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豹頭王異伝

作者:fw187
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潮流
  魔道師の想念

 マリウスの歌は魔道師達に中継され、パロ全土に様々な波及効果を齎したが。
 ケイロニアの竜の歯部隊、金犬騎士団の猛者達も涙を流していた。
 我先に剣を掲げ黒魔道と竜王の脅威を掃う希望の象徴《シンボル》、豹頭王に差し出す。

(我々も絶望の闇と恐怖に脅える無辜の民を救う為、王と共に戦います!!)
 数万の瞳には強い光が宿り、心中の絶叫が仄見える。
 イェライシャの指が動き、放出された精妙な波動が空間を揺るがせた。
 ケイロンの勇者達が差し出した剣が煌き、一斉に大地を離れ頭上に浮揚。
 眼を疑う彼等の眼前で無数の武器が空中を飛翔、一点に集中し光に包まれる。

 万を越える数の剣と槍が光の中で合体を遂げ、一振りの見事な黄金の剣に変貌。
 光の剣は燦然と輝き優雅に空中を漂い、グインの眼前に静止。
 ゆっくりと黄金の剣を手に取り、唇を付ける豹頭王。
 戦士達の想いを代弁した幻の剣は一際、輝きを増す。
 次の瞬間、黄金の剣が無数に分裂。
 スナフキンの剣と同様に空を駆け抜け、戦士達の鞘へ納まった。

(公衆の面前で奇術師の如くに魔道を使い、心を惑わす行為は禁じられておるのだがな。
 1万1千振りの剣に一々、唇を付け騎士達に返す暇は有るまい。
 王は時間を節約し進軍に移る方が好都合であろう、皆も気持ち良く新たな戦いに臨める。
 わしは純粋な白魔道師ではないからな、掟破りではあるが大目に見て貰うさ)
 闇の司祭であれば珍しくも無い事だが、ドールに追われる男が意外にも軽口を叩いた。
 マリウスの歌に普段は統制されている感情の疼き、内心の動揺が仄見える。

 グインは多少、マリウスの歌に免疫が有る。
 不可思議な光の宿った穏やかな瞳が瞬き、生真面目に丸い頭を下げ老齢の魔道師に応えた。
(礼を言うぞ、イェライシャ。
 ついでと言っては何だが、もうひとつ頼みがある。
 御苦労だが再び、キタイへ赴きてくれぬか。
 リー・レン・レン達や望星教団、竜王の脅威に曝される者達を護ってやってくれぬか。
 クリスタルを陥した後に俺が遠征の準備を整え、キタイへ乗り込むまでの間だけで良い)

(王よ、少し時間を貰いたいのだが。
 わしが戻るまでの間、マルガに向け軍を進めていてくれぬか?
 ヤーンに懸けて誓うが悪い様にはせぬ、白魔道師共とは連絡を保ち何かあれば駆け付けるよ。
 わしにも多少の利害や都合と云うものがある、竜王の罠を覆す手品の種を仕込む時間も要る)
 グインの閃かせた思考を難無く読み取り、黒から白へ転向した魔道師が応えた。
 我が意を得た、さもありなんと満足気な気配が微かに漂う。

(一刻も早くパロを解放し、キタイへ赴かねばならん。
 其の為には古代機械のマスター、アルド・ナリスの力も大いに必要となる。
 マルガ入りを俺も急ぎ、クリスタル解放の戦いを可及的速やかに始める心算だ。
 リー・レン・レン達を宜しく頼む、キタイの民には強力な魔道師の援護が大いに必要となろう。
 中原に暮らす全ての国々には青星党の若者達、望星教団の戦士達を助ける義務がある。
 彼等の犠牲に拠り竜王は一時的に去り、パロの闇を掃う勝機が見えるに至ったのだからな)

 ドールに追われる男が虚空に溶け、閉じた空間を開こうとした刹那。
 老魔道師の強固な精神結界《サイコ・バリヤー》、心理学的な障壁に後輩の念波が接触。
 敵対する意志を持たぬ崇敬の思念波が許容、変換され超上級者の脳裏に声が響いた。
 同時に数多の思念を統合、凝縮した精神波動の結晶体が実体化。
 ヴァレリウスが直接心話を送信せず、ギール達を経由する非礼を詫び事情を説明する。

(誠に申し訳も御座いませぬ、イェライシャ老師様。
 心話を直接送る事で、キタイの竜に付け入る隙を与えたくありません。
 老師から見れば無用の気掛かり、取り越し苦労かも知れませんが勘弁して下さい。
 ディーン様の歌を贈って頂いた事にも深く感謝します、この御恩は一生忘れません。
 全滅した偵察隊の消息も御報せ下さり、パロ魔道師ギルドを代表して御礼を申し上げます。
 同期の者や師弟から彼等に届けたかった想い、努力を褒め称える多数の念を凝縮しました。
 寄せられた多数の想念を統合、圧縮思念を創造しましたが彼等に届ける手段がありません。
 老師の御手を煩わせる事は本意ではありませんが、御持参を願えませんか。

 キタイへ飛ぶ際、或いは帰還される際で構いませぬ。
 フェラーラ付近で果てた彼等の魂に、御渡し頂ければ真に幸いです。
 圧縮思念に篭もる想念には、彼等を成仏させる程の魔力はありませんが。
 懸命に任務を遂行し最期まで諦めなかった彼等に、報いる術が他に見当たりません。
 彼等を供養するとは申しませんが、せめて墓前いや魂に供えたいと思います。
 足手纏いとは百も承知ですが、必ず何時の日か御恩は返させて頂きます。
 パロ魔道師一同より、謹んで御願い申し上げます。
 我等の想いを、異国の地で果てた同胞へ御届け下さい)

 上級魔道師ギール、下級魔道師ディノン、コームは深く頭を垂れ数多の《想い》を中継。
 優和な微笑を見せた超上級魔道師は圧縮思念を懐に納め、閉じた空間へ闇に消えた。


 マルガで留守を預かる参謀長は、パロ領内の全騎士団が歌の力で正気に返るかと期待したが。
 レムス軍の将兵は精神支配《サイコ・コントロール》下にあり、歌から遮断されていたらしい。
 パロ魔道師軍団の中にも、催眠暗示能力者(ヒュプノ)の素質を持つ者は皆無ではないが。
 キタイの竜王が操る強力な精神操縦、後催眠の解除(リセット)は事実上不可能。

 タラント軍2万は動揺の色を見せず、レムス軍に合流。
 国王側の軍は総勢7万となるが幸い、マルガを急襲する気配は無い。
 パロ最強の魔道師は、身も蓋も無く現実的に戦況を考察。
 古代機械から片時も離れず、主を護る事に専念する。

(俺が竜王なら閉じた空間を遙に凌駕する瞬間移動の秘密を求め、古代機械の確保を図る。
 キタイの反乱なんぞ放り出して機械の操縦方法を知る唯一の存在、ナリス様を狙う。
 レムスに憑依する竜王は魔宮に豹頭王を誘い込み、捕獲する絶好の機会《チャンス》を逃した。
 ヤンダル・ゾックと云えども闇の司祭と同様、グインを圧倒するには力不足と云う事かな。

 キタイ全土に渡る規模の大規模な反乱と言っても、互いの連絡が無ければ各個撃破は容易な筈。
 ナリス様に催眠暗示を掛け古代機械を操縦させ、瞬間移動を駆使すれば形勢は一気に逆転する。
 竜王が本当に中原から一時的に撤退した場合、闇の司祭グラチウスはどう出る?
 競争相手の不在に附け込み古代機械、ナリス様を横から臆面も無くかっ掠う。

 如何にも黒魔道師の元締め、くそ爺いの好みそうな悪辣な手口じゃないか?
 魔の胞子に気付かない風を装い、俺を捨て石にしようとした恨みは忘れん。
 八百年も生きてる奴なんか、信用出来るもんか!
 俺は何が起きても此処を動かず、ナリス様の傍から一刻も離れんからな!!)

(ふん、姑息な手を使いおって。
 ゴーラの狼共の周りには、強力な結界が張り巡されておる。
 マルガの子羊共を喰らえ、と嗾けるに何の問題も無い。
 南の鷹は草原に立ち去り、カラヴィア軍の護衛は1級魔道師に過ぎぬ。
 わしには壮大な野望がある、小鳥の歌なんぞに邪魔されはせぬぞ)

(何が姑息だよ、同じ穴の狢じゃんか。
 おじじだって、アルセイスで似た様な事やっただろ?
 空にでっかく、汚い爺いの顔なんか映しちゃって。
 《石の眼》ルールバ、《矮人》エイラハに手伝わせてさ。
 どうせならもっと、マルガのお姫様みたいに綺麗な顔を映しゃ良いのに。
 まぁ、あんだけ拡大されちゃ、大抵の美形でも厳しいけどね)

(やかましい!
 おまえは黙って、くねくねしとればいいんじゃ!!
 イェライシャめ、余計な真似をしおって。
 今度とっ捕まえたら、新開発の胞子を植え込んでくれる。
 アルセイスの地下牢より遙かに強力な結界、鬼面の塔に閉じ込めた上でな!)

(ふんだ、馬鹿馬鹿しい。
 長舌ババヤガに作らせてる《魔の胞子》の変種だって、未だ出来てないくせに。
 暗黒魔道師連合なんて、大した事ないね!
 あの小汚い3匹位しか結局、使い物にならね~んじゃね~の。
 ヴァレリウスの方が、よっぽど役に立ってんジャン。
 ばーか、ばーか)

(うるさいわい。
 良い加減に、黙らんかい)
 グラチウスが心話で喚き、網状の何かを投げた。
 油断していたユリウスを頭から、すっぽり覆い尽くす。
 怒ったユリウスは、何とか外に出ようと暴れまわるが。
 見掛けに拠らず強靭な材質であるのか、破れる気配は毛頭無い。

 口の減らない古代生物を黙らせた老人の前には、透き通った水晶(クリスタル)の玉。
 ゴーラ王の天幕内部が映し出され、昼間から酒を飲んでいる3次元立体映像が投影される。
 誰かに見られているとは思いも拠らぬ情緒不安定な冷酷王、イシュトヴァーンの許へ。
 マルガに送り込んだ伝令が1人、戻って来た。 
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