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雲は遠くて

作者:いっぺい
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113章 信也と竜太郎、本田宗一郎を語り合う 

113章 信也と竜太郎、本田宗一郎を語り合う

 8月6日、曜日。朝から晴天で、最高気温は34度と、猛暑であった。

 午後の5時を過ぎたころ。
ビアダイニング・ザ・グリフォン(The Griffon )の、
9席あるカウンターで、川口信也と新井竜太郎のふたりは、
黒ビールを飲んでいる。

 料理は、店の自慢の、外はパリッと、中はジューシーな、
3種のソーセージをふた(さら)注文した。

 ザ・グリフォンは、渋谷駅から歩いて3分の、幸和ビルのB1Fにある。
20種以上のクラフトビール(地ビール)を用意してある。
落ち着いた雰囲気の、39席がある店だ。

「日本の社会が、こんなふうに元気がないのは、ひとことで言ったら、
子どものころにあった純真さとでもいうのかな、
そんな希望や夢を持っていたころの心を(うしな)っちゃったことが原因なんですかね?!
おれは、はっきりと、そんなふうに感じているんだよ、しんちゃん。あっははは」

「あっははは。そのとおりでじゃないですか。おれも同感します。
しかし、社会のシステムというか、制度というか、その仕組みというのか、
グローバルな競争とか、格差社会は広がるしで、
人々の環境は日に日に(きび)しくなっているようで、
ほとんどのみんなの、元気で明るかった子供のころの、純真さや無垢(むく)な心は、
知らないうちに、(すさ)んだり、衰弱していくように感じますよね。
ねっ、竜さん!」

「まあ、おれたちの、エタナールとモリカワが、共同事業で展開している、
『ユニオン・ロック』は、こんな世の中に対する、抵抗みたいな感じで始めたんだけどね!
・・・おれの思いつきで始めたことだったんだけど、
社内では、こ企画に反対ばかりだったんだけど、開始できてよかったって、思っているんだよ。
まったく、しんちゃんとか、モリカワさんたちと付き合いだして、しんちゃんたちを見ていて、
童心を忘れないで、大切にしながら、ビジネスをしている人たちっているんだって、
おれ、目から(うろこ)でね、あっははは。
それで、おれのそれまでの価値観とか、思い上がりとかを、すごく反省させられたしね。あっははは。
まあ、その結果、『そうだ、芸術的な慈善事業を(おこ)して、子どもたちの支援とかにつなげれば、
それは、みんなが芸術的なことの価値についても考えることになったりするだろうとかで、
その結果、社会を良くすることにも役立つんじゃないかな!?』って感じで、
思いついたアイデアだったんだよ、『ユニオン・ロック』は。あっははは」

「それが、ものの見事に的中していますよね。
『ユニオン・ロック』は、芸術活動を無償で支援するユニークな慈善団体として、
大成功で、エタナールとモリカワは、世界からも注目ですもんね、竜さん!」

「でも、同じ業界からは、嫉妬(しっと)皮肉(ひにく)も多くてね、しんちゃん。あっははは」

「あっははは、あんなの、どうでもいい連中ですよ、竜さん。ああ、おれ、()っちゃいました、
あっははは。
竜さん!竜さんも、いずれは、エタナールの社長になるんでしょうけど、
経営者には、絶対に、子どものような、純真な心が必要だと思いますよ。
おれの好きな経営者に、ホンダの本田宗一郎さんがいるんですけどね。
本田さんは、こんな言葉を語っているんですよ。
『技術と芸術の共通点は、自分に忠実であることが、()いの残らないものを作るための、
最低条件であるという点だ。私が最も美しいと思うものを、
同時代の多くの人もそう思ってくれると信じてきた』ってね、いいことを言っていますよね、
本田さんって、一流の芸術家でもありますよね、こんな考え方ができるんですもん。
おれ、本田さんの言葉で、一番のお気に入りかなあ、これが!
別冊宝島の『本田宗一郎っていう生き方』に()ってたんですけどね!」

「いい言葉だね、しんちゃん、
本田さんも、童心を忘れないで大切にした素晴らしい経営者だったんだね、
おれも尊敬しちゃうな。あっははは」

 信也と竜太郎は、目を合わせて、陽気に笑った。

≪つづく≫ --- 113章 おわり ---
 
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