もう一人の八神
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新暦78年
memory:23 とある日の八神家
-side イクスヴェリア-
「はい、今日はここまで」
「ありがとうございます、シャマル」
いつものようにシャマルの授業を数時間受けて今日の分の勉強が終了する。
これは私自身に最低限の一般教養が身に付くまでやるそうで、先生役となるのはその日のこの時間帯に空いている人がやるので、シャマルではなくリインやアギトやザフィーラだったりします。
休日でもない限り悠莉をはじめとする他の方々はこの朝の時間帯はいないのでさっきの四人が交代で行ってくれているのです。
「相変わらず呑み込みがいいわね」
「いつもシャマルたちが教えてくれますし、それに……」
……悠莉が褒めてくれますから。
「? それにどうしたの?」
「い、いえ、何でもありません」
あ、危ないところでした。
別に知られたくない、ということではないのですが、なんというか…すこし恥ずかしいですから。
「そう? でもさっきより顔が少し赤いわよ、もしかして風邪かしら」
「そういうわけではないですから心配しないでください。私は至って元気ですから」
「ならいいのだけど」
シャマルに気づかれないように息を吐いた。
そしてシャマルから視線をゆっくりと外すと、ふと、時計に目が留まった。
時刻はもうすぐ正午になろうとしていた。
特に理由もなくじっと見つめていると、
「そんなに待ち遠しい?」
「え?」
「あら、違った? 今日も悠莉が午前中で帰ってくるからそれを楽しみにしてたんじゃって思ったんだけど……」
今日も悠莉が早く帰ってくる……? それって……
「本当ですか!?」
「ええ。悠莉も言ってたじゃない、『今週は試験期間中だから午前に終わる』って」
そんな時でした。
玄関のドアが開く音が聞こえると「ただいまー」と、声が響いた。
それに反応した私はパタパタとスリッパを鳴らして玄関へ向かった。
「おかえりなさい。それってお昼の材料ですか? 私が持ちますよ」
「ありがと。あっ、それの中に卵入ってるから気を付けてね」
袋の中身を確認してみるとパッケージされた卵が見えた。
卵が割れないように注意しながら台所に運んだ。
「そういえばさ、シャマルはこの後仕事なんでしょ? お昼はどうする?」
「ん~、まだ時間はあるから食べて行こうと思うんだけど……時間かかっちゃうかしら?」
「チャーハンのつもりだからそこまでかからないよ。もし心配だったら準備だけでもしてたら?」
「そうね、そうしようかしら」
そう言い残してシャマルはおそらく準備をするために自室へと戻っていった。
「あの、悠莉」
「どうした?」
「料理…私も手伝っていいでしょうか?」
「構わないよ。元々そのつもりだったし。はい、エプロン」
学生服の上からエプロンをかけた悠莉に声をかけると、エプロンを渡されながらそう言われた。
すぐにエプロンを身に付けて悠莉の隣に立って調理が始まった。
「それじゃあ、あとよろしくね。行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
昼食をとり終えた私と悠莉は仕事へ向かうシャマルを見送った。
「さて、今のうちにやる事やっておくかな。イクス、手伝ってくれる?」
「はいっ、もちろんです!」
「それじゃ早速洗濯機を回してきてくれるかな? その間、私は洗い物や掃除とかしてるから」
「私が洗濯でいいんですか?」
「流石に私がやるわけにはいかないでしょ……女性ものの下着があるわけだからさ」
「そういうことなら任せてください」
「お願い。それが終わったら私とイクスの布団を干してきてくれる? 他は部屋に入れないから。そんじゃ始めようか」
-side end-
-side 悠莉-
掃除やらなんやらが終わってそこそこ時間が経つ。
外を見ればまだまだ夕暮れには早いところにあるが、忘れてしまう前に干していた布団を取り込むとイクスが行ったのだが……
「遅いかな。そこまで時間がかかるはずないのに……行ってみるか」
なかなか帰ってこないイクスが心配になって腰を上げた。
まず向かったのは布団が干してあるベランダへ。
「イクスー、いるー? ……って、いないし。というか布団までなくなってる」
んー、ということは私の部屋、かな? 何故か姉さんたちの部屋があるにも関わらず私の部屋で寝ようとするからイクスの分の布団も私のところに置くことになってるし……
と、いうことで、自分の部屋へと向かうことにした。
そして自分の部屋の前についてみれば部屋の扉が開いていた。
なので開いた扉の隙間から中を覗いてみると、そこには布団の上で寝息を立てているイクスの姿があった。
「……なんだ、こんなところで寝ちゃってたんだな」
ホッと息を吐いてひとまず安心する。
気持ちよさそうに眠っているとはいえ、起こしてみないと。
「イクス……イクス」
名前を呼んで体を揺すると、イクスは喉を鳴らしながら目をこすり、半目の状態で私を見た。
しかし様子がおかしい、何というか言葉にしにくいけどイクスがイクスじゃないようなそんな変な感覚。
「……んっ……ゆ~り? ゆぅりぃ♪」
「ああ、なるほど。うん、私だよ。イクスどうしたの?」
……どうやら寝ぼけているようで、少し精神が幼子くらいまで後退しているように感じる。
「あのね、お布団がとっても気持ちいいんですよ。ポカポカしてて、たくさん、いい匂いがして……」
「でしょ? そうするために干したんだから」
「それにですね、ゆぅりの優しいのも感じるんです。ゆぅりに包まれてるような、そんな……」
「(ということは私の布団で寝てるのか……ん? それってわたしの布団が匂うってことなのか?)」
「だからとっても気持ちいいんです。だから」
そう言ってイクスは悠莉へ「えいっ」と両腕を伸ばして私を引き寄せた。
「うわぁっと!?」
「えへへ。どうですかゆぅり、このまま一緒に寝ましょぅ? ゆぅりがいつもしてくれるように今度は私がゆぅりにしてあげますからぁ」
「ちょ!? イクス?」
「えへへ………すぅ……」
「また寝ちゃったし……どうしようか、これ」
脱出を試みようとする。
けれどもイクスががっちりと後ろに腕を回してるので出ように出られない。
まぁ、別にいいか、このまま寝ちゃっても。
あ、でも玄関開いたままだ、しゃーない。
「『アンブラ』―――ウヌース、悪いけど玄関のカギを絞めてきて」
―――コクン
影のゴーレムは大きく頷くとテトテト走っていった。
そしてしばらくすると魔力反応が無くなったことを確認して、そのまま眠りについた。
-side end-
-side はやて-
「たっだいまー……って、悠莉とイクスはおらんのかいな?」
「マイスター、そんなことないと思うよ。だってほら、二人の靴とかあるんだし」
「ホンマやなぁ、いつもなら返事くらい返ってくるんやけど……」
何かしよるんやろか? あ、もしかして勉強やろか、今は試験期間言うてたし。
「マイスター、ユーリたちリビングにもいないよ? ホントどこ行ったんだ?」
「もしかしたら二人とも部屋におるかもしれんから、あとで部屋覗いてみよか、アギト」
「そうだね。あっ、マイスターはお腹へってない? ユーリが作りおきしててくれてるみたいだから、温めればすぐに食べれるよ」
「そんじゃ、お願いしよか」
「リョーカイ」
「そろそろ行ってみよか」
「うん」
食事を取った私たちは悠莉の部屋へ向かった。
そこへ向かう際に音という音は聞こえず、ただ静かだった。
ドアノブに手にかけてみると、鍵はかかっていない。
なのでノックし、声をかけようとすると、
「待ってマイスター。あたしがやるから。―――悠莉、アギトだけど入っていいか?」
ノックをし、声をかけるも返ってくるのは静寂だけ。
アギトは疑問に思いながらも、再度声をかけてゆっくりドアノブを引いた。
ピタッ
中を覗いた途端にアギトが固まった。
「アギト? どうしたん……って、ああ、なるほどなぁ」
アギトの頭越しにドアの隙間から部屋の中を覗いてみると、陽だまりにある布団の上で気持ちよさそうに眠る悠莉とイクスがおった。
イクスは悠莉を離さんようにしがみついていて、その姿は子猫のようだ。
「……二人ともちゃんと兄妹しとるなぁ、何か二人が羨ましいな」
「うん、あたしも羨ましい……この頃イクスがユーリを独占してるし……」
……ん? ちょい待ちや。
もしかしてアギトと私の考えとることちがっとったりする? ……うん、何かそれっぽさそうやな。
ジッとアギトを見とったら初め疑問を浮かべていたが、次第に何かを考え出して、
「あっ……~~~っ!?」
どうやら気づいたらしい。
顔を赤くして声にならない声を上げた。
悠莉とイクスを起こさないための配慮なのか、はたまた恥ずかしさのあまりに本当に声が出ないのか……まあ、後者なんやろうけどな。
そんなアギトが可愛い過ぎで、
「ぷっ、あははは。まぁ、確かに最近はそうやなぁ。というか、ここに来てからずっと悠莉にべったりやしね。それにしてもアギトがイクスに嫉妬するなんてなぁ」
「マ、マイスターっ!」
「ゴメンゴメン。でもな、私はそれでいいと思うよ。それだけ悠莉を大切に思ててくれてるんやから」
「……」
「それにな、イクスが羨ましいならそれに負けんくらい悠莉に甘えたらええんや。家族の中でそういう競い合いしてもええと思うんよ」
とはいってもケンカせぇへんくらいになんやけどな。
「そう、なのかな?」
「そうや。そんじゃさっそくやってみるか? 悠莉たちと一緒に寝たらどうやろか? 最近ちゃんと睡眠取れてないやろ?」
「で、でも…そのっ、何ていうか恥ずかしいじゃん」
「……どの口が言うとるん。ちょこちょこ悠莉の布団に潜り込んどったんに何を今更」
「それはっ! ……そうなんだけどさ」
俯きながらもじもじしとるアギトの姿に思わず頬が緩む。
普段なら強気なこの子も、こういった場面では奥手になってしまうみたいや。
「フフッ、私は向こうでくつろいどるから、ごゆっくり~」
「なぁっ……!?」
さらに上気させるアギトを残して部屋の前から離れた。
「悠莉の起きた時の反応が楽しみや」
-side end-
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