Blue Rose
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第二十一話 海と坂道の中でその二
「まずはね」
「そうしてですね」
「その最後もその人それぞれだけれど」
「死ぬ時まで」
「人は真剣に生きるべきなんだ」
「そうですね」
「僕はね、今嬉しいんだ」
グラバー達の説明を読みつつだ、岡島は優花に顔を向けて話した。
「君は逃げないから」
「僕の人生から」
「大変なものだよ、君の人生は」
このことは否定出来ないというのだ。
「男から女になるからね」
「だからですね」
「大変なのは確かだよ、けれど君は逃げないね」
「そう決めました」
優花も確かな顔で答えた、グラバー邸のその古い建物の中で。
「最初はどうしていいかわからなかったですけれど」
「そのことが嬉しいんだ」
「そうですか」
「蝶々さんは死ぬしかなかったけれど」
武士の娘、誇りの為自害した父の誇りを受け継いでだ。蝶々さんは最期は誇りある自害を選ぶ。岡島はここでまたこの歌劇の話をした。
「あれはね」
「蝶々さんも逃げてないですよね」
「逃げていないよ」
優花にもはっきりと答えた。
「むしろ自分の人生に向かっていたからね」
「死を選んだんですね」
「そうだよ、誇りあるね」
「武士の娘だったから」
「ああした最期もあるんだ」
人生、それぞれのそれにおいては。
「だからね」
「蝶々さんは自害を選んで」
「その最期を遂げたんだ、蝶々さんは立派だったよ」
「誰にも馬鹿に出来ないだけの人生だったんですね」
「蝶々さんを逃げたとか言う人は」
岡島は遠い場所を、その果てにある悲しみを見つつ言った。
「人生、人間がわかっていない人だよ」
「そうした人だからなんですね」
「そんなことを言うんだ」
「蝶々さんに対して」
「蝶々さんも必死に生きたんだ」
「そして死んだんですね」
「そうだよ」
まさにという口調での言葉だった。90
「そうしたんだよ」
「誇りを持ってですよね」
「オテロは知ってるかな」
岡島は今度はこの物語を出した。
「オセローは」
「シェークスピアですよね」
「そう、読んだり観たことはあるかな」
「読んだことはあります」
優花はこう岡島に答えた。
「オセローでしたら」
「歌劇ではオテロというけれどね」
「同じ作品ですね」
「ロッシーニやヴェルディが作曲してるよ」
今ではヴェルディのものが有名か。歌劇の中でもとりわけ素晴らしい作品として評価が高い名作である。
「オセローも最期は死ぬね」
「自害しますね」
「彼は逃げていたかな」
「いえ」
首を横に振ってだ、優花は答えた。
「逃げていないです」
「そうだね、彼も逃げていないね」
「毅然として自分の罪を認めてでしたね」
「その愚かさもね」
オセロー程愚かな者はいないだろう、己の妻を信じきれず殺してしまった。そこに至るまでの経緯は実に愚かである。
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