憶を頼りに、あの日(・・・)の再現を行う。
カメラをありとあらゆるところに向け、一心不乱にコードを探す。
カメラをベンチとベンチ脇に生えてる草木に向け、そして再びベンチに向けた。
その時だった。
ゾクリ。
Dフォンのカメラにありえないものが写ってしまった。
今のは⁉︎ 見間違いか? いや、まさか……。
ついさっきまでそこには何もなかったじゃないか!
馬鹿な……ありえん。
再びカメラをベンチに向けるが、そこには何もない。
気のせいか?
ベンチに背を向けると。

「お待たせしました」

ゾクリ、背後から強烈な寒気を感じる。
同時に手に持つDフォンが真っ赤に発光し、発熱した。
馬鹿な、ありえん。
ついさっきまでそこには誰もいなかったのに……。
背中に先が尖ったものが当てられた。
チクチク、と刺さり痛い。
なんだ? 何をされてる⁉︎

「……って痛えー!!!!! 一体何で刺してんだ⁉︎」

「別に何も……ほら」

一之江が両手を広げてみせてくるが、その手には確かに何もなかった。
何もないのが逆に怖い。いつものことながら、コイツ何を刺したんだ?

「今のはただ指で刺しただけですよ」

「指⁉︎ 指であの痛さー⁉︎」

馬鹿な、どんだけ指先が強いんだ。まるで至近距離から銃弾を食らったような痛さだったぞ。

指銃(シガン)です」

なんだその理子とかが付けそうな技のネーミングは!

「この指銃を進化させたのが、先日お見せした瑞江・ドリルなのです」

「そうなのか……?」

「はい、そうなんです」

「……」

あまりに堂々と告げる一之江の態度に、俺はそれ以上突っ込むのをやめた。

「ところでこんなところに呼び出してどうするつもりですか?」

「ん? ああ……大事な話しがあるんだ」

「ああ……またエロい話ですね」

「また、って、お前にはしたことないよな!」

「お前『には』?」

「うぐ……いや、誰ともしてないです。はい……」

一之江の奴、相変わらず鋭いなぁ。
今朝、アランの馬鹿から電話が着て、延々とエロ話されたせいで余計なことを言っちまった。クソぅ、アランの馬鹿のせいで、一之江に弁明しないと俺の身が危ない。
なぜか、一之江は俺が女子にそういう感情向けるのを嫌がるからな。
いや……普段の俺には大助かりなんだが。

「まあ、どうせまたアランさんから電話で『聞いてくれよ。愛しのモンジ。この前、駅前で理想な女性を見かけたんだ。大和撫子を体現した、黒髪の女性を。あんな美人なかなかいないぞ。何より……巫女さんだぜ! 巫女さん! 本物の巫女さんを祭りの日や初詣の時以外に見たのは初めてだったが……やっぱ、巫女さんは最高だよなー! しかも、かなりボインだったんだぜ! こう、ボインっと……』とか話されたんでしょう?
なんなんですか。そんなに胸が大きいのが重要なんなんですか?
あんなの脂肪の固まりじゃないですか。そうですか、そんなに脂肪好きなら、いっそ死亡させてあげましょうか? ふふふ……」

「誤解だーーーーー!!!!!」

アランの馬鹿、なんてこと言いやがる。
というか、何故一之江がそれを知っている?

「いつも言ってるじゃないですか。貴方の事は解ります」

なんだろうな。一之江の姿が一瞬だが、どこぞの武装巫女と重なった。
一之江に弁明し、宥めること数十分。
ようやく、一之江が落ちついたところで本題に入る。

「で、大事な話ってなんですか?」

「ああ……驚かないで聞いてくれ。
実は……」

「____⁉︎」

全てを話し、話し終えた俺の顔を驚きの表情を浮かべて一之江が見返してくる。
俺はこの時ある決意をしていた。
そして、その決意を実行する為には、一之江の協力が必要だ。だから彼女には全てを話した。
俺の身に起きた事も。前世の事も全て。
後悔はしてない。
ずっと黙っている選択肢もあったが、悩んだ末に全てを話すことにした。
武偵憲章にもあるしな。
『仲間を信じ、仲間を助けよ。』って、な。
仲間に信じてもらうには、俺が誰よりも仲間を信じないと始まらねえから。
だから、一之江に話した。
一之江は何も言わず、黙って俺の話を最後まで聞いてくれた。
そして、最後に。

『どんな選択をするのかは主人公である貴方次第です。私達『物語』は主人公に従うだけです。
ですが……どんな選択を選ぼうと、私達は……私は最後の時まで貴方の後ろにいます。決して逃しませんので安心してください』

そう言って微笑んだ。
まあ、その10秒後には背中をザクッだったけどな。

そして、その日の放課後。俺は生徒会室を訪れた。
これから七里詩穂先輩に告白をしにいくんだ。
いろいろ考えた結果、俺は詩穂先輩に告白することにした。
一文字の想いの代弁……それもあるが、遠山金次として伝えないといけない言葉があるからな。
放課後、人がまばらな校舎の中を歩き、生徒会室の前に来た。
ノックして少し待つと。
中から詩穂先輩の声が聞こえてきた。
よし、行くか!
緊張しながら戸を開けて中に入る。
そして、詩穂先輩と相対し、雑談をした後想いを告げた。

「詩穂先輩、一文字詩穂になってくれ! そして……俺達の物語になってください」

こうして、俺の日常は変わり。
日常の中に非日常があり、非日常が日常と化していく生活は続く。
そう。続いていくのだ。

戦いは続く。物語は続いていく。紡がれていくのだ。 
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