もう一人の八神
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新暦78年
memory:22 お風呂
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八神家家族会議の結果、悠莉ははやてたちからイクスヴェリアを八神家に迎える承諾をもらえた。
多少無理をする覚悟をしていたのだが時間はかかったものの、すんなりと丸に収まった。
なんでもはやて曰く、「ちゃんと悠莉の想いや考えは伝わった。それにな、こんな可愛い子を見捨てるわけないやん」だそうだ。
次の聖王教会にはずっと使わずにいた貸しを使った。
さすがにこれだけでは弱いのでイクスヴェリアに少し頑張ってもらうことにした。
騎士カリムとの会合の際に同席してもらって、丸め込みに成功した。
内容は簡単で、イクスヴェリアはただ純粋に自分の気持ちを言っただけ。
イクスヴェリアの言葉で少なからず揺らいでもらったところに悠莉は予め用意していた双方に利のある案を伝えると、ため息を吐かれながら承認を得た。
それから更に話し合って最初の案は次のような条件に形を変えた。
イクスヴェリアを八神家に置く条件として、聖王教会への情報提供と定期検診、そしてSt.ヒルデ魔法学院へと編入させることだ。
ただ、イクスヴェリアはこの時代の一般知識等に疎いため、編入については数年後を予定している。
最後に管理局。
これは管理局と聖王教会の二者のみで会合を行われた。
この時には悠莉も参加したいと言っていたのだがカリムやシャッハに止められた。
しぶしぶながらも悠莉はその場では二人の言葉を受け入れた。
しかし会合当日、会場に潜り込もうとする影があった。
悠莉だ。
この会合に参加するカリムたちを信頼しているとはいえ、心配だったために自身の魔法で姿を晦ませて勝手に潜り込んだ。
会場となる聖王教会の一室に潜り込むとカリムが管理局側の人間を待っていた。
しばらく経ち、ノックの後に扉が開いた。
扉の向こうには初老の男性とそれを案内してきたのであろう教会のシスター。
初老の男性は部屋に入るなり、カリムと二三言葉を交わしながら席へついた。
そして悠莉の目の前で会合が始まった。
開始から約一時間ほどで会合は終了した。
結果は管理局がイクスヴェリアの対処を聖王教会に一任することで合意した。
とはいえ、無条件でというわけにはいかず、カリムがいろいろと頑張ってくれた。
聖王教会と管理局の会合から少したって知ったのだが、あの時の男性とカリムは旧知の仲で、階級はカリムの一つ上である中将、管理局内部でもなかなかの発言力を持つ人物だったらしい。
二人の関係を表現してみると叔父と姪といった感じなのだろうか。
「叔父さまが前々から今回のイクスヴェリアの件で裏でいろいろ動いていたから、思いのほかスムーズに進めることができた」とシャッハに対してそう嬉しそうにカリムは話していたようだ。
-side end-
-side 悠莉-
「ということがあって、新たに八神家の一員になったわけで」
「悠莉?」
「なんでもない」
イクスが八神姓をもらって約一か月程が経とうとしていた。
最初の頃はほぼ初対面の姉さんたちにどこかよそよそし態度で接していたのだが、今ではそんなことはあまり見かけなくなった。
歓迎会の際に姉さんとイクスの間に何かあったみたいなんだげど誰も教えてくれなかった。
「現実逃避はこれくらいにして、何でイクスがここにいんのさ」
「? 私も汗をかいたので悠莉と一緒にシャワーを浴びようと……」
「ちょい待ち」
頭を抱える私の目の前にいるのは一糸纏わぬ姿……ではなく、タオルで最低限隠しているイクス。
とは言っても隠れていない個所は見えるわけで、正直目のやり場に困る。
形は違うとはいえ、八神家に来てすぐの時も私の入浴中に何の躊躇いもなく入ってきた。
その時にもさんざん言ったはずなんだけど……なんでだろうね、モラルというか常識というか何というか…私に対しても羞恥心を持ってほしいのに。
運動の後だから汗をかいてシャワーを浴びたいと思うのは別にいい、だけど何で一緒という言葉が付くんだ。
あのとき先に使っててとイクスは確かに言ったはずなのに……いや、待て、まさかイクスにとっての先に使ってての解釈は……
「イクス…まさかとは思うけどさっきの先に使っててというのは……」
「私も一緒に入るので先に行っててくださいと言う意味ですが?」
あたかも当たり前のように答えるイクスにやっぱりそう言う意味かともう一度頭を抱える。
それを想定していなかったとはいえ、どうしてここまで羞恥心が薄いんだ? と苦悩する。
とはいえ、
「いや、まあ、もういろいろ諦めたんだけどね」
見慣れている、といったら語弊があるが、昔、元の世界にいたころのこと。
姉弟子がお師匠や私の前でもバスタオル巻いただけの格好でうろちょろしてたから変に慣れてしまったのか。
ただ目のやり場に困るだけであって、別にイクスの体を見て発情するわけではないから別にもういいんだと思う。
姉弟子のようにイクスにもちゃんと凹凸があれば違ったのかもしれないけど。
「……悠莉、変なこと考えていませんか」
「イクスの気のせいでしょ」
「……」
否定しても疑いの眼差しを向けられる。
図星なのでこれ以上は言わないし言えない。
「さて、私はもう浴び終わってるから先に上がらせてもらうよ」
「待ってください。悠莉…その、ですね……髪を洗ってもらえませんか?」
「……はい? もう髪くらい自分で洗えるはずでしょうに。シャマルから聞いたよ、一緒に入ってたときできてたって」
「ですが……」
チラチラと上目遣いで訴えてくる。
ハァ……と、面には出さずに心の中でため息を吐く。
なんせYesでもNoでも結局はYesになってしまうのだから。
YesはともかくとしてNoと答えた場合、イクスの雰囲気がしゅんとなって元気がなくなるのだ。
こういった仕草に弱いのか純粋なお願いに弱いのかわからないけど、最終的に負けてしまう。
もう一度心の中でため息を吐いて湯船から上がる。
イクスは何を勘違いしたのか予想通りしゅんとする。
「ほら、はやく椅子に座んな。髪洗ってほしんでしょ?」
「っ! はい!」
表情が一転してぱぁっと明るくなって目の前に座った。
その様子に苦笑しながらシャワーに手を伸ばした。
そこでふと気づいた。
「イクス、シャンプーハットはつけなくていいの?」
「……そこまで子ども扱いしないでください」
「だって、髪を人に洗ってもらうほど子供なんだからつい心配に」
「悠莉、意地悪です」
ちょっと意地悪く言ってみるとぷくぅ~を頬を膨らませながら拗ねた。
拗ねているイクスに悪いとは思っていてもつい、その仕草が可愛いと思ってしまって頬を緩めてしまう。
「ごめんごめん。その代り優しく洗わせていただきますよ。そんじゃまずはお湯かけるから」
そしてシャンプーを使ってしゃかしゃかイクスの髪を後ろから洗う。
「~~~♪」
と、イクスは気持ちよさそうに目を細めている。
「今回だけなんだからこれからはイクスが自分でやりなよ」
「……私毎回悠莉がいいです」
「却下」
「むぅ。ケチです」
「ケチで結構」
しゃかしゃかしゃかしゃか。
そんな会話をしながらもイクスの髪を洗う手を止めない。
「イクス、どこか痒いところある?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
と、その時。
ふとイクスは何かを思い出したかのように、
「そうでした。私、不思議な本をシャマルの部屋で見つけたんです」
「シャマルの部屋から? 医学書とかじゃないの?」
私は手を止めて返事を待った。
「らいとのべる、でしたっけ。そのらいとのべるの表紙カバーがなかったので気になって手に取ったんです。それで中身を開いてみたら『ご主人様、お背中お流ししますぅ~』と、少年執事がお風呂場に入ってくる挿絵が」
「……シャマル」
「それから他にも…屋敷の主が寝室に入ってしばらくすると、さっきとは別の少年執事が『旦那様、お情けを頂きに』」
「…………イクスそれ以上は言わなくていい。そういうものはイクスにはまだ早いから、というより必要ないから」
「は、はい」
無意識のうちに低い声が出ていたようで、それに気圧されたイクスは頷いた。
もう一度ため息を吐いてさっきのようなイクスの教育に不必要なものを一度処分した方がいいと決意した。
-side end-
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