101番目の哿物語
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第ニ十話。音央の決意
全力で叫んだ瞬間、真っ白だった世界は飴細工のように砕け散った。
とはいえ、視界はまだ白いままで周りの景色すらわからない。
何も見えないし、何もわからない。
ただ……わかること。変わらないものがある。
白く染まった世界で、「モンジ……っ!」と俺の背後から祈るような音央の声が聞こえてきた。
背後の音央には絶対に影響は出てないはずだ。そう、絶対に。
何故なら______。
「ってか、何であんたの背中は塗り潰されないのよ⁉︎」
スナオちゃんがその疑問を発した瞬間だった。
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!
突然、俺が身に付けているモノクルとスクラマサクスから着信音がけたましく鳴り響く。
「ひわ⁉︎ まさか⁉︎」
スナオちゃんが驚いている間に、それは勝手に鳴り止んで……。
『もしもし、私よ』
モノクルやスクラマサクスとなったDフォンから、電子音っぽい低くて、ゾッとするような声が聞こえてきた。
『今、貴方の後ろにいるの』
次にその声が聞こえてきたのは俺の背後。背中。
そう、そこだけは何があろうと消えない『約束の場所』。
俺を『殺す』、その日まで失うことのない絶対に存在するであろう場所。
「ほうほう! なるほどな!」
アリサがやたら嬉しそうに叫んだ瞬間、同時に俺の背後に、ピタリと寄り添う彼女の感触があった。
ああ、なる。これはなっちまう。
アウトだ。なっちまった。
『ヒステリアモード』に!
白く染まった世界に意識や体が塗り潰されようが、この『俺』の体質までは塗り潰されないようだな。
ヒステリアモードになったことにより、意識がより覚醒していくのがわかる。
そして、俺自身の可能性やら、意識、心が塗り潰されようが、俺の全身を、全てを塗り潰すことは出来ないということもわかった。俺の背中は俺『だけ』のものではないからな!
コイツは俺が他人の手によって死ぬことなんか、許してくれない。それが______。
「一之江……!」
「おっちゃんごめん!」
一之江の名前を呼んだ次の瞬間……
ザクッ!
「うおおおい‼︎」
いきなり背中を刃物で刺された。
(内蔵避け……って、出来ねえし!)
「い、一之江さんっ?」
そんな光景を見た音央は驚き半分、嬉しさ半分の声を上げる。
すっかり音央も見慣れたみたいだけど、いきなり背中を刃物で一突きとかって……どこの武装巫女や妹さんですか?
「こんにちは。今日は『死の予兆』が溢れているということで探偵風味にしてみました」
「……探偵ならシャーロックじゃないのかよ、ってかその探偵自らおっちゃんを刺すなよ……⁉︎」
「いやぁ、おっちゃんは死なないだろうから被害者になったら新しいかなあ、と思いまして。誰が頭脳は大人で身体つきが子供ですか、殺しますよ。グリグリ」
「言ってねえええええ‼︎」
さらなる刺激を背中に与えてくる一之江さん。痛くて死ぬ。ビームとかよりも一之江に刺されるだけで死ねる。
いや、その刺激があるからこそ、こうして意識を保っていられるんだけどさ。
視力も取り戻せたし。
「これだけ突き刺せば落ちませんね」
「アンカーを突き刺すみたいに⁉︎ ってか、おんぶするからしがみついてくれないかな?」
「このエロ坊主。私の柔らかくてボインなあれそれを背中に感じるのが狙いですか」
「一之江の……」
「ボインな」
「あれそれ?」
俺、音央、かなめが疑問の声を上げると、一之江は……ただ一言呟いた。
「殺しますよ?」
「「「すいませんでしたー‼︎」」」
一之江はロア状態であろうが、スタイルはよくならないのだが、それを言ったら文字通り刃物かなんかで風穴開けられるのでこれ以上、口に出すのは止めとこう。
「仕方ありませんね。いつかメリーズドールが空を飛ぶという噂も流すとしましよう」
ぶつくさ言いながらも俺の背中にしがみついてきた。胸はないが、女子だけあって柔らかい感触を背中に感じる。
……と、こんなことしてる場合じゃないな。
自分の掌を前に翳し、球体をイメージするように突き出すと自分や一之江、音央を囲むように大きな透明な膜が張った。
アリサの『絶死の結末』に『干渉』して、その『夜話』を『打ち消す』ようなイメージで身を守る結界みたいなものを張ったのだ。
あんまり長くは持たないけど、これで時間を稼ぐことなら出来る。
「そんなわけで、おっちゃんの代わりに探偵が代弁しますと。今のこの状況を覆せるのは、音央さんのボインに秘められた可能性なのです」
「え⁉︎ あたしの胸に⁉︎」
「ミサイルになるとかです」
「絶対にそれはないわっ!」
「そのミサイルは弾き飛ばせないかもな……うん」
ミサイルでも弾力がありそうだからなぁ……誘導弾逸らしが通じないとは……おっぱいミサイル恐ろしい。
「ミサイル言うなあああ‼︎」
「……兄さん?」
「……お兄ちゃん?」
うっ、妹達の視線が痛い。
理亜の目はちょっと据わってるし、かなめは手に何故か包丁持ってるが、それどっから出した?
どうやらこの手の話題は禁句みたいだな。
「それは残念です。ともあれ、胸の中に秘められた貴女の希望。いや、もしかしたら貴女には絶望かもしれません。ですが、それを乗り越える覚悟があるならばきっとこの状況を打破出来ますよ」
「もっとも……それが出来なくても私やこの変態ならなんとか出来ますが」と一之江は小声で呟く。
そう、音央の力がなくても俺達ならなんとか出来る。
そのくらいの能力をすでに持っている。
だが、それじゃあ、ダメなんだ!
俺達の力をあてにしてたらいつまで経っても音央は成長しない。
音央にはまだ成長する予知が残っている。
進化できるロア。それが『妖精』の神隠しという物語なのだから。
音央に必要なのはきっかけ。
______そして、成長したいと思う強い覚悟。
それさえあれば音央は変われる。強くなれる!
「とはいえ、考えている時間はあまりありませんけどね。そろそろモンジの精神は真っ白に塗り潰されるか、私の与える激痛に耐えられずに死んでしまうかですから。その状態になってしまったらデッドエンドです。まあ、今のモンジなら自己蘇生とか、夜話を拒絶とか、しそうですけどね」
「……そっか。そうだったのね……あたしが、あたしのことを覚悟する必要があった。そういうことだったのね」
音央はその言葉だけで理解できたようだ。多分……きっと、彼女はずっとその想いと葛藤していたんだろう。
「なんか嫌な予感がする! メリーズドールもいるし、やっちゃった方がいい⁉︎」
スナオちゃんはまるで野生の勘で何かを感じとったかのように叫ぶ。
「今、あいつらに近寄ると私の『絶死の結末』を喰らって死んじゃうからダメだな」
「うー、まさかアリサの砲撃があいつらのバリアになるなんて……」
「それもある意味、エネイブルの狙いだったんだろうさ」
そう、夜話を砲撃として撃ち出す以上、ロアであるアリサはもちろん、ハーフロアである理亜やスナオちゃんも無闇矢鱈と近寄れないのではないか?
そういった考えもあり、あえて喰らったのだが……上手くいって良かった。
理亜やアリサに対抗神話を打ち消す対抗神話とかがあったらヤバかったけど。
「……決めたわ、モンジ、一之江さん」
音央は何かを決心したかのように呟くと。
「あたしは『妖精のロア』になる‼︎」
音央は飛行して俺達の前に出ると、自分のDフォンを手に持ち俺達を塗り潰さんと迫るその光に向けて突き付けた!
「鳴央!」
「了解です、音央ちゃん‼︎」
どこからか鳴央ちゃんの声を聞こえてきた瞬間、俺達の体はいきなり目の前に開いた『穴』の中に消えた。
「っ⁉︎ あいつら消えやがった!」
「え、どういうこと⁉︎」
暗闇の穴の中にいる俺の耳に、焦った声を上げるアリサと、困惑した声を出すスナオちゃんの声が聞こえてきた。
何が起きたんだ?
と、状況を理解しようとした次の瞬間。
視界が広がった。
そして……
「『真夏の夜の夢‼︎』」
それとほとんど同じタイミングで音央の声が聞こえてきて。
音央が高らかに叫んだのが伝わった瞬間。
ソレは起きる。
「うっわ」
「ひゃあああああ⁉︎ 目の前にでっかい光が迫ってくるー‼︎」
先ほどまで俺達に迫っていた光の砲弾が向かった先は俺達ではなく、撃ったアリサ達目掛けて迫っていた。
一体何が起きたんだ?
ヒステリアモードの視界でも、突然の事で理解が追いつかない。
まるで俺達とアリサ達の位置が入れ替わったかのような状態に……ん?
位置が入れ替わった?
まさか。
と、ヒステリアモードの俺が考え事をしていたその時。
「とりゃっ!」
スナオちゃんが理亜とアリサ、かなめの体を赤いマントに包んでその光が到達するギリギリのタイミングで姿を消すのが見えた。理亜やかなめの身の心配はあまりしていない。何故なら彼女達にはあの子が付いているのだから。
『怪人赤マントは少女を攫う』……その『逸話』がある限り、彼女は少女を攫えるのだから。
ズガアアアァァァン‼︎
アリサの『アゾット剣』とそこから放たれた『夜話』を込めた『死の一撃』。『絶死の結末』が激突し合い、激しくぶつかりあって巨大な爆発音と衝撃を辺り一体に巻き起こす。
(______ッ⁉︎)
これはマズイと思い。
俺は『妖精の羽』を展開したまま、空中で身を翻すように反転すると、背中にいた一之江や音央達を守るように彼女達を腕の中に抱きしめた。
突然の俺の行動に一之江はビクッと動き、俺の脇腹に刃物で刺されたかのような痛みが感じたが、俺はそんな痛みなんか気にせず、一之江の姿を見ないように気をつけながら彼女の小さな体を腕いっぱい回して抱きしめた。音央は「ひゃう⁉︎」などと、悲鳴のような声をあげたが、空いてる手を音央の腰に伸ばし、抱きしめた。
放すものか!
二人は……仲間は死んでも守る。
『あっち』の『俺』の分まで、な。
それも本来の一文字の代わりに戦う『俺』がした『覚悟』の一つだ!
背中に爆発により発生した熱風や衝撃に耐えると。
「ぷはぁ!」と眼下の雪原から声が聞こえた。
見下ろすと、雪の中からスナオちゃんと白い帽子が飛び出していた。
彼女がその帽子を引っ張ると、雪まみれのアリサがズボッと抜けて出てきた。
そのアリサの両隣には、理亜とかなめがぺたんと雪の上に座り込んでいるのが見える。
「『妖精のロア』が持つ本来の力に目覚めたようですね」
俺の腕の中で一之江がもぞっと動き、俺の腕からするっと抜け出すと音央に問いかける。
「うん。鳴央とセットじゃなくて。あたしはあたしだけでも戦える『ロア』になるわ」
「はい。嫌になったらいつでも言って下さい。殺して差し上げますので」
そう言う一之江の吐息には薄く笑みのようなものが交ざっていて、俺の腕から抜け出した音央の、その体には薄緑色のドレスを纏っていた。そして、その背中には透明な羽が生えているのが見えた。
文字通り『妖精』となった音央の姿を見てドキっとしてしまった俺は視線を逸らす為にも一度自分の体に視線を移す。そして自身の身に起きていた変化に驚くこととなる。『妖精の神隠し』の能力を使用していた為か、俺も音央と同じ薄緑色の外套を身に纏っていることに気づいたからだ。
『不可能を可能にする男』の能力を使用していた時は気づかなかったが、今の俺は黒いスーツの上に薄緑色の外套を纏い、背中から羽を生やしていた。
______仲間の能力を自身の能力として使用できる能力。
これが……『百物語』の力かぁ。
規格外なこの力を、どう扱うべきか。
そんなことを考えながら俺はふわりと雪原の上に着地した。
背中や脇腹の痛みは一之江が離れた瞬間なくなり、ただ、ただ雪を踏み潰すギュッという音だけが響き渡る。その音が鳴る中、アリサは自分の身に降りかかっていた雪をぱっぱと手で払い落としながら帽子を被り直した。
そして、口を開く。
「うわちゃー。『アゾット剣』がまさか自らの砲撃で壊れちまうとはな」
「ってか、死ぬかと! 気がついたらわたしたちとボインたちの位置が入れ替わってて、マジで焦ったよ‼︎」
アリサの言葉に続けて、スナオちゃんがブンブンと、両手を振りながら焦りを主張した。そんな二人の様子を静かに見ていた理亜が、視線を逸らさずにそのまま俺達に語りかける。
「『妖精の神隠し』……人と妖精を入れ替える話。だから音央さんは自分たちと私たちの居場所を入れ替えたのですね?」
「うん。今まで練習もやったこともなかったから、本当はすっごく心配だったけどね。成功するかは五分五分……ううん。もっと低かったかもしれない。だけどあの砲撃はモンジの『不可能を可能にする男』専用だったから。だからもし喰らっても消し飛ぶのはモンジだけで私や一之江さんはなんとかなるんじゃないかなー、って。「俺は⁉︎」あんたは人間辞めてるから自力でなんとかするでしょ?それに、理亜ちゃんたちに当たっても怪我くらいはしても消えたりはしないんじゃないかなー、って」
「まあな。純粋なロアである私や、そこから生み出されたアゾット剣は威力だけで消し飛ぶだろうが、スナオやリアはその力が吹き飛ぶくらいだったろうさ」
結構ヤバめな話のはずなのに、なんでもなさそうにひらひらと手を振るアリサ。そこにはもう、戦意はない……そういう態度を取っていた。
「……兄さんが先ほど指摘したように、音央さんの中には茨と飛行の能力くらいしかありませんでした。それを、あの土壇場で別のロアになるよう促すなんて」
「音央の中には、可能性が残されていたからな。だから、俺はその可能性に賭けたんだよ。本当に出来るのか、とか。不安や失敗する可能性ももちろんあったけど……『仲間を信じ、仲間を助けよ』。一緒に戦う仲間だからこそ、信じようと思ったんだ」
俺の顔をじっと見つめた後、理亜はアリサとスナオちゃん、かなめに目を向けて。
そして、何かを考え込む。
多分、いろいろ考えたいこと。話したいことがあるのだろう。
少しばかり、考える時間が必要だな。
などと思いながらも、俺はさっきから視界に入っていた音央の手の中にあるDフォンの事を音央に尋ねることにした。
「そのDフォン、鳴央ちゃんに繋がっているのか? でも、君達……確か」
先ほど俺達を取り込んだ黒い穴。あれは間違いなく、『奈落落とし』だった。
だが、あの技を使った鳴央ちゃんはDフォンを持っていなかったはずだ。異世界であるこの場所と外の世界を通話する際に、普通の携帯電話が繋がった……そんなことが可能なのか?
そんな俺の疑問に、音央は得意げに答えた。
「うん。これはあたしのDフォン。______会長の家から帰る時にね、ヤシロちゃんが現れてくれたのよ。『お姉さんはこれから、大事な人を守れるかもしれないよ』って」
「だけど『お姉さんが消えなければね?』だろう? ヤシロは相変わらずだよなぁ」
音央の言葉に続けるように、アリサが答える。
そのアリサの顔には僅かながら、笑みが浮かんでいた。
いつもの『不敵な』笑みではない。
ようやく見つけた、『希望』に託せる。
そんな風な『喜び』に満ちた、満面の笑みを一瞬だが……確かに浮かべていた。
______これでどうやら、戦いは終わりのようだ。
今度こそ、間違いなく……あの台詞を言える。そう思った俺がそれを言おうとしたタイミングで。
雪景色に異変が起きた。
突然、雪景色に。空間に亀裂が走り。
バリーン‼︎
その空間がガラス細工のように割れて、周りの風景が見覚えのある十二宮中学の校庭へと戻った。
そして……。
「終わったみたいだね、モンジ君」
「お疲れ様でしたっ。お帰りなさい、音央ちゃん、モンジさんっ」
そこにはキリカと鳴央ちゃんが笑顔で立っていた。
「ん、ただいま、二人とも」
「ただいま鳴央。助かったわ」
音央は妖精の姿から人間の姿へと戻ると、そのまま鳴央ちゃんに抱きついた。
抱きつかれた鳴央ちゃんは驚くこともなく、優しい微笑みを浮かべたまま、よしよしとその背中を撫でてやっている。そんな微笑ましい光景の隣では……。
「はじめまして『予兆の魔女・アリシエル』ちゃんっ」
「おう……『魔女喰いの魔女・ニトゥレスト』か。ひええ、おっかないな」
魔女同士で何やら意味深な視線を交わし合っていた。
その光景を見ていただけで。
……ちょっと、胃痛がしてきた。
ちょっと訳ありな女子学生同士の交流。
それ自体は大変微笑ましい光景なのだが、何故だろう?
この二人が揃うと『混ぜるな危険』の警告文を思い浮かべてしまう。
だが……。
「今度こそ、これにて一件落着……かな?」
そんなことを呟きながら、二人の様子を見ていると。
「兄さん。お返事をしたいので、少しあちらまでいいですか?」
「……わかった」
声をかけてきた理亜の顔を見ると、その顔は思いつめたような、何かを決意したかのような。
そんな顔をしていた。
俺は俺なりに覚悟を示せた、と思う。
だから、後は……理亜がどんな返事をしてくるか、だ。
「えっと、わたしも付いていっていい?」
と、スナオちゃんがそんな言葉を言ったその時。理亜の隣に座っていたかなめが動いた。
「……非合理的だよ」
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