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ワーグナーの魔力

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第一章

                 ワーグナーの魔力
 リヒャルト=ワーグナーの音楽については多くの者が古来より色々と言っている、それも肯定するものから否定するものまで。
 ドレスデンの学校で音楽を教えているペーター=シュツルムも生徒達に言っていた。
「よかれ悪かれワーグナーは巨人ということだよ」
「巨人ですか」
「音楽の巨人なんですね」
「彼が与えた影響は大きいからね」
 それ故にというのだ。
「それもかなりだね」
「ベートーベンと同じ位ですか?」 
 生徒の一人がシュツルムに質問した。
「あの人と」
「匹敵するね」
 シュツルムも否定しなかった。
「実際に」
「それ位凄いんですか」
「うん、彼から音楽はまた変わったからね」
「だからなんですね」
「ワーグナーが後世に与えた影響は大きくて」
 そしてというのだ。
「彼について言っている人は今も多いね」
「そうなんですね」
「そう、ワーグナーは確かに巨人だよ」
 紛れもなく、というのだ。
「彼が与えた影響は本当に大きい、そしてね」
「そして?」
「そしてっていいますと」
「ワーグナーの音楽を実際に演奏してみたけれど」 
 先程までCDをかけていた、そのうえでの言葉だ。
「どうだったかな」
「奇麗っていうか」
「スケール大きいですね」
 生徒達もこう言う。
「独特の感じがします」
「お城にいるみたいな」
「森や湖が傍にある」
「ドラゴンや妖精がいる森ですか」
「そんな感じがしました」
「そう、ワーグナーの音楽は人の心にね」
 それ自体にというのだ。
「不思議な位訴えかけてくるんだ」
「だからですか」
「ワーグナーの音楽はいいんですか」
「そうなんですね」
「先生はユダヤ系だけれどね」
 ワーグナーは反ユダヤ主義だった、このことでも有名だ。そしてナチスもそれを利用したのでユダヤ系の間ではワーグナーへの評価は特に分かれているのだ。
「ワーグナーの音楽は素晴らしいと思っているよ」108
「何か聴いてると」
「また聴きたくなってきました」
「こんな音楽あまりないですね」
「感覚で好きになりました」
「それがワーグナーなんだよ」
 シュツルムはまた言った、そしてだった。
 そのすっかり薄くなった髪の毛に手をやりつつ生徒達に話した、その後で。
 職員室に戻ろうとした時にだ、彼は先程授業をしていたクラスの生徒の一人であるハンス=プロホヴィッツに声をかけられた。長身で蜂蜜色の髪に青い目を持つ少年だ。
「先生、いいですか?」
「どうしたのかな」
 シュツルムは足を止めて彼に向き直って言葉を返した。
「授業のことかな」
「はい、ワーグナーのことで」
「何かあったのかな」
「授業で教えてもらいましたが」
 その白い顔をやや紅潮させてだ、プロホヴィッツは言うのだった。
「今日の曲はローエングリンでしたね」
「第一幕前奏曲だよ」
「ローエングリンですか」
「そう、代表作の一つだよ」
 ワーグナーのというのだ。 
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