もう一人の八神
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新暦78年
memory:24 続・とある日の八神家?
-side 悠莉-
「………んむ」
ふと目が覚めた。
寝ぼけ眼をこすりながら、時間を確認する。
「もう夕方か……」
部屋の窓からは夕焼け色に染まった空が見える。
どうやら三時間ほど寝ていたらしい。
「ん?」
意識が戻ってくるにつれて背中に違和感を感じた。
腕の中で眠っているイクスを起こさないようにそっと後ろに首を回してみると、
「アギト?」
アギトは私の服をしっかり握りしめ、寄り添うように引っ付いて寝息を立てている。
「うーん、二人とも気持ちよさそうに寝てるとはいえ、そろそろ起こさないといけないかな……そう思わない? 姉さん」
「何やばれてるんやな」
モニターが開いた。
画面越しに部屋の中にサーチャーを隠して覗いていた姉さんが現れた。
「上手く隠していたみたいだけどまだまだ。それに加え、口元にやけさせながら覗かれたらね」
「何でわかったん!? ……はっ! まさかあの黒ウサギか!?」
「……いや、ただ鎌かけただけなんだけど…本当ににやけてたんだね、正直どうかと思うよ?」
「……ホンマごめん。せやからそんな残念な子見るような目で見らんといてくれへん?」
モニター越しに平謝りする姉さんに呆れてため息を吐く。
「ったく」
その後、二人を起こした。
ん? 二人の反応?
イクスは普通通りだったけど、アギトの方は目が合うなり顔を真っ赤にしてあうあう言っていた。
めっちゃ、可愛かったです。
数日後、無事に試験期間が終わり、休日を迎えた。
前々から予定していた買い物のために街へ出てきている。
そして今の状況はというと、両脇にリインとアギト、背後には「あの時パーを出していれば……」と悔しがっているイクス。
その後方には、にやにやと笑う姉さん、ヴィータとシャマルの姿があった。
「……どうしてこうなった」
「ユーリが逃げないためだぜ」
「です♪」
どうやら私だけ何も知らされてないらしい。
イクスの洋服といった、日常用品を買いに来ていたはずなのにここについて早々に両脇を固められてしまった。
いつも通りといえばそうなのだけど、どこか雰囲気の違う姉さんたちに不安を覚える。
「それでどこに連れて行かれるんだ? イクスの買い物だけじゃなかったの?」
「どこだと思う?」
「わかってたら逃げるようなところじゃないの? まぁ、逃げようと思えば逃げれるけどさ」
「むぅ」
「でも、ちゃんと説明してくれればよっぽどのことがない限り逃げないんだけどね」
「結局半年近く何もしてないんですよ! そういうのも自分でやっちゃうし……。それにある程度伸びてるとき、男の子だからといってゴムやヘアバンドで最低限でいいって理由にはならないんです!」
自分で? ゴム? ヘアバンド?
「……」
なんとなく、予想がついてきたような気がする。
「この店やよ」
「ここは私たちの行きつけなんですよ」
「テレビ以外で初めて見ました」
「……」
それは、似た系統の店であれば普通の人なら半年に一度くらいはいかざるを得ない類の場所だった。
髪を整え、身だしなみを整えてくれる店……理髪店、それはわかる。
だけどこの店はおかしいと思うんだ。
全面ガラス張りで店内が良く見え、テレビの中でしか見たことのないような調度品が並んでいる。
それに、随分と若々しい店員たちが、同じように若々しい客とにこやかに談笑しながら作業しているではないか。
行ったことはないけど、床屋っていうのは…言い方が悪いけど、もっと薄暗い雰囲気で、むっつりとしたおじさんやおばさんがそそくさと髪を切ってくれる場所だったはずだ。
いや、わかってるさ。
ここは女性が来る美容院というやつだろう。
最近では男性も来るのだと聞いている。
リオもそんなことを言っていたような気がする。
「……固まってるですぅ」
「そ、そこまで嫌なのか」
「男の子には入りにくいと思うけど……」
「悠莉? どうしたんですか?」
「……嫌、って訳じゃないんだけど、何というかこういうところには来たことがないからね」
「嫌じゃないんだろ?」
「それじゃ黙って切られてこーーい!」
姉さんに背を押されて美容院の扉を潜った。
美容院から出てしばらくして。
「やっぱり、スッキリしてた方がええな」
「そうですね。悠莉くんは元がいいから、余計に映えますね」
「にしても、ちょっと整えるだけでこんなに変わるとは……」
と、年上三人が口々に言っている。
ヴィータの言う通り、少し髪の毛を弄ってもらっただけだ。
剥いて毛先を整える、ただそれだけで、他はあまり切られていない。
あとは整髪料で全体を整えて終了した。
「そんなに変わってるかな? 少し軽くなったくらいにしか感じられないけど」
「そんなことないですよ。更にカッコよくなってます」
「実感はあんまりないけど……ありがと、イクス。さて、私のはこれで終わりなんでしょ? だったら早速買い物を始めよう」
「そやな。そんじゃ行こか」
姉さんたち先導の下、とあるデパート内にあるカジュアルショップに連れて来られた。
なんでも、つい最近オープンしたばかりらしく、姉さんたちもここに入るのは初めてらしい。
先ほどから女性陣はあれこれと服を見回っているので、サクッと自分の買い物を終わらせた私は、独りベンチに座っていた。
しっかしこうも広いとヴィヴィオを思い出すな。
迷子になったヴィヴィオをなのはさんとフェイトさんの三人で必死になって探し回って。
そうそう、あんな感じの子が……
一人の女の子に目の前を通り過ぎる。
金色の髪の毛に青いリボン、フリルをあしらったスカートをはいて友達であろう子と一緒に誰かを探すように歩いている。
「ヴィヴィオそっくりだなぁ……って、あれ? 隣の子、なんだかコロナに似てる気が……」
亜麻色のツインテールにキャンディーの形をしたアクセサリー。
「いやいや、そんなはず……」
一度視線を外して別の方に移してみると今度は、
「茶髪のサイドポニーに金髪ストレート」
それに加えて茶髪のショートヘアーのたぬき……姉さんじゃん。
なのはさんたちも来てたんだね。
ということはさっきのは……
「あいさつくらいしておくかな。多分イクスのところかな?」
ベンチから立ち上がりイクスの下へと向かった。
しばらく歩いていると、
「おーい! ユーリ~!」
振り向けば先ほど見かけた金髪リボン少女と亜麻色キャンディー少女が手を大きく振っていた。
「やっぱりユーリだったんだぁ!」
「おひさしぶりです!」
もしかしてと思っていた少女たちはヴィヴィオとコロナだった。
どうやら私が別行動した少しあとに姉さんたちと出会ったらしく、私も来ていると知って探していたらしい。
たけどなかなか見つからず、私が行きそうな場所へ足を運んでみてもやっぱり見つからない。
で、たまたまここを通りかかると、私が目に入って見つけることができた、と。
「髪が伸びたとはいえ、そこまでわからないものかな?」
「でも髪型変わってるし……」
「梳いて毛先揃えて整髪料で整えただけだぞ?」
「それでも十分に変わってますよ」
自分の髪を弄ってみてもよくわからない。
「う~ん、こういうのって男の人にはわからないのかな?」
「というよりもユーリが鈍いからじゃない?」
「かもね。こういったのにあんま興味魅かれないからね」
そして三人でイクスがいるというコーナーへと着いた。
「あれ? イクスどうしたの?」
イクスを見る。
なにやら二種類の洋服を交互に見つめて悩んでいた。
「あ~……なんか決めれないんだって」
「はやて司令たちは二着くらいなら、って言ってるみたいなんですけど、イクスが譲らないみたいで」
「ふ~ん」
もう一度イクスに視線を向ける。
服を選ぶその表情は真剣。
しかし、どう考えても帰宅までに決まりそうな様子はない。
「仕方ないね」
「ユーリ?」
悩んでいるイクスの背後へゆっくりと近付く。
「イクス」
「えっ? あ、悠莉。どうしたのですか?」
「なんだか悩んでいるみたいだったから気になってね」
「……どうしても片方を選べないんです。ちなみに悠莉はどちらがいいですか?」
そう言って二組を差し出した。
「あれ? これって春物でしょ? もうすぐ11月になろうかとしているこの時期にあるんだ?」
「なんでも在庫処分のようで、今年の分が片落ちするのでと言ってました」
「ああ、なるほど」
「それで、悠莉はどちらが好みですか?」
「どっちって言われても……二つともイクスに似合うんだから両方買ってもらえばいいじゃん」
「それでは……」
「姉さんたちが買ってくれるって言ってるならそれに甘えたらいいんだよ。それに私はそれらを着てるイクスを見てみたいな」
「そ、そうですか?」
「ああ。それにこれからはいろんなところに行けるんだからいろんな洋服着て出かけようよ」
「それは……悠莉とですか?」
「私もだけど、姉さんやヴィヴィオやスバルさんとか、いろんな人たちとね」
そんな光景を思い浮かべたのか、小さくだけど嬉しそうに笑みをこぼした。
「それじゃあ…私行ってきますね」
「いってらっしゃい」
先ほどの二着の洋服を胸に抱えて姉さんたちの下へ行こうとした…のだが、
「あっ、悠莉」
走り出そうとした足を止めて振り返った。
その顔は笑顔で、
「一緒にお出かけするって約束ですよ!」
「うん、約束」
それを聞いて満足そうにうなずいて姉さんたちの下へ走っていった。
「ふぅ……ん? どしたの、そんなふくれっ面して」
イクスを見送って振り返ってみるとヴィヴィオが頬を膨らまし、コロナは苦笑いで私を見ていた。
「べっつにーーーっ!」
「あ、あははは……」
ヴィヴィオはぷいっと、コロナはスッと視線を逸らしながらそれぞれ口にする。
「?」
私が何かした? さっきまでこんなんじゃなかったけど……ただイクスに似合うと褒めて、一緒に出掛ける約束をしただけ。
他に何もないはずなんだけど……
「もしかしてイクスが羨ましいの?」
「!? そ、そそそそんなことないよっ!」
……図星じゃんよ。
「なるほどなるほど。で、コロナ……もか」
コロナはヴィヴィオのような反応はせずに躊躇いがちながらもうなずいた。
「そのっ、何といいますか…そういえばユーリさんとお出かけしたことないなぁ~と思って……。だから……」
「そっか。だったら……少しの間一緒に回る? それくらいの時間はあるだろうし」
「いいんですか!?」
「コロナがよければね」
「行きます!」
間髪入れずに返事するコロナは、満面の笑みを浮かべていた。
「ん。それでヴィヴィオはどうする?」
「えっ!? 私は……」
さっき否定したから素直に行きたいと言い出せないんだろう。
もじもじしながら私やコロナをチラチラ見ている。
私がヴィヴィオの返事を待っていると、コロナは何を思ってかヴィヴィオのそばに寄った。
「(ヴィヴィオ、本当は行きたいんでしょ? だったら言わないと)」
「(でも……)」
「(大丈夫だよ。ユーリさんって少し意地悪なところもあるけど、本当に嫌がることはしないでしょ)」
「(そう、だよね)」
声が小さかったため二人で何を話しているのか聞こえない。
だけど話がすんだみたいで、ヴィヴィオはまっすぐ見つめてきた。
「あのね、ユーリ…私も一緒でいい?」
「いいよ。コロナも大丈夫?」
「もちろんです!」
「そんじゃ早速行こうか、時間は有限なんだから」
「うんっ!」
「はいっ!」
今泣いた烏がもう笑い、コロナと顔を見合わせて頷きあった。
何をするかと思っていると右手をヴィヴィオが、左手をコロナを握った。
そして、私は二人に手を引かれてもう一度店内を歩き回った。
-side end-
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