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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第二部 WONDERING DESTINY
CHAPTER#11
  DARK BLUE MOONⅢ ~Revenger×Avenger~


【1】

 破滅の戦風が吹き荒ぶアンダーワールド。
 常人には知覚、認識するコトも許されない因果の環。
 暗い木欄色の火の粉が不可思議な紋字と共に舞い踊る空間の中心で、
美女は邪な微笑を浮かべ呟いた。
「ラミーを追ってる途 次(みちすがら)
私の存在を感知した徒に襲撃を受ける。
いつものパターンね。全く困ったものだわ」
「ナニ言ってやがる。
だったら気配消してヤツらの存在を感知してもシカトすりゃあいいじゃねーか。
毎度毎度律儀に会う徒遭う徒全部ミナミナ殺しにしちまうから
肝心要のラミーのヤツにゃあ逃げられてンだろーがよ」
「当ッ然でしょ!! クズ追ってる先でクズを見つけたら跡形も遺さず討滅する!!
ソレが私達 “フレイムヘイズ” なんだからッッ!!」
「まッ、当然だァな。精々ラミーのヤローに気取られてないコトを祈ろーぜ」
「気取るスキなんて与えないわよ。
第一 “私の封絶” じゃないんだから。
寧ろヤツの方がこの気配に誘き寄せられる可能性の方が高いわ。
流石に封絶の中にまでは入ってこないでしょうけど」
 互いに慣れた口調で美女と 『本』 は些かの動揺もなく言葉を交わす。
「そうなったらすぐにでも見つけだしてあげるわよ。
まさか今回に限り嗅ぎ廻ってるのがただの人間だとは
流石のアイツも想わないでしょ。
ねぇ?ノリアキ」
 そう言って美女が振り向いた先。
 火の粉舞い散る陽炎のゆらめきの中、ピタリとその場に停止する青年の姿が在った。
「……」
 アスファルトに反照する封絶の木欄にその中性的な風貌を当てられる美男子を、
マージョリーは正面からしげしげと見つめる。
「止まっちゃったか。当たり前だけど」
 事も無げにそう言い特に意識した様子もない美女を後目に、
まるで心を持たぬ人形のように一点を凝視したまま、花京院 典明は動かない。
 無論この特殊空間、因果孤立領域 “封絶” のコトを彼は知っている。
 いつも当たり前のように友人の隣に侍る少女から(心情的に面白くないが)
そして今はもう亡き純白の貴公子から、何度も同じ 『能力』 を視せられたコトが
在りその説明も受けているから。
 しかしそのコトを、敢えて花京院は秘匿した。
 別に “彼女” のコトを信用していないわけではない。
 だが場に無用な混乱を招きかねないという判断と、
彼女が自分に求めるモノとを察しての決断だった。
 彼女が欲しているのはあくまで “案内人” 情報提供者とその補佐に当たる者であり、
戦闘の片腕(パートナー)では決してない。
 ソレに 『スタンド使い』 は、極力己の能力を他者に識られないようにするモノ。
 己の威容を誇示しそのスベテを相手に刻み込もうとする
“フレイムヘイズ” とはその存在の本質が違った。
(すいません。騙すつもりはないのですが、貴女を困惑させたくなかったのです。
頑張ってくださいね。理不尽な能力(チカラ)に抵抗できない
罪無き人々を護る為にも)
 瞬き一つしない琥珀の双眸で、花京院は慈しむようにマージョリーをみつめ
そっと静かなエールを彼女の背中越しに送る。
 ソレが伝わったのか否か、美女はいきなりくるりとこちらを振り向き
踵の高いヒールを鳴らしながら再度己の傍へと歩み寄り、
その美貌を肌が触れるほどの超近距離に寄せる。 
「それにしてもコイツ、本当にイイ男ね。
いまなら、キスしちゃっても気づかないかな?」
(!?)
 熱に浮かされたような声でそう言いながら、
マージョリーはマニキュアで彩られた細い指先で、
花京院の整った輪郭を艶めかしくつ、と撫ぜる。
 その頬には無垢な赤味が差し、表情は蕩けるような艶っぽいモノとなっていた。
(……そ、ソレは、マズイ……ッ!)
 一流のスタンド能力者で在るが故、裡で眠るスタンドの気配を消す事は可能だが
己の感情まで消すコトが出来るワケではない。
 普通の人間を装っている為身動きできず、
しかしそのように軽々しくするような行為ではないと常日頃から認識している美男子は
美女の誘惑が戯れであるコトを心から祈った。
 ソコに意外な助け船。
「オイオイオイオイ、後にしな。
我が多情な妖姫マージョリー・ドー。
それにおまえサンの熱く烈しいヴェーゼをくれてやる相手は、
まずアイツだろ?」
 そう言ってマルコシアスが炎で形作った指で差した先。
 ソコ、に。
「……」
 時節は初夏だというのに、黒いレザーのロングコートを着た男がいた。
 そのインナーもパンツもブーツも、全て同じ黒尽くめ。
 表情は目深に被ったフードの為に伺えない。
 しかしその全身から尋常なるざる殺気を放ち、
漏れる吐息から獣のような唸りを発している。  
「グゥ……オオオ……見つけたぞ……我が怨敵、『蹂躙の爪牙』
そのフレイムヘイズ、“弔詞の詠み手”……!」
 地獄の底から漏れいずるような、
憎悪と怨嗟に充ち充ちた声がその男から吐き出された。
 暗闇の奥で凶悪に光る異界の瞳。
 ソレが周囲の光景を意に返さずマージョリーとマルコシアスのみに向けられる。
「はぁん? 誰? お前?」
 己に向けられたドス黒い声とは対照的に、
美女は道端の石ころをみるような視線で男を見据え
気流に靡く髪を挑発的に掻きあげる。
「ムゥゥゥ……忘れたとは云わさぬぞ……我が王とその同胞スベテを……
ソノ存在の欠片も遺さず無惨に討滅した貴様等の所業を……!」
 全身を貫く屈辱の為、空気を震わせるような声で己を睨む男に対し
「誰だっけ?」
と美女は取り澄ました顔でマルコシアスに問う。
「さぁ~てねぇ~。王なんざぁ、さんざっぱら討滅してっから、
いちいち覚えてねーなぁ」
 問われた契約者は自分の上に乗せられていた紙袋を中身ごと
バリバリ噛み砕きながら無関心に返した。
「……!!」
 黒尽くめの男の殺気が一段と尖る。
「でもこの封絶の色……あぁ、テメーもしかして 『鬼眼大聖(きがんたいせい)』 の生き残りか?
あンのヤローはその配下が無駄に12もいやがったから
全部は殺りきれてなかったかもしれねぇ。
ンでそン中の一匹が亡き主の仇討ちってワケか?
そりゃあ涙ぐましいこって、
ギャーーーーーーーハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!!」
 木欄色の火の粉舞い散る空間で、狂猛なる紅世の王の哄笑が木霊した。
「黙れッッ!!」
 マルコシアスの言葉が正鵠を射ったのか、男はそこで初めて声を荒げる。
 忠誠を誓う主を護れず、しかしその後を追うコトも赦されず、
恥辱に身を引き裂かれるような想いで生き抜いてきたこの数十年間。
 男はたった一つの想いが故それに耐えた。
 破滅の爪牙がスベテを切り刻んだ場所。
 無数の同胞の亡骸と共に瀕死の状態となって地に伏していた己に、
その眼前で首だけとなった王の口から、最後に告げられた言葉。
“生きろ”   
 それだけを糧に、男は今日まで生きてきた。
 その言葉の真意をみつける為に。
 己からスベテを奪った忌まわしきフレイムヘイズに “報復” を遂げる為に。
「“鬼眼大聖” ね。思い出したわ。なかなか強かったわね。アイツ。
でも仲間の十二人と後先考えず人間喰らってたから “私達” にみつかって
全部まとめて討滅されたわけだけど、生き残りがいたとはね」
 過去の話には興味がないのか、美女は感情を込めず淡々とした口調で徒に告げる。
 その次の刹那。
「グオオオオオオオオオオオォォォォォォォ――――――――――!!!!!!!!!!
黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」
 ビリビリと空気を劈く叫声。
 それと同時に男の全身を覆い尽くしていた黒革のコートが薄紙のように引き裂かれる。
 同様にインナーもパンツもブーツも。
 そして、火の粉と共に空間に舞い散る千切れた残骸の中から姿を現したのは。
 美女の身の丈を遙かに超える諸刃の巨剣を両に携えた魔物の姿。
 全身を覆う硬い鱗は鋼鉄のような無数の突起でビッシリと埋め尽くされ、
尖った先端部周辺に肉瘤を纏った禍々しい尾を背後に流し、
頭頂部にその倍はある3本の大角を天に向けて屹立させている。
 面積比で美女の約5倍、体積比ならその10倍は在ろうかという、徒の真の姿の現出。
「……」
 しかしその圧倒的存在を前に美女は眉一つ顰めず、
突風で舞い踊った髪を抑えたのみだった。
「下世話な人間如き何匹喰らおうが難じられる覚えはないわッッ!!
全ては我等が種を厳守するが為の王の御業!!
貴様等如き討滅の道具風情が、異を問うことすら烏滸(おこ)がましい!!」
 先刻と同一人物とは想えない、臓腑の底まで浸透するような叫声で徒は吼え
美女を遙か高見から傲然と見下ろす。
「……!」
 ソコで、今まで徒が何を言おうともその麗しさを違えるコトが無かった
マージョリーの美貌が微かに険難な色を帯びる。
 その背後で両者をみつめる花京院にも、また。
下衆(ゲス)が……!)
 すぐにでもスタンドを発現させ、人の命をなんとも想わない異界の魔物に
挑みかかろうとする壮気が全身から充ちるが、翡翠の奏者は己を諫め
眼前にて蒼然と佇む彼女に託す。
 そして物を語れない彼の心情を代弁するが如く美女、は
「フ……フフ……フ……! やっぱり、(クズ)はこうじゃないとね……
こーゆー解り易いヤツが……一番殺り易いわ……!」
震える声でそう言いながら、これから始まる殺戮の歓喜にその身を奮わせる。
「……ッ!」
 そして彼女の全身から急速に発せられる群青色の存在の殺気(オーラ)に、
遙か高見から見下ろしている徒の方が気圧された。
 無論その様子を遠間にみつめる花京院も。
 そし、て。
 彼女の肩から下がった黒いレザーベルトで繋がれた巨大な 『本』
神器 “グリモア” を介して、狂猛なる紅世の王が残虐なる闘いの始まりを宣告する。
「ウチの魅惑の酒 盃(ゴブレット)の、一番好きな “殺り方” ってのを教えてやろうか?
ソレはテメーみてぇな逆恨みの勘違いヤローを」
 ソコで重なる、紅世の王とフレイムヘイズの声。
「返り討ちにするコトよッッ!!」
「返り討ちにするコトだッッ!!」
 言葉の終わりとほぼ同時に、全身から迸る群青の火走り。
 開いたグリモアを練達の挙止で秋水の如く構える美女。
 復 讐 者(リヴェンジャー)VS報 復 者(アヴェンジャー)
 勝者無き死闘、その無情なる幕が、一人のスタンド使いの前で壮絶に上がった。





【2】

 戦闘、と呼ぶには、余りにも一方的過ぎる展開だった。
 相手に毛筋ほどの付け入る隙も与えない猛攻、暴虐、
ソレはその王の真名が示すが通り、まさに “蹂躙” だった。
 徒に見せ場らしきモノが在ったのは最初の一撃。
 掠めただけで美女の麗しき肢体を跡形もなくバラバラにしかねない
巨剣を、難なく振りかぶりそして引き絞るように撃ち落とす。
 しかしその巨大な斬撃が唸りと共に周囲の空気を弾き飛ばすより速く、
美しき魔獣を彷彿とさせるフレイムヘイズは前方に素早く廻り込みながら
徒の死角の位置に就き、闘争本能で研ぎ澄まされた深紫の双眸で
相手の全急所を一瞬の内に看破する。
 けたたましい破壊音と共にアスファルトを削岩機のように粉砕し、
即座に美女をへと向き直った大角の徒は返し刀で左の巨剣を大きく薙ぐ。
 しかし。
 既にソレよりも速く、マージョリーの自在法がグリモア内部で発現し
精鋭無比なる攻撃を完了していた。
「――ッ!?」 
 突如徒の巨大な左上腕部が爆薬で吹き飛ばされたかのように抉れ、
力の本流を失った剣はあらぬ方向へと大きく蛇行して街路に突き刺さる。
 血の代わりに迸る木欄色の火花を水流のように吹き散らし、
信じがたいといった表情で己を見る徒に美女が返した微笑は
この世の何よりも静かで冷酷なモノ。
 そして後は、その繰り返し。
「うぅ……ぐおおぉぉ……!」
 モノの僅か数分で、徒は左脇腹をそっくり苅り取られ、右大腿部を骨ごと抉られ、
左上腕部が皮一枚でかろうじて繋がっている状態で地に伏していた。
 さながら、忌まわしきアノ時を再現(トレース)するが如く。
 その標的から正確15メートル先の位置にピタリと就けている美女は、
眼前の惨状とは裏腹の拍子抜けしたような表情で徒を見下ろす。
「息咳切って現れたかと想えばまさか “この程度?”
ハッキリ言って弱過ぎるわ。戦闘殺傷力なら紅世最強を誇る
“蹂躙の爪牙” を舐めてるんじゃないでしょうね?」
「自在法なら現フレイムヘイズ最強の我が愛しの酒 盃(ゴブレット)のコトもなッ!
テメーもケンカ売るんならちったぁ相手考えろや!
しぬぜ! シヌぜ!! 死ぬぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 普段は仲が良いのか悪いのかよく解らない二人だが、
戦闘時の睦まじさは極上モノ。
「……ッ!」
 己の頭上から降り注ぐ忌むべき者の嘲弄に、
徒はただ歯噛みする以外余儀がなかった。
 眼前のフレイムヘイズが繰り出す攻撃を防ぐ術、躱す術、
対応策はなに一つ思いつかない。
 ただ気がつくとヤられている。
 認識できるのはソレのみ。
 アノ女の視線が微かに動いた瞬間、肩から下げた神器から
高速で飛び出す魔獣の頭部を成した(そうだと理解できたのは全て事後)
蒼い炎が、既に己の躯に喰らいついているのだ。
 そして痛みを知覚する間もなく、その牙が着撃箇所を跡形もなく咬断する。
 後に残された自由は、ただ苦悶の絶叫を挙げるコトだけ。
 戦闘の 「相性」 が良いとか悪いとかいう問題ではない。
 ただ単にレベルが違う。
 ただ単に次元が違う。
 己の眼前で繰り広げられる “蹂躙” を、
(つぶさ)にその双眸に焼き付けていた花京院は
陽炎舞い踊る空間で冷たい雫が頬に伝うのを感じた。
「……」 
 圧倒的過ぎる、そして凄惨に過ぎる。
 単純な戦闘能力だけなら、この美女は自分の良く知る少女を、
そしてあの “狩人” フリアグネすらも遙かに上廻る。
 今まで自分が交戦した 『スタンド使い』 の中にも果たして、
ここまでの強者がいたか否か。
 加えてこの美女の、マージョリーの能力(チカラ)はまだまだ底が知れない。
「が……ぐぅ……おぉぉぉぉおお……何の……コレしき……!」
 巨大な身体の至る箇所が蒼きの双牙によって喰い破られ、
もうその機能を満足に果たせなくなったにも関わらず徒は、
抉れた疵痕から木欄色の炎を吹きだしながら
ただ精神の力のみで無理矢理立ち上がろうとする。
 だが身体は意志に反して殆ど動かず、
苦悶よりも悔恨で口中をギリッと鳴らした瞬間、
「ほらほら、ボサッとしてると」
「!!」
 再び神器 “グリモア” から伸びた魔獣の牙が
徒の右頭部に喰らいつき中の眼球ごとその上部に位置する大角を
表面に微細に走る亀裂と共に断砕した。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――ッッッッッッッ!!!!!」 
 己の肉体と共に尊厳と誇りまでも粉々に撃ち砕かれた徒は、
鼓膜を劈くような絶叫を封絶で覆われた空間に響かせた。
「フン、不味(マズ)かァねーが、オレ達の敵じゃねーな。
それにテメー? 昔マージョリーにヤられた疵が治癒(なお)ンねーんだろ?
自在法で誤魔化しちゃあいるようだが、内部はもうガタガタの筈だぜ」
 目敏く砕け飛んだ一角を銜えてグリモアに戻ってきたマルコシアスは、
その硬い突起を苦もなくガリガリ噛み砕きながら 『本』 の中へと咀嚼する。
「……ッ!」
 そして肯綮を突かれたのか押し黙る手負い徒を一瞥した後、
嬲る(あそぶ)のもそろそろ飽きたぜ。終いにしねーか?
我が壮烈なる “自在師” マージョリー・ドー」
惨憺足る姿で地に伏す己が同胞から視線を逸らし長年の相方に問う。
「どうやら 『ゾディアック』 を遣うまでもなさそうだしね。
“アレ” を試すのはお預けか」
「おお、ヤめとけヤめとけ。
“あんなモン” 発動させちまったら、
こんなちんけな封絶なんぞクソの役にも立ちゃしねー。
噴き走った存在の力を感知されたら、ラミーでなくても海の彼方まで逃げ出すぜ」
「そうね。ウォームアップはコレ位でいいか」
 そう言って長い栗色の髪を封絶に靡かせ、三度徒を傲然と見下ろす美女。
 その姿は、己の数倍以上の巨大な存在として徒の隻眼に映った。
 そして、静かに到来する言葉。
 憎しみと狂気の悦楽に歪んだ、永別の弔詞。 
「何年も何十年も、無駄な努力ご苦労様」
 言葉の終わりと同時に、硬い装甲で覆われている筈である己が躯、
その胴体部をいとも容易く喰い破る魔獣の双牙。
 一瞬の間も置かず轢断するかのように真っ二つへと割かれた己が存在。
「――――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!」
 最早断末の叫びを発するコトも赦されず暗く冷たい忘却の淵へと堕ちていく意識。
 その刹那、名も解らぬ徒の脳裡で、鮮やかに甦る光景が在った。
 時間を超え、空間を超え。
 今ソコに在るコトかのように感じられる、追憶の欠片(かけら)
 強く、そして何よりも美しい、凄烈なる王の姿。
 そしてそれを取り囲む、同じ天命に殉じるコトを誓った、掛け替えのない同胞達。
 いつか還りたいと願う場所。
 永遠の群像で充たされた、光輝ける世界。
 ソレが、決して逃れられない死への暗黒にすら叛逆する。
 絶望の 『先』 に在るモノ。
 たった一つの、想いの結晶。
(……)
 轢き断たれた徒の下半身、その切断面に微少な紋字と紋章が夥しい数で浮かび上がり
やがてソレが木欄色の存在の輝きと共に一点へと集束していった。
 先刻の戦闘中一度も使わず、そして相手の攻撃範囲外に於いていた無傷の “尾” に。
 勝てるとは、(はな)から想っていなかった。
 紅世の王の中でもその狂猛さに於いて、一際異名を鳴り響かせる “蹂躙の爪牙”
ソノ者が自ら 『器』 に選んだフレイムヘイズに敵う等とは。
 しかしその残酷な真実を認めるコトによって、初めて気がつくコトも在る。



『生き残ろうとさえしなければ、付け入る隙が有るというコトを』

『己が死ぬコトによって初めて、限界を超えた威力(チカラ)を発揮する自在法が在るコトを』



 ソレが、亡き王の意に背くコトだと知っていながら。
 誰も望んでいない愚かな行為だと解っていながら。
「……」
 空洞の開いた右眼窩部から落涙のように木欄の炎を散らしながら、
徒は最後の自在法を “触媒” で在る尾に向けて紡ぎ続ける。
 そう。
 解っていた。
 最後に王が自分に遺した言葉の意味は、
決して 『復讐』 しろ等という事ではない。
“そんなコトの為に” 生きろと言ったのではない。
 何がなんでも生き延びろ。
 どれだけ辛くとも、苦しくとも。
 生きているのなら、己が全霊を以て生き抜いてみせろ。
 おまえが生きている限り、オレ達の存在はおまえと共に在る。
 ソレは解っていた。
 しかし、しかし。



“こうせざる負えなかったのだ!”



 掛け替えの無い者達がスベテ命を賭して散って逝ったにも関わらず、
自分だけが生き延び安楽に身を浸すコト等耐えられなかった。
 己の千切れた背後で、呪詛と怨嗟の凝縮した尾が、次第次第に膨張していく。
 その周囲に晦冥(あんめい)の自在式を幾重にも纏わせて。
 その形容(カタチ)も、潰滅ただそれのみを目的としたモノに変換()えて。
 コレが極まろうが極まるまいが、発動した瞬間確実に自分は死ぬだろう。
 だが、一人では死なない!
 徒はあらん限りの精魂を込め、自分に背を向けた忌まわしき存在を貫いた。




“お前も死ぬんだッッッッッ!!!!!”




 最後の、自在法。
 名も知られぬ徒の、心中に甦るモノ。
 それは。
 初めて、自分の存在を認めてくれた者の姿。
 自分に、生きる意味を与えてくれた王の姿。
 徒は、渇望にも似た声で、その存在へと語りかける。




 我が王よ。
 亡き意に背きしコト、どうかお赦しください。
 しかし、私にとっては、
『貴方の御為に尽くす事こそ』
“生きる” というコトなのです。
 我が全能の主 『鬼眼大聖』 ガルディス様。




 そして乾坤一擲の念いで、発動する極限禁儀。




 鬼眼十二衆が一人、闘 暁 角(とうぎょうかく)サルファス。
 今、ここに、ようやく。





“討ち死にで御座います……ッ!”





(ッッ!?)
 突如何の脈絡も無く出現した、美女の背後で渦巻く凄まじいまでの存在の力。
「なァっ!?」
 完全に息絶えたと想っていた存在の、予期せぬ叛逆。
 振り向いたマージョリーの眼前で既に、
禍々しい木欄の火花を自在式と共に空間へ迸らせる巨大な “尾” が、
視界スベテを埋め尽くし己の存在を呑みこむかのようにして差し迫っていた。
 完全に戦闘態勢を解除していた為に、
幾ら総合力で上回ろうとも現時点でソレは関係ない。
 超絶的な能力(チカラ)を持つが故の “(おご)り”
 ソレが現代最強のフレイムヘイズの一人 “弔詞の詠み手” の弱点であり、
死に逝く徒が付け込める殆ど唯一の隙。
 ただその為だけに、徒は己が身を犠牲にし、その生命までも自在法に託したのだ。
 己が全存在を賭けてこそ、初めて発動させるコトの出来る禁儀。
 幾ら格上の相手であっても、直撃を受ければ絶命は必死。
 しかも無防備の状態で在っては、その裡に秘められた “呪い” の為に
掠っただけでも確実に死ぬ。
 だが。
 しかし――




 ヴァッッッッッッッッッグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
オオオォォォォォォォォ――――――――――――!!!!!!!!!!





 唐突なる破壊音。
 群青と木欄。
 その何れの色彩でも無く弾けた、精練無比なる存在の力。
 目が眩む程目映い、エメラルドの閃光群。
 美女の、目下数㎝の位置までをも差し迫っていた硬質な外殻に覆われる
禍々しい尾の継ぎ目(ツギメ)、その関節部分を中心に無数の翡翠結晶弾が寸分違わず命中し
更に周囲も廻転遠心力で外装が剥離しやがてメリ込んだ内部で炸裂する。
 そして爆散したスタンドパワーと共に、
極限の自在法を宿した尾はその威力(チカラ)が故に
美女から遠く離れた上部空間へと千切り飛ばされる。
 質量の為に不定型な楕円を描きながら弾け飛ぶ尾が、
木欄色の炎で揺らめくアスファルトに落ちるよりも速く、
 グシャアッッッッ!!!!
 徒の残った頭部に、その半分ほども在る巨大な翡翠単結晶が穿たれ、
左眼部の正中から上がそっくり削ぎ飛ばされる。
「……が……ぐぉ……ぉぉ……」
 確実に勝ったと想った瞬間、己が全霊を尽くして撃ち放った奥の手が
完全に極まる寸前に起こった、まったく予測も付かない現象により
徒は混迷する以外術を無くす。
 その彼の傍らにいつのまにか佇んでいた、気配を全く感じさせない一つの存在。
 淡い茶色の髪を戦風に揺らし、特徴的な学生服の裾を外套のように靡かせる一人の人間。
「……ミス……テス……」
 残った左目で徒が認めた、青年の姿。
 その背後に翡翠の燐光を全身に纏わせ、地より浮遊して存在するモノ。
 異星人、或いは未来人のような特異な形容(フォルム) 
“遠隔操作型スタンド” 『法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)
「う……うぅぅ……おぉぉ……
うぅぅぅおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!」
 左目から木欄の炎を垂れ流し、最早立ち上がる力すらも失った徒は
地獄の底でも尚足掻く亡者のような嘆きを漏らした。
 何故。
 一体何故、このような可能性を見越していなかったのか?
 空白の数十年の中、忌むべきこのフレイムヘイズが
“ミステス” を己の傍らに従えているという事実を。
 幾ら何の気配も発していなかったとしても、“戦闘用ミステス” なら
ソレは当然の事象だというコトを。
「……」
 嘆きの声を挙げ続ける徒の眼前で、その張本人であるマージョリー自身も、
今自分の眼前で起こった光景を理解できないでいる。
“ミステス” ではない。
 もしそうならば、最初の時点で既に気づいている。
 それなら、目の前のこの少年、カキョウイン ノリアキとは一体何者なのか?
 少なくとも、生身の人間で在りながらアレ程の、
紅世の王にも匹敵する能力(チカラ)を携える存在を自分は知らない。 
 舞い散る木欄にその幽 波 紋 光(スタンド・パワー)で彩られた
神秘的な風貌を照らされながら、嘆き続ける徒に向け花京院は静かに告げる。
 哀悼のように。敬意のように。
「最後に何か、言い遺すコトはありますか?」
 目の前で伏するこの異形の者は、数多くの人間を喰い殺してきた人外の怪物。
 だがそれとは関係なく、その瞳には尋常ならざる 「決意」 が在った。
 善悪をも超えた、気高き精神の輝きが。
 ソレ故に、男の戦いに余計な横槍を入れてしまったかもしれないという
懸念が花京院の心中に渦巻いていたが、
しかしこの者が狙う女性(ヒト)を死なせるわけにはいかなかった。
 多くの人々の生命(いのち)が懸かっている。
 何より、アノ時は想うよりも先に躰が勝手に動いた。
 やがてズタボロの巨体を微かに蠢かせ、呪詛に充ちた声で徒が遺した言葉。
「呪われろ。蹂躙の従者……!」




 ドグッッッッッッシャアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ
ァァァァ――――――――――ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!




 言葉の終わり痛烈な壊滅音と共に、一際色濃く空間へ噴き迸る木欄の炎が在った。
 拳中にスタンドパワーを集束させ、
触手で繋がれた振り子運動の瞬発力に拠って“徒” の顔面を完全破壊したスタンド、
ハイエロファント・グリーンの手から伝わる感触。
 他者の生命を叩き潰し、そして屠った死の感触が絡みつくように
腕の神経を伝わり脳幹を直撃する。
「……」
 何度、否、きっと何万回繰り返したとしても、慣れるコトは決してない。
 それが救いようのない鬼畜の罪人でも、人喰いのバケモノであっても。
 他者の生命を奪うという行為は、どんな正当な理由が在ろうとも。
 しかし、『ヤるしかない』
 人間としての倫理や法律が通用しない相手には。
 斃さなければその非道な行いを阻止出来ないのならば。
『スタンド能力』 とは、きっとその為の能力で在る筈だから。
 罪無き人々がこの能力(チカラ)の餌食にされるコトに較べれば、
自分の心の痛みなど、きっと小さなコトの筈だから。
 勝利した筈である翡翠の奏者の美貌は、
底の知れない深い憂いで充たされていた。
 その彼の傍に歩み寄る、フレイムヘイズの美女。
「ノリアキ……アンタ……」
 先刻とは裏腹の呆然とした表情で、グリモアを脇に抱え自分を見ている。
 その美女とは裏腹の穏やかな表情で、そして少し困ったような顔をした花京院は、
「御覧の通り “超能力者” です。
手を触れずにスプーンを折り曲げたりは出来ませんがね」
隠し事の見つかった子供のように小さく肩を竦めた。


←To Be Continued……
 
 

 
後書き

どうも、作者です。
今回出てきた敵は、原作では登場しません。
完全オリジナルのキャラです。
ですが命を賭けて「忠義」を貫くキャラは(かなり)好きなので、
個人的には気に入っています。

ちなみに「彼」が忠誠を誓う主のモデルは、
『鬼がきたりて』というマンガの主人公、鬼部(おにのべ) 雷矢(らいや)です。
「鬼」なのに細くて美しく、精神的にも立派な王だったのでしょうが、
ソレ故に(多分味方をかばったりして)ヤられてしまったンでしょうね。
南無南無……(-∧-)
 
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