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トラベル・ポケモン世界

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7話目 決心

 モグリューを使うトレーナーとバトルした日の翌日。
 朝のコンドシティ。その町外れに停車しているトラックから、グレイが起きてくる。
 コインとギラドは先に起きていたらしく、キャンプ用のテーブルとイスを広げて朝食をとっていた。
 起きてきたグレイを見て、ギラドが声をかけてくる。
「やあグレイ君、おはよう。よく眠れたかい?」
「ええ、ぐっすりと。朝食オレの分はこれですか?」
「そうだよ。コーヒーはあっちにあるからね」
 今度はコインが話しかけてくる。
「よおグレイ、昨日もお疲れさん。どんな感じだった?」
「昨日は4人と戦った。見物人が多かった試合でギャラドスに活躍させたから、我ながら良い仕事したと思うが」
「そうかい。そんじゃあ今日の商売が楽しみだねえ。俺としては、そろそろお前さんにもステマだけじゃなくて商売も手伝ってもらいてーんだがねえ……」
「あんたが『コイキングは秘密のポケモンで貴重なポケモン』って言ったらそれを否定して、水辺ならどこでもいるポケモンってことを説明してもいいなら手伝うが」
「お前さんの『嘘はつかない』って信念かい? はぁー……お前さん、不良っぽいくせに変なところで正義感があるから困るぜ」
 グレイとコインがそんなやりとりをしていると、ギラドが割って入ってくる。
「まあまあコインさん。グレイ君のおかげで利益も出ている訳ですし……ステマをやってくれるだけで十分じゃないですか」
「増えた分の利益は、グレイのバイト代、グレイとグレイのポケモンの食費代、に全部消えてるけどな」
「赤字じゃないなら良いじゃないですか」
 グレイとコインが言い争っていると、ギラドがグレイの肩をもって言い争いを収める。いつもの光景である。
 グレイにとっては、コイキング売りの生活は既に日常になっていた。しかし、
(オレ、この生活をいつまで続けるんだ? 大人になってもコイキング売りをやるのか?)
 ふとグレイはそんな事を思った。

 時刻は夕方。グレイはコンドシティをぶらぶら歩いていた。
 ステマ活動はトレーナーが集まる夜にすればよい。
 また最近は、グレイのギャラドスは夜のステマ活動でのバトルで戦闘欲求を満たせるらしく、1日中戦闘を求めるようなことは無くなった。成長して少し落ち着きがでてきたのかもしれない。
 そんな訳で、グレイは夜まで特にやることがない。
(夜になるまでビビヨンとチョロネコだけで特訓するか? ギャラドスには秘密で)
 そんな事を考えながら、露店が並ぶ狭い道をぶらぶら歩いていると、脇の露店のイスに見覚えのある人物がいた。
「よう! エレナ」
「あら……? グレイじゃない! こんな所で偶然ね、元気にしてたの?」
「元気だったさ。親切な誰かが金を貸してくれたおかげで」
 見覚えのある人物はエレナであった。グレイと同じジュニアハイスクールを卒業し、今は一流のポケモントレーナーを目指して旅をしているグレイと同い年の少女である。
 お忘れかもしれないが、グレイはエレナに金を貸してもらい、それを返していない。もちろんグレイが借金を踏み倒して逃げた訳ではなく、単に会う機会が無かっただけであるが。
「エレナ、前に会った時は金を貸してくれてありがとな。返すよ」
「あらどうも。あの……言い方はアレだけど……もうお金には困ってないの?」
「ああ! もう大丈夫だ。貯金してるからな」
「そうなの? アナタ、親からお金もらってないんでしょう? 自分で稼ぎながら旅するのって、大変じゃない?」
「ああ…まあ…意外と…なんとかなるん…だよ…意外と…ね…」
 グレイは歯切れ悪く答えた。
 グレイは、コイキング売り一行に食と寝床を無料で提供してもらい、さらにバイド代まで貰っていることから、財政状況は非常に良好であった。しかし、
(コイキング売りの仲間として仕事してるから、金には困ってない……なんて言える訳ないよなあ……)
 グレイが歯切れ悪く答えた理由はこれである。
 コイキング売りは、ポケモンに無知な者を騙して利益を得るあくどい商売である。もちろんコイキングが本当に必要で買っていく者もいるのだが、商売人コインの嘘に騙されてコイキングを買った者が確かにいることをグレイは知っている。
(なるほどなあ……コイキング売りやってると、どうやって金稼いでんのか説明できないってのは困るところだな。いわゆる『人に言えない職業』だもんな……)
 コイキング売りの仲間になってから一度も知り合いに会っていないグレイには、今日になって初めて気がつく事であった。
 そんなグレイの考えを全く知らないまま、エレナは新たな話題をもちだす。
「ところでグレイ、コイキング売りって知ってる?」
「ああ!? ああ、知ってる。コイキング売りだろ? もちろん知ってるさ」
 突然コイキング売りの話題を出され、一瞬グレイは焦った。
(コイキング売りの事ならよく知ってるさ。エレナが知らない事まで……とても詳しくな)
 と思ったグレイだが、口には出さない。
 エレナは、コイキング売りの話題を続ける。
「知っているならいいの。最近、このコンドシティにコイキング売りがいるらしいから、グレイも気をつけた方がいいわ」
「気をつけるって言っても……コイキングがどういうポケモンか知ってれば、騙される事なんかないだろ?」
「アタシもそう思うの。でもね、そのコイキング売りの店で、なぜかトレーナーがコイキングを買っているらしいのよ」
「へえ…なんでだろうな? 強いギャラドスと戦って、自分もギャラドスが欲しくなったのかもな」
「そういえば最近、この町に強いギャラドスを使うトレーナーがいるって話を聞いたわ」
「へえ…どんな奴なんだろうなあ?」
「アタシも腕試しのために、その強いギャラドスを使うトレーナーと戦いたいんだけど…なかなか見つからないのよね。グレイ、なにか知らないかしら?」
「ちなみにオレ、ギャラドス持ってるけど」
「そうなの? もしかして、強いギャラドスを使うトレーナーってアナタのことだったりして」
 先ほどエレナに『この町に強いギャラドスを使うトレーナーがいる』と言われた時から、グレイは噂のトレーナーの正体は自分の事ではないかと思っていた。
 しかし自惚れな奴だと思われたくなく、さらにギャラドスの話題になって出会いを詳しく訊かれると困るグレイは、適当にはぐらかす。
「それは自分では何とも……」
「ね! アナタのギャラドス、ちょっと見せてくれない?」
 しかしギャラドスを持っていると言ってしまった時点で、話題がギャラドスのことに移ることは変えられない流れであった。
(見せるだけなら大丈夫だろう)
 そう思ったグレイはエレナにギャラドスを見せることにした。
「出てこいKK!」
 グレイはギャラドスをモンスターボールから出した。長い胴体をもつ青い龍のようなポケモンが現れる。
 飯の時間でもないのにモンスターボールから出されたギャラドスはバトルを期待していたようだが、違うと分かるや否や不機嫌になり、グレイを強く睨み付けた。
(ああ……悪かったよKK)
 グレイは冷や汗をかきながら心の中でギャラドスに謝った。
「へえ……さすが……凶悪ポケモンの名に恥じないふるまいね……」
 自分の主に向かって殺意のこもった視線を送るギャラドスを見たエレナは、若干引きつった表情でそう口にした。
(ギラドが持ってるギャラドスは、もっと素直で従順な奴なのにな……)
 グレイは心の中で不満をつぶやいた。
 エレナが再度、口を開く
「グレイは、このギャラドスとどこで出会ったの?」
「こいつは、知り合いのおじさんに貰ったコイキングを育てて進化させたんだよ」
「あら、野生のポケモンを捕まえた訳ではないのね」
 グレイはギャラドスの出会いについて訊かれてドキッとしたが、エレナはそれ以上ギャラドスとの出会いについて追及してくることはなかった。
 グレイは自分が嘘をつくことなく、自分がコイキング売りの仲間であるという事を隠すことができて安堵したが、同時にある考えが浮かぶ。
(エレナには、正直に全て話すべきじゃないか?)
 グレイがエレナと会話したのは2回だけである。しかし、出身の町の外において唯一の知り合いであるエレナを、グレイは親友のように思っていた。
 本当の自分を隠したまま、親友と接し続ける。それは、例え嘘をついていなくとも、自分が反面教師にしている商売人コインによる客を騙す行為と同類ではないか、そうグレイは思った。
「エレナ、実はこのギャラドスは、元々はコイキング売りの商品だったんだ」
「え? でも今、知り合いのおじさんに貰ったって……」
「その知り合いのおじさんこそ、コイキング売りだ。オレはな……コイキング売りとコンビを組んでるんだ」
 グレイはエレナに、自分がコイキング売りの仲間であることを素直に話した。

 グレイがコイキング売りの仲間であることと、仲間になった経緯を聞いたエレナは、グレイに対して少し強い口調で言う。
「ねえグレイ、コイキング売りは今すぐ辞めるべきよ。アナタだって人を騙すのは気分の良いものじゃないって思っているんでしょう?」
「ああ、いや……オレのやっている事はギャラドスで戦うことで、進化前のコイキングを宣伝するってだけで、オレが騙してる訳では――」
「でも! その人たちからバイト代をもらってるってことは、騙しているのと同じことでしょう?」
「まあ……そうだな」
「アナタがそんな人だなんて思わなかった」
 ――『そんな人だなんて思わなかった』――エレナのその言葉は、グレイの心に少し刺さった。
「アタシ、アナタに人を騙すような生き方をして欲しくないの」
 エレナの真剣な眼差しに、グレイは少し戸惑った。
(こんな真剣に目と目をあわせて誰かと話しをしたのって、いつ以来だろうな……最近では親も目ぇあわせて話してくれなかったし……)

 露店の脇のイスに座りながら真剣なやり取りをするグレイとエレナ。そんな2人の隣で暇そうにとぐろを巻いているギャラドス。そんな状況の中、2人の横を通り抜けていくポケモンがあった。
「ん? なんだこいつ?」
 グレイが自分の横を通り抜けたポケモンに気がついた。
 2人の横を通り抜けたのは、紫色で(ひょう)のような引き締まった体に、猫のような少し可愛い頭をもったポケモンであった。
「こいつは確か、レパルダス……!!」
 レパルダスは、チョロネコの進化後のポケモンである。進化前のチョロネコを持っているグレイは、この系統のポケモンがいかに盗みが上手かを知っていた。グレイは、去っていくポケモンがレパルダスであると気が付いた瞬間、自分の財布を確認した。
「くそっ! やられた!! エレナ、財布は無事か?」
「えっ? どういうこと?」
「オレはあのポケモンに財布盗られた!」
 グレイの言葉で状況を理解したエレナは、急いで自分の財布を確認する。
 グレイは横で暇そうにしていたはずのギャラドスに、逃げ出したレパルダスを捕まえるよう指示しようとしたが、流石、ミスター戦闘狂ことグレイのギャラドスは敏感に戦闘のにおいを察知し、グレイの指示なく既に全力で追っていた。
 しかし露店が並ぶ狭い道は、巨体のギャラドス(高さ6.5m)が活躍できるフィールドではなかった。ギャラドスが飛び立った際、露店の看板をぶち破ってしまい、レパルダスに避けられた尻尾による一撃はテーブルとイスの一式を粉砕してしまった。
(やべえ! 取り返した財布の中身が、弁償代で消えてしまう!)
 そう思ったグレイは、ギャラドスをモンスターボールに戻し、代わりに体が小さい2体のポケモン、きれいな(はね)をもつ蝶のようなポケモンのビビヨン(高さ1.2m)と、紫色の猫のようなポケモンのチョロネコ(高さ0.4m)を出して追わせた。
 後からエレナも追いついてきた。どうやらエレナも財布を盗まれたらしい。

 グレイの財布を奪ったレパルダスは追跡劇の開始後、早々に路地裏に入り、グレイの前から姿をくらました。ポケモンに追わせているから良いものの、夕方をむかえて薄暗く視界の悪い路地裏である。グレイだけならば完全に逃げ切られていた。
 グレイとエレナは、チョロネコの案内で路地裏を進んでいた。しばらくすると、路地裏の曲がり角の前にビビヨンがいるのを見つける。
「この角の先にいるのか」
 そう言って、グレイはエレナと共に角を曲がる。
「おい! 財布返せよ」
 グレイはそう言った。財布を盗んだレパルダスに向かってではなく、盗まれた2人の財布を片手で持ちながらレパルダスを撫でている目つきの悪い女に向かって。
 よく見れば、目つきの悪い女の他にも、性格の悪そうな男が横に立っている。
 目つきの悪い女がレパルダスを批難する。
「おい、バレないようにやれって言ったろ……!」
 その言葉に対してグレイが言う。
「お前が指示して盗ませたのか」
「そうだよ。なんか文句ある?」
「もう一度言うぞ……財布を返せ!」
 グレイと長い付き合いのビビヨンは、グレイの言葉で実力行使の気配を察したのかグレイの前に出る。それにつられてチョロネコもグレイの前に移動した。
「ははっ! 誰が返すかよクソが!」
 そう言い、目つきの悪い女はレパルダスと共に路地裏のさらに奥へ入っていく。
 グレイは即座に追いかけようとするが、
「“サイコキネシス”だ」
 性格の悪そうな男が、ポケモンを出しながらそう言い放つ。
「うお!?」
 突然放たれた“サイコキネシス”をグレイはとっさに後ろに下がって避けた。グレイが避けたことで、 “サイコキネシス”はグレイが立っていた地面のコンクリートに当たった。コンクリートは地面から剥がれて砕けた。
「てめえ! 人に向かってポケモンの技を放つとはどんな神経してんだ!」
「いやあ、きみのポケモンに放ったはずなんだが、おかしいねえ」
 白々しい、とグレイは思った。逃げた女を追わなくてはいけない状況で、非常に邪魔である。
 グレイは狭い路地にも関わらずギャラドスを出して指示する。
「ビビヨン、KK、チョロネコ! あのポケモンをとめろ!」
 3体がかりで、性格の悪そうな男が出したポケモンを攻撃して吹っ飛ばし、道を開けた。
「グレイ、逃げた女はアタシが追うわ。アナタの財布も取り返すから」
 エレナは逃げた女を追いかけながら、そう言った。
「ああ、まかせた」
 とグレイは反射的に答えた。エレナが逃げた女を追って、路地裏の奥に入っていく。
 つい反射的に『まかせた』などと言ったが、グレイは判断ミスだと思った。エレナを呼び止めようとしたが、既に姿はない。
 財布を盗んだ者たちは、ある意味では裏世界の人間である。裏世界には、ポケモンを1体ずつ戦わせるなどというルールは存在するはずなく、人間には攻撃してはいけないというルールも存在しない。エレナは一流のポケモントレーナーを目指しているので、以前グレイと戦った時よりもバトルは強くなっているだろう。しかし、所詮は普通の女の子である。不良少年を経験し、浅いながらも裏世界を知っているグレイとは違う。
 グレイが、エレナを1人で行かせたことを後悔したのは、そのような理由であった。
「オーベム! “サイコキネシス”だ」
 再びグレイを狙った一撃が放たれる。グレイは我に返り、横に避ける。グレイに当たらなかった “サイコキネシス”はゴミ箱に命中した。ゴミ箱は跡形もなくはじけ飛んだ。
 ゴミ箱を跡形もなく消した“サイコキネシス”の威力を見たグレイは、相手のポケモンが相当強いことを察し、警戒を強める。
(まあ不良レベル程度の裏世界なら、強いポケモンを多く持ってる奴が勝つってのも基本だ。ここはエレナを信じよう)
 そうグレイは考え、先にこちらをどうにかすることにした。
 相手が『オーベム』と呼んだポケモンをよく見る。二足歩行で大きい頭をもち、手の先には短い指が3本あり、全体的に宇宙人っぽい見た目をしている。
(見たことないポケモンだけど、エスパータイプの攻撃技“サイコキネシス”を使ってきたし、たぶんエスパータイプのポケモンだろ)
 そう考え、グレイは作戦を考える。不謹慎だが、ポケモンバトルではない久しぶりのポケモンを使った暴力に対してグレイは少しワクワクしていた。
 ちなみに、オーベムは相手の記憶を操作する力があり、オーベムに敗れた者は都合の悪い記憶を消されてしまう。
 財布を盗んだ2人組は、盗まれたことに気づかせないスリ技術をもつレパルダスと、もし気づいて追ってきたとしても気絶させて記憶操作をするオーベム、これらを使って長い間常習的にスリをしていたのである。グレイがこれを知るのは後のことだが。

 グレイは、性格の悪そうな男と、男のポケモンのオーベムを相手に本格的に戦いを始めた。
「KK! とりあえず攻撃」
 ギャラドスは敵のオーベムを尻尾の一撃で吹っ飛ばした。オーベムは地面に激突し、いきおいで壁にも激突した。しかし大きなダメージはないように見える。
「KK“かみつく” ビビヨン“むしのていこう” チョロネコ“みだれひっかき”」
 ギャラドスが技“かみつく”で、敵のオーベムに噛みついて動きを止め、チョロネコが“みだれひっかき”の連撃をくらわせ、遠くからビビヨンが攻撃技“むしのていこう”で狙撃する。
「オーベム! “サイコキネシス”だ」
 敵のオーベムは噛みついているギャラドスに向かって“サイコキネシス”を放つ。
 “サイコキネシス”をくらったギャラドスは派手に吹っ飛んだ。それなりにダメージを受けたようだ。
 グレイは敵のオーベムを見ながら考える。
(3体がかりで攻撃したが、そんなに大きなダメージを与えたようには見えない。それに対して敵の“サイコキネシス”だけでKKはあのダメージ。やっぱあのオーベム強ぇな)
 グレイが観察して考えていると、
「“サイコキネシス”だ」
 今度はグレイに向けて“サイコキネシス”が放たれる。
「クソが!」
 グレイは考えを中断してなんとか“サイコキネシス”を避ける。
 次にグレイは、性格の悪そうな男を見ながら考える。
(ポケモンのオーベムは強いが、トレーナーの男の方はカスだな。さっきから『“サイコキネシス”だ』しか指示してない。オーベムをあそこまで育てたのも別の奴だな、きっと)
 ギャラドスとオーベムが小競り合っている間に、グレイは分析を続ける。
(トレーナーの実力的にもカスだし、不良としてもカスだな。あいつは小心者だってオレの直観が告げている)
 相手の分析が終わったグレイは、立てた作戦を実行する。
「チョロネコ! こっちに戻れ」
 グレイの指示で、チョロネコがグレイの横に戻ってくる。
「“サイコキネシス”だ」
 再びグレイを狙った一撃。対してグレイは“サイコキネシス”をチョロネコに受け止めさせた。そして男に向かって言う。
「おい、あんた! 知らねえのか? チョロネコは悪タイプだ。悪タイプのポケモンにエスパータイプの攻撃技“サイコキネシス”は全く効果が無い」
「そ、そんな事は知っている! そ、それがどうした?」
 グレイはわざわざ説明して、“サイコキネシス”がチョロネコに効果が無いという事実を強調した。相手にそれを知らせた上で、新たな指示を出す。
「チョロネコ、あの男に“みだれひっかき”だ」
 ポケモンではなく人間への攻撃指示に、チョロネコは一瞬戸惑った様子を見せる。
(ああ……そういえば、こいつはバトルでない暴力の世界は初めてだったか……)
 思い至り、再度強くチョロネコに指示する。
「これはバトルじゃないんだよ。いいからあの男に“みだれひっかき”」
 チョロネコは指示を遂行すべく、男に近づく。
 男はひどく焦りながら叫ぶ。
「オ、オーベム!! あいつをなんとかとめろ!! お前が攻撃を受け止めろ!!」
「KK、ビビヨン、全力でオーベムを攻撃。チョロネコは男を狙え」
 敵のオーベムは、男に向かうチョロネコを阻止しようとチョロネコの攻撃を受ける。さらにそこへ、ギャラドスとビビヨンの攻撃がオーベムに直撃する。
 男が叫ぶ
「ポケモンに指示して人を攻撃させるなんて、どういうつもりだ!」
「てめえが先にやったんだろうが! 死ね!」
 暴言を吐きつつ、グレイは内心安堵していた。
(あの男がチョロネコに向かって“サイコキネシス”を指示する程の馬鹿じゃなくて助かった。もし“サイコキネシス”を指示してたら、あの男にチョロネコの攻撃が本当に当たるところだった。オレもこの年齢で犯罪者に成りたくはねえからな……)
 敵のオーベムは、男への攻撃を防ぐために行動が制限される。ギャラドスとビビヨンに好き放題に攻撃されようとも、男を守るためにチョロネコを優先的に攻撃する必要がある。ギャラドスに吹っ飛ばされても、急いで戻って男とチョロネコの間に割って入り、攻撃を受け止める必要がある。
 グレイの読み通り男は小心者であり、自分が狙われているという恐怖によって冷静な判断――グレイが本気で男を狙っている訳ではないと気がつくこと――ができずにいた。
 壮絶な集団リンチの末、敵のオーベムは戦闘不能となって倒れた。

********

 時は少し遡って、エレナが逃げた女を追ってグレイと別れた頃。
 逃げる女とレパルダスに対して、エレナはチルットというポケモンを出して追わせることにした。
 チルット、わたどりポケモン。ノーマルタイプと飛行タイプを併せ持つポケモンである。見た目は、空色の丸い体に、雲のような綿のような翼をもつ鳥のポケモンである。
(空を飛べるチルットなら、あの女を見失うことはないはず)
 エレナはそう考えてチルットを出したのだ。
「鳥ポケモンなんか出しやがって、鬱陶しいんだよ! レパルダス“どろぼう”」
 目つきの悪い女は、エレナが出したチルットを潰すために、逃げながら攻撃を指示した。
“どろぼう”は、悪タイプの攻撃技である。泥棒という言葉の意味と同じく、相手が持っている物を盗む効果もある。
「チルット“みだれづき”」
 エレナも対抗して、チルットに攻撃の指示を出す。
 “みだれづき”は、連続で相手を突いて攻撃するノーマルタイプの攻撃技である。1発ごとにそれなりの威力があり、連続した攻撃をまともに全部くらうと大きなダメージを受ける。
 敵のレパルダスの“どろぼう”攻撃がエレナのチルットに当たる。その直後、チルットの“みだれづき”の連撃がレパルダスを襲う。
 チルットもダメージを受けてよろめくが、それ以上にレパルダスもダメージを受けて地面に転がった。
「テメエ、よくもやりやがったな! ここでテメエごと潰してやる!」
 ダメージを受けて転倒したレパルダスを見た女は、逃げるのをやめてエレナの方を見ながらそう言った。
「行け! オニドリル! オオタチ!」
 目つきの悪い女は、ドリルのような鋭いクチバシをもつ鳥のようなポケモンのオニドリルと、胴の長いイタチのようなポケモンのオオタチを新たに出した。
「おい! オニドリル“ドリルくちばし” オオタチ“みだれひっかき”」
 女はそう言いながら、攻撃対象を指でさした。女の指がさしたのはチルットではなく――
(えっ……!? アタシ?)
 敵のオニドリルの“ドリルくちばし”と、オオタチの“みだれひっかき”がエレナに迫る。
(し、死ぬ――)
 エレナは突然のことに対応できず、手を前に出して目をつぶることしか出来ない。
 しかし、攻撃が到達するタイミングになってもエレナに痛みは訪れない。
(ど、どうなったの……?)
 エレナは恐る恐る目を開け、状況を理解した。エレナのチルットが、敵のポケモン2体の攻撃を受け止めていた。
 2体の攻撃技を受けて大きなダメージを負ったチルットは、戦闘不能となって倒れた。
「あっははは! トレーナーをかばって戦闘不能になるとは! 泣かせるねぇ!」
 目つきの悪い女がエレナに向かってそう言葉を投げかけた。
(……ゆるせない!)
 エレナに言いようのない怒りが湧いてくる。人を襲うように指示した女に対して。それから、突然のことに動揺したせいでチルットを戦闘不能にしてしまった自分自身に対して。
(ポケモンに守られるだけでなく、ポケモンを守るのがトレーナー。そうでしょうエレナ?)
 エレナはそう自分に言い聞かせ、モンスターボールを2つ取り出して新たにポケモンを出す。
「ジュプトル、アブソル、アタシを信じて! アタシがアナタたちを導いてみせるから」
 エレナは新たな決意を胸に、指示を出し始めた。

********

 性格の悪そうな男のオーベムを倒したグレイは、ポケモンマルチナビ、略してポケナビという多機能な携帯端末を使って男を警察に通報し、警察の到着を待っていた。
 ちなみに男はギャラドスの長い胴体に巻かれている。
 グレイが『少しでも怪しい動きをしたら締め上げる』と脅したら男はおとなしくなった。
 しかし男もなんとかして逃げようと、グレイにしつこく言葉をかけてくる。
「お、おれは、お前の財布は持ってないぞ!」
「んな事、分かってるよボケ!」
「に、逃げた女を追ったらどうだ!? お、おれを捕まえてもお前の財布は戻らないぞっ!」
「逃げた女は、オレの友達が追っている。オレの分の財布も取り返してくれるだろう」
「ほ、本当に取り返せると思うのか!? あの女は人を容赦なく攻撃する暴力人間なんだぞっ!」
「それはテメエもだろうがカス!!」
 暴言で答えるグレイだが実際の所は図星で、エレナの事は心配でもあった。
(エレナなら大丈夫だろう。余計な事は考えるな)
 心配の気持ちを紛らわすために、今度はグレイから男に声をかける。
「しかし人の財布を盗むとは、お前らも悪人だな」
「『お前ら』? お、おいおい……冗談はやめろよ。おれは盗みなんてしてないさ」
「あ? 白々しいこと言うなカス! 盗んでんじゃねーか!」
「お、おれは、追いかけられている仲間を助けてるだけだ」
「そのお前の仲間が財布盗んでんだよ!」
「お、おれは仲間が財布を盗んでるなんて知らなかったさ。き、きみから聞いて初めて知ったんだ」
「女がお前の横でレパルダスから財布受け取ってんのを、隣で見ておいてか?」
「そ、それは……そう、盗んだ財布とは知らなかったんだ!」
「言い訳が苦しいぞ。お前、女が盗んだ財布の中身、もらってんだろ?」
「た、確かにおれは、あの女を助けた後、金をもらっている。だが、それはおれが盗んだ金じゃない」
 性格の悪そうな男は、言葉を続けて言う。
「お、おれがやっている事は、追いかけられている仲間を助けることだ。そして、逃げる仲間を助けると『なぜか』仲間がおれに金をくれる。そ、それだけだ。助けた仲間が財布を盗んでいるとは知らないし、仲間から貰った金が盗まれたものとも知らない。つまりおれは何も知らないんだ!」
 実際にはこの性格の悪そうな男は、目つきの悪い女とコンビを組んで盗みに加担している訳だが、直接自分が盗んでいない事をいいことに、知らなかったという言い訳で逃げるつもりである。
 建前としては、追われている仲間を助けると、後で『なぜか』金がもらえる。そういう主張である。
 もちろんグレイは、男が盗みに積極的に協力していることは分かっていた。
 しかし、男のその言い訳を聞いたグレイはふと、この事件が起こる前にエレナと会話していた時の情景を思い出した。
 ********
『ねえグレイ、コイキング売りは今すぐ辞めるべきよ。アナタだって人を騙すのは気分の良いものじゃないって思っているんでしょう?』
『ああ、いや……オレのやっている事はギャラドスで戦うことで、進化前のコイキングを宣伝するってだけで、オレが騙してる訳では――』
『でも! その人たちからバイト代をもらってるってことは、騙しているのと同じことでしょう?』
 ********
(あー……オレも同じような事、やってたな。この男の外道さに比べれば、オレの方がマシと信じたいが……)
 エレナとの会話を思い出し、グレイはそう思った。
 なおも言い訳を延々と続ける男に向かって、グレイは暴言を吐く。
「うるせーな、黙ってろよ!」
 グレイの言葉にビビった男は、それ以降口を閉ざした。
(コイキング売りは今日でやめよう。目の前にいるカスと同類っていうのは嫌だし、なによりエレナとは良い関係を保ちたいしな)
 グレイは静かに決心した。

********

 目つきの悪い女とエレナの戦いが続いていたが、決着は目前であった。
「ジュプトル“リーフブレード” アブソル“でんこうせっか”」
 エレナのポケモンの攻撃が、敵ポケモンに直撃する。敵のポケモンは、今の攻撃によって戦闘不能となって倒れた。
 自分のポケモンが全て戦闘不能になった事を確認した女は、再び逃げ始める。しかし、エレナのポケモンが追いつき、逃げた女を取り押さえた。
「グレイとアタシの財布、返してちょうだい!」
「けっ! こんなモンがそんなに大事かよ!」
 そう言いながら、女は盗んだ財布をエレナの顔に向けて投げつけた。
 財布を取り返したエレナは、先に述べたポケナビという多機能な携帯端末を使って女を警察に通報し始めた。
「おいおい! 財布は返したろ! これ以上何が不満なんだよ!?」
「アナタのやった事は、立派な犯罪よ」
「たかだか財布盗んだだけだろうが!」
「それが犯罪だって言ってるの」
 しばらく抵抗していた女は、やがて身体能力において人間はポケモンに勝てないという誰もが知っている事を悟り、抵抗を諦めた。
 目つきの悪い女がエレナに話しかける。
「なあ、あんた。金に困った経験ないだろ。見れば分かるさ。あんたは親に金をもらいながら旅してるトレーナーだろ?」
「なに? 突然……」
「あんたは、金を恵んでくれる親がいるから、たまたま財布を盗まなくても生活できる立場にあるだけだ」
 目つきの悪い女はさらに言葉を続ける。
「あんたは、盗みは立派な犯罪だ、なんて言うけどな。もし親が突然金をくれなくなったら、あんたも他人の財布を盗むかもしれねえんだぞ?」
「……」
 エレナは言葉につまった。『アルバイトでもして、自分で稼げばいいじゃない』とは言えなかった。親から金をもらっている自分が言える言葉ではないとエレナは思った。
(グレイなら言えるのかしら? 『自分で稼げばいい』って……)
 そう思ったエレナだが、程度が違うとは言えグレイも完全に白とは言えない方法で金を稼いでいる事を思い出した。
(アタシ、自分の正義ばかり振りかざして……親からお金をもらえないグレイの苦労を分かってなかったわ……)
 程度は浅いながらも、裏世界に初めて触れたエレナは、自身の価値観に確実な変化を起こしていた。

 
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