小才子アルフ~悪魔のようなあいつの一生~
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第十一話 良家の子弟の強み
前書き
第十一話ですが…。
ブルーノが参謀と化してます。ってか黒いです。主役奪う気満々?
ブルーノの声は進藤尚美さん、ホルストの声は松岡洋子さんで脳内再生してください。
…悪魔たちが出てこないのは皇帝陛下にまむし酒と『名君の素』を飲ませている最中だからです。比喩ですよ比喩。
「おお、グリルパルツァー生徒、クナップシュタイン生徒」
二日後、俺がシュテーガー校長にオイゲン公子を引っ張り出す件でブルーノたちの協力を求めたことを報告し、チームでことに当たる許可を求めに校長室を訪れたとき、校長は使者役を務めたのであろうツィンマーマン男爵の執事を前に、男爵からであろう手紙を読み終わったところだった。どうやらブルーノの大伯父上、クナップシュタイン男爵は大甥の頼みを迅速に聞き届けてくれたようだ。
『おーい!…いてててて!』
『黙って!』
俺たちの顔を見た途端に安心しきった表情になった校長と執事の気の抜けた顔に俺はまたしても声をあげそうになったが、爪先に走った激痛と足を踏むブルーノのフェンリル狼のような顔に危うく思いとどまった。
この任務を打ち明けて以来、ブルーノが急速に俺に対して遠慮がなくなってきているような気がする。こいつ、実は腹黒で俺を傀儡化して実権を掌握するつもりなんじゃないだろうか。お行儀よくすまして育ちの良い美少年を装っているが、もしかするととてつもないワルなのかも。
「遅くなって申し訳ありません。手遅れになってはいないかと、ずっと心配しておりました」
「いや、心配には及ばない。ちょうど男爵からもう一度息子を説得する、鞭に物を言わせても言うことを聞かせるからしばらく時間をもらいたいとの書状が届いている」
痛覚と妄想を意識から遮断して居住いを正し、詫びの言葉を口にするまできっかり三秒。
幸いにして訝しまれることはなかったが、痛覚を遮断しながらでは横から伸びてきて男爵の手紙を受け取ろうとするブルーノの手に先んじるのは無理だった。
「拝読いたします。『家長たるの務め父親たるの務めを果たせず今日に至るは我の無力のゆえ、いかように処罰されるも覚悟の上なり。なれど、我もコルネリアス一世陛下以来の武門の者なれば、死すならば叛徒との戦いの戦場に倒れたし。我が先祖の槌の功をご記憶くださるならば、鞭に物を言わせても務めを果たさしめるゆえ、今一度愚か者に対し父として家長としての責務果たす機会をお与えいただきたく。鞭に物を言わせて尚改心せざる折には家伝の槌に物を言わせ、ツィンマーマンの家名と所領領民を陛下にお返し申し上げたるのち我は毒杯を仰ぎヘルのしろしめす地下に赴きてルドルフ大帝陛下、コルネリアス一世陛下、今上陛下にとこしえにお詫びし続ける所存なれば、何とぞ今暫くの時をお貸し願いたく存ずる…』」
「さすが武門の名家、典礼省からは早急の報告を求められているが、ここまで頭を下げられては私としても、無碍にはできぬ」
校長は俺とティーンズ・アルトの美声で読み上げたブルーノを見て言った。
聞かせてみろ、ということだと俺は直感した。
「それは、助かります。私も時間をいただきたいとお願いしようと思っていたところです」
「詳しく聞こう」
身を乗り出してきた校長に俺は用意しておいた資料を提示した。
「来週行われる装甲擲弾兵の戦技トーナメントの観戦に公子をお誘いするつもりです。同級であるレーリンガー男爵家のルーカス公子も手紙を書いてくださるそうです」
「なるほど、同じ男爵家嫡男であるレーリンガー生徒からの誘いがあれば、断りはすまい。装甲擲弾兵の優れた力量を目の当たりにすれば、ツィンマーマン生徒も己の未熟を悟るだろう」
シートから身を乗り出した校長はルーカスの行動が俺の仕込みであることはすぐに気付いたようだったが、成り上がりの俺が『単独で行動せず、しかるべき人物の助けを求めた』ことに気を良くしたのかその点については何も言わなかった。
承認を得た。俺は小さくガッツポーズすると、心の中で快哉を叫んだ。これで貴族限定だが、役に立ちそうな奴をチームに引き入れることができる。ホルストたちについては別の口実を作る必要があるだろうが。
『ね、言ったとおりだろう?』
『ああ…先達の言うことは聞くものだな』
ごく小さな動作を目ざとく見つけたらしく、校長たちに見えないようこっそり片目をつぶってウィンクしてきたブルーノに、俺は内心舌を巻きながら答えた。
脳裏に昨日の出来事が浮かぶ。
「まずは話しやすい相手から話した方がいいと思う。マルカード…ルーカスがいいだろう」
ルーカスを仲間に引き込みオイゲン公子に手紙を書いてもらうというのはブルーノの案だった。ブルーノは生真面目で友好的かつ温厚な性格から友達も多く、一門はもとより一門外の貴族や家臣からも好かれており、あちこちの家の情報に通じている。俺と一緒にお館様の側近として特別教育を受けているだけでなく生来の貴族として学び、貴族社会の知識も豊富である。だがそれを活用する思考法にも優れているとは思っていなかった。
「なぜルーカスなんだ?あいつの説得で出てくるような傲慢さなら、とっくに出てきているだろう」
当初俺は休暇の間に調べた情報、地上軍の名門としてのツィンマーマン家の歴史とオイゲン公子の力自慢かつ自信家な性格を利用して、剣術あるいは格闘技の教師の助手として屋敷に乗りこみ叩きのめして怒らせ、引っ張り出すつもりでいた。
コルネリアス一世の大親征当時まだ黄金拍車の騎士だった当主が装甲擲弾兵副総監として元帥杖を与えられ随行し、超合金製の槌を振るって共和主義者の兵士をなぎ倒した功績で男爵を授けられたというツィンマーマン家の人々は揃って自信家揃いであるらしい。ならば、怒りで誇りを燃え上がらせるのが最も早く、なおかつ元の体たらくに戻ってしまう危険も少ないだろう。
怒らせるための段取りもなだめる段取りも、必要な人材も考えてあった。
だがブルーノは俺の計画を性急だと断じた。
「そこさ」
疑わしげな俺に片目をつぶってファイルを取り出すと、ブルーノはルーカスを引き込む理由を語り始めた。
「レーリンガー男爵家とツィンマーマン男爵家の三代前の当主は近衛師団で同期なんだ。直接の血縁はないけど回り持ちで親戚でもあるし、僕らよりはオイゲン公子の性格をよく知っている。家同士の付き合いも親密で、お互いの一族が経営する企業に一族を役員として送り込んだり郎党を推薦したりして密接に繋がってる」
『これは、いけるぞ…』
一分も話を聞くうち、俺はブルーノの案を取り入れてプランを修正したほうが成功率が遥かに高いと気がついた。
なるほど、いきなり押し掛けて大声を出すより同年のルーカスからまずは遊びに誘われたほうが出て来る可能性は高いだろう。加えて恨みを買う可能性も低くなる。屋敷で、自分の城で面子を潰されればオイゲン公子は俺を憎むだろうし、場合によってはツィンマーマン家の家臣や領民、最悪ルーカスやレーリンガー男爵家の人々までもが俺を憎むことだってあり得る。オイゲン公子は俺たちからすれば確かに鼻持ちならない豚野郎だが、家臣や領民からすれば自慢の若様なのだ。逆に好むところをうまくくすぐって動かす計画ならば、彼らの協力も得られるし将来に禍根を残すこともない。
「ルーカスが動けば、末流の帝国騎士や平民の家臣も動く。繋がりのあるツィンマーマン一族からも働きかけが強まる。そういうことか」
「そういうこと」
得心した俺にブルーノはにっこりと微笑んだ。
『これが、生まれながらの貴族か』
ブルーノの笑顔ににわか貴族と生まれながらの貴族の違いを改めて思い知らされ、俺は内心見下していたところもあったブルーノに対する評価を大いに改めた。才覚や知識では負けなくても、貴族社会の住人としての常識、思考法。貴族社会で生きる術では、俺はブルーノに遠く及ばない。ブルーノのそうした長所は俺を大いに助けてくれるだろう。
『心の底から思う。俺はいい友達を持った』
野心を司る心でいい拾い物をしたと思い闘争を司る心で負けたくないと思うかたわら、俺はブルーノと親友になれたことに心の底から感謝した。
もちろん、感激してばかりはいなかったが。
「…来週、装甲擲弾兵本部で装甲擲弾兵の戦技トーナメントがあるな。公子は戦技の試合は嫌いじゃない。ルーカスが一緒に観戦したいと言えば…オフレッサー大将に会わせるとでも言えば必ず、乗ってくる」
「さすが、アルフ。ツィンマーマン男爵もレーリンガー男爵も装甲擲弾兵には選ばれなかったけど、地上軍で勤務した経験がある。頼めばそのぐらいの口はきいてくれるだろう。あとは、君のプランどおりだ」
人脈、コネの活用法もしっかり勉強させてもらおう。
思いつきを修正プランにうまく組み込んだブルーノの頭の良さとこだわらなさに、俺はもう一度大神オーディンに感謝した。
「…そこまで楽観視はしておりません」
「かのセバスティアン・ミューゼルのように救いの手を拒絶するだろうと、卿は言うのか」
回想から現実に戻った俺の言葉に安心から一転、落胆の表情を見せた校長と執事に、ブルーノが間髪入れず補足する。
「ただ観戦するだけならその危険もあります。ですが、眠っている先祖の血が目覚めて燃え上がれば、不安はないでしょう」
「当日は装甲擲弾兵副総監オフレッサー大将がトーナメントを観戦に来られます。決勝戦の後にオフレッサー閣下から観戦の学生で我と思うものはと挑戦者を募っていただければ、オイゲン公子も手を上げられるでしょう」
貴族らしく先祖の血、という単語に再び期待に顔を輝かせた校長──このおっさん、無邪気すぎる。絶対悪いことはできないタイプだ──は俺が計画の詳細とクナップシュタイン男爵経由でレーリンガー男爵にオフレッサー大将のトーナメントへの臨席を頼みこんだ通信文の写しと喜んで承諾する旨が大書きされたオフレッサー大将からの返書の写し、トーナメントのプログラムを見せると、満面の笑顔になって水飲み鳥のように頷き始めた。
「いいだろう。君たちの他に成績優秀者を何人か、幼年学校代表として観戦に行かせよう。これと思う者がいれば指名したまえ。できる限り希望をかなえよう」
「ではシュラー、バルトハウザー、ハーネルの三名を」
すかさず同期の三人を指名するブルーノ。事前に俺が話をつけてあることは言うまでもない。
ブルーノと同じ階級の者同士仲がいいシュラーは辺境の貴族シュラー子爵家の分家の出、祖父は近衛兵に選ばれた剣の達人で本人も剣がうまい。地上軍の大佐を父に持つバルトハウザーはホルストの喧嘩友達のような存在だ。父は戦闘機乗り──上官はグスタフ・イザーク・ケンプ少将といって、ワルキューレ運用のスペシャリストであるらしい──のホルストを入れた三人とも、戦技の成績は学年上位につけている。もちろん俺たちも同じだ。
「我々がまず名乗りを上げます。先陣はバルトハウザー」
「バルトハウザーは学年はもとより全校でも知らぬ者のない火の玉小僧、うまくすれば先陣の彼の雄叫びだけで火がつくことでしょう」
「うむ、うむ」
そして俺たちを押しのけて挑んで一発でのされて諦め悪く挑み続け、オフレッサー大将に一喝される。オイゲン公子は学校に出席し、校長はお褒めの言葉をいただく…俺たちにも分かる幸福な未来予想図を思い浮かべて頷き続ける校長はもはや事が成功したかのような顔で、もはや説明を求めようともしなかった。
「期待しているぞ、グリルパルツァー生徒、クナップシュタイン生徒」
俺たちを退出させると隠そうともせずにワインとキャビア──誰の仕業かラベルに『不良品』と書かれたシールが貼られているのが一瞬見えた──を取り出しツィンマーマン家の執事と酒盛りを始めた校長に呆れるべきか利用すべき相手の一人にリストアップすべきか、俺はその後しばらく大いに悩んだのだった。
後書き
勇者王にならずにアズラエルになりそうだな、このブルーノ。
不良品のラベルを貼ったのはもちろん悪魔どもです(笑)
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