STARDUST∮FLAMEHAZE
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第二部 WONDERING DESTINY
CHAPTER#8
SILVER CHARIOTⅢ ~Fatally Flame~
【1】
『銀 の 戦 車』 VS “天 壌 の 劫 火”
精悍なる 『スタンド使い』 J・P・ポルナレフと
深遠なる “紅世の王” アラストール。
一流同士の壮絶な果たし合いは、少女の姿をした王の凄絶なる焔儀によって終結した。
「――――――――――――ッッッッッッ!!!!!!!!!!」
渦巻く紅蓮の大劫火によって喉が焼け落ち気管が潰れたのか、
焔に灼かれる白銀のスタンドはその 「本体」 と共に声を上げるコトすら出来ず、
纏った硬質な重装甲を蝋の様に溶ろかしながら己の周囲で立ち昇る
5つの火柱の中心でただ藻掻くのみ。
その地獄の炎焼圏内より遙か遠間から、
離れていても伝わる凄まじい熱気をその肌に感じながら、
ジョセフが驚愕と感嘆を同時に漏らす。
「アラストールの 『能力』 “炎劾劫煉弾ッ!”
ワシも視るのは初めてだが恐るべき威力だ!!」
そう言って前方の少女の姿をした、その背後を振り向きもせず竜鱗の黒衣を
熱風に靡かせながら戻ってくる己が盟友を見る。
「まともに喰らったヤツの 『スタンド』
身に纏った甲冑がボロボロになり内部も溶解し始めている……終わったな」
「ひでーヤケドだ。死んだなこりゃ。
運が良くて再起不能、イヤ、悪いけりゃ、かな……」
ジョセフの脇でその孫が、眼前の惨状にも眉一つ動かさず
剣呑な瞳でそう漏らす。
「奇跡的に一命を取り留めたとしても、最早立つコトは叶わぬだろう」
無頼の貴公子の前で立ち止まったアラストールはソコで初めて、
細めた流し目で背後の騎士を見る。
紅世禁断の秘儀まで用いて戦った、現世の好敵手の最後を。
「さて、では参ろうか。空を征けぬ我等。彼の地までの道のりはまだ遠い。
奥方に遺された時、一刻も無駄には出来ぬからな」
少女の声でそう告げ出立を促す王の遙か背後で、
ブスブスと黒い硝煙を上げる 『スタンド使い』
周囲を囲む奇態なオブジェの上で、海鳥達がその死肉を漁ろうと獰猛な鳴き声をあげる。
その、刹那!
「――ッ!」
いち早く異変を察知し振り向くアラストールの視線の先、
己が焔儀の直撃を受け息絶えた筈の白銀の騎士が、
背徳の盟約を結び冥界から舞い戻ったかのように
突如のその融解した身を引き起こした。
「む……ぅ……オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ
ォォォォ―――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!」
空間に響き渡る、鮮鋭なる鬨の声。
ソレと同時にドロドロに融解しアスファルトの上に滴り落ちていた甲冑が、
内側から迸る白銀の光によって焼け付いた炎ごと周囲八方へと
凄まじい速度で弾き飛ばされ、音速で巻き起こった旋風が周りで立ち昇る
5つの火柱を瞬く間に掻き消す。
その様子に釘付けになった4者の視線を余所に、
白銀のスタンド全身を隈無く覆っていた甲冑は、
その両腕部、脚部、胸部、頸椎部、そして頭部と
結合器具を振り飛ばしながら次々と着脱していき、
己を灼く炎と熱とを巻き込んだままソレを一挙に空間へと放散する。
「な、なんだ!? ヤツのスタンドがバラバラに分解していくぞ!」
驚愕の声を上げるジョセフを後目に、
スタンドはその姿を消し、代わりにその 「本体」 が
大きく空間へと飛び上がる。
「まさかな……」
復活した騎士を鋭い視線で睨め付けるアラストールの脇で、
「とんでもねぇヤローだな……」
無頼の貴公子が静かにそう漏らす。
「……」
自分を見上げる4者の、その遙か上空で青い瞳を開いた銀髪の 『スタンド使い』 は
仰向けの姿勢のまま仰け反るような体勢でこちらを向き、そして、
「Bravo―――――ッッ!! オオ!! Bravo――――――ッッッッ!!!!」
母国の言葉で衒いなくアラストールに称賛を贈る。
「こ……こいつはッ!?」
「アレほどの炎の直撃を受けたにも関わらずピンピンしている!!
それにしても、一体何故ヤツの躯が浮くんだ!?」
驚愕に瞳を見開くジョセフと花京院を余所に、
「感覚の眼で見よ」
「スタンドだ……」
承太郎とアラストールが同時に口を開いた。
「!!」
「!?」
空中で腕を交差する男のすぐ下で、
半透明のスタンドの幻 象が長身の肉体と苦もなく支えていた。
「フッ……!」
スタンドの両腕により一度大きく空中に跳ね上げられた青年は、
そのまま鮮やかな旋転運動を繰り返して勢いを消費し、
靴の踵を鳴らして軽やかに着地する。
そしてその銀髪の 『スタンド使い』 J・P・ポルナレフは、
両腕を背後で交差させる独特の立ち姿を執りながら
再び空間の歪むような音と共に己がスタンドを出現させる。
先刻のモノとは一線を画した、新たなるスタンドの幻 象を。
ソレ、は。
全身至る部分の甲冑が着脱され、剥き出しの生身を晒す騎士の姿。
見ようによってはイカれた狂科学者の創り上げた
殺 戮 機 械の様にも視えるが、
全身から発せられる鮮烈な威圧感は明らかに先刻のモノよりも鋭い。
その瞬時に変 形したスタンドの全貌が、
精悍なるスタンド使いの口唇から語られる。
「甲冑を外したスタンド!! 『銀 の 戦 車ッッ!!』 」
再び白銀の細剣の切っ先を尖鋭に構えながら、
ポルナレフは己を地に伏せた相手、少女の姿をした紅世の王、
アラストールを瞠目する。
「……」
表情こそ変わらないが、想定外の事態にさしものアラストールも言葉に詰まる。
「フフフ……呆気に取られているようだが、
オレの持っているこの 『能力』 を説明せずに再び貴公へ挑むのは、
騎士道に恥じる闇討ちにも等しい行為。一体どういうコトか……
説明する時間を戴けまいか? アラストール殿?」
己の得手とする焔儀の直撃を受けても、
全くの無傷な白銀の騎士に驚嘆しながらも
アラストールは荘厳な雰囲気を保ったまま少女の声で告げる。
「畏れ入る。敷衍賜ろうか」
「スタンドは、さっき分解して消えたのではない。
我がスタンド 『銀 の 戦 車』 には
「防御甲冑」 がついていた。今脱ぎ去ったのはソレだ。
貴公の炎に灼かれたのは、いわばスタンドの 「外殻」 の部分。
だから 『本体』 のオレは無傷で済んだのだ」
鍛え絞られた両腕をサロンの巻き付いた腰に当てながら、
白銀のスタンド使いは雄弁な口調で己の 『能力』 を
包み隠さずアラストールに告げる。
「そして、甲冑を脱ぎ捨てた分身軽になった。
オレを持ち上げた 『スタンド』 の動きが貴公の眼には映ったか?
ソレほどのスピードで動くコトが可能となったのだ!」
(む……うぅ……)
清廉なる少女の声にて、心中でそう漏らすアラストール。
確かに、己の心胆を寒らしめるに足る先刻の超スピード。
通常の少女を、そして無頼の青年が携える 『星の白金』 すら上回る異能
『灰の塔』 をも凌ぐ、異次元レベルの超絶速度だった。
一流は一流を識る。
一合でソコまで見抜いたアラストールの洞察力もまた驚嘆に値。
「フム。なるほど。先刻は戎 衣の荷重故に
我の焔儀を被ったというコトか……
しかし今は白銀の庇護なき抜き身。
つまり今一度我の焔儀を被ったら、絶命は必至というコト」
竜鱗の黒衣を立ち昇る炎気をはためかせながら言葉を紡ぐ紅世の王に対し、
スタンドの騎士はフムムと口元を結び泰然と応じる。
「Oui、ごもっとも……だが、無理だねッ!」
構えたサーベルよりも鋭い白銀の光をその青い双眸に宿らせながら、
酷烈なる声でそう言い放つ。
「無理、と? 試してみられるか?」
「何故なら、これから貴公が心底ゾッとするコトをお視せするからだ」
「ほう、承ろうか」
『―――――――――――――ッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!』
一瞬よりも遙かに短き時の随 に。
眼前の視界全域に拡がったスタンドの群。
「な、なんじゃ!? ヤツの 『スタンド』 が6……いや7、
ええい! “多過ぎて” 数えきれんッ!」
「バ、バカな!? スタンドは 『一人一体』 のはずだ!」
立て続けに起きる怪異な現象にジョセフと花京院が眩暈を覚えると同時に、
間にいる無頼の貴公子の頬にも冷たい雫が伝う。
「……」
そのスタンドの群と対峙する紅世の王もまた同様に。
「フッ…… 『ゾッ』 としたようだな? コレは 「残像」 だ。
視覚ではなく貴公の 「感覚」 へと訴える 『スタンド』 の残像群だ。
貴公の感覚は、最早この機動についてこれないのだ……!」
中指と薬指にはめられた銀の指輪を見せつけるように眼前で構えた銀髪の青年は、
そのまま突撃の鼓を鳴らすようにアラストールへ鋭く指先を差し向ける。
その動作に連動して、無数の白銀の騎士団が一斉に少女へと襲い掛かる。
「“今度の” 剣捌きはッッ!!
いかがかなアアアアアアアアァァァァァァァァ―――――――――!!!!!!!!!」
(む……うぅ……ッ!)
周囲の空気を断裂、或いは攪拌しながら夥しい数で以て刳り出される、斬撃と挿突の嵐。
咄嗟の体捌きでアラストールはなんとか回避を試みるが、
その瞳には無尽蔵に射出される剣撃がただ白銀の閃光状に映るだけで、
とてもスベテは躱しきれない。
まして徒手空拳と熟練の刀剣使いでは、戦う前から勝負はみえている。
「ハァァッッ!!」
無謀な回避行動に紛れて、半ば破れかぶれに近い心情で前方に突き出した
アラストールの右掌中から、突如紅蓮の炎に包まれた北 欧 高 十 字 架が
強烈な射出音と共に飛び出してくる。
“R ・ C ・ V”
炎の高架に様々な自在式を組み込んでその軌道や属性を変化させるコトの出来る、
いま在る少女最大の炎絶儀。
シャナは発動までに若干時間を要するがアラストールは一瞬で、
しかも片手で撃つコトが出来る。
しかし。
撃ち出された炎の高 十 字 架は縦横無尽に空間を疾走る
白銀の騎士団内一体に確かに着弾したにも関わらず、
霞む騎士の背後に突き抜け大地を穿つ。
ヴァッッッッッッッッッグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
ォォォォォォォォォォォ―――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!
本来の標的を大きく外し、大地に着撃した炎の高 十 字 架はソコで
轟音と共に爆散し、巨大な高架状の火柱が天空へと翔け上がっていく。
「Non、Non、Non、Non、Non、Non、Non。
無理だと言っただろう? 今のはただの残像だ」
背後で立ち上る紅蓮の火柱にその精悍な風貌を照らされながら、
白銀のスタンド使いは悠然と言い放ち指先を左右に振ってみせる。
「今のオレの 『スタンド』 にもう貴公の業は通じない。
また無駄に地面に大穴を開けるだけだ。大地には 「敬意」 を払わねばな?
フフフフフフフフフ……」
微笑と共にJ・P・ポルナレフがそう言った刹那。
「――ッッ!!」
突如、躰を覆っていた竜鱗の黒衣その右腕部が胸の部分まで裂け、
余波でその内部のセーラー服にも欠刻が幾つも走り、
千切れた黒衣と制服の生地を散らしながら少女の白い肌を空間に晒す。
「アラストールッ!」
予測もしなかった盟友の窮地に、ジョセフは咄嗟にその傍に駆け寄ろうとする。
しかしその脚は彼自らの孫の手によって止められた。
「まて、ジジイ」
「し、しかし!」
肩を掴まれ振り向き様に己をみる祖父に承太郎は、
「ただの威嚇だ」
怜悧な視線で眼前を見据えながら、ただ一言そう漏らした。
「……」
そしてそのコトは、当事者であるアラストールが他の誰よりもよく解っていた。
「むう……なんという正確さ、存外に研鑽を積んだ 『能力』 のようだな」
その黒衣が千切れ飛んだ瞬間にも瞳を閉じなかったアラストールは、
微塵の揺らぎもなき強靭な精神にて己が状況を分析する。
「ふむ……故在って、10年近く修行をした」
眼前に屹立するスタンド使いは同じく揺らぎのない風貌でそう返す。
(しかも今の刹那に我を斬り刻むのは可能だったのにも関わらず、
この子の肌には微塵も剣先が触れていない。
あくまで騎士道精神とやらに則り、礼を失せぬか……)
右半分が完全に開き、今はその白い少女の肌を戦場の風に晒す紅世の王は
厳かな敬意と共に心中でそう呟く。
「さあ、いざ参られよ。次の一合にて、この戦いの決着としよう」
アラストールの瞳に怖れがないコトを確認したJ・P・ポルナレフは、
ゆっくりと己の背後に脱鎧したスタンドを出現させ
その躯を大きく開いて構える。
「うむ。ならば我も、これから刳り出す焔儀の本質を明かしてから戦いに挑むとしようか」
「ほう?」
既に臨戦態勢に入っていた白銀のスタンド使いは、
その構えを崩さぬままアラストールに応じる。
「先刻貴殿を追いつめた我の “炎劾劫煉弾” だが……」
そう言って眼前に構えたアラストールの右手の指先に、三度紅蓮の炎が順に灯る。
「実は片手だけではでなく “両手で” 出せる」
少女の声でそう言葉を紡ぐ左の指先スベテに、右と同様の炎が連なるように灯る。
「コレによって威力は倍、否、“誘爆” の奏効によりソノ比ではない」
そう告げながら両手に灯った爆炎の灯火を、哀悼のように掲げる紅世の王。
「おもしろい……ッ!」
その明かされた驚愕に対し怯むどころか、逆に先刻以上の闘気を
スタンドと共に漲らせる白銀の騎士。
「……」
「……」
最早、言葉はいらない。
ここから先は、対峙する者以外何人たりとも立ち入るコトの赦されぬ聖なる領域。
『男の世界』
「征くぞ……」
「おうッ!」
銀髪の青年が応じた刹那、渾身の力を込め右の指先を、
即座に紅蓮の交叉を空間に描いて左の指先が、
ほぼ同時に真正面へと刳り出される。
「“炎 劾 双 業 劫 煉 弾ッッ!!”
制せるモノなら制してみせよッッ!!」
超絶をも超えた焔の流式名が空間に鳴動したその一瞬前に、
ソレと対峙する白銀の騎士は荒ぶる闘争心とは裏腹の
『静かなる集中力』 によって、己の精神を極限にまで研ぎ澄ましていた。
そして。
(“TANDEM……ッ!” )
専心した心中の声に同調するように、
見開かれる 「本体」 と 『スタンド』 の瞳。
その結果として現れるモノ。
ソレは、この世ならざる異能の遣い手の中でも 『スタンド使い』 にしか遣えない妙技。
高ぶった己の精神力をスタンドに注入して限界以上の能力を引き出し、
さらに瞬間的な特殊機動と可能とさせる 『幽 波 紋 技 術』
【タンデム・アタック】
(!!)
(アレはッ!?)
そのコトに、同じ技術の遣い手である二人のスタンド使いが同時に反応する。
先刻、アラストールが焔儀を刳り出そうとする瞬間から既に、
甲冑を脱ぎ捨てたスタンドの足下から白銀のスタンドパワーが
頭頂部に向けて間歇泉のように噴出。
ソレに拠ってチカラを存分に溜め込んでいたスタンドは瞬時に、
己へと襲い掛かってくる10もの巨大炎弾に対して迎撃体勢を執る。
そし、て。
「オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ―――――――――――!!!!!!!!
視るが良いッッ!! 我がスタンドのMAXパワーをッッッッ!!!!」
高らかな喚声と共に、スタンド『銀 の 戦 車』 は
その本体周囲360°を白銀の迸りと共に隈無く覆い尽くし、
空間を灼きながら唸りを上げて迫る巨大炎弾群に鉄壁の防御陣を敷く。
(ダメだ! ヤツのスタンドが円陣を組んだ戦形を執った!)
(死角がねぇッ!)
(弾き返されてまた逆に炎を……ッ!)
刹那の間、3人の 『スタンド使い』 が心中でそう叫んだ後。
「あまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまい
あまァァァァァァいィィィィィィ―――――――――――――――――ッッッッ!!!!
この炎を先程と同様!! スベテまとめて斬り刻むッッッッッ!!!!!」
“炎劾双業劫煉弾”
先刻のアラストールの言葉が示す通り“誘爆効果” に拠って、
着弾箇所の瞬間最高温度は100万度にも達する紅世至宝の超焔儀。
しかしソレはその最大の効果を発揮する前に、
ほんの数分前の光景を再現するように、
白銀の燐光で包まれた細剣を縦横無尽に揮うスタンドの騎士団に
総数100を超える紅蓮の破片へとバラバラに斬攪され、
空を引き割く閃撃によって発生した周囲を取り巻く真空の渦に、
ソレ以上微動だにするコトも出来ず空間へと拘束される。
再び、アラストールの刳り出した極限レベルの焔儀を完璧に制した
白銀の 『スタンド使い』 は、炎を携えたまま数体に分身、否、数十体に増殖して
感覚へと映るスタンドの騎士団を背景に、
最大限の敬意を込め母国の言葉にて哀別を贈る。
「Au revoir……
アラストール殿……良き戦い、良き相手であった……」
そして。
斬り刻まれた夥しい数の炎の破片を旋風斬撃でスベテ弾き返すと同時に、
スタンドの騎士団スベテにも一斉突撃を掛ける命令を下す為、
その右手を高々と頭上に掲げる。
だが、次の刹那。
「フ、フ、フ」
絶望的な状況下に在ると想われた眼前の美少女が、
突如勝ち誇ったかのように、微笑った。
「な、何がおかしいッ!?」
少女の姿をした王の行為を、己が勝利に対する侮辱だと受け取った青年は
雄々しく梳き上げたその鬣を張り裂くようにして叫ぶ。
その問いに対しアラストールはその双眸を閉じたまま、
100を超える紅蓮の炎塊を前にして尚、悠然とした声で告げる。
「否、失礼。まさかこれまでも完殺するとは……
そのような者等今までのどの紅世の徒の中にも、
そして王の中にもいなかったのでな。
貴殿ほどの遣い手ならよもやとも想ったが、
ソレがいざ現実となると返って笑いが出るというもの。
御無礼の断、赦されよ、ポルナレフ卿。フ、フ、フ」
少女の声で緩やかにそう微笑いながら、
千切れた竜衣を破滅の炎風に靡かせ、
深遠なる紅世の王はゆっくりとその双眸を開く。
「!!」
その瞳の裡に宿りし真紅の炎を、更に激しく燃え滾らせながら。
そして王は、己が宿敵に告げるべき最後の言葉を、本当に静かに紡ぎ出す。
「万雷に尽きぬ礼賛を、貴殿に送る。良き御業、良き御剣。
紅世の王としての宿命に存在する者として、
これ以上のない本懐であったぞ……」
「……ッ!」
心なしか愁いを滲ませて届く少女の透明な声に、
さしも白銀の騎士も言葉を失う。
これは、散り逝く者の最後の餞なのか。
ならば死力を尽くして闘った者として、
ソレを聞き届ける事こそが彼に対する最後の礼儀。
しかし。
「まさか我に、“コレ” をも遣わせるとはな……ッ!」
先刻の儚げな雰囲気から一転、
熾烈なる紅蓮の炎気がアラストールの躰から迸った瞬間、
いつのまにか両脇に構えていた彼の両手から神門状の炎が、
否、より高度にその属性を変貌させたモノが、
濁流の如く噴き挙がり、流動交換をするようにそれぞれの対手の裡へと呑み込まれていく。
ソレと同時に、少女の身に変化が起こった。
正確にはその膝下まで届く、灼熱の緋で彩られた長く美しい “炎髪” に。
通常紅蓮の色彩を携え、周囲に無数の火の粉を際限なく撒き散らせるその髪は、
今はソノ全体、一本の例外もなく灼蓮の光に包まれ、
辛うじて色彩こそ判別出来るものの、余りにも眩 過ぎて直視ままならない。
その神々足る御姿。
まさに、現世に光臨した女神に相剋。
凄まじい、と呼ぶには余りにも聖麗な、
紅世の王 “天壌の劫火”その存在の片鱗。
真正の “炎髪” の顕現。
「む……うぅ……! こ、コレはッ!?」
想像を絶する、その視る者スベテを執心させずにはいられない、
神異極まる光景を呆気に取られて見つめる一同を後目に、
アラストールはそのまま無言で、己の両手を左右対称の形で組み合わせる。
人間の関節可動区域を完全に無視して構成された、
さながら顎 を開く竜神を想わせる印を結びながら、
ソレと同時に周囲へ湧き熾る紅蓮の炎、否、灼紅の光。
火炎の属性を超え、“閃熱” と化した莫大な量の存在の力が、
アラストールの全身に集束していく。
ソレに合わせてその発動の証で在る彼の “炎髪” は、
通常の物理法則を無視して大きく空間へと捲き騰がる。
そして到来する、神絶なる王の喚声。
「幕だ!! 白銀の騎士よッッ!!」
「――ッ!」
その声に、天雷のような轟きに、脅威に縛られていたかのように立ち尽くしていた
スタンド使いは我を取り戻す。
そし、て。
「まだだ!! まだ終わらんッッ!! 我が “大命” 果たすまで!!!!」
最早戦いの決着はついたと心の奥底では受容していても、
その更に深奥から湧き出る追憶が、己が諦念を赦さなかった。
“お兄ちゃん”
「!!」
青年の、J・P・ポルナレフの脳裡で甦る、一人の華麗なる少女の姿。
護りたかった者。
護れなかった者。
穏やかな光の中、緩やかな風の中、
花々の中を駆ける、在りし日の彼女の姿。
どれだけの時を経たとしても、決して色褪せるコトのない、
永遠の、追憶。
「う、ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ
ォォォォォォォォォォォォォ―――――――――――!!!!!!!!!!!!」
敵わないとは解っていても、それでも彼女の為に最後の最後まで全霊を尽くすと
誓った一人の誇り高きスタンド使いは、背後の騎士団に一斉攻撃を命じる。
その100を超える紅蓮の飛沫が白銀の旋風と共に猛進した刹那、
極大なる灼光が彼の眼前で弾けた。
アラストールの、喚声と共に撃ち出された両の印。
ソノ形容、泰山を砕く竜の咆吼が如く。
そしてソコから召喚される、無限の閃熱。
極光閃滅。天灼の大河。
天壌の真・流式
【焔劾魔葬轟瀑布ッッッッッ!!!!!】
流式者名-アラストール
破壊力-AAA スピード-AAA 射程距離-AAA
持続力-AAA 精密動作性-AAA 成長性-完成
カァッッッッッッ!!!!!!!
空間の至る処に存在する、白銀の騎士団スベテの直下で一度灼光が弾け。
ヴァッッッッッッグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ
ォォォォォォォォォォォォォォォ―――――――――――――!!!!!!!!!
継いで極光の閃熱が、眼前に在るスベテの存在を呑み込みながら
巨大な円柱状と成って天空へと翔け昇り、頭上の雲海を貫いた。
『………………………………!!!!!!!!!!!』
数十体以上いた白銀の騎士はそのスベテが余すコトなく
その閃熱圏内に呑み込まれて瞬時に炎蒸し、
その中のたった一体のみが炎に覆われ双眸を失った
「本体」 と共に大地へと陥落する。
その様子を最後までしっかりと己の灼眼に灼きつけたアラストールは、
「……」
神秘的な紋様の入った短剣を纏った竜衣の中から取りだし、
最早立ち上がる力さえも失って蠢く男の前に突き立てた。
「炎に焼かれて死ぬのは苦しかろう……
我の炎はその存在が灰燼と化すまで決して消えぬのでな。
その短剣で、自害するが良い……」
最後の情けか、アラストールは静かにそれだけ告げると、
無惨な姿と成り果てた男にスッと背を向けた。
「……!……ッ!」
辛うじてだがまだ強靭な意志と共に生命をも繋ぎ止めていた男は、
その先端まで紅蓮の炎に包まれた指先で短剣を掴むと、
全身を焼かれる苦悶と屈辱とに身を震わせながら、
霞む視界と共に遠くなっていく少女の背中へ狙いを定める。
が、しかし。
「……」
男は、やがて腕に込めていた力をそっと抜くと、
焼煙を立ち上らせる指先で軽やかに短剣を反転させ、
そのまま先端を己の喉元へと押し当てる。
そして、厳かに辞世の言葉を呟く。
「自惚れて……いた……炎……などに……オレの……剣捌きが……敗れる……
筈が……ない……と……」
声帯を焼かれ、最早発声すらもおぼつかなくなってきた声無き声で、
精悍なる一人のスタンド使い、J・P・ポルナレフは己が敗因を静かに認める。
そし、て。
スベテを受け入れた、本当に安らかな表情で、
「フ……フ、フ、フ……やはり、このまま……潔く……焼け死ぬコトにしよう……
ソレが……貴公との戦いに敗れた……オレの……貴公に対するせめても礼儀……
自害……する……のは……無……礼……だ……な……」
僅かに残る力でアラストールへの敬意をそう示し、
そして最後の苦悶からの救いである短剣を地に落とす。
その澄んだ金属音が周囲に鳴り響いた時。
「……」
一瞬の間も於かずに、生きたまま焚焼されていくポルナレフの傍らに、
少女の姿をした紅世の王が佇んでいた。
その両手には、先刻の極絶焔儀とは対極の、
神聖なる煌めきを靡かせる灼光が既に宿っており、
ソレが戦いに敗れた者を包み込むように、苦悶に喘ぐ者を労るように、
優しくそっと包み込む。
ヴァジュオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ……
「フッ……」
慈悲という想念がそのまま音韻となったような、
清浄な響きを靡かせて立ち消えていく焔を遠間から見据えながら、
無頼の貴公子の口唇に笑みが刻まれる。
「あくまでも、騎士道とやらの礼を失せぬ者……
しかも我の背後から短剣を投げなかった……
彼の者 『幽血の統世王』 からの命すらも上回る、高貴なる精神……」
そう言ってアラストールは、雄々しく梳き上げたJ・P・ポルナレフの前髪を
指先でそっと捲りあげ、その内部で蠢く肉の芽を剥き出しにする。
「討滅するには惜しい……何か、故在ってのコトだな……」
そう言って双眸を閉じる紅世の王の傍らで、
「出番か?」
いつの間か傍に来ていた承太郎が、ポルナレフの脳に撃ち込まれた
肉の芽を見据えながらアラストールに問う。
「否、良い。我がやろう……」
少女の姿をした王は少女の声のままで、その肉の芽にスッと手を差し出し、
ソレが埋め込まれた数㎝ほどの距離で自在法を練り、
やがて不可思議な紋字と共に空間に沁み出る灼紅の光を、
標的に向けて照射する。
「UU……GYY……GIGIGIGIGIGIGIGIGI……」
肉の芽は、己を摘出しようとする力に狂暴な防衛本能で抗おうとするが、
やがてソレはアラストールの放つ静謐な光によって全体の自由を奪われ、
微かな抵抗も奇声すらをあげるコトも出来ずに力を失っていく。
「……」
やがてアラストールが、静謐な光に包まれた手をゆっくりと己の内に引くと、
ソレに連動して肉の芽本体も寄生するスタンド使いの頭部から離れていく。
そのままポルナレフの脳内に突き挿っていた触針が完全に生体から抜け出ると一転、
アラストールは拍 節 器のような鋭い反動で指先を薙ぎ、
空間を削るようにして指先の上に移動してきた肉の芽に向けて
その先端を一度だけ弾く。
ヴォッッッッ!!!!
ただソレだけの行為で、賢者さえも下僕に跪かせるDIOの呪縛の元凶は、
一瞬の内に紅蓮の焔に包まれ、後は音もなく焼け落ちていった。
「この者も、また我等と同じ “宿業” を背負う者。
今日、此処で邂逅したのも、
“また定められたコト” で在ったのやもしれぬな」
吹き抜ける海風に神聖な髪と竜衣を揺らしながら、
深遠なる紅世の王は誰に言うでもなくそう一人語る。
そのすぐ脇で、
「……と、まぁ、でもコレで肉の芽がなくなって、
『にくめないヤツ』 になったワケじゃな! ジャンジャンッ!」
ヒヒ、と笑いながら、炎傷だらけのポルナレフの躯をそっと抱き起こす
ジョセフに対し、
「アラストール、それに花京院、オメーらこーゆーくだらねーダジャレ言うヤツって、
無性に腹立ってこねーか?」
その孫は冷めた視線で言う。
「ハハッ……」
「フッ……」
問われた二人は、爽やかな笑みと穏やかな微笑でそれぞれ応じる。
「に、してもよ」
戦闘が終了を告げ、やや弛緩した雰囲気の中、
無頼の貴公子が少女の姿をした王に再び問う。
「圧倒的だったな。只者じゃあねーとは想っていたが、まさかアレ程とはよ。
これから先の敵、全部アンタがヤっちまってもいーんじゃねーのか?」
冗談半分、本音が半分で己に言う無頼の貴公子に対し炎の魔神は、
「それは出来ぬ……」
と、厳しさを含んだ声で言う。
「コレは、フレイムヘイズの “王” の中でも、
限られた者しか遣うコトを赦されぬ 『禁儀』
その威力が測り知れぬが故に、その “代償” もまた大きい。
『この世ならざる王が』 “この世の存在である人間” を支配して
無理矢理その力を行使するが故に、必要以上にこの子の躰を酷使し、
その精神も我がモノとする為最悪の場合は、
この子の心が我の存在に呑みこまれ消滅してしまうコトさえ在り得るのだ。
元は、邪悪な紅世の王が討滅に対する防護策として、
人間を身代わりにする事に端を発した “外法” 故にな」
「!!」
強大な能力には、ソレに比例してリスクが付きまとうコトは理解していたが、
まさかソレほどの代償だったとは、知らぬコトとは軽口混じりにそんな事言ってしまった
己を承太郎は戒める。
そこ、に。
「よい」
いつもの少女の姿のまま、いつものアラストールが青年に告げた。
「我等二人とも、スベテ了承して行ったコト。
貴様への “借り” は、これで返したぞ」
そう言われ反射的に承太郎は、包帯の巻かれた己の左手を凝視する。
「……」
ああ、そんなコトもあったな、と想った。
今の今まですっかり忘れていたのだが。
「意外と細けーヤツだな」
別段何も気にするでなく、そもそも借りだなんだと小難しく考えるのが嫌いな為
適当にそう答える。
しかしそこに。
「あまり “この子” を嘖 むでないぞ」
いつになくはっきりとした口調で、アラストールがシャナの声でそう言った。
「……どーゆー意味だ?」
訝しげに瞳を尖らせる無頼の青年に対し、
「いずれ解る。望もうと望むまいと、な」
深遠なる紅世の王は、凛然とした少女の声でそう “予言” する。
「……」
そしてその “予言” は。
青年と少女、両者の想いもよらないカタチで的中するコトになる。
故郷から遠く離れたこの異国の地に、
音も無く来訪する3つの存在によって。
←To Be Continued……
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