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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百三十三話 華やかさの陰で……

帝国暦 487年10月 4日   オーディン ブラウンシュバイク公爵邸 ナイトハルト・ミュラー


「やれやれですね」
「まったくだ」
俺は隣のいるメックリンガー提督に苦笑まじりに話しかけた。メックリンガー提督も同じように苦笑しながら答える。

今夜はブラウンシュバイク公爵邸に来ている。ブラウンシュバイク公より親睦パーティを開くという名目で、宇宙艦隊の司令長官、副司令長官、各艦隊司令官に招待状が来たのだ。

さすがに全員で行くのは拙いだろうということで宇宙艦隊からは八人が来ている。ヴァレンシュタイン司令長官、ローエングラム伯、メックリンガー提督、アイゼナッハ提督、ロイエンタール提督、ミッターマイヤー提督、ビッテンフェルト提督、そして俺、ナイトハルト・ミュラー。

俺とメックリンガー提督が苦笑しているのは、目の前の光景に理由がある。ローエングラム伯が少し離れた場所にいるのだが、その周囲を若い貴族の令嬢たちが囲んでいるのだ。

一方我々はと言えば、周囲には誰もいない。招待された貴族、その夫人、令嬢、そして貴族に親しい軍人達が皆遠巻きにこちらを見てヒソヒソと話しているだけだ。余り感じの良いものではない。

「妙だな、本来ならあの役はロイエンタール提督のはずなのだが」
「俺も不思議に思っている、どういうことかな」
ビッテンフェルト提督の言葉にロイエンタール提督が苦笑交じりで答えた事が周囲にも苦笑をもたらした。

「仕方が無いですね。先日私が貴族など嫌いだと放言したようなものですから」
エーリッヒが苦笑交じりに答えた。

「まあ、それは分かりますが、副司令長官は別なのでしょうか?」
「ローエングラム伯爵家の当主ですからね。ゴキブリとコオロギぐらいの違いは有ると思っているかもしれません」

ミッターマイヤー提督に答えたエーリッヒの言葉に皆失笑した。当のエーリッヒ自身が苦笑している。

何が起きているかは皆分かっている。ローエングラム伯と我々の間を裂こうというのだろう。先日、アントンがオーベルシュタイン准将に接触した事は宇宙艦隊の各艦隊司令官の間にあっという間に広まった。


その事と目の前の光景を見れば何が起きているかは明白だ。彼らはローエングラム伯を温かく迎える一方で我々を疎んじる姿勢を示している。ローエングラム伯にそして我々に、ローエングラム伯は自分たちの仲間なのだと言っているのだ。

「なんといっても、我々はしぶといですからね。向こうも手を焼いているでしょう」
「それは褒め言葉と受け取っていいのでしょうか、元帥閣下」
生真面目な口調でメックリンガー提督が尋ねる。

「もちろんですよ、メックリンガー提督。世の中、生き残ったほうが勝ちです」
その言葉にまた苦笑が沸く。しかし、生き残ったほうが勝ちというのは事実だ。軍人なら誰も否定しないだろう。

「如何でしょう、楽しんでいただけているでしょうか?」
声をかけてきたのは、アントン・フェルナーだった。その声に周囲が緊張する。

彼がローエングラム伯の幕僚、オーベルシュタイン准将に接触するだけではなく、フェザーンのルビンスキーの部下にも接触したのは皆が知っている。周囲のアントンに対する評価は人当たりは良いが油断できない男だ。

「楽しんでいるよ、アントン」
「随分と楽しそうに見えましたが、何のお話ですか」
「アントン、他人行儀な言い方は止めて欲しいな。私達は親友だろう?」

エーリッヒのその言葉にアントンは少し苦笑すると
「じゃあ、そうさせてもらおうか。ところで何の話だったんだ」
と問いかけた。

「ああ、コオロギとゴキブリの違いについて話していた」
エーリッヒの言葉にアントンがまた苦笑して問いかけた。

「コオロギとゴキブリ?」
「そう、コオロギは鳴き声で多少の可愛げを表すが、ゴキブリはしぶといだけで御婦人方の嫌われ者だとね」

おどけたようなエーリッヒの言葉に何を言っているのか分かったのだろう、アントンは失笑して “まあ、それは、なんと言うか” などと言っていたが、結局また失笑して話が続かなかった。

「何か私達に用かな、アントン」
「少し向こうで話したいんだが、どうかな」
アントンは少し離れた場所を指して、エーリッヒを誘った。

その言葉が周囲に緊張を引き起こす。だがエーリッヒはまるでその緊張に気付かないようにアントンに答えた。

「そうだね、私も卿と話したいと思っていたんだ。ただ、誰か一人同席してもらってもいいかな」
「もちろん構わない。こちらもアンスバッハ准将が同席する」

一瞬だが、エーリッヒとアントンが視線を交差させ、互いに苦笑した。
「窮屈なものだね、二人だけで話をすることも出来ないとは」
「同感だが、仕方ない」

「ロイエンタール提督、申し訳ないが同席してもらえますか」
「承知しました」
エーリッヒはロイエンタール提督を誘うとアントンの後ろを歩き始めた。



帝国暦 487年10月 4日   オーディン ブラウンシュバイク公爵邸 オスカー・フォン・ロイエンタール


司令長官とともにフェルナー准将の後ろを歩く。少しはなれた場所に一人の軍人が待っていた。見覚えがある、軍刑務所でブラウンシュバイク公とともに居た男だ。あれがアンスバッハ准将だろう。

アンスバッハ准将は軽く目礼してきた。こちらもそれに答礼する。四人で向かい合うように並ぶとフェルナー准将が話し始めた。

「参ったよ、エーリッヒ。随分ときつい毒をボルテック弁務官に盛ってくれたな」
フェルナー准将の言葉に司令長官は笑顔を見せながら答えた。

「嘘は言っていないよ。卿が私の頼みでフェザーンに行った事も私達が親友であることも事実だからね」
その言葉にフェルナー准将、アンスバッハ准将が揃って苦笑した。

どうやら司令長官はフェザーンの新弁務官にフェルナー准将は自分の味方だと吹き込んだらしい。

「なかなか信じてもらえなくて困ったよ。卿は酷い事をするな」
「お互い様だろう、アントン。卿がオーベルシュタイン准将に接触した事を忘れてもらっては困るよ」

司令長官もフェルナー准将も笑顔で話している。遠めに見れば親しげに話しているようにしか見えないだろう。

不意にローエングラム伯の居るほうでざわめきが起きた。見るとブラウンシュバイク公が歳若い女性とともにローエングラム伯のところに近寄っていく。

「アントン、あれはブラウンシュバイク公爵家のフロイラインかな」
「ああ、そうだ」
「そうか……」


ブラウンシュバイク公がローエングラム伯に話しかけ始めた。ローエングラム伯は礼儀正しく答えている。ブラウンシュバイク公は娘の前だからだろうか、ひどく上機嫌だ。

そんなブラウンシュバイク公の様子につられたのか何人かの貴族がローエングラム伯のそばに寄ってきた。ブラウンシュバイク公はいっそう上機嫌に振舞っている。

「なかなかやるね、アントン」
「まだまだ、これからさ」
司令長官もフェルナー准将も笑みを絶やさない。しかし、まだまだ、これからと言っていたが一体何をするつもりだろう。

ブラウンシュバイク公が右手を上げると音楽が鳴り始めた。皇帝円舞曲、ウィンナーワルツだ。それとともにローエングラム伯とフロイライン・ブラウンシュバイクがフロアーの中央に歩み始めた。見た目にもローエングラム伯が困惑しているのが分かる。

「アントン、ローエングラム伯は踊れるのかな」
「多分、大丈夫だと思うが……」
「頼りないな。卿が何を考えているかは分かるが、失敗すると伯を侮辱する事になるよ」

心配そうな司令長官のその言葉にアンスバッハ准将が答えた。
「その時はフロイラインがローエングラム伯をお慰めします。心配は要りません」
「まさかそれが狙いではないでしょうな。だとすれば酷い話だが」

「分かりませんよ、ロイエンタール提督。この人達は酷い人達ですからね。必要とあればフロイラインに逆立ちだってさせますよ」
司令長官のその言葉に皆苦笑した。

「いくらなんでもそれは無いさ、エーリッヒ。そうでしょうアンスバッハ准将」
「さて、私はしないが卿は分からんな。元帥閣下の仰るとおり、卿は酷い男だ」

アンスバッハ准将のその言葉にまた皆が苦笑した。中央ではローエングラム伯とフロイライン・ブラウンシュバイクのダンスが始まった。二人とも危なげなく踊っている。二人のダンスを見ていた司令長官が呟くように問いかけた。

「アントン、フロイラインは何処まで知っているのかな?」
「……何もご存じない。本当は卿と踊りたがっていたのだが、公がそれを許さなかった。それで代わりにローエングラム伯と踊りたいと……」

その言葉に皆顔を見合わせそれぞれに溜め息を吐いた。
「……哀れだな。やはり卿は酷い男だ」
「……何とでも言え」

重苦しい沈黙が場を支配する。なんともやりきれない話だ。
「アントン、一つだけ忠告しておく。ローエングラム伯もオーベルシュタインもフロイラインを皇族としてしか見ないだろう。卿の狙いが成功しても辛い思いをすることになるぞ」

「……」
「それに彼らは覇権を分かち合うような人間じゃない。それだけは覚えておいてくれ」
司令長官は踊っている二人を見ながら呟く。そろそろ二人は踊り終わるだろう。フェルナー准将が顔を背けながら呟くように吐いた。

「分かっている。俺は本当は卿とフロイラインを結び付けたかった。卿ならフロイラインを大切に扱ってくれるだろうからな。世の中上手く行かんよ」

また沈黙が落ちた。フェルナー准将の言葉は嘘ではないだろう。フレーゲル男爵の事でもそれは分かる。司令長官は情の厚い人だ。ブラウンシュバイク公も同じことを思っているに違いない。それでも上機嫌でローエングラム伯と自分の娘が踊る姿を見ている。

やりきれないような沈黙を破ったのは司令長官の声だった。
「そうでもないよ、この場は卿の勝ちだ。明日にはブラウンシュバイク公がフロイラインの婚約者にローエングラム伯を選んだと噂が広まっているだろう」

「……」
「私もロイエンタール提督もこのあたりで失礼させていただくよ。ロイエンタール提督、付き合ってもらえますか?」
そう言うと司令長官は俺の手を取ってフロアーの中央に進み始めた。



帝国暦 487年10月 4日   オーディン ブラウンシュバイク公爵邸 ナイトハルト・ミュラー


ローエングラム伯とフロイライン・ブラウンシュバイクが踊っている。その様をブラウンシュバイク公を中心に取り巻きの貴族や、若い貴族の令嬢が嘆声を上げながら見ている。

俺たちは皆、顔を見合わせながらも不機嫌そうに黙り込んでいる。そんな我々をチラチラと貴族たちが見ているがその表情には嘲笑が漂っている。踊り終えたローエングラム伯とフロイライン・ブラウンシュバイクをブラウンシュバイク公達が大袈裟に褒めそやしながら迎える。あまり面白い光景ではない。

そんな中、エーリッヒとロイエンタール提督がフロアーの中央に進んできた。ロイエンタール提督はエーリッヒの手を取っている。どういうつもりかと思っていると、二人は向かい合い、軽やかに踊り始めた。

「ほう、これは、なかなか」
「うむ、驚いたな」
最初はあっけにとられて見ていた皆が、口々に嘆声を上げる。

長身のロイエンタール提督が小柄で華奢なエーリッヒを軽やかにリードする。二人とも楽しそうに踊っている。何処からか笑い声が聞こえそうなダンスだ。エーリッヒのマントがダンスに合わせて軽やかにひるがえる。

ブラウンシュバイク公たちは苦い表情で見ている。しかし、令嬢たちは踊っている二人に目を奪われている。確かに眼を奪われるカップルだ。黒一色の軍服が華麗に舞う。


踊り終わった二人がこちらに戻ってくる。皆で拍手で迎えた。ロイエンタール提督は何処か苦笑気味に、エーリッヒは心底楽しそうな笑顔を見せている。先程までの嫌な雰囲気は何処にも無い。さすがだ、エーリッヒ。

「閣下、次は小官と一曲……」
「いや、先ずは小官と……」

口々にエーリッヒにダンスを申し込む僚友達を押しのけ、手を差し伸べたのはアイゼナッハ提督だった。唖然とする皆をよそにアイゼナッハ提督はじっとエーリッヒを見詰める。

一瞬、眼を見張ったエーリッヒはクスクスと笑い声を上げ始めた。そして
「喜んで」
と言うとアイゼナッハ提督の手に自分の手を重ねホールのほうに向かって歩き始めた。

「まさか、アイゼナッハ提督に先を越されるとは」
「口を出すより手を出せ、そういうことだな」
「なるほど、手を出せか。そう言えば、既婚者だったな、彼は」

そんな声が上がる中、エーリッヒとアイゼナッハ提督が踊り始める。黒の軍服が華麗に舞い始めた。

 
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