SECOND
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第一部
第三章
第二十五話『神をも砕くだろう』
見滝原の魔法少女達はその日の狩りで新しい戦術を試していた。それは翠を突出させ、他の三人がその後ろを守りながら、常に移動し続けるというものだった。また翠はかつて幸恵の為に採った、他の子が魔獣達をターミネートしやすいようにダメージを与える作戦を併用し、他の者にカオスキューブ稼ぎをさせてもいた。
狩りが終わり、四人が集まる。
翠 「今日の戦法は良かったんじゃないですか?」
詠 「私もそう思うわ。これなら魔獣の数が増えるぐらいなら、まず犠牲者は出ないでしょうね。」
直 「増えるぐらいって…詠さん、他に何かあるんですか?」
その質問に詠と翠が顔を合わせる。
詩織 「えっえっ何?何かあるの?」
翠 「そうね、ここ最近ないんだけど…」
詠 「実は一時期ね、物凄い数の魔獣と滅多に見ないような巨大魔獣が、何か統率を取られたように出現した事があったのよ。」
翠 「マミさんや陽子、そして幸恵もそんな時に亡くなったのよ、詩織。」
詩織 「そう…」
翠 「でも今の私なら…」
翠は詠の方を見た。
翠 「あの大変だったマミさんや陽子を失った日でも…」
そして翠は詩織と直を見回した。
翠 「みんなを守って見せる。」
詩織と直はやや呆気にとられたが、詠は微笑みを湛えうっとりと答えた。
詠 「それは頼もしいわ…」
詠は翠の成長に期待を寄せていた。それは理想的なチーム作りの為だけではなく、キュゥべえの言った使い捨てという不気味な言葉を翠自身が撥ね退けてくれることを願っていたからだ。
四人が魔獣空間から出ようとした時、突然に強大な魔獣の瘴気が辺りを包んだ。
詠 「何!?」
詩織や直も浮き足立って周りをキョロキョロするばかりの中、唯一翠だけは一点を凝視していた。詠が翠の視線を追って行くと、遥か遠くに薄ぼんやりとした巨大な人影のような物が見て取れた。その距離から推測すると小山程もある大きさという事になるので、最初詠はブロッケンの怪物のような現象なのかと考えた。だがすぐにそれが1kmを優に超えるであろう空前絶後の超巨大魔獣である事が分かってしまった。更にその超巨大魔獣は真っ直ぐこちらへと向かって来ていた。あまりの恐怖と混乱から理不尽にも詠はそれを翠に尋ねずにはいられなかった。
詠 「翠…あれ、何…」
詠がその巨大な影の方を指差すと、詩織と直もそれを見つけ二人も戦慄を覚えた。ただ一人冷静なままの翠はニッコリとして三人を見ると安心させるように優しく言った。
翠 「みんな、大丈夫だよ。今の私なら問題なく倒せるから…」
そして数歩魔獣側に進み、三人に背を向けて続けた。
翠 「だからみんなは先に出ていて。」
詠はこれがキュゥべえの言っていた使い捨ての意味なのかと思い、ここで翠を失うのではないかと危惧した。
詠 「翠…」
だがここで詠に出来る事は何も無かった。たとえ共に戦ったとしても足手纏いになるのが落ちだ。
詠 「気を付けてね…」
詠は自分でも気の利かない事を言ったと思った。しかし他の言葉も見つからなかった。撤退を進言する手もあったが、それによってもたらされる実世界の被害がどれ程のものか分からなかったし、存在する限りいつかは倒さねばならない相手なのだ。それにたった今し方、みんなを守って見せると大見得を切った翠が問題なく倒せると言った以上、絶対に退く事は無いだろうとも思われた。
翠 「はい。」
そして翠は単身、魔獣へと向かって行った。
♢
遥か遠くの塔の上で、まるで音楽に乗っているかのように亮は体を左右に揺らし足をぶらぶらさせながら座っていた。
亮 「ンフ、そう来なくっちゃね。」
亮は満足そうに微笑んだ。
♢
翠は超巨大魔獣へと向かっていた。すると翠が思っていたよりも早く会敵する事となった。その巨大さゆえ緩慢に見える歩みが実は相当な速さであったからだ。
先攻したのは翠だった。塔の上に立つと翠はメギドを一発魔獣の胸の辺りに放った。メギドの一矢は魔獣を貫き、その部分をガラス化させた。しかしその魔獣の大きさからすればその傷は全く取るに足らないもので、魔獣は全く怯むことなく翠に反撃して来た。魔獣がその右手で翠を払いに来た。とてもノロそうに見えたが、実際にその手が近付くと恐ろしいまでの速度である事が分かる。軌道上にある塔を粉砕しながら接近する巨大な崖のごときその手を、翠は塔のてっぺんが砕ける程の力で蹴り上がって躱した。魔獣はまるで蚤を潰そうとするようにその手を振り回し翠を攻め立てた。翠は弓を構えようともせずにひたすらに躱し続けた。
魔獣の攻撃で塔が崩れ地面が瓦礫だらけになって足場が無くなって来ると、翠は魔獣から離れるように動き出した。しかし翠の離脱速度より魔獣の追跡速度の方が上回っているようで、翠は魔獣から大きく離れる事が出来なかった。
翠 「チッ…」
翠は舌打ちすると今度は魔獣の横へ回り込むような動きをし始めた。そして魔獣の攻撃の合間を縫ってメギドを撃ち始めた。メギドにはチャージ時間が必要なため、翠はよりタイトな回避をしなければならなくなった。
翠は百発以上のメギドを放ったが、その超巨大魔獣には全くと言っていい程効いてはいないように見えた。だが翠の方も魔獣の猛攻を全て躱し切り、その上全く疲れた様子も見せてはいなかった。その戦いは持久戦の様相を呈して来た。
亮 「フフッ、いつまで持つのかなぁ。」
亮がさも楽しげに呟くと、まるでその声に応えたかのように翠は動いた。
翠は一旦後方に退き魔獣との距離を稼ぐと、塔の上で足に魔力を注ぎながら膝を曲げた。そして魔獣の攻撃に合わせ、足元の塔が粉砕するまでの蹴り足で宙へと跳び上がった。翠は音速に近い初速で飛び立ち、瞬く間に魔獣の頭上高くへと到達した。
亮 「おやおや…」
しかし飛行能力がある訳ではない翠は、間も無くして重力に従って落下し始めた。魔獣は翠の落下に合わせ、その両手を大きく左右から迫り上げる。翠は落下しながら弓を引き魔力をチャージし続けた。翠が魔獣の直上に達した時、魔獣の両手がその頭上で合掌するように翠を挟み込む。正に翠がその魔獣の両手に潰される刹那、翠は叫ぶ。
翠 「マキシマムドメギド!」
魔獣の手が合わさると、まるでその合掌の勢いで手が破裂したかのように、その両手の甲が爆発的に吹き飛んだ。そしてそれと同時にその合掌された手の下から、魔獣の体幹を垂直に貫く光線が駆け抜けていた。更に魔獣の体に穿たれていた無数の横穴から、体幹を貫く光線が溢れ出すかのように噴き出ていた。体の中心と無数の横穴からガラス化して行くと、さしもの超巨大魔獣といえども耐えられはしなかった。
〝ブオオオオオォォォ〟
魔獣は大地を震わせる振動のような咆哮を残し、その活動を停止させた。
体の上の方から崩れ落ちる魔獣の破片に混じるように翠は降下していた。翠は無傷だった。翠のマキシマムドメギドが発した衝撃波が魔獣の手を弾き飛ばしていたのだ。
翠は地面に着くとすぐにその場から飛び退いて全速力で移動し始めた。それは落ちて来る魔獣の破片を避ける為だけではなかった。翠は結界の出口とは反対の方へ一目散に向かっていた。そしてある低い塔の上に飛び乗るとそこから弓を下方に構えて叫んだ。
翠 「お前は何者だ!」
そこには背中を向けた亮が地面に立っていた。亮はビクッとしやや背中を丸めていたが、クルッと振り返るとファイティングポーズをするようにして捲し立てた。
亮 「君こそ誰なんだい?一体ここはどこなんだい?進路の事で悩んでいたら、いつの間にかこんな訳の分からない場所にいたんだ。訳の分からない白い巨人はいるし、どこに行っても同じような風景だし、一体僕に何が起こってしまったのか分からないよ。ねえ君、何か知っているのなら教えておくれよ。」
だが翠は弓を番えたままその矢の先端に光輪を冠させ、まるで長年の謎が解けたという風に言った。
翠 「そうか…あなたが陽子の言っていた響亮なのね…」
そう言われると亮は構えていた腕をゆっくりと下ろし、緊張を解いて言った。
亮 「ふーん、なるほどねぇ…葉恒翠、か。まっさすがはオブリゲイションタイプってとこかな。でっどうするんだい?」
翠 「勿論、必要な事をするまでです。」
亮 「ふ~ん、そう。」
翠 「まず質問に答えて頂きます。」
亮 「フフフ…いいよ、あの魔獣を倒したご褒美だ。僕が答えられる事なら、何でもお答えいたしましょう。」
翠 「あなたは何者なの。」
亮 「何だよ、陽子から聞いていないの?前の神様だよ。」
翠 「…。」
翠は亮の言う事を真に受けるつもりはなかった。しかし嘘が混ざっていたとしても多くの質問をすることで何かが得られるのではないかと期待した。
翠 「なぜ陽子にあんな願いをさせたの。」
亮 「一応最初に言っとくけど、彼女に強要はしていないからね。特に理由はないよ。もし敢えて挙げるならタイミングと可能性かな。でも彼女でなければならない理由は本当にないんだよ。」
翠 「あなたの目的は何。」
亮 「僕の目的ねえ…ところで、その弓を下ろしてはくれないかな。どうも落ち着かないんでね。」
だが亮の要請に、翠は微動だにせず弓を番えたまま無言を返すのみだった
亮 「やれやれ、君も不信心者だね…」
亮は考え込むように額に手を当てた。
亮 「その昔、ある所に一人の少女がおりました…」
翠 「ふざけないで。」
翠は弓を大きく引き亮を威嚇した。しかし亮はそれに構わず涼しい顔で続けた。
亮 「その少女は心臓に重い障害を持っていました。その為、殆ど学校にも行けず人生の大半の時間を病院のベッドの上で過ごしていました。」
翠は敢えて話をさせる事にした。
亮 「その子が中学二年の春、小康状態となって久し振りの登校が許された。ただ元々通っていたミッション系の学校は退校扱いにされてしまっていたので、私立見滝原中学校に編入させてもらう事となった。」
翠 「…」
亮 「その少女には友達はいなかった。いや、出来なかった。作りようがなかった。いつ死んでしまうかも知れず、勉強も運動も出来ず、未来への夢も希望も持てはしなかった。そんな彼女がある日、絶望にくれながら学校からの帰り道を歩いていると、魔女が襲って来たんだ。」
翠 「ん…」
翠は魔女という言葉に反応し、僅かに顎を引き険しげな表情をした。
亮 「彼女は恐怖した、でも何も出来なかった。しかしそこに颯爽と助けが現れた、二人の魔法少女がね。」
翠 「…」
亮 「その魔法少女の一人はね、なんと彼女のクラスメイトだったんだ。その少女は喜んだよ、だって秘密を共有する事でそのクラスメイトと友達になれたのだから。生まれて初めて出来た、たった一人のお友達。彼女にとっての唯一無二の大親友さ。でもそんな素敵なお友達とも、すぐにお別れしなければならない事となってしまった。ワルプルギスの夜が現れたからね。」
翠 「!」
翠は顔を上げ、目を見張った。ワルプルギスの夜とはかつてマミがほむらに尋ねた言葉だった。なぜかそれをすぐに思い出したのだ。
亮 「ワルプルギスの夜は強大な魔女だった。二人の魔法少女は敗れ、その場にいたその少女は親友の亡骸に涙した。そして願った、インキュベーターに。」
翠 「…」
亮 「その子に守られる自分ではなく、その子を守る自分になりたいと。そしてその子と出会い直したいと。するとその願いは成就され、彼女は時を操る魔法少女として過去に戻ったんだ。丁度自分が見滝原に転校する日にね。」
亮は翠を確かめるように見た。翠は相変わらず弓を構えて亮を見定めてたが、その話を遮る意思は感じられなかった。
亮 「そして彼女は親友と出会い直し、共に魔法少女として戦った。幾度となくワルプルギスの夜に挑み、失敗する度に時間を遡りやりなおした。でもそれは彼女にとっては全く苦ではなく、むしろ友と共闘出来た掛け替えのない充実した日々となった。そして幾度もの挑戦の末、見事ワルプルギスの夜を倒したんだ。でもそこで大きな問題に遭った。親友が魔力を使い果たしそのソウルジェムが真っ黒に染まると、なんと親友は魔女になってしまったんだ。」
翠はそれがまどかから聞いた話と符合するとは思った。ただこの時点では陽子からの忠告も効いていて、ひょっとするとまどかと亮は裏で繋がっていて、二人が結託して自分を陥れようとしているのではないかという疑念があった。
亮 「彼女は慌てて時を戻したよ。そして今度は他の魔法少女達にその忌むべき事実を伝えたんだ。でも結局、他の子は誰もその事実を受け入れられなかった。最初は信じず、本当だと分かれば絶望し自暴自棄に殺し合った。それでもその二人はまたワルプルギスの夜に立ち向かっていった。二人はなんとか勝利する事が出来た。でも今度は二人ともソウルジェムを漆黒に染め上げてしまったんだ。彼女は親友に向かって共に魔女になってこんな世界壊してしまおうかなんて言ったさ。でもその親友はソウルジェムの濁りを取ってくれるグリーフシードという物を隠し持っていてね、それで彼女のソウルジェムを復活させ希望を託したんだ。時間遡行能力を持つ彼女になら、このような結末にならない方法を選べることを期待してね。そしてその親友は最後にもう一つ彼女にお願いをしたんだ。自分は呪われた魔女になんてなりたくないから、その前に彼女に自分を殺してくれってね。」
翠 「…」
亮 「そしてそれからこそが彼女の本当の試練だった。彼女はその時間遡行能力を駆使し、親友が死なない未来を求めて彷徨った。するとある時点から大きな変化が現れ出した。何度も同じ時間を繰り返す内に、その親友はとても強力な魔法少女になるようになって行った。仕舞いにはたった一撃でワルプルギスの夜を撃破するようにまでなっていたよ。翠、どうしてそうなったと思う?」
翠は突然の質問に内心意表を突かれたが、表面上は微動だにしなかった。ただ矢の先端に冠した光輪が僅かに揺らぎ、動揺を忍ばせた。
亮 「それはね、その子を中心に同じ時間が繰り返されたからさ。その親友に因果の糸が幾重にも巻き付けられ、その結果その子は因果の特異点となったんだ。だからね…」
亮は勿体を付けた。
亮 「宇宙が刷新されて尚、その子は時空の狭間に連なって存在しているんだよ。」
翠 「ンッ!」
翠は明らかに動揺してしまった。仮定する話とあまりにも辻褄が合ってしまうからだ。それでも翠は崩れず、矢を亮に定め続けた。翠の心の中にいる陽子が猜疑心として仁王立ちし、亮の言葉から彼女を護っていたのだ。
亮は翠の動揺に満足げに口角を上げた。
亮 「でもそうなると問題はその親友の方になってしまった。だってそうだろう、魔法少女の成れの果てが魔女なんだからね。より強力な魔法少女はより強力な魔女になる。その親友はこの星を滅ぼしてしまうほどの魔女の素になってしまったのさ。そこで彼女は方針を変え、親友が魔法少女にならない道を探し始めた。全ての魔女を自分一人で倒そうと頑張った。ワルプルギスの夜を、たった一人で倒そうとするようになったんだ。」
そして亮はその反応を確かめるように翠の方を見て言った。
亮 「いつかの誰かさんのようにね…」
翠はかなり険しげな顔をし、その心中が穏やかでない事を告げてはいたが、依然としてしっかりと矢を亮に定め続けていた。
亮 「更にそれからは彼女にとってより険しい茨の道だった。もうその親友との交流も諦め、嫌われようが恨まれようがなりふり構わず目的を遂げようと画策した。時には人を殺め時には嘘を吐き己の手を汚すことを厭わず、嫌われ疎んじられ孤独の中に叩き込まれるような時間を何度も繰り返し、たった一つの光明を求め彷徨い続けたんだ。これって凄い事だよね、翠。だってそうだろ、元々その親友との友情を求めて魔法少女になったのに、本末転倒にもその友情を犠牲にしてまでその子の為に自分を捧げ切ったんだぜ。どこかの誰かさんみたいに憧れた先輩に気を取られて、大事な友達をお座成りにするのとは大違いだよな。そのお友達は君の為に命を投げ打ってくれた程だったというのにねぇ…」
翠 「貴様…」
翠の心に怒りが走った。その感情は番えた矢の青白い光輪を一瞬赤く染め大きく揺らがせた。亮は酷く満足した。
亮 「そしてある時、彼女は気付いた。自分が時間を繰り返したが為に親友が因果の特異点となってしまった事に。自分の行いが出口のない迷宮を作り出してしまった事にね。絶望し全てを諦めかけた彼女だったが、その許に親友は現れた。そしてその親友はインキュベーターに願った、自らの存在を捧げて宇宙の法則と化し、呪われた世界を書き換えて彼女をその迷宮から救い出したんだ。」
だがこの時点ではまだ翠にも余裕があった。
翠 「フッ、何それ。あなたは前の神って言いましたよね。だったら前の呪われた世界って、あなたが神だった世界なんでしょ。それって呪われた世界しか創れなかった劣った神が、より優れた神に取って代わられたって話なだけじゃないですか。」
亮は余裕有り気に頷きながら翠を制するように右手を挙げた。
亮 「認めるよ、確かにそういう側面はある。でもね、神になってこの世を書き換えるって事はとんでもなく大変なことなんだ。迂闊に大きく変化させようとすると、下手をするとこの宇宙自体が存在出来なくなりかねないんだよ。この宇宙を大体今のままで書き換えようとすると、せいぜい法則の一つくらいしか変えられないんだ。僕を含めた今までの神も、そして今の神も、ちょっとずつちょっとずつ変化させ、出来るだけより良い世界にしようと頑張って来たんだよ。でもまあ、あちらが立てばこちらが立たずと言うか、良かれと思った事が裏目に出る事もあってね、中々誰もが納得できる完璧な世界にはならないものなんだよ。」
そして亮は翠を指差し言った。
亮 「なんなら、君もやってみるといい。」
翠 「ん…」
翠は亮が一体何を言いたいのか分からなかった。しかしすでに翠は亮の術中に嵌まっていた。なぜなら翠は亮の話を真実として受け入れてしまっていたからだ。この時、翠に必要な事は真実を知る事ではなく、亮の事を疑い続ける事だった。もう翠の心を護る陽子はいなくなってしまっていた。
亮 「分かっただろ…」
翠 「何がです…」
亮 「ほむらとまどかの強い絆がさ。」
翠 「…」
亮 「君なんかが入り込む余地なんてない、前世からの二人の固い繋がりが。」
翠 「…」
亮 「なのに君ときたら、敬愛するほむらをまどかに盗られたと浅ましくも嫉妬したろ。」
翠 「別に…私は…」
亮 「君はほむらに認められたかった、近しい存在となりたかった。ほむらに褒められたかったし、よくやったと頭を撫でて貰いたかったろ。なのに突然まどかが現れて、君の欲しいものを全部横取りして行った。」
翠 「…」
亮 「ほむらを心配する事を口実に二人の部屋を訪ねたよね。その時君はどうしたんだい?ほむらがまどかを庇って嫉妬したろう、立ち尽くすまどかに苛立ったろう。」
翠の口から僅かに声が漏れる。
翠 「黙れ…」
亮 「雨の廃工場でまどかに自分を撃てと言われた時、全く躊躇が無かったろう。」
翠は自分に言い聞かせるように呟く。
翠 「違う…」
亮 「その時、ほむらとまどかの会話を聞いていて焦れたろう。」
翠 「いない…」
亮 「君の治癒力を使えばまどかを救えたんじゃないのかい?」
翠は弾かれたように声を上げた。
翠 「あの時は…」
そして抑え気味に続けた。
翠 「そんな力があるなんて知らなかったから…」
亮 「君の実力ならあのまどかぐらいがなる魔女なんて、なってからでも充分倒せたんじゃないのかい?それをわざわざほむらの目の前で、人の姿見をしたまどかの内に敢えて撃ったんじゃないのかい?」
翠 「私には魔女がどんなものか分からなかった。ほむらさんは勝手に来たんだし、大体魔女になりたくないと言ったのはまどかさんの方だ!」
亮 「まどかを撃ってスッとしたろ!」
翠 「してない!」
亮 「いや、したね。気持ち良かったね。邪魔者が消えて清々したよね!」
翠 「してない!黙れ!黙れ!」
翠の番える矢の光輪が、まるで炎のように赤く染まり大きく揺らいだ。その赫々たる様を見て亮は目を細めて呟く。
亮 「おー怖い怖い…なるほど、これなら神をも砕くだろう…」
翠は怒りの形相で亮を睨み付け、今にもその矢を放ちそうだった。だが翠は亮を殺す事にではなく、その赤い矢を射る事に抵抗があった。まだ僅かに何かが翠を繋ぎ留めていた。
〝みーどーりー〟
その時、微かに翠を呼ぶ声が聞こえて来た。
〝翠ー、どこー〟
その微かな声の主は恐らく詠だった。その声は堕ちようとする翠の心を引き返らせた。光輪が青白く戻る。翠は我に返り、それに応えて声を上げた。
翠 「ここでーす!」
詠 「どこー?」
翠は後方から聞こえるその声に答えるべく、一旦後ろを向いて叫んだ。
翠 「詠さーん、こっちでーす!」
そしてすぐに前に向き直したが、そこに亮はもういなかった。翠は辺りを見回したが、どこにもその姿は見受けられなかった。翠はぎこちなく弓を下げた。
詠 「ああ、よかった。ハアハア…翠、無事だったのね。ハアハア…あんまり遅いから心配になっちゃってね…」
大声を張り上げ今まで自分を必死に探してくれたであろう詠は息を切らしていた。
翠 「詠さん、有り難う。…私なら大丈夫ですよ。」
詠 「あの凄い瓦礫が…」
翠 「ええ、あの魔獣です。」
詠 「フフッ、さすがねぇ…」
詠は翠の様子が少しおかしいと感じた。
詠 「どうかしたの?」
翠は敢えて亮の事を言わない事にした。
翠 「いいえ…さすがに疲れました、帰りましょ。」
詠 「…そりゃそうでしょうね、帰ろ。」
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