| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

SECOND

作者:灰文鳥
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一部
第一章
  第五話『特別な魔法少女』

 日富家の父と娘が二人で優雅な朝食を取っていた。父は娘に話し掛けた。
父  「昨日は、随分と帰りが遅かったようだが…」
 麗子は内心、ビクッとした。
麗子 「昨日は進路指導がありましたから…」
父  「しかし学校の話では、それ程遅くまではやっていないとの事だが…」
 麗子は勝手に観念した。
麗子 「…実は…その後、お友達に招かれてお茶を御馳走して頂きましたので…」
父  「そうか…楽しかったか?」
麗子 「ええ、とても有意義な時間でした。」
父  「うむ。」
 父は娘を信じた。今まで通りに。だが娘は父を信じられなかった。
 麗子は思った。
 (お父様はきっと私の行動を制約してくる!)
 麗子は食事を終え自室に籠ると、その考えに益々囚われて行った。勝手に自分で追い詰まる麗子が呪文のように呟く。
麗子 「今が飛び立てる最後のチャンスかもしれない…」
 ふと麗子が自室のテラスへ目をやると、白い猫のような生き物がいた。麗子は暫く見詰めてから、それが昨日会ったキュゥべえであることに気付いてテラスの戸を開けた。
麗子 「キュゥべえさんでしたね。今、言葉通じるのかしら?」
キュゥべえ「うん、大丈夫だよ。やはり君は覚えているようだね。」
 実はキュゥべえは麗子の記憶を消しに来たのだった。しかし今の麗子はお尻に火が付いて積極的になっていた。
麗子 「ねえキュゥべえさん。私には魔法少女になる資格…無いのかしら?」
 基本的にキュゥべえには黙秘はあっても虚偽は無かった。それにどうせ相手は記憶が消されるのだ。
キュゥべえ「うん、日富麗子。君には魔法少女になる資格があるとも。」
 麗子は念を押した。
麗子 「私は魔法少女になれますの?」
キュゥべえ「うん、なれはするよ。」
 麗子にとってそれは、生まれて初めての跳躍だった。
麗子 「キュゥべえさん、私は魔法少女になりたい。私を魔法少女にして下さい。」
 キュゥべえは首をかしげ、尻尾を何度か振ってから答えた。
キュゥべえ「君は…君にはその魂と引き換えに叶えたい願いがあるのかい。戦いの運命を受け入れてまで願う祈りがあるというのかい。僕にはそうは見えないなぁ。君は魔法少女になること自体を求めているようだけど…」
麗子 「えっ、それではいけませんの?」
キュゥべえ「いけないって事はないんだけど…何と言うか、良い結果をもたらさないんだよね。」
 キュゥべえは尻尾をピンと立てると、ニッコリ顔をして麗子に言った。
キュゥべえ「君はこの国の、いやこの星の平均的な人間からすれば、圧倒的に恵まれた立場にいるよ。上位1%内に入っているんじゃないのかな。そんな何もかも持っている人間が、何もかもを捨ててまで魔法少女になるなんて、合理的ではないよね。損だよ。」
 しかし今の麗子に合理性を説くのは、むしろ逆効果だ。
麗子 「あなたも物質的豊かさだけが人の幸せだと考えているのですね。それは確かに私には貧しさの経験は無いけれど…でも言わせて貰えれば、私の見る限り魔法少女の生活レベルは低くはありませんわ。あれ位ならやっていく自信は御座いましてよ。」
 キュゥべえは争点のズレを感じた。
麗子 「とにかく、何か別のお願をすればいいんでしょ。」
 キュゥべえは〝そういう事じゃないんだけどなぁ〟と思った。そしてさっさと麗子の記憶を消してしまおうとした、その時。
麗子 「私は特別になりたい。特別な存在、特別な魔法少女になりたい。」
 と、麗子は願いを言った。心の奥底から願った。願ってしまった。
 キュゥべえは〝それはさっきの願いとあんまり変わってないし、第一君はすでに特別な存在なんだけどなぁ〟と思ったが、インキュベーターの性で願いを聞き入れざるを得なかった。
 そして麗子は一通り悶絶し終えると、キュゥべえに質問して来た。
麗子 「これで私は魔法少女になれたのかしら?」
キュゥべえ「うん、もう君は魔法少女さ。」
麗子 「そう…ところでお聞きしたいのだけれど、消した記憶を元に戻す事は出来まして?」
キュゥべえ「出来るよ。記憶は消すっていうより、蓋をして閉じ込めてしまうって感じだからね。」
麗子 「そう…」
 少考してから麗子は、キュゥべえに早速の要求をして来た。
麗子 「キュゥべえさん、この家から私に関する記憶と私がいた痕跡を全て消して。それから私は一人暮らしを今日から始めるので、お部屋の用意をしておいて下さるかしら?」
 キュゥべえの尻尾がだらりと下がった。
キュゥべえ「…うん、出来る限りにやっておくよ…」

  ♢

 麗子はウキウキとしながら登校していた。今までの人生でこんなにも高揚感を感じたことなど無かった。麗子はマミを見つけると駆け寄って行った。
麗子 「お早う御座います、巴さん。」
マミ 「あら、日富さん。お早う御座います。」
麗子 「私、あなたにとても重大な事を、お伝えしなければなりませんの。」
マミ 「…そう、何かしら?」
 マミには判っていた、麗子が50m以内に入って来た頃に。
 麗子は軽く周りに目配せをしてから、声を忍ばせて言った。
麗子 「実は私、魔法少女になりましたの。」
 マミは一瞬目を伏せた。しかしすぐに笑顔を作って答えた。
マミ 「そう。では今日から人類の為に一緒に頑張りましょうね。」
麗子 「ええ、勿論ですわ。」
 人類の為と言う大仰な使命感と、一緒にと言う連帯感は、麗子をこの上も無く歓喜させた。そしてこの瞬間こそが麗子の人生に於ける頂点となった。
麗子 「ところで私、早速一人暮らしを始める事にしましたの。お部屋の方もキュゥべえさんに手配して頂ける事になっておりますので、巴さんとあと二年生のあのお二人で今日遊びにいらして下さらないかしら?」
マミ 「ええ、ありがとう。あの二人には私から伝えておくわ。」
 二人は暫し雑談をし、放課後に待ち合わせをして別れた。

  ♢

 麗子との待ち合わせ場所には、マミとほむらと真理が先に到着して待っていた。程なくして麗子が肩に乗ったキュゥべえと話をしながら現れた。
キュゥべえ「おや?君達はここで何をしているんだい。」
麗子 「私がお呼び立ていたしましたの。私の新たなる人生の門出を、御一緒にお祝いして頂きたくて…」
キュゥべえ「ふーん、まあその方がいろいろと都合が良いだろうね。じゃあ行こうか。」
 一行がキュゥべえに先導されて歩いていると、真理がほむらに尋ねて来た。
真理 「なあ、ほむら。うちのクラスに美樹さやかっていなかったかい?」
ほむら「ええ、いたわよ。それが?」
真理 「そうか、そういう事なのか。」
ほむら「ええそうよ。今更ながらに後悔でもし出したのかしら?」
真理 「いや別に。むしろ私にしてみればいろいろ後腐れが無くて良いぐらいさ。ただ私はてっきり資格者って奴はもっと厳選された者達ばかりだと思っていたのでね。君や巴先輩なら分かるが、あの美樹もだろ。」
ほむら「それはあなたの一方的な価値観の問題でしょ。つまらない人間はよく己の狭苦しい了見の中に閉じ込められて出られないものなのよね。」
真理 「フッ!私も言われたものだな…。まあしかし、疑問が一つ解消されたので良しとしよう。」
 やがて一行は比較的新しい清潔感のあるマンションの一室の前にやって来た。
キュゥべえ「ここだよ、麗子。」
 一体どこから、そしていつ取り出したのかは分からないが、キュゥべえは口に鍵を咥えていた。そして麗子の肩の上からその下の手の平にそのカギを落とした。
 麗子は受け取った鍵を一度胸元で握り締めてから、扉の鍵穴にそれを差し込んで錠を外した。そしてその扉を大きく開きながら得意気に言った。
麗子 「ようこそ、我が家へ。」
 しかし、開け放たれた扉の奥は酷く暗かった。それでも一行は中へとなだれ込んだ。
真理 「明かりを点けるべきだね。」
 真理はそう言いつつ、部屋の照明のものと思しきスイッチに触れた。しかしいくらスイッチを入れても明かりは灯らなかった。
真理 「これは照明器具に不備があるか、電気が来ていないようだが?」
キュゥべえ「うん、その両方さ。」
真理 「両方さって、君…」
マミ 「とにかく雨戸を開けて外の光を入れましょう。」
 マミとほむらが雨戸を開けると部屋の中が明るくなった。そしてその部屋の中には何も無い事が分かった。
真理 「なあキュゥべえ、まさか水も出ないんじゃなかろうな?」
キュゥべえ「さあ、どうかな。試してみれば?」
真理 「…なるほど、君は結構杜撰な仕事をするようだね。まあ予め知っておけて良かったよ、参考にしておくとしよう。」
キュゥべえ「それはちょっと心外だなぁ。今日は全くの予定外だった上に半日で用意したものなんだよ。そりゃあもっと強引な手法を使えばそれなりのものは用意出来たけど、僕としては人類に対する誠意としてそういうやり方は控えているんだ。」
 ほむらとマミは、キュゥべえの人類に対する誠意として控えている強引な手法がどんなものなのか、とても気になったが聞くのは止めておく事にした。当の家主である麗子はただ部屋の真ん中で立ち尽くしていた。それを見かねたマミが言った。
マミ 「ねえ皆さん、取り敢えず私の部屋でお茶にしません?」
 異論は出なかった。

  ♢

 お茶の席で決まった事は、今夜は狩りには行かない事と、麗子がマミの部屋で泊まっていく事だった。ほむらと真理が帰った後、いつの間にかキュゥべえも姿を消していた。
麗子 「御免なさい、巴さん。ご迷惑をお掛けして…」
マミ 「日富さん、迷惑だなんて。それに悪いのはキュゥべえなんだから。」
麗子 「この埋め合わせは、いつか必ずさせて頂きますので…」
 マミは首を横に振りながら麗子の両手を持ち、目を合わせてから言った。
マミ 「何を言っているの。私達はもうお友達なのだから、そんな事は気にしなくてもいいのよ。」
麗子 「お友達…ですか…」
マミ 「そうよ、お友達よ。だから私の事はマミって下の名前で呼んでね。」
麗子 「ありがとう、マミ…さん…」
マミ 「さんは要らないのよ、麗子。」
 麗子の目に涙が溢れた。麗子はそれを抑えるように腕を押し当てて、涙声でか細く返した。
麗子 「はい…マミ…」

  ♢

 就寝の時となり、マミは自分のベッドに麗子を寝かせた。布団を掛けるマミの手を、突然に麗子は握り締めて来た。
麗子 「マミ!」
マミ 「なあに?」
麗子 「私…あの…お友達が出来たの初めてなの。その…これからもずっとお友達でいて下さるかしら?」
 マミは手を持ち替えて麗子の手をギュッと握り返すと、枕元で膝をついて目線を合わせて答えた。
マミ 「ええ、勿論。私達はこれからもずっとお友達よ。」
 麗子の表情がパッと明るくなった。マミは麗子の手を布団の中に入れると、それを整えながら言った。
マミ 「とにかく、何もかもが明日から本当に始まるの。だからそれに備えて、取り敢えず今は眠りましょう。」
麗子 「ええ、そうね。本当のスタートは明日からよね…」
 麗子を寝かし付けた後、マミはソファーで横になった。暫くしてからマミは麗子の様子を見に行った。麗子は枕が変わった事は気にならなかったようで、すやすやと寝息を立てて眠っていた。マミはその寝顔を優しいというか愛惜しいというか、あるいは労わるような目で見詰めた。

  ♢

 翌日、マミと麗子は一緒に登校した。学校で昼休みにキュゥべえに会ったマミが麗子の部屋の進捗状況を尋ねるが、キュゥべえの動きが悪くあまり進んでいないようだった。
マミ 「どういう事かしら?あなたにしては手際が悪いようだけど。怠慢なんじゃないのかしら。」
キュゥべえ「マミ、君はそう言うけど、あの日富麗子って子は人間社会の中では結構大きな存在なんだよ。だからその辺りの整合性を付けるのが大変なんで、生活周りの方まで手が回らないんだ。それに…」
マミ 「それに?」
キュゥべえ「それに、僕としては彼女を魔法少女にするつもりは無かったからね。君には言い訳に聞こえるだろうけど、半ば強引に彼女が魔法少女になってしまったようなものなんだ。君にも分かるだろ、僕だって彼女みたいな子を魔法少女にしたりはしたくなかったんだよ。」
マミ 「そう…まあ、なってしまったものは仕方がないわね。こっちでも出来る限りサポートしていくわ。」
キュゥべえ「助かるよマミ、やはり君は頼りになるね。」

  ♢

 放課後、マミと麗子は合流して麗子のマンションへ一緒に行く事にした。麗子の部屋には生活に必要な家具類が届けられてはいたが、多くが段ボール箱の中に入ったままの状態だった。途方に暮れる麗子に代わってマミが手際よく処理していった。まず照明器具を付け、カーペットを敷き、寝具を整えた。電気と水道は通っていた。カーテンを取り付けると、どうにか人の住んでいる部屋っぽくなった。
マミ 「給湯器は備え付けのが使えるみたいだし、着替えやタオルもあるからお風呂は大丈夫ね。でも大型家電は二人じゃ無理だから助っ人を呼ぶか業者に頼まないといけないし…取り敢えず今日の所はこのくらいでいいかしら?」
麗子 「ええ、本当にありがとう。今夜はここで寝れそうですわ。」
マミ 「ところで麗子、お腹空いてない?」
麗子 「はい…今までにないくらいに…」
マミ 「じゃあ外でお食事にしましょ、どうかしら?」
麗子 「ええ…マミはいつもは自炊なの?」
マミ 「うん、私はお料理するの好きだから大体は自分で作っているわね。でも簡単な物が多いけどね。」
麗子 「そう…私もいろいろ出来なくてはいけませんのね…」
 麗子は思い詰めたような顔をして、そう言った。
 マミはカードが使える一軒の洋食店を選んで入店した。マミは麗子が食べ終わるのを待ってから話し掛けた。
マミ 「ねえ麗子、キュゥべえからカードは支給されたのかしら?」
麗子 「ええ、お昼に。」
マミ 「そう…。使い方、分かる?」
麗子 「実は…よく分かりませんの…」
 麗子は俯いた。麗子が自分で支払いをする事など、今まで無かったのだ。
マミ 「じゃあ丁度いいわね、今やってみましょう。」
 麗子は顔を上げた。
麗子 「ええ、そうね。ところで、マミはこれからどうするの?」
マミ 「私はこれから他の子と合流して、魔獣狩りに行くわ。」
麗子 「ええと…私は行かなくていいのかしら。それって私達の義務なのでしょ?」
マミ 「うん、そうなんだけど…ほら、あなたの場合、ちょっとキュゥべえの方に不手際があって生活もままならないでしょ。だから慌てなくても、ゆっくり落ち着いてから参加して貰えればいいのよ。」
麗子 「一緒に行ってはいけないのかしら?」
マミ 「えっ?」
麗子 「今夜の狩りに参加させて頂けないかしら。私も早く一人前の魔法少女になりたいのだけれど…」
マミ 「そう…」
 マミはどうしたものかと悩んだ。それでも食後のコーヒーを飲み終えると決心したように言った。
マミ 「そうね、早い方がいいかもね。」

  ♢

 待ち合わせの場所にマミと麗子が来ると、すでにほむらと真理と杏子が集まっていた。杏子は麗子を見ると口走った。
杏子 「おい、マジかよ。キュゥべえの奴、何考えてんだよ。」
真理 「そんな事は我々も散々言い合ったさ。なあ、ほむら。」
ほむら「杏子、あなたも分かっているでしょ。結局私達は与えられた条件に合わせるしかないのよ。」
杏子 「ケッ!足引っ張られるのは御免だぜ。」
 そんな会話は露知らず、麗子は杏子の方を見てマミに尋ねた。
麗子 「マミ、あちらの方は?」
マミ 「紹介するわ、その子は佐倉杏子。私の大先輩に当たる魔法少女よ。」
杏子 「〝大〟は余計だぜ。」
麗子 「そうですか。私は日富麗子と申します、以後お見知り置きを。」
 杏子はふてくされたように答えた。
杏子 「ああ、宜しくな。」
 一行が変身して魔獣空間に入ると、マミが提案してきた。
マミ 「では麗子はここで待機して、他の人の戦い方をよく観察しておいてね。それで提案なんだけど、丁度近接二人に遠距離二人だからペアを二つ組んで戦ってみてはどうかと思うの。」
真理 「それは良い考えですな。ところで、私は巴先輩と組みたいと思うのだがどうだろうか?」
杏子 「おおそうか。実は私も、マミとは組みたくないと思っていたから構わないぜ。」
 そう言って杏子はほむらの方を見た。するとそれにつられるようにマミと真理もほむらの方を見た。奇しくもほむらに決断が託される格好となった。
 ほむらは髪を手で梳いて答えた。
ほむら「私は構わないわ。でもつまらない競争になるのは勘弁して欲しいのだけど。」
 その間麗子は疎外感を味わっていたが、それはルーキーだから仕方がないと自分に言い聞かせていた。
 狩りが始まると、四人はあっさりと魔獣達を倒してしまった。最後に残った小さな一匹を真理が叩き切ろうとした時、マミがそれを制した。
マミ 「待って御悟さん、それは麗子にやらしてあげて。」
 真理には特に不満も無く、それに従った。
マミ 「麗子、出来そう?」
麗子 「ええ、やるわ。」
 麗子は彼女の武器であるモーニングスターを振り回し、その小さな魔獣に向かって行った。小さな魔獣相手に何度も渾身の力を使って鉄球を叩き付け、何とかそれを倒す事に成功した。
杏子 「おい嘘だろ…いくらなんでもあれじゃ…」
 杏子が呟くと、それを聞いた真理が返した。
真理 「まあそう言ってくれるな。彼女は良家の御嬢様だったんだよ。何もかも持っていたのに、その全てを捨てて我々の仲間になったんだ。健気な事ではなかろうかね。」
 肩で大きく息をしている麗子に、マミが手を叩きながら近付いて労いの言葉を掛けた。
マミ 「よくやったわ、麗子。初撃破、おめでとう。」
麗子 「ありがとう、マミ…」
 麗子はマミに笑顔を作って応えたが、その心中は穏やかではなかった。彼女が欲しかったのは、何でも自分の力でやっていく事だった。他人の御膳立てや、敷かれたレールの上を通るのが嫌で魔法少女となって家を飛び出して来たのに、これでは今までと変わらないではないか。
マミ 「ねえ麗子、今夜も私の部屋にお泊りしていかない?まだあのお部屋じゃ、何かと不便でしょ。」
 マミには感謝している。初めての友達であり、この上もなく親切で、はっきり言って大好きだ。でも…
麗子 「お誘いありがとう…でも私、早く自立したいから…」
マミ 「そう…立派だわ。じゃあ頑張ってみてね。でも困った事があったらいつでも相談して来てね。」
麗子 「ええ、ありがとう…」

  ♢

 次の日、麗子は意識的にマミの事を避けた。それでもマミと遭遇して部屋の事を尋ねられると、業者に頼む事にしたと言ってはぐらかした。たった一晩一人で過ごしただけだったが、麗子はマミへの依存を断ち切る自信が付いた。あるいはマミと友達でありたいからこそ、早く追い付きたい伍していたいという願望が強かったのかもしれない。放課後、麗子はキュゥべえを捕まえて頼み事をした。
麗子 「キュゥべえさん、私早く皆さんに追い付きたいの。だから今から一人で狩りに行って、魔獣と戦う練習がしたいの。それであの異空間に行きたいのだけれど、お願い出来ますかしら?」
キュゥべえ「うーん、練習ねえ…」
 魔法少女は普通戦いの練習なんてしないものだ。彼女達は魔法少女になった瞬間から本能的に自分がどう戦えばよいのか、どの位の力を自分が持っているのか、分かるものなのだ。第一、魔獣結界を単独で越えられない魔法少女なんてキュゥべえをして前代未聞の事だった。まあ新人なのでやり方が分からない可能性もあるのだが…
キュゥべえ「そうだね、この時間なら大した魔獣も出て来ないだろうし、君がやりたいのなら僕は構わないよ。」
麗子 「ありがとう、是非お願いするわ。」
 キュゥべえは適当な場所を見繕って、麗子を魔獣空間に招き入れた。そこには小さな魔獣が数匹いるだけだった。
 逃げ惑うその小さな魔獣達を、麗子がモーニングスターの鉄球を振り回しながら追い立てた。その姿をキュゥべえはぼんやりと見ていたが、突然この時間には滅多に出て来ない筈の大きさの魔獣が出現すると、すぐに麗子の許に駆け寄って行った。
キュゥべえ「麗子!大きな魔獣が現れたんだ。さあ、すぐにこの結界から出よう。」
 しかし、丁度小さな魔獣を一体葬って意気盛んになっていた麗子は、その忠告を聞かなかった。
麗子 「キュゥべえさん。大きいと言っても、昨日他の皆さんが倒していた魔獣に比べると、全く大した事は無いように見えますよ。それに大分コツを掴んで来ましたので、私でもあれ位なら何とかなりましてよ。」
 標準的な魔獣は10~15m位の大きさだが、その魔獣は4~5m程でしかなかった。確かに普通の魔法少女にとっては大した事は無いのだが…
 不用意に飛び掛かって行った麗子を、その魔獣はいともあっさり撥ね退けた。宙を舞った麗子は丁度キュゥべえの近くに落ちて来た。瀕死の麗子はキュゥべえに尋ねた。
麗子 「キュ…キュゥべえ…わ、私は特別な魔法少女なのでは…なかったのですか…」
キュゥべえ「とんでもないよ、麗子。君みたいに弱い魔法少女を僕は見た事が無いよ。君は本当に特別に弱い最弱の魔法少女として僕の記憶の中に残り続けるだろうね。」
麗子 「そんなの…嫌…」
 麗子は一縷の涙を落とし、絶命した。

  ♢

 マミは麗子の部屋の前にやって来た。いくら呼び鈴を押しても返事が無いので、試しにノブを掴んでみると鍵は掛かっていなかった。扉を開けて中に入りながらマミは言った。
マミ 「麗子、いないの?私、御夕飯作って持って来たの。一緒に食べましょう…」
 しかし麗子はおらず、部屋の真ん中にキュゥべえが座っていた。
キュゥべえ「ああ、マミ。実は、麗子がどうしてもって言うから魔獣空間に連れて行ってあげたんだ。そしたら小型の魔獣に一撃でやられてしまってね。勿論僕は止めたんだけど彼女が勝手に…」
 〝バタン!〟
 マミはキュゥべえの話を聞き終わる前に、部屋を出て行った。

  ♢

 日富邸の何も無い空き部屋に、落ちかけた日の光が射し込んでいた。そこには日富家の長男が佇んでいた。その姿を見つけた二人の弟も兄の許へと吸い寄せられた。
次兄 「兄さん、何をしているんだい?」
長兄 「ああ…。こんな事を言うと、どうかしたのかと思われるかもしれないのだが…」
 長兄はその空き部屋を、愛惜しそうに見回しながら続けた。
長兄 「俺はこの部屋に我々家族にとって、何かとんでもないくらいに大切なものが、あったような気がしてならないんだ。」
末弟 「えっ!?兄さんもかい。実は俺も忘れてはいけない、と言うか忘れようもない大事な何かが、失われたような気がずっとしているんだ。」
次兄 「ああ、僕もさ。僕ら以上に家族の中で重要な何かが、抜け落ちてしまったような感触が心にあるんだ…」
 三人の青年はただただひたすらに、その部屋の中を何かを探すように見回すばかりだった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧