STARDUST∮FLAMEHAZE
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第一部 PHANTOM BLAZE
エピローグ ~BEYOND THE WORLD~
【1】
精巧な造型のヴェネチアン・グラス。
注がれていた真紅の液体は、いつの間にか無くなっていた。
「……」
男はグラスの表面に映った自分の姿を黙って見つめる。
その脇に佇んでいた白い大きなマントと帽子、
そして零下に磨かれた氷像を想わせる
繊細な容貌の少女が音も無くそっと男に歩み寄る。
そして手にしたクリスタル製の水差しから
たった今湧きだした鮮血のように紅い、
空気に触れてその蠱惑的な芳香を最後まで引き出された
液体を完璧な作法でグラスに注ぎ、中程までに充たす。
「……」
そのグラスを手にした者。
その真名 “邪悪の化身”
叉の名を 『幽血の統世王』
DIO。
その絶大なる能力を精神の裡に携えた全能者は、
クリスタルの水差しを手にした少女に向けて
堕天した熾天使のような微笑を口唇に浮かべる。
「……ッ!」
少女は、その絶対零度の容貌を仄かに朱に染め、
クリスタルの水差しを両手に持ったまま少し俯いた。
DIOはその様子を悦しそうに一瞥すると、
真紅の液体で満たされたグラスを傾けた。
「……ッッ!!」
そのDIOと少女の背後で、
イタリアギャングの 「幹部」 が着るようなダークスーツに
プラチナブロンドの髪をオールバックにしたサングラスの男が
口元をギリッと軋ませ震える右手で拳を握った。
「……」
またその一方で、ダークスーツの男の様相を敏感に察知する
アッシュ・グレイの髪を背に携えた長身の男。
象牙のように滑らかな質感の白い肌、
両腕両脚部を剥き出しにしたラヴァー製のコスチューム、
細身だが戦闘用に極限まで鍛え抜かれた肉食獣の如き
美しさと獰猛さを併せ持つ肉体。
ソレに相剋する強靱な精神力、
統世王配下最強の幽波紋戦士
『亜空の瘴気』 ヴァニラ・アイス。
その途轍もなき遣い手が静かな、
しかしこの世の何よりも暗い眼差しでダークスーツの男を見据える。
「ッッ!!」
男の方もすぐに、そのドス黒い険難な視線に気づく。
ヴァニラ・アイスは言葉には出さず、
しかし瞳孔に宿った暗黒のみでダークスーツの男に呼びかける。
“消されたいのか?”
(ッッ!!?)
ダークスーツの男を、突如全身バラバラにされるような凄まじい戦慄が劈く。
紹介が遅れたが、実はこの男は “人間ではない”
この世に渡り来た“紅世の徒”が作った組織の中では最大の規模を誇る組織、
【仮装舞踏会】
その主柱的存在 『三柱臣』 の一角足る強大なる“紅世の王”
その真名 “千変” シュドナイ。
付け加えるならば先刻DIOのグラスに真紅の液体を注いでいた
零下の美少女も同じく “紅世の王”
『三柱臣』 では 『大 御 巫』 の役割を担う、
冠するその真名を 『頂 の 座』 “ヘカテー” である。
当然の事ながら、この両者は他の “徒” 等足下にも及ばない程
強大な存在の力を携えた恐るべき存在である。
にも関わらず、“そうで在る筈のこの男が”
自分の僅か数メートルの距離に位置する
たった一人の「人間」に戦慄している。
宛 ら、蛇に睨まれた蛙の如く。
そう、決してシュドナイ自身が弱いわけではない。
だが、彼の視線の先にいる白い肌の男、
『亜空の瘴気』 だけは、話が別次元の 「領域」 だったというだけだ。
仮に、シュドナイがその “千変” たる力を如何に駆使しようとも、
この男ヴァニラ・アイスの刳り出す闇黒の 『能力』 の前には
そのスベテが文字通り跡形もなく “無” に還される。
「……ッッ!!」
シュドナイの脳裡に甦る、己の存在に深く刻まれた 「屈辱」
そして、その更に深奥に抉り込まれた未だ嘗てない 「恐怖」
ソレは、ほんの数ヶ月前。
永い時の中で苦楽を共にした同胞の協力により、
「探訪」 の自在法に拠ってようやくその居場所を探り当てた
『幽血の統世王』 その最初の邂逅時。
まるで異次元空間のような深く永い回廊を抜け、
ようやく辿り着いた統世王の寝所にて。
天蓋付きの豪奢なスーパーキングサイズのベッドの上、
半裸の姿のまま片膝を抱え込み、
妖艶な視線で既にこちらの来訪を予見していた存在に対し、
シュドナイが口走った言葉。
“アンタが 『DIO』 か?”
その、たったの一言。
いつものように挑発的な薄ら笑いを口元に浮かべ、
ベッドの上で佇む統世王にシュドナイがそう言い放った刹那。
そのすぐ傍に控えていたこの男は、
自分が連れてきた配下の “徒” 数十名と 「己の半身」 を
音もなく一瞬で跡形もなく削り飛ばした。
(―――――――――――――――ッッッッッ!!!!!?????)
ソノ時は、眼前の驚愕を認識するだけで精一杯で、
当然 “なにをされたか” は微塵も解らなかった。
男が、ヴァニラ・アイスが執った行為は、
ただ目の前で構えた二本の指で、
鋭く空間を薙ぐ、というたったソレだけの行為。
だが、たったのソレだけで、
屈強なる自分の配下の徒が(中には“王”もいた)
己が死んだコトすらも解らずに上半身を殺ぎ飛ばされ、
遺った胴体からそれぞれ色彩の異なる炎を間歇泉のように噴き上げながら
存在の忘却の彼方へと消え去った。
宛ら、今まで自分達がその存在を喰らってきた人間の成れの果て、
『トーチ』 で在るかのように。
“アノ時” 背筋に疾走った怖気と戦慄の為
咄嗟に己を 「変貌」 させていなければ。
そして、眼前の惨状に眉一つ動かさず穏やかな口調でかけられた
まぁ待て、というDIOの言葉がなければ。
濁った紫色の火花をコルク栓を抜き取ったかのような切断面から
鮮血のように吐き出し続け、首と僅かな上半身を残して
柔らかなペルシャキリムの絨毯に転がっていた自分は、
間違いなく己が 「全身」 を消し飛ばされていただろう。
何故なら、そのとき既にこの男は、
先刻と同じように構えた二本の指を狂気の光で充たされたアッシュグレイの眼前に構え、
ソレを断頭台のように振り下ろそうとしていたのだから。
それが、『亜空の瘴気』 ヴァニラ・アイス。
統世王に絶対の忠信とそれに見合う極大なる能力を携えた
途轍もない存在。
「……ッ!」
シュドナイの強張る視線の先に位置したその男は、
充分に過去の「背景」を見据えた上でダークスーツの男を、
強大なる紅世の王である筈の“千変”を、
まるで虫ケラでも見るかのような表情で見据え
狂気の視線を通じて宣告した。
(つくづく学ばないヤツだ……貴様如き異界の虫ケラが……
DIO様に “そのような感情” を向けることなど赦されない……)
「ッッ!!」
突如見開かれたアッシュ・グレイの双眸が、
一際兇悪な光を放つ闇黒の視線が、
シュドナイを真正面から挿し貫く。
その心の裡で噴出する、ドス黒い精神の叫号。
“ブチ殺すぞッッ!! このド畜生がッッ!!”
そこでヴァニラ・アイスの、
ギリシア彫刻の如き犀利な美貌が何よりも残虐に歪んだ。
秀麗な芸術作品が、一瞬で狂った邪教徒の創造した
悍ましき偶像に変わったかのような、
正に凄惨なまでの変貌振りだった。
(クゥッ!? や、殺る、気か……ッッ!!)
絶対の「殺意」を向けられた “千変” シュドナイは、
頬に冷たい雫が伝うの感じながらも平静を装い
ヴァニラ・アイスに向かって一歩歩み寄る。
幾ら途轍もない 『能力』 を携える最強戦士だとはいえ、
自分もれっきとした紅世の“王”
その誇りも面子も、引くに引けない「理由」も在る。
それを開戦の合図だと解釈したヴァニラ・アイスは、
(ほう……下賤な貴様にしては良い 「覚悟」 だ……
ソレに免じ、一瞬で 『消し飛ばして』 やろう……)
即刻その男の断裁処刑を決意し、自分もシュドナイの方へとゆっくり歩み寄る。
最愛の主に、ほんの僅かでも薄汚い感情を向ける者は決して赦さない。
その 「矜恃」 の為になら 「死」 すらも覚悟しての行動だった。
そこへ、静謐に到来する楚楚たる声。
「……止さぬか……貴様等……此処を一体何処だと心得ておる……?」
殺気だった 『スタンド使い』 と “紅世の王”
その両者の間に殆ど水着のような、
半裸に等しき洋装を纏った絶世の麗女が割って入った。
背にかかる漆黒の髪。
褐色の艶めかしい、流線型の躰のライン。
蒼黒の翡翠のような、神秘なる双眸。
極薄に織られ黒く染め上げられたパシュミナのショールで妖艶な素肌を覆い、
頭部にソレと同色の、黄道の象徴を彫金した銀鎖の装飾で彩られたヴェールを被っている。
その神麗なる姿。
まるで闇冥の水晶が人の形に具現化したかのような、
霊妙かつ嬌艶極まる風貌。
しかしその美しい外見とは裏腹に、
紡ぐ言葉はまるで百年以上生きた賢者のように凛然としている。
「血気の抑まりが付かぬというのなら……
この “ワシ” が相手をしてやっても良いのだぞ……?
貴様等若僧 “二人まとめてな” ……我が至宝のスタンド……
『正 義』 も “蹂躙る相手” が
いなくなって久しい故な……」
森厳なるその声で、スタンド使い、紅世の徒両名に問いかける傾城傾国の佳人。
統世王DIO配下の組織、
【幽 血 幻 朧 騎 皇 軍】 の中では
『最大』 のスタンド能力を携えた妖麗なる占星師。
その名は “エンヤ”
「……」
「……」
片方はその相手に対する敬意から、もう片方は自分に対する保身から、
不承不承振り上げかけた拳を降ろす。
(貴女とコトを構える気は毛頭ありませんよ……失礼の段、お詫びいたします)
(チッ……この女の 『能力』 もまた未知数……!
今ヤり合うのは得策じゃない……
ここは引いといてやるぜ、妖怪ババア……ッ!)
そう対照的に心の裡を呟いた両者は、
互いに背を向けて元の位置に戻る。
その酷烈なる精神のブツかり合いの波濤が
一人の麗女の存在に拠って引いた瞬間、
空間に鳴り響く、讃美の音が在った。
「見事だ。 “狩人” フリアグネ」
黒い本革のソファーの上にその長い脚を組んで座っていたDIOが、
眼前に拡がる 「光景」 に向けて拍手を送っていた。
「敗れこそしたが、お前はこのDIOの心を震わせた。
その真名に恥じない、見事な戦い振りだったぞ」
その眼前の 「光景」 に向けて讃辞を贈り続けるDIOの、
細く艶めかしい指先から延びたモノ。
ソレ、は。
無数に煌めく、透明な葛。
その透き抜けるウォーターブルーの蔦全体から
まるで放電現象を引き起こしているかのように遍く光が迸り、
そして光源を 「台座」 にして 『この空間ではない映像』 が
スーパーハイテクノロジー機器の多 重 高 質 画 像の
ように浮かび上がっていた。
その「映像」の中に在る、三つの人影。
裾の長いマキシコートのような学生服に身を包んだ、
ライトグリーンの瞳を携える美貌の青年。
ズタボロに灼け焦げたセーラー服を纏い、
所々その白い素肌が露出した紅い髪と瞳の美少女。
前述の青年と同じく裾の長い、
バレルコートのような学生服を着た中性的な美男子。
そして、たった今、その葛の映し出す 「映像」 の中で
バレルコートの美男子の腕の中、
「鳥」 の形を成して消え去った存在。
その最後の最後の刻まで己が最愛の存在の為に戦い抜き、
そして悠麗に散って果てた同胞その真名が、
清冽な水色の髪と瞳を携えた美少女の口から語られる。
「悼みます……壮麗なる紅世の王…… “狩人” フリアグネ……
その従者…… “燐子” マリアンヌ……」
その美少女、ヘカテーは宝石のようにエメラルドがかった双眸を閉じ、
可憐な指先を組んでたった今天へと昇った
二つの存在に静謐な祈りを捧げた。
眼前に拡がる、“此処ではない何処か” に向けて。
その、此処より遙か遠方の彼方を映し出す、
DIOの左手から延びた 『スタンド能力』
冠するその名は、
『永 久 水 晶』
本来、今や一心同体となったDIOの 「肉体」 嘗ての保持者、
“ジョナサン・ジョースター” の 「幽波紋」 として目覚める為に
潜在の中で眠っていた「能力」
だが、今、ソレを操るのは、
その彼の肉体と完全に融合したDIO本人。
男は、較ぶ者なき絶対者は、
ジョナサン・ジョースターの肉体のみではなくその精神の力、
『スタンド』 すらも己のモノとしていた。
DIOはそのスタンド 『永 久 水 晶』 が映し出す、
己が忠実な配下であったフリアグネの残霞に穏やかな声で語りかける。
「しばらくは冥府で安らうが良い。
何れ 『来るべき時』 が到来したなら、
其処から 『復活』 させてやろう。
お前の愛する従者共々な。
ソレが、最後までこのDIOの為に戦い抜いた
お前の 「忠心」 に対する褒賞だ」
呟くようにそう言ったDIOが、葛型のスタンドが絡みついた左手を軽く振る。
その動作とほぼ同時に、DIOの左腕に絡みついていた水晶の葛は
余韻すらも残さずアッサリと立ち消え、眼前の「映像」もまた全て掻き消える。
スタンド能力を解除したDIOが再びグラスを口元に運んだ刹那、
一つの小さな影が、いつの間にか視界に飛び込んで来ていた。
「……」
DIOは別段ソレを気に止めた様子もなく、
かといってその存在を見落としたわけではなく、
真紅の液体で白い喉を潤す。
組まれた脚の上に、軽い衝撃。
同時に湧き上がる、無邪気で明るい少年の声。
「DIOサマァァァァァ――――――――――――ッッッッ!!!!」
脚の上に、上品な臙脂色のスーツを着た
波打つ金色の髪を携える十代半ば少年が
黄金の双眸を嬉々とした表情で覗き込んでいた。
「こ、小僧ッ!? 貴様ッ!? またッ!」
「……」
その背後で怒髪天を衝くヴァニラ・アイスの凄まじい気配を察知したのか、
DIOは背を向けたまま軽く片手を挙げ制する。
「!」
ヴァニラは、ただそれだけの所作で歩みを止め、
一度剣呑な表情のエンヤに振り向くと、
主の意図を感じ取り不承不承押し黙る。
傍らでは氷像のような美少女が珍しく、
不快感を露わにした伏し目でDIOに抱きつく
少年を見据えていた。
「……あ……あ……あ……あ……の……? あの……?
お……お……お……お兄……様……?」
唐突に挙がった、静かに空間を流れる少女の声。
いまDIOに抱きついている少年と全く同色の、
豪奢な金髪の先端が大人びた螺旋状にくるまった美少女が、
大量の冷や汗を空間に飛ばしながら焦燥していた。
無数のリボンをあしらった淡い撫子色のドレスを身に纏い、
ソレと同色の鍔広帽子で美しい金色の髪が飾られた、
まるでフランス人形のように可憐さ極まるその美少女が、
直ぐにドレスの裾を摘んで瀟洒にDIOの元へ駆け寄り、
頭に被った大きな帽子を両手に取って深々と頭を下げた。
「統世王様ッ! し、し、し、失礼の段! 心からお詫び致します!
ですからッ! どうか! どうか!
「罰」 ならこの私 めに! どうか! どうか!」
今、星形の痣が刻まれた首筋に両手を廻して抱きつく少年と、全く瓜二つの容貌。
わざわざ 「双子」 だという説明が不要なほどに似通った、
まるで合わせ鏡のような存在。
「フッ……相も変わらず、気苦労が絶えないようだな? “ティリエル” 」
DIOは心蕩かすような甘い声でその青い瞳をきつく閉じ、
大量の冷や汗を飛ばしながら真っ赤な顔で頭を下げる
美少女に語りかける。
「顔を上げろ。いつものコトだ。特に気にはしていない」
「ハ、ハ、ハ、ハイ……ッ!」
青の双眸をキツく閉じながら “ティリエル” と呼ばれたドレス姿の美少女は、
頭を下げた姿勢のままでそそ、とDIOの元から離れる。
その紅世の美少女、ティリエルの胸中で湧きあがる感情の渦。
(あぁ……! 本来なら……
その真名 『愛染他』 足るこの私の存在からするなら……ッ!
お兄様がこの私を差し置いて他の者に抱きつくコトなんて、
絶対に絶対に絶対に我慢できないコトの筈なのに……ッ!
どうして……? どうして “コノ方” には……!
“コノ御方だけには……ッ!”
そんな感情が微塵も湧いて来ないのかしら……ッ!?)
心の裡でそう煩悶する紅世の少女、ティリエルの胸中で湧くモノは
今まで 『溺愛する兄』 に近づく者に対して抱いてきた感情とは、
対極に位置するモノ。
(そ……そ……そ……ソレ……どころか……も……も……も……もし……!
もし……ッ! ゆ……赦されるのなら……! わ……わ……わ……私も……!
お……お……お……『お兄様のように』……ッ!)
そこで少女はハッと、そのフランス人形のように可憐な顔を上げる。
気流に揺れる豪奢な髪が、巻き挙がるように空間を撫でる。
(あぁ……! イケない……イケない……! イケないわティリエル……ッ!
そんな端 くて不敬なマネ……! コノ御方相手に出来る筈がない……ッ!)
心中でそう叫び、美少女は鍔広帽子を胸元に抱えたまま、
その触れれば折れるような頸を何度も何度も
金色の髪と一緒に振り乱した。
その愛くるしい仕草に連動して異様に明るい山吹色の火の粉が、
落葉のように次々と空間へ撒き散る。
(――ッ!)
そのティリエルの、揺れる視界に映ったモノ。
少女のその、視線の先。
エメラルドがかったサファイア・ブルーの双眸を携えた少女が、
己の煩悶を咎めるような視線で静華にこちらを見据えていた。
その零下の美少女、ヘカテーの存在を認識した刹那
ティリエルに湧き起こる激しい憤慨。
(何か、文句、ありますのッッ!!)
ティリエルは先刻の表情とは対極のキツイ視線で透徹の少女を睨み返すと、
研がれた小刃で張り詰めた糸を斬るように視線を外した。
「……」
透徹の少女ヘカテーもまた、視線を横に傾ける。
その、見た目も性格もまるで対極な美少女の狭間では、
先刻の少年がDIOの艶めかしい首筋に手を廻しより強く、
キワどい体勢で抱きついてた。
「フッ……アノ 「剣」 が。
マジシャンズの遣っていたアノ 「剣」 が、
気に入ったのか? “ソラト” 」
ほんの30分程前、妹と共にこの部屋を訪れ
「能力」の映し出す「光景」に魅入っていた少年の様子から
その意図を汲み取っていたDIOは、
今自分の至近距離にいる美少年
紅世の徒 その真名 『愛染自』 “ソラト” に向け微笑を浮かべて問いかける。
「ウンッ! 欲しい! 欲しいよッ! DIOサマ!」
“ソラト” と呼ばれた金髪の美少年は、
嬉々とした表情で何度も頷く。
「フッ……自分の 「欲望」 に忠実なのは良い事だ。
通常は理性の 「タガ」 が働いて、
なかなか素直には成りきれんからな。
特に “人間” は」
「もしアノ 「剣」 がッ! “ニエトノノシャナ” が手に入ったら!
ボクがソレでDIO様の 「敵」 をみんなみんなみィィィ~~~んな
ブッ殺してあげるッッ!!」
「ほう? それは頼もしいコトだな」
無邪気な口調で兇悪な台詞を、
嬉々として語る少年に向かいDIOは静かに告げる。
「ウンッ! ボクDIO様大好きッッ!!」
そう言って再び、自分の首筋に両腕を絡めて
抱きついてくる異界の少年。
「いい子だ……」
DIOは甘く危険な微笑を口唇に浮かべて呟き、
少年の波打つ金色の髪をそっと撫ぜた。
「――ッ!」
少年 『愛染自』 ソラトはDIOの躯から湧き熾る、
信じられないほど甘い美香とその艶めかしい手つきの心地よさに
まるで仔猫のように青い瞳を細める。
しかし、その甘美なる悦楽の刻は即座に終わりを告げた。
「さっ、お兄様。お戯 れはソレ位になさってくださいませ。
後ろで怖い方が睨んでいらっしゃいますから」
ソラトは再び猫のように、
ただし今度は実の 「妹」 にその襟首引っ掴まれて
無理矢理DIOから引き剥がされる。
ソラトはまだ甘え足りないのか、
絨毯の上を引き擦られながらも
両腕をDIOに向けて伸ばしワタワタと動かす。
その無垢な紅世の少年の様子を、
一人の超強力な 『スタンド使い』 が鬼神の如き形相で見据えていた。
「……」
DIOは残った真紅の液体を一気に呑み干すと、
配下の者達に背を向けたまま指示を送る。
「フリアグネの御霊に哀悼の意を送ってやりたい。
下がっていいぞ。
ヴァニラ。エンヤ。ヘカテー。おまえ達 「3人」 もだ」
そう言ってDIOは空になったヴェネチアングラスを北欧風のチェストに置く。
その背後で、配下の者達は規律正しく動いた。
「失礼致します」 とドレスの少女が完璧な礼儀作法で一礼し、
(その脇で笑顔で手を振っていた兄も無理矢理頭を下げさせられ)
その後をダークスーツの男が仏頂面のまま軽く頭を下げてから続き、
最後にDIOに呼ばれた「3人」がそれぞれ最大限の敬意を払った挙措で、
主に深く傅 き部屋を後にした。
豪華な造りと繊細な装飾の入った両開きの扉が閉まる音。
ソレと同時にその真ん中に位置していた麗人と、
その脇にいた美少女の視線とが重なる。
「……」
「……」
微妙に険悪な雰囲気が、その両者の存在から滲みつつ在った。
が、場所が場所で在るだけに、褐色の麗女の方が先にその視線を外す。
「往くぞ。ヴァニラ・アイス」
エンヤが隣にいたヴァニラ・アイスに、視線を向けずにそう告げる。
「……」
意外だったのか、ヴァニラ・アイスは少しだけ見開いた視線を麗人に返す。
「茶ノ湯じゃ。一人で飲んでもつまらん。付き添え」
そう言ってティールームの方角へと踵を帰すエンヤに向け、
「……えぇ」
と端的にヴァニラ・アイスは応え、その後に続いた。
「……」
後に残された人間ではない少女は、
その二人とは逆方向に足を向け
先刻、己が主の「能力」が映し出した
『幽波紋』 の 「映 像」 を反芻する。
その裡に映った、凄烈なる者の姿を。
「アレが…… 『星の白金』 ……」
強靱な精神の光で充たされた、栄耀なる瞳の輝き。
「アノ方の……倒すべき……敵……
この私の……討滅すべき……「敵」……ッ!」
己の意志とは無関係に紡ぎ出される言葉と共に、
透徹の少女の裡で湧き上がる、 『大命』 の焔。
足下に敷かれた柔らかな絨毯を踏みしめながら、
紅世の少女は一人回廊を歩く。
その眼前に、一つの人影が唐突に現れた。
「……ッ!」
額に、軽い衝撃。
それと同時に空間を舞う、白い大きな帽子。
ソレを、今自分のブツかった人物の腕から延びた 『もう一つの腕が』
硬質に煌めく白銀の甲冑で覆われた「右手」が、
宙を舞った紅い宝玉と細い金細工で飾られた白い帽子を素早く掴み取り、
手練の手捌きでサッと自分の頭の上に戻した。
「失礼。美しいお嬢さん」
「!」
若い、男の声。
今自分とブツかった男性はそう言って非礼を詫び、
(非は考え事をしながら歩いていた自分の方に在ったのだが)
そして自分の頭に戻された白い大きな帽子を
からかうようにポフポフと叩いた。
「……」
その、自分の目の前に立つ男性。
銀色の髪をまるで獅子の鬣のように雄々しく梳きあげ、
やや細身だが鍛え抜かれた躯を両腕部が剥き出しになった黒のレザーウェアで包み、
ラフな麻革のズボンを履いている。
腰元には銀の鋲が付いた黒いサロンが巻きつき、
耳元ではハートの象徴を二つに切り刻んだイヤリングが揺れていた。
黙っていても、その全身から否応なく発せられる
研ぎ澄まされた細剣のような雰囲気から、
超一流の「遣い手」で在るコトは容易に類推できる。
「ソレじゃ」
男性は発せられる雰囲気とは裏腹の陽気な声でそう言い、
片目を軽く瞑ると脇を通り過ぎ自分の通ってきた回廊を逆に進んでいった。
(……)
恐らく、次の「大命」遂行者は、今の男性。
他者の存在を介さない、統世王直々の勅命。
ソレは、“アノ方自身が” 今の男性に対して絶対の「信頼」を寄せている
という何よりの証。
その事実に対し何故か無性に、
羨望にも似た感情が “紅世の王” 『頂の座』 の胸中に沁み出ずる。
少女は、ヘカテーは、その男性の背を視界から消えるまで見つめていた。
そして心の中で、少しだけ切なげな口調で問いかけた。
(貴方の御為に……貴方の御命に背く事は……果たして……
貴方に対する……「裏切り」 なのでしょうか……?)
サファイア・ブルーの双眸を閉じる少女の背後に、
絶対の全能者の微笑が幻像の如く浮かび上がった。
【2】
国籍も種類も多種多様な、その配置も精緻を尽くされた調度品で彩られる
豪奢な客間に一人残ったDIOは、
再び左手をスッと差しだしスタンド、
『永 久 水 晶』を発現させた。
DIOの左腕から絡みながらも湧き上がり、具現化する水晶の葛。
その手から数メートル延びた葛の先端がより強く発光し放電現象を
引き起こしながらも上へ上へと立ち昇り、やがて一つの「像」を結ぶ。
浮かび上がったその「映像」は、
上質のシルクのように艶めかしい素肌を露出させた
ドレス姿の美しい女性。
幽波紋の放つクリスタルの燐光に照らされた
眩いばかりのその姿はさながら聖女、或いは女神の似姿。
このスタンド、『永 久 水 晶』 を発現させる時は、
“いつも最初にこの女性が映る”
そしてDIO自身も、この女性のコトはよく知っている。
嘗て、ジョナサン・ジョースター相手に不覚を取り 「首」 だけとなった
己の屈辱的な姿を、敢えて晒した数少ない者の一人なのだから。
DIOはスタンドの映し出す美貌の女性を一瞥すると、
左手から延びた “スタンドに” 甘く危険な口調で語りかける。
「ジョナサン……お前の愛する 『エリナ』 は……もうこの世にはいない……
もう……遠い昔に……死んでしまったぞ…… “ジョジョ” ……」
当然の事ながらスタンドは何も語らず、
ただ透明な光を迸らせ眼前の女性を映し続けるのみ。
「フッ……」
DIOは再び甘い微笑を浮かべると、
葛の絡みついた左手を振り翳しスタンドを「操作」する。
『エリナ』 と呼ばれた女性の姿が静かに立ち消え、映像が反転し、
次々と違う人物をフラッシュバックのように空間へ映し出す。
スタンド使い。紅世の徒。フレイムヘイズ。“ソレ以外の” 能力者達。
そして、『能力』 を持たない者達、“もうこの世にはいない” 人間達。
やがてその映像が、一人の 「人間」 の所で停止した。
裾の長い学生服に身を包み、襟元から黄金の鎖を吊り下げた一人の男。
DIOはその無頼の貴公子に向け、挑発的な笑みを口元に浮かべる。
(フッ……鼓動が……微かに高鳴っている……フフフ……
ジョナサン……“おまえも感じているのか”……?
お前の 「子孫」 の血脈を……
時空を巡ってこの現代にまで受け継がれてきた……その 「精神」 を……)
DIOの呼びかけに呼応するかの如く、鼓動は一際大きく脈を打つ。
全身を駆け巡る、魔薬のような体感と共にDIOは、
己が「宿敵」の末裔である青年にその美貌を何よりも邪悪に歪めて告げる。
「空条……承太郎……!」
闇黒の光で充たされた黄金の双眸が、強烈にその存在を突き挿す。
「お前はッ! 必ずオレが殺るッッ!!」
そのDIOの心中で、黒いマグマのように噴き挙がる精神の波動。
魂の、渇仰。
「速く此処まで上がってこい!! オレは此処にいるぞッッ!!」
最愛の者に対する言葉と錯覚するかのように、
DIOは 『スタンド使い』 である青年にそう宣告する。
「もし此処まで来れたのならッ!
貴様の 「片割れ」 となった “マジシャンズ” 共々!
このオレが直々に相手をしてやる!! 全てを超越したッ!
我が最強のスタンド 『世 界』 すらもブッちぎりで超絶した真の能力ッ!」
そう狂い猛るDIOの 「背後」 から突如、
空間を爆滅するかのような途轍もない存在感を伴って這い擦り出して来る、
一つの巨大な冥き 『影』
「この 【新 世 界】 でなッッッッ!!!!」
その超極絶なる存在の冠する御名が、
『幽血の統世王』 自身の口唇から高々と宣告される。
そし、て。
邪悪な声音で猛り狂うDIOの口唇から、意図せず魔皇の微笑が零れ落ちた。
「クッ、クククククククククク、ククク、クハハハハハハハハハハハハ!!!!」
やがてソレはこの世の何よりもドス黒い、邪神の狂 嗤となって空間に響き渡る。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!
フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!
クァァァァァァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
深遠の闇の中で、その牙を剥き出しにした統世王の嗤い声が鳴り響いた。
いつまでも。いつまでも。
この世界の終幕を彩る、最後の鐘の音で在るかのように。
『永 久 水 晶』
本体名-ジョナサン・ジョースター(現本体名-DIO)
破壊力-B スピード-C 射程距離-∞(この世界の全て)
持続力-A 精密動作性-C 成長性-完成
能力-ジョナサン・ジョースターの潜在の中で眠っていたスタンド能力。
DIOのスタンド『世 界』が発現したコトに影響を受け、
彼と融合したジョナサンのスタンドもまた同時に覚醒した。
能力はこの世界中のありとあらゆる場所の映像を
超高画質のマルチ・ハイヴィジョンで視るコトの出来る
【多重遠隔透視能力】
更に一度視た映像は、PCのハードディスクのようにスタンド内部に
保存されいつでも好きな時に再生可能となる。
戦闘以外の様々な分野にも応用可能な正に汎用遠隔型究極能力。
尚、このスタンドが発現したその真の 「理由」 だが、
ソレは死しても尚、最愛の者の 「幸福」 を心から祈り。
そして、この世の何よりも温かく優しい心を持った 「彼女」 の生きる世界を、
いつまでもいつまでも護り続けたいというジョナサン・ジョースターの、
その強く気高き精神が具現化したモノだと推察される。
【新 世 界】
能力者名-DIO
破壊力-UNKNOWN スピード-UNKNOWN 射程距離-UNKNOWN
持続力-UNKNOWN 精密動作性-UNKNOWN 成長性-UNKNOWN
能力-その全貌は、全く以て不明……
一体どのような 「能力」 なのか?
果たしてスタンドなのかどうかすらも解らない。
【2】
穏やかな春の陽光。
緩やかな早春の息吹。
静かに舞い散る桜色の花片。
その中を、3つ人影が静かに歩いていた。
一番左側。
マキシコートのような学生服の前を全開にして高雅に着こなし、
襟元から黄金の鎖を垂れ下げた長身の青年。
その真ん中。
クロムグリーンのセーラー服の胸元に、銀鎖で繋がれた
ペンダントを揺らしながら歩く小柄な少女。
その隣。
まるで女性のように線の細い躰をタイトな学生服で包み
耳元で果実を模したイヤリングを揺らして歩く中性的な美男子。
その三者の身体からそれぞれ湧き上がって靡く、
麝香と果実と花々の香り。
最近、三者の真ん中に位置する少女も自分の左隣の青年に倣い
彼と同タイプの “天使の心” という名の付いた女性用の香水を
仄かに香る程度つけるようになっていた。
(一度ソレを使用している事になかなか 「彼」 が気づいてくれないので、
付ける量を徐々に増やし最終的には 「付けすぎだ」 と注意を受けている)
「……」
その少女の胸元で揺れる紅世真正の魔神 “天壌の劫火” アラストールは、
彼女が自らは気づかない内にその 「殻」 を破ろうとしている事に対し、
少々複雑な心境で沈黙を護る。
実は、その軽率な街娘のような所行を
何度か窘めようとした事は無きにしも在らずだが、
しかし少女の躰から発せられる特有の香りと混ざって湧き熾る花々の美香は、
神明なる紅世の王足る彼の心を揺らすに充分足るモノだったので、
ソレを一番間近で感じる事の出来る至幸の冥利には贖いきれず現在に至っている。
そんな種々の芳香の中、3人ともほぼ無言で桜並木のなか歩を進めていたが
険悪な雰囲気は微塵も感じ取れなかった。
ソレ所か言葉には出さなくとも、互いに繋がり合っている強い 『信頼』 が
今はもう三者の間には在った。
そんな穏やかな沈黙の中、所々傷の在る潰れた学生鞄を持った
美貌の青年が口を開く。
「腹減ったな。ラーメンでも食ってかねぇか? 花京院?」
呟くように青年は、小さな影一つ隔てた中性の美男子に問いかける。
「そうだね。少し歩くけれど、美味しい所を知ってるよ」
「決まりだ」
そう言って承太郎は花京院の掌を叩き、彼も同じようにソレを返す。
「ダメ。アノ喫茶店に行くわよ」
まるで対戦格闘ゲームの乱入者のように、
真ん中の少女の声が割り込んだ。
その凛々しき事、閼伽水に磨かれた滔鉄の如く、
有無を云わさぬ響きで少女は両隣を歩く二人に告げる。
「じゃあオメーとはここでお別れだな」
「さようならシャナ。また学校で」
少しだけ邪 な口調と変わらぬ穏やかな態度で、
両脇の美男子がそれぞれ告げる。。
「うるさいうるさいうるさい。おまえ達に選択権はないわ」
その二人に対し少女は相変わらずの暴君さ返した。
承太郎はやれやれと肩を竦め、花京院も仕方ないねと細い両腕を広げた。
一度、一人ズンズンと歩を進める少女を何となくそのまま見送り、
二人が付いて来てない事に気が付いた少女がキッとした表情で
こちらを振り返って睨んだ後、暫しの間、
そのままいきなり小さな肩を震わせふぇっと泣きそうになったので
この小さな姫君のわがままは、極力素直に聞き入れるというのが
この若き 『スタンド使い』 二人の共通認識となっていた。
(長身の男二人の間に小柄な少女が一人涙を浮かべていれば、
どうみても「悪者」は『こちら側』である)
アレから――
異次元世界の 『能力者』 紅世の王 “狩人” フリアグネとの死闘から
既に二週間が経過していた。
そして日々は、それなりに平穏で過ぎていた。
そして、その戦いに身を投じた3人も、
一様に変わらない普通の高校生と同じように時を過ごしていた。
例を挙げるならば、
アミューズメントパークで承太郎の出したパンチング・マシーンのトップスコアに
対抗意識を燃やしたシャナが、フレイムヘイズの力を抑えず 「本気」 で殴って
機械を叩き壊し逃げた事や――
カラオケ店の個室で承太郎の歌う洋楽と花京院の歌う邦楽が軒並み90点以上の
高得点を連発する中、ようやく自分の知っている歌を見つけ承太郎の番に割り込んで
歌ったシャナの童謡が見事19点の大台を叩き出しキレたシャナが
カラオケの機材を蹴っ飛ばして破壊し逃げた事や――
映画館のアクション・シーンでスクリーンに映ったフルCGのモンスターを
新手の “徒” と勘違いしたシャナが暗闇の中突如炎髪灼眼に変わり、
纏った黒衣を気流に靡かせながら劇場の大スクリーンを大太刀
“贄殿遮那” で一刀両断の許に斬り裂いて逃げた事や――
……
と、まぁ、逃げてばかりではあるが取りあえずはスタンド使いにも
紅世の徒にも襲われる事はなく日々は平穏だった。
「……」
美形二人に挟まれるようにして歩くシャナは、
まだ少しムッとした表情で目当ての場所に向け歩を進めていた。
その表情の「理由」は、
二人が自分を置いてけぼりにしようとしたコトとはまだ別に在った。
実は、この二週間の間アノ時の 「記憶」 が、
紅世の王 “狩人” フリアグネとの壮絶なる死闘、
互いの剣技と焔儀の限りを尽くした極限レベルの炎熱戦、
ソノ、 「最後の部分が」 どうしても思い出せない。
“煉獄ノ太刀” の一斉乱射でアノ男を 「討滅」 した所までは覚えているのだが、
どうしても 「その後」 が。
今までの “紅世の徒” 討滅の際、頭部、特に脳に強い衝撃を負った時
その前後の記憶が 「飛ぶ」 というコトはまま在ったのだが、
フレイムヘイズで在る自分にとっては 『討滅した』 という結果のみが
重要だったのでその 「喪失した部分」 に気をかける事はなかった。
しかし、ならば何故? 今回に限って “そんなこと” が
無性に引っ掛かっているのだろう?
でも、そんな意味のない筈の事が何故かどうしようもなく気になって仕方がない。
どうしても想い出したいような、逆に、何が何でも想い出したくないような、
相反した感情が相克状態に陥って一歩も引かない。
なにか、“スゴク大事なこと”
或いは、“途轍もなく凄まじいコト” を
“ヤってしまったような” 気がしてならないのだが。
その事について同じ場にいた承太郎に訊いてみると、
“さぁな? オメーが覚えてねーんなら、別に何にもなかったンじゃあねぇか?”
と、すげなく言われ。
アラストールに訊くと、
“我は知らぬ。 何も見ておらぬ”
と、強固な口調で言われ。
花京院に訊くと、
“……別に”
と、何故か少しムッとした口調でそう言われ。
勢いでつい訊いてしまったジョセフには、
“なんでワシに訊くんじゃ?”
と、尤な正論を苦笑で返されてしまった。
結局 「真相」 は闇の中。
誰も知らない宇宙の果てでも在るかのように永遠の謎となってしまった。
まぁ、肝心要の紅世の王は討滅したわけだし、
そのコト自体は覚えているわけだから、
本当に何も無かったのかもしれない。
常識的に考えて 「その後」 に何か特別なコト等起こりようがないわけだから。
(ただ 「その後」 不覚にも気を失ってしまい学園の 「修復」 を
アラストール任せにしてしまった事は本当に申し訳ないと想ったが)
でも、自分が覚えていない事でも 「良い事」 は別に在った。
その時の事を想い出す度に何故か勝手に顔が綻んで、
少し面はゆい気持ちになるけれど。
実は、「アノ後」 自分は――
己の「器」から限界を超えて存在の力を絞り尽くした
その極限をも超えた疲労とダメージの為、三日三晩眠りっぱなしだったらしい。
そして、「波紋」 で傷の治療をしてくれたのはジョセフで
着替えや全身の至る処に巻かれた包帯を取り代えてくれたのは
ホリィ(慈愛に充ち充ちた 「聖女」 のようだったとはアラストールの談)だったのだが、
その後、熱を持った爆炎の裂傷を氷漬けの冷水で浸したタオルを絞り、
ソレでずっと患部を冷やしてくれていたのは承太郎であったらしい。
彼と共にずっと自分の傍にいたアラストールの口から
(不承不承の面もちで)語られたコトに拠ると、
冷水にその手を何度も何度も浸し、
ソレを何百回、何千回と繰り返した為承太郎の 「手」 は、
最後の方は紫色に変色し皸 でボロボロになって血が滲んでいたらしい。
“ソレにも関わらず”
彼は、自分が小康状態を取り戻すまでロクに睡眠も取らず
三日三晩付きっきりで看護を続けていたそうだ。
自分も戦いの疲労とダメージが在るにも関わらず。
ずっと、傍らで。
自分が傷の痛みとソレの発する熱で呻くごとに、
タオルを宛う箇所を逐一変えて。
ジョセフも何度か助力を申し出たそうだが
彼は 「ジジイはスッ込んでろ」 「ジジイは寝てろ」 の
台詞のみで取り合わなかったらしい。
そして、暁 の曙光が部屋に射し込む明け方、
ようやく発熱が治まり自分の頬に仄かな赤味が差し
寝息が穏やかなものに変わった事を確認すると、
彼は一度口元を笑みの形に曲げ
“後は任せたぜ。アラストール”
ソレだけ言って部屋を出ていったそうだ。
脳裡に思い起こされる、彼の手。
目を覚まし 「その事」 をホリィとアラストールから聞かされた自分は、
二人が止めるのも聞かずパジャマ姿のまま寝室から飛び出し
広い屋敷を迷い子のように駆け廻って、目に付いた扉は手当たり次第に開けて
ようやく茶室でジョセフと将棋を打っている承太郎を発見した。
呆然と立ち竦む自分にその時彼は、
まるで “自分が何もしていなかったように”
「よぉ、 起きたか寝坊助」 とソレだけ言った。
いつものように、無愛想な表情と口調で。
その視線の先、両手に血の滲んだ包帯が巻かれた
彼の 「手」 が眼に入った時。
自分、は。
もう何もいう事が出来ず、咄嗟に部屋から飛び出していた。
だって、「その後」 の自分の顔は、
とても他人に見せられるようなモノじゃなかった筈だから。
どこをどう走っているんだが解らないまま、
動物のプリントが入った寝間着のままフレイムヘイズの黒衣を捺し拡げ、
渡り廊下の縁側から屋根の上へと飛び移った。
だって、“誰も来ない場所が” そこしか思いつかなかったから。
その屋根の最上部で。
蓮の彫刻の入った役瓦に囲まれて。
そのフレイムヘイズの少女は、
小さな両膝を抱え声を押し殺して、泣いた。
何故だか、涙が止まらなかった。
哀しいワケじゃない。
でも。
次々に涙が溢れて止まらない。
自分が何で泣いているのかも解らない。
でも、ただ、一つだけ。
“いいな”
そう想った。
“人間って、いいな”
そして。
その誰にも見つからず、昇っては来ない空条邸の屋根の上で、
フレイムヘイズの少女は、その小さな肩を震わせ、
声を押し殺して泣き続けた。
その瞳を “灼眼” よりも真っ赤にして。
いつまでもいつまでも、泣き続けた。
まるで、たった今産声をあげたばかりの、
嬰児のように。
【3】
「何ニヤついてンだ? 妙なヤローだな?」
「!?」
突如、頭上から来訪する冷然とした声。
少女の見上げた視線の先で、件の青年が剣呑な視線で自分を見据えていた。
どうやら、無意識の内に思い起こしていた記憶の「映像」に
不覚にも理性のタガが緩んでいた自分は、
包み隠さない満面の笑顔のままで二人の間を歩いていたらしい。
心中の肯綮を不意に突かれた少女は
そのまま件 の如く顔を真っ赤にして、
「う、う、うるさいうるさいうるさい! 別にニヤついてなんかないッ!」
お決まりの台詞を長身の青年に返した。
「ニヤついてたじゃねーかよ」
「してない!」
「あぁそーかい。じゃあ “そーゆーコト” にしといてやらぁ」
「うぅ~~~、どーしていっつもおまえはそーやって
引っかかるコトばっかりいうのよッ!」
顔を更に真っ赤にして息む少女を、隣の中性的な美男子が
まぁまぁと笑顔で諫める。
その、見ようによっては微笑ましい光景を、遠巻きに眺める幾百もの視線。
ほんの数メートル隔てたその三者の背後には、
目測で100は降らない大人数の女生徒達が後を追っていた。
その理由は言わずもがな、
周囲の状景を無視して無理矢理己にクローズアップさせてしまう
長身の美男子二人である。
例え傍らにいられなくても構わない、
その二人と帰り道を共有するだけで彼女達は幸せなのであった。
もっとも、その二人の傍らは今や最も近く、最も遠い場所と成ってしまったが。
多くの女生徒達にとっては正に 「聖域」 にも等しき場所で在るその二人の間に、
いつも当然のように陣取っている、
妖精のように可憐な風貌だが絶対的な強さと知性を兼ね備える
天が誤って二物も三物も与えてしまった用心棒の「先生」によって。
ちなみにこの「先生」は、
その容貌は似ても似つかないが件の美青年の従兄弟であり、
そしてその明晰な分析力と観察眼で何人もの教師のアイデンティティーを粉々に粉砕し
再起不能に陥れたという 「武勲」 を誇る。
直近では体育の自由競技で行われたドッジボールでの、
中性的な美男子との異次元レベルでの 「攻防」 が記憶に新しい処である。
(ちなみに「決着」はつかず。もう一人の無頼の貴公子は当然の如くサボり、
屋上で銜え煙草のままその様子を覗っていた)
まぁそんなこんなでただでさえ遠かった空条 承太郎の傍は、
今や完全に難攻不落、無敵の超要塞を化してしまった。
その様子を、そこから更に遠巻きに見る人影が数名。
目の前の、大名行列真っ青の「一団」からすれば、
存在を掻き消されそうな幾つかの下校グループ。
その中の一つから陽気な少女の声があがった。
「かぁ~。相も変わらずだねぇ~。空条クンは」
その声を発した一人の少女は、周囲の女生徒達と比べてもかなり背が高く、
すらりと均整の取れたスレンダーな躰付きをしている。
下校途中なので当然制服姿だが、まるで少年のようなショートカットの髪と
その躰から醸す健康的な雰囲気から一目でスポーツ少女だというのが視て取れる。
「ねぇ池クン? 男の立場からすると、やっぱあーゆーのに憧れるモン?」
スレンダー少女がTVリポーターのように手をマイクの形に模し、
脇の「池」と呼ばれた縁取り眼鏡の少年に問いかける。
「そうだね。男の僕からみても、魅力的な人物だと想うよ」
「えぇ~!? ソレって問題発言じゃない!?」
眼鏡の少年の受け応えに、少女は陽気な声で大袈裟に返す。
「ご、誤解だよ! 緒方さん! 僕はただ客観的な事実を述べただけでッ!」
池という少年と緒方と呼ばれた少女が、
しばし無邪気な冷やかしと生真面目な抗弁を繰り返した。
「……」
その二人の傍らでもう一人の小柄な、
肩口でキレイに整えられた亜麻色の髪の少女が俯いて歩く。
自分の脇では親友である少女 “緒方 真竹” の、
そして同じく友人である “池 速人” に対する冷やかしがようやく一段落付いたようだ。
「そういう緒方さんは一体どうなんだい?
興味があるなら「あの中」に混ざってくれば良い。
僕達に気兼ねしなくていいんだよ」
散々からかわれて面白くない池は
少しふてくされた面もちで、でも生来の面倒見の良さでさりげなく友人
通称 “オガちゃん” の名で親しまれているスレンダー少女に促す。
「!」
言われた方の少女は一瞬、口を半開きにしたままその両目を見開いた。
ここ最近少女は、どこにいても周囲の目を引く無頼の貴公子
“空条 承太郎” は例外としてその傍らにいる中性的な風貌の美男子、
“花京院 典明” の事を会話の折りに冗談めかして挟む事があったので
その事から彼女自身も気づかないまま 「彼」 に対して興味、
或いは憧憬に近い感情が有るのではないかと密かに推察していた。
無論、目の前に拡がる大集団の中には承太郎のみではなく
花京院目当ての女生徒もたくさんいるから狭き門ではあるが、
何も行動しないよりはマシだと考えての配慮だった。
しばらくその頬を年相応に赤らめ、沈黙していた緒方 真竹だが
やがて軽く頭を振っていつもの明るい表情に戻ると、
「ン? ンン~? ちょっと興味あるけど、今日はよしとく。
傍にいる 「姫」 サンが怖いからサ」
そう言ってマスコットの付いた学生鞄を両手に担ぎニャハハと笑った。
言いながらも少女は視線の隅で、
空条 承太郎と言葉を交わしながら時折爽やかな笑顔を浮かべる
美男子の姿を追いかけていた。
「……」
池は慣れた手つきで眼鏡の縁を抓みその位置を直す。
彼は、花京院 典明は、ほんの10日ほど前、突然学園に転校してきて、
そしてその年齢に不釣り合いな知性的な瞳と女性と見紛うほどの華麗な風貌、
加えてどこか人間離れした、神秘的な雰囲気も相俟って転校初日にして
全学年の女生徒が(中には教師も混じっていたとかいなかったとか)
彼を一目見ようと教室に殺到し、
学園全体が軽いパニック状態に陥ったという「逸話」を持つ男である。
更にその 「彼」 は学園内では誰一人として連まず決して心を赦さない鋼鉄の無頼漢、
空条 承太郎と 「友人」 同士だというのだから周囲にとっては二重の絨毯爆撃であった。
故に彼は、クラスも一緒というコトも在ってか学園内ではよく
空条 承太郎と二人でいるコトが多い(正確には用心棒の「先生」も含めて「3人」だが)
今までは男だろうと女だろうと、馴れ馴れしく近づいてくる者に対しては常に
“うっとうしいぞ!” のセリフのみで悉く一蹴してきた空条 承太郎が、
何故か花京院にだけは気さくに声をかけ、行動を共にしている姿を何度か見掛けた。
一度、学生食堂で彼が花京院と肩を並べ、
一緒にラーメンを啜っている所等を目撃した時は
想わず手にしていた紙コップを落としそうになったほどだ。
(その隣で山積みになっている「先生」のメロンパンの量に驚いたというのもあるが)
無論、「友人」 同士であるならそんな事は当たり前の事の筈なのだが
アノ空条 承太郎がまさかそんな「行動」をする等という事は、
更に言うならば彼に 「友人」 がいる等という事自体が、
授業中大勢の生徒達の目の前でセクハラ教師をブン殴り、
即日病院に送りにした彼の 「武勇伝」 を知る者ならば信じられない話だったのだ。
しかしソレ以来、無頼の貴公子の傍らに彼とは対照的な、
だが美貌では全く劣らない中性的な美男子が加わる事によって
飽和状態に陥りもうこれ以上増える事はないと想われていた空条 承太郎の「親衛隊」は、
さらに爆発的に増殖し今でもその勢いは留まるコトを知らなかった。
(一説によると他校の女生徒も混ざっているとかいないとか)
その記憶を反芻していた池の耳に、突如飛び込んでくる二つの声。
「さぁッ! い、いくぞ! 佐藤ッ!」
「あ、あぁ! 解ってる!」
取り立てて説明の必要もない、聞き慣れた声。
一人は田中 栄太という、まるで座敷犬のように愛嬌のある顔立ちをした大柄な少年。
もう一人は佐藤 啓作という、まぁ 「美」 をつけても
それほど不自然ではない華奢な少年である。
二人ともいつも一緒に帰る下校グループの仲間だから当然よく見知った間柄なのだが、
なんだか今日はいつもと少し(かなり?)面もちが違った。
自分の脇を歩く、いつもはあまり自己を主張しない控えめな少女、
吉田 一美までもがぎょっとした表情でその瞳を丸くしている。
そして彼女と同様驚きの表情で、ただならぬ雰囲気発する両者を見やる緒方 真竹。
「ちょ、ちょっと? 二人共一体何する気!?
まさかッ! あの集団の中に飛び込もうっての!?」
件のその二人はまるで100メートル走のタイムを測る時のようなやや前傾の姿勢で、
何故かその身体を小刻みに揺らしている。
そこに響き渡る、鬼気迫った少年の声。
「止めてくれるなッ! オガタ君!
今日こそ! 今日こそッ!
俺は! 空条の 『兄貴』 に 「舎弟」 にして貰うんだ!!」
片や神風を想わせる決死の「覚悟」で。
「お、お、お、俺、は、花京院……さんの……ッ!」
片や自分も同じ 「人」 が良かったがジャンケンで負けたから仕方なく、
でもアノ人なら優しそうだから案外二つ返事でOKしてくれるかもしれないという
妥協と打算とが見え隠れした表情で緒方の詰問に答える。
「……」
その両者の答えに、絶句するスレンダー美少女。
ハァ、と前髪に手を当て、ため息をつく池 速人。
どうも、ここ最近二人の様子がおかしかった 「理由」 がようやく解った。
佐藤はともかく普段、漫画ばかりで本などライトノベルですら読まない田中が、
突如ナニカ悪霊にでも取り憑かれたかのように
『実録! 男の生き様』 『時を越えて受け継がれる美学』 『試される男の品格』
等の書籍、更にフィリップ・マーロオや北方 謙三等の文庫本をどっさり買い込んで
授業中にまで熱心に読み耽っていた。
しかしそれがまさか、“こんな事の為” だったとは。
「く、空条の 「兄貴」 って、学年同じじゃん」
緒方はその二人の「背景」を知らない為、
事態についていけない困惑で田中に言う。
「ッ!」
その隣では、吉田 一美がやや俯き加減だった顔をいつのまにか上げていた。
自分の邪推かもしれないが、どうも 「空条」 という名前が挙がった瞬間のようだった。
脇では、緒方と田中が口論めいた口調で言葉を交わしている。
何か端からみてると、頑固親父と世話女房という構図に見えないコトもない。
「やめときなって! きっと他の子みたいに “うっとうしいぞ!” って怒鳴られるよ!」
「そんな事はどうでも良い! 俺はアノ人こそ!
真の 『男の中の漢 』 だとようやく理解したんだ!
最近の 「兄貴」 は! なんだか知らんが前より一段と 「凄味」 を増した!
まるで得体のしれないナニカが乗り移ったかのようだッ!
「男」 っていうのはあーゆー人の為に働くものだ!
そうだろう! オガタ君!」
「そ、そうだろうって言われても、私 「女」 だし……」
田中に 「女」 扱いされてないコトを少しだけ寂しいなと想いながら、
緒方は血気盛んな少年を押し止める。
「だからってTPOを考えなよ。 「明日」 にしたら? 今日は絶対マズイって。
「姫」 サンも傍にいるしさ」
「明日?」
出来るだけ平淡な口調を務めた緒方の言葉に、突如田中の表情が引きつる。
「明日の次は、一体何を妥協するんだ? 人がいっぱいいるから人のいない休日にしよう。
今日は月曜で機嫌が悪そうだから休み前の土曜日にでもしようとでも言うつもりか!?
この俺はッ!?」
自問自答なのか緒方に対する反論なのかよく解らない口調で
田中は強く言い放つ。
そのいつもと違う田中の声の迫力に気圧されたのか、
吉田 一美が自分の影に隠れるようにして二人を見つめていた。
「場所は此処だッ! 時は今だッ!
例え何が起ころうとソレは 「運命」 の一部だ!
「天」 がそうだと告げているッ!」
そう叫んで田中は何故か照りつける太陽に向けて両腕を広げた。
「……」
「天」 と 「運命」 は概念的に似たようなモノなのだが。
池は想わずそうツッコミそうになったが止めておいた。
どうやらいつもはコレ以上ないという位人当たりの良い友人は、
今は自分で自分の言葉に陶酔しているらしく精神のベクトルが
かなりヤバイ方向に驀進しつつあるらしい。
自分に出来る事はせめて、傍らで怯える可憐な少女の影になってやる事位だ。
「だからって」
「それにッ!」
緒方の言葉を田中の声が打ち消す。
「今を逃したらもう二度とチャンスは巡って来ない! 兄貴はッ!
“もう二度と逢えない何処か遠く” に行ってしまいそうな気がするッッ!!」
「――ッ!」
特に深い思慮が在ったとは想えない田中の言葉に、
吉田 一美がか細い悲鳴のような声をあげた。
池は、敏感にソレを察知した。
「……」
一体、どういう事なのだろう?
彼女は、空条 承太郎とはクラスも違い言葉を交わした事も、
更にいうならば一時的な接触を取った事すらない筈だ。
それなのに何故? 空条 承太郎が
「いなくなる(しかもこれは田中の妄想に過ぎない)」
という事に、こうも過敏に反応するのか?
まるで、自分の知らない所で彼と深い関わりが在ったかのようだ。
しかし、そんな事は天地がひっくり返っても有り得ない。
何故なら、彼女は会話の中に、
空条 承太郎という “名前すら出した事がないのだから”
その少女の様子に対し、池 速人の心の裡に、
普段冷静な彼でもコントロール出来ない寂しさと怒りが織り混ざったかのような、
形容しがたい感情が拡がっていった。
その自分の脇では、こちらの心情など意に介さないと言った様子で
田中と緒方が言い争っている。
「だから今しかないんだ! 解ったら黙って行かせてくれッ!」
「だからダメだって!
機嫌が悪かったら怒鳴られるだけじゃなくて殴られるかもしれないよ!
三年の先輩が10人まとめて病院送りにされた事忘れたの!?」
「 “覚悟” の上だ! 「兄弟分」 にして貰うまでは例え100発殴られても!
否ッ! 1000発殴られても食い下がる “覚悟” だ!
それが俺の 『男』 を示す事になるッ!」
「アノ人から100発も1000発も殴られたら死んじゃうってッ!」
緒方は田中が一発殴られるのも耐えられないと言った面もちで、
前に行こうとする少年の腕を掴んで懸命に押し止める。
その一方佐藤の方は 「俺は殴られる心配ないから気楽だなぁ」 と言った表情で
口元に笑みまで浮かべていた。
「……ぅ……ク……ン……?」
「!」
唐突に池の脇で、再び吉田 一美が消え去りそうな声を出した。
耳をすましても聞こえない位小さな声だったが、“池には” 確かに聞こえた。
彼女の、 “空条 承太郎” の名を呼ぶ声が。
その少女の様子は、残酷な程に悲痛で、儚くて、
在りもしない追憶を必死で想い出そうとしているかのような、
或いは、決して完成しないジグソーパズルをソレでも必死で組み上げようと
しているようにも見えた。
「……ッ!」
その事に対し、突如抑えようのない怒りが池の胸中で燃え盛った。
善悪の観念はどこぞに消し飛び、彼女に “そんな顔をさせた”
全ての事象がその怒りの対象となった。
同じ 「男」 として密かな憧れを抱いていた、空条 承太郎のコトすらも。
「後生だ! 行かせてくれッ! オガタ君! 男が男を見込んでの頼みだ!」
「だぁ~からダメだって!! それに私、女の子ッッ!!」
緒方はもう両手で田中の右腕にしがみつき、靴の踵を引き擦られるようにしながら
必死で田中をその場に押し止めようとしていた。
抜群の運動神経を持つ長身の少女だが、
大柄な 「男」 である田中を押し止めるには流石にパワーが足りない。
「池君もなんとか言ってやって! っていうか手伝ってッ!
この時代錯誤の即席熱血バカ何とかしてぇ~!」
少々乱暴な口調だが、これも彼女の田中を想う気持ちがそうさせているのだろう。
しかし、次の瞬間池が言い放った言葉は。
「よし! 行ってこい!」
眼鏡越しの鋭い視線で、両腕を組みながら彼ははっきりとそう言った。
「!!」
「!?」
予期せぬ彼のその言葉に、腕にしがみついたままの緒方は勿論
しがみつかれている田中までもが細い目を見開いてその場で停止する。
「骨は僕が拾ってやる! 悔いのないようになッ!」
「ちょ……ちょっと……池……君……?」
まだ事態が認識出来てない緒方の両手から、田中の右腕がするりと抜け出る。
そして田中は、その歓びの表情を隠そうともせずに真正面から池をみつめ、
「池……まさか……まさかお前がそう言ってくれるとはな……
まさか……“まさか”……ってカンジだが……グッっときたぜ……ッッ!!」
感慨入った表情で右手の親指をグッと立てる。
連られたのか池も両腕を組んだまま同じ仕草で応じる。
その彼の行為に俄然勢いを付けられた田中は唖然とする緒方に背を向け、
「よしッ! 行くぞ! 佐藤! 例えこの身朽ち果てようとも!」
「あぁ! 死ぬときは一緒だぜ! 田中!」
「あ、あぁ~ッ!」
呆気に取られながらも前方にもう届かない右手を伸ばす緒方を後目に二人は、
“明日っていまさ” 等と何だかよく解らない台詞を吐き
そして意味不明の喊声を発しながら可憐な女生徒達の遙か前方に位置する
空条 承太郎と花京院 典明に向かって突撃し……
そして、見事に散った。
(詳細は、二人の 「名誉」 の為に敢えて伏せる。
まぁ何とか女生徒の群を掻き分けて目的の 「二人」 の射程距離に到達した刹那、
自分達の背後から迫る異様な存在を鋭敏に察知していた 「先生」 の、
スタンドに匹敵する左拳の片手弾幕がゼロコンマ一秒以下の速度で
佐藤、田中両名の全身に隈無く叩き込まれたとだけ言っておこう)
「やはり、こうなったか……」
「バカ……」
余りにもお約束過ぎるその展開に、池は両腕を組んだまま、
緒方は風に靡く前髪に手を当てて深いため息を付く。
そのモノ言わぬ骸と化した 「二人」 の周囲に、
たくさんの女生徒達が一様に驚きの表情で脚を止めていた。
その前方では件の「三人」迄もがその歩みを止め、
互いに顔を見合わせ二言三言言葉を交わしている。
「……」
吉田 一美は、その遙か先に位置する人物を凝視していた。
特殊なデザインの学生服に身を包んだ、勇壮なる青年の姿を。
同時に心の裡で湧き起こる、得体の知れない精神の渇望。
華奢な彼女の躰の裡に、そんな凄まじいモノが存在しているとは
信じられない位の激しい炎が、少女の想いを狂しく灼き焦がす。
どうして?
こんなに迄 「彼」 のコトが気になるのだろう?
まともに会話をした事も、朝の挨拶すらも交わした事がない筈なのに。
でも。
記憶の何処かに 「彼」 がいるような気がして。
そしてその彼が、懸命に自分の為に何かをしてくれたような気がして。
どうしようもない。
でも、ソレは。
いつ、何が、どこで、どのようにして起こったのか?
どうしても思い出す事が出来ない。
記憶の中の 「映像」 に何か紅い 「靄」 のようなモノがかかっていて、
ソレは記憶の中の 「映像」 をビデオのノイズのように覆い隠してしまっていて、
そして消えてしまう。
『真実』 は、余りにも遠過ぎる。
忘れてしまった。
何か、とても、大切なコト。
忘れて、しまった。
絶対に、忘れちゃいけないコトだったのに。
「……ッ!」
再び見た視線の先。
桜花舞い散る空間の向こう。
彼が。
空条 承太郎が。
「自分を」 見据えていた。
どこか人間離れした、神秘的な光を称えるライトグリーンの瞳で。
「ぁ……ッ!」
想わず、いますぐに彼の傍に駆け寄りたい。
そういう狂暴な感情が、耐え難く迫り上がってくる。
邪険に扱われても構わない。
無視されたって気にしない。
でも、ただ、すぐ傍に。
“隣にいる 「彼女」 と同じようにッ!”
そのとき。
次の彼の行動がなければ。
吉田 一美は、本当に彼へ向かって駆け出していたのかもしれない。
しかし、空条 承太郎が取った行動は。
ただ無言で彼女から視線を逸らし、己の背を向けるというもの。
「……ッッ!!」
ソレが、明確な 「拒絶」 の意を示していた。
“オレの 「傍」 に来るな”
言葉には出さずとも、彼はハッキリとそう言っていた。
その行為で。その態度で。
そして、余りにも大きなモノを背負った、広く淋しいその背中で。
その、残酷とも言える 「選択」 の本当の 「意味」 を、
知り得る者は誰もいない。
ソレは彼が、少女をこれ以上傷つけない為に。
そして、己を取り巻く 「宿命」 の縛鎖へ巻き込まない為に
行った 「手段」 だという事を。
「……」
胸の張り裂けそうな、絶望感。
躰の一部を、もぎ取られたかのような喪失感。
様々な負の感情が哀しみとなって、少女、吉田 一美の胸中に押し寄せる。
認めたくない。
認めたくない。
認めたくない。
けれど。
でも、もう、嫌でも、解る。
「彼」 は、遠くに、行ってしまった。
もうどれだけ頑張っても。
もうどれだけ必死に走っても。
決して追いつくコトの出来ない、遙か遠くまで。
きっと。
この 「世界」 の果ての、もっとずっと先の方まで。
“行って、しまった”
「ど、どーしたのッ!? 一美!?」
「吉田さん!?」
彼女の前方にいた池 速人と緒方 真竹が
驚愕の表情で振り向く。
少女は、吉田 一美は、まるでたった一人、
時間からすらも取り残された迷子のように茫然とその場へと立ち尽くし、
そしてその存在が掻き消えたかのような虚ろな表情で、泣いていた。
その瞳から次々と零れ落ちる、温かく透明な雫を隠すこともなく。
口唇を閉じたまま嗚咽すらあげる事もなく。
ただ、泣いていた。
その涙に濡れた少女の頬を、緩やかな早春の風が優しく撫でる。
労るように、その躰を包み込む。
風に靡く、亜麻色の髪とセーラー服。
傍に駆け寄った二人の友人が、蒼白の表情でしきりに何かを問いかけている。
しかしソレは、少女の耳には届いていない。
聴こえるのは、ただ、風の音。
今はただ、それだけ。
音も無く砕け散った、少女の淡い想い。
ソレは、一つの 『運命』 の終曲。
そして、新たなる 『運命』 への序曲。
その確かなる到来を。
少女がこれから進むべき 『光輝ける道を』
現在は、旋風だけが知っていた。
【4】
「本当にオメーじゃねーんだろーな?」
怪訝な視線で承太郎は脇を歩く少女に問う。
「本当よ。何か派手に突っ走ってきたから、
落ちてた 「枝」 にでも躓 いて勝手にズッこけたんでしょ?」
少女は悪びれもせずそう返す。
「それにしちゃあ、ヤケに痣の多い 「ホトケ」 だったぜ。
まるでスタンドでしこたまブン殴られたみてーによ」
「ふぇ? き、き、き、気のせいでしょッ!?」
痛いところ突かれたシャナはまるで悪戯のみつかった子供のように
はわわと焦りながらそう返す。
「それにしても、一体何だったんだろうね? 彼らは?
確か君の事を 「兄貴」 とか何とか言ってた気がするけれど」
生真面目な口調で花京院が疑問を口にする。
「おまえの事も 「兄さん」 とか言ってたわね?
弟? おまえの? それにしちゃあ似てなかったけど」
「イヤ、ボクは一人っ子だから」
そう言葉を交わしながら歩を進める3人の前に少々意外な、
そして見知った顔が姿を現す。
「やぁやぁ御三方。今日も勉学御苦労。御苦労」
その声の主はまるで真夏の太陽のような笑顔を浮かべながら、
黒い手袋に包まれた右手を上げて承太郎達に近づいてきた。
「ジョセフ!」
嬉々とした声と表情でシャナが、
「ジジイ、こんなトコで何やってンだ?」
相変わらずの仏頂面で承太郎が、
その声の主、老齢さを感じさせないワイルドな出で立ちの祖父
ジョセフ・ジョースターに問いかける。
「イヤイヤ、SPW財団の日本支部に行った帰りじゃよ。
思いのほか仕事が速く片づいたのでな。
たまには 「孫達」 と昼飯を食べるのも悪くないと想って来てみたんじゃ。
今日は早上がりだとシャナから聞いていたのでな」
そう言ってジョセフは笑顔を崩すことなく3人に告げる。
(!)
シャナは、ソレを聞いてその瞳を輝かせた。
目当ての店を変更する反発は微塵も起こらなかった。
ジョセフと一緒ならば、必ず目新しくて美味しいものが食べられる。
今まで甘いもの以外には興味の無かった食の嗜好の間口を、
大幅に拡げてくれたのは他でもない、 「この人」 だ。
その見た目から敬遠していたイカスミのスパゲッティ
『ネーロ』 等も今では自分の大好きなモノの中の一つだ。
そう期待に胸を弾ませるシャナとは裏腹に、
承太郎は仏頂面のまま祖父に問う。
「やれやれ。ンなコトより、 『DIO』 のヤローのこたぁ何か解ったのかよ?」
孫にそう問われたジョセフは、その豊かに蓄えた白い顎髭に手を当て
少し困ったような顔をする。
「う~む。状況はあまり芳しくないのぉ。
花京院君からもたらされた 「情報」 で
数ヶ月前、ヤツはエジプトのナイル周辺にいたらしいが
その 「すぐ後」 にはニューヨークでシャナの前に現れておるからな。
文字通り神出鬼没でその居所が全く掴めん」
「……チッ」
短い舌打ちと共に押し黙る承太郎。
今こうしている間にも、一体何人の人間が、
アノ男の底知れない欲望の毒牙にかかっているのか解ったもんじゃない。
「……」
その承太郎の様子に、脇で喜びの表情を浮かべていたシャナの瞳も翳る。
まるではしゃいでいた自分を悔いるような表情だ。
それらを敏感に察知したジョセフが、一度大きく両手をうち合わせる。
渇いた音が鳴り響き、陰鬱な雰囲気が一気に消し飛んだ。
「ま、今日はそう言った暗い話は無しじゃ。
ワシのオゴリでひとつパーッといこうではないか?」
双眸を丸くして自分を見る二人の孫に、
ジョセフは満面の笑顔で言った。
「やれやれ。呑気なジジイだ」
「やれやれね。でも、気持ちを切り換えるには、丁度いいかも」
その三者の様子を穏やかな表情で見守っていた花京院は、
「それじゃ、ボクはこの辺で。
また、空条、シャナ」
そう言って立ち去ろうととする花京院をジョセフが制する。
「何言っとる? 遠慮はいらん。花京院君。君も来なさい」
そう言ってその太陽のような笑顔を中性的な美男子に向ける。
「え、でも、ボクがいてはお邪魔に」
「来なさい」
口ごもる花京院に、ジョセフは再び満面の笑顔でそう言った。
「……ッ!」
不意を突かれたように花京院は一瞬絶句するが、すぐに。
「ハイ……ありがとうございます。ジョースターさん」
感慨を含んだ声でそう返した。
「フッ……」
シャナの胸元で、アラストールが仄かに微笑を浮かべる。
この男は、人間で在る我が盟友は、
知らず知らずの裡に他者の心に入ってくる。
相手に微塵の警戒心も抱かすコトはなく。
そしていつの間にか、一つに溶け込んでしまう。
それが少しも不快ではなく、寧ろ安らぎに近い感情すら想起させる。
それは己が同体であるフレイムヘイズの少女も、
“紅世の王” で在る自分すらも例外ではなかった。
アノ時。
炎禍渦巻く紅蓮の封絶の中で 「偶然」 この男と出逢わなければ、
自分は今でも 「人間」 という存在をこの 『世界』 という
巨大な存在の付属物程度のモノだと軽視していただろうし、
その分身である少女は、いつまでも人間らしい心を芽生えさせる事もなく、
共に血風吹き荒ぶ凄惨な修羅の道を歩み続けるのみだっただろう。
ソレは、少女が自分で決めた事。
そして、自らが少女に示した道。
その事に、間違いが在ったとは想わない。
しかし。
果たしてソレは本当に 「最善」 だったのだろうか?
少女自身が強く望んだ事とはいえ、
悪い言い方をすれば少女のその気持ちに安寧して
“フレイムヘイズのみの道を” 示し続ける事が、
果たして本当に 「正しかった」 のだろうか?
ソレで、この少女は、 “シャナ” は、
本当に 「幸福」 なのだろうか?
いつのまにか胸中に芽生えていた、今まで考えた事もない一つの疑問に、
紅世の王 “天壌の劫火” の想いは惑う。
“幸せ、よ”
「!」
本当に、唐突に。
炎の魔神の裡で、ひとつの声が甦った。
遙かな、悠久の刻を経た現在で在っても翳りのない、
ソレどころかより神麗な色彩を伴って聴こえる、
何よりも、掛け替えの無い存在。
その、 『最後の』 声。
嘗て、一人の女がいた。
己が想いの為に。
この紅世の王である自分自身の為に。
その全存在を極限まで燃やし尽くし。
そして。
自分の目の前で華麗に散って逝った、一人の、女。
『伝説のフレイムヘイズ』
“初代・炎髪灼眼の討ち手”
マティルダ・サントメール
彼女は自分に、フレイムヘイズで在った事を 「幸福」 だと言った。
眼前に迫る絶対の破滅を前に、長い炎髪を戦風に靡かせながら。
その時の、儚くも強い笑顔に微塵の偽りも存りはしなかった。
しかし。
その存在が、余りにも強く自分に焼き付いて離れなかった為、
知らず知らずの内に自分はこの 「少女」 を、シャナを、
マティルダと 「同一視」 してはいなかったか?
彼女と同じ 「道」 を歩む事に、
些 かの疑問も持たないようにしてきたのではなかったか?
共に歩む、自分自身の心すらも。
「……」
自答を繰り返す天壌の劫火の脳裡に、
盟友の屋敷で閲覧した古びたアルバムの革表紙が思い起こされた。
その中に納められた、たった一人の 「人間」
盟友の祖父。
“ジョナサン・ジョースター” その在りし日の姿。
強大な紅世の王足る自分ですらも畏怖する、
この世の理 さえも捻じ曲げる絶大なる能力を携えた存在、
『幽血の統世王』
アノ男を前に脆弱な生身の人間でありながら、
圧倒的な恐怖と絶望を己が精神の力で吹き飛ばし、
その苛酷なる 『運命』 の中、
「幸福」 と呼べる事など数える程しかなかった短き生涯の中。
「父親」 と呼べる者を二人も失い、友も殺され、
そして、愛する者とも永遠に引き裂かれスベテを失いながら
それでも、マティルダと同じように己が一命を賭してこの世界を、
『最愛の者が生き続ける世界』 を命燃え尽きる最後の刻まで懸命に護り抜いた者。
その哀切ながらも限りなく気高き存在に、敢えて名を冠するのならば、
まさに、真の 『英雄』
その風貌は、若き日の盟友と酷似していた。
しかし、その実の 「孫」 である己が盟友は
性格も、能力も、そして歩んだ道程すらも祖父とは全く違っていた。
盟友は、ジョセフは、強大なる紅世の王ですらも 「食料」 の一つとしか見なさない、
ある意味 『統世王』 以上の3つの存在を前にして祖父と同じく命を賭けて戦った。
己が愛する、たくさんの人々の為に。
しかしその一方で、命燃え尽きる最後の最後の刻まで “生きよう” とする事を、
絶望しか見えない暗黒の淵で在ったとしても 「人間」 として 『生きぬこう』 とする事を
決して諦めなかった。
そして結果、本当に生き延びた。
アノ現世を超えて、紅世をも震撼せしめる絶対存在、
『究極神』 を相手にしてさえも。
薄幸短命で在ると定め付けられた己が 『宿命』 すらも
その 「精神」 の力で変えてしまった。
「……」
自分は少女に、シャナに、一体どのような 「生」 を生きて欲しいのか?
マティルダまたはジョナサン・ジョースターのように、
己が存在の全てを賭けてこの世界を護り抜く 『英雄』 としての一生?
それとも、盟友ジョセフのように己を取り巻く 『宿命』 と戦いながらも
人としての 『真実』 を追求し続ける 「人間」 としての一生?
解らない。
一体、どちらが正しいのか。
一体、どちらが 「幸福」 なのか。
どちらを少女が望むのか、また選ぶのか。
今は、まだ、何も。
(……)
答えのでない堂々巡りを繰り返しながらも、
アラストールの心は不思議と穏やかだった。
その 「答え」 を出すのは、自分だけではない、
それが解っていたから。
そう、何も自分だけで、解答を急ぐ必要はない。
もう「自分」という存在は、
“一つではないのだから”
それに、そう遠くない未来に、
「答え」 は出るのかもしれない。
そして、その解答の要の一端は、
自分の脇を少女と歩く “この者” が握っているのかもしれない。
悠久の時を経て受け継がれる、偉大なる血統の一族、
その 「末裔」 で在るこの男 が。
「……」
アラストールは自分の傍らに立つ青年を一瞥した。
その視線(?)に気づいたのか、青年は少女の胸元で静かに揺れる
異界の神器 “コキュートス” に微笑を向けてくる。
「ッ!」
予期せぬ、行動。
その青年の様相はまるで、強大な紅世の王である自分すらも
慰撫するかのようだった。
(むう……此奴……よもや今の所作だけで我の所懐を
見抜いたというのか……? まさかな……)
「フッ……」
そのアラストールの心情を知ってか知らずか、
青年は自嘲気味に笑みを漏らす。
「何笑ってるのよ? ヘンな奴ね」
先程の仕返しとばかりに、承太郎の行動を見逃さなかったシャナが
剣呑な視線で問いつめてくる。
「さぁ、な。アラストール?」
「うむ」
そう言って承太郎とアラストールは互いを一瞥(?)した後、
視線を真っ直ぐ前へと向ける。
「むぅ。何か釈然としないわね」
何だか仲間外れにされたみたいで面白くないシャナは、
横の青年と胸元の王を交互に見る。
やがて、親しげに言葉を交わすジョセフと花京院を先頭とした一行の歩みが、
駅前の交叉路へと差し掛かり巨大なビル群に阻まれていた視界が抜ける。
その、刹那。
少女の両眼が、突如見開かれた。
「……ッ!」
開けた、視界。
数多くの、人々。
街の雑踏、都会の喧噪。
駅前に設置された大理石の噴水から粒子状に迸る流水。
その透明な雫の飛沫が、光のプリズムと成って彩虹を創り出していた。
今までは、特に気にも止めなかった光景。
今までは、その全てが色褪せていた筈の風景。
それが、一体。
何、故?
自分でも理解不能な心中の動悸に、少女は大いに困惑する。
(な、に……? コレ……?)
見慣れた風景、“だった” 筈。
寧ろ際限なく増殖する人の波に、疎ましさすら抱いていた。
そう。
“今までは”
どれだけ強大な紅世の王を討滅したとしてもソレは、
次なる討滅への通過点。
当然、何か護り抜いたという実感も在る筈もなく、
またその余裕も無く、次なる戦場を追い求めて、
人混みの中を漂流するように彷徨い歩いていた。
人と関わらず、交わらず。
始まりを求め、終わりを求め。
戦いながら、ただずっと、一人で歩いていた。
ソレでいいと想っていた。
どこまで行っても、同じなのかもしれない。
いつか終わりが来るのならそれでも良い。
明日自分の存在が終わりを告げたとしても、
“そういうものだ” と割り切るだけだ。
何故なら、自分は、
“フレイムヘイズ” だから。
もう人間ではない存在だから。
だからいつだって、目を背けてきた。
穏やかな春の陽光の中。
眩しい夏の旭日の中。
静粛な秋の落日の中。
森厳なる冬の斜陽の中。
本当に楽しそうに、嬉しそうに笑い合う、人々の姿を。
意識的に、視界から遮断してきた。
決して、心、囚われぬように。
そんな人々の笑顔等、自分を切り刻むだけの存在だったから。
どれだけ多くの人達が笑っていたとしても、
“もう人間ではない” 自分にはその喜びが解らないのだから。
そしてそれを分かち合う者達も、
“かつて人間で在った自分を” 覚えてはいないのだから。
では。
それでは。
“今、は?”
そこで、シャナは立ち止まった。
「……」
アノ時と全く同じ、穏やかな春の陽光、早春の、風。
ソレを、今は、その頬に、全身に感じ取る事が出来る。
フレイムヘイズの 「使命」 のみが 「討滅」 の責務だけが
自分を充たしていた時には、決して、感じる事がなかったモノ。
「……ッ!」
アスファルトの上に佇む自分の脇を、自分よりも小さい子供達が走り抜けていった。
自分達と同じく学校の帰り道なのか黒いランドセルを背に抱え、
その手に玩具のカードらしきモノを手にし何やらよく解らない単語を発しながら
それぞれはしゃぎ合っている。
幼い子供らしい無邪気な笑顔を、その顔いっぱいに浮かべて。
その周囲を、たくさんの人達が歩いている。
ある人は楽しそうな表情で。
ある人は疲れた表情で。
でも、生きている。
邪悪なるアノ男の僕が来訪した、この街で。
強大なる紅世の王の襲撃に見舞われた、この場所で。
まるでそんな事など無かったかのように、存在している。
それは、アイツが、戦ったから。
自分の欲望の為になら、脆弱な人間など幾ら犠牲にしても一向に厭わない
吐き気を催 すような巨大な 「悪」 から、能力を持たない
弱き者達の 「盾」 となって、懸命にその生命を護ろうとしたから。
有象無象のこの世の 「闇」 に、その灯火、掻き消されてしまわないように。
本当に、必死になって、傷だらけになって、
最後の最後まで護り抜いたから。
だから、存在している。
「……ッ!」
今まで気づきもしなかった、一つの、意思。
自分が、フレイムヘイズとして今日まで懸命に生きてきたように、
この周りのたくさんの人達もまた、同じように頑張って生きている。
ただ、その場所が違うだけ。
ただ、その形容が違うだけ。
そう。
何も、変わりはしない。
“フレイムヘイズ” も 『スタンド使い』 も、そして、
『能力』 を持たない生身の人間も。
みんな。
同じ 「精神」 を持った、同じ存在なのだから。
それを、護った。
アイツと、一緒に。
(ッッ!!)
突然、周囲の全てが、光り輝いて見えた。
今まで気にも止めなかった日常の風景が、この世の何よりも。
そう。
戦ったから、存在している。
二人で勝利したから、存在している。
その全てが 『絆』 の証明。
時空を超えてこの天空の許巡り逢った、
『スタンド使い』 と “フレイムヘイズ” との。
だから、この世の何よりも輝いて見える。
そして、この多くの人達の中にも、
きっと、自分達と同じような 『絆』 が、たくさん。
それはやがて、拡がって。
拡がって……
“ひとつ、に”
「!?」
気がつくと自分は、アスファルトの上で一人だった。
突然、途轍もない恐怖感が胸の裡から迫り上がってきた。
咄嗟に顔をあげ、周囲を見渡す。
「取り残される」 「置いていかれる」 「一人になる」
こんな事に、こんなにも激しい恐怖を感じたのは生まれて初めてだった。
巡る視界の刹那すらもどかしく、少女はアスファルトを蹴って
がむしゃらに走り出そうとする。
が。
「!?」
探していたものは、すぐ目の前に在った。
誰一人として自分を置いてなどいかず、視界の先に立っていた。
「……」
シャナは無言のまま、その掛け替えのない者達の元へ
力無い歩調で歩き出す。
傍らを通り過ぎセーラー服の裾を揺らす、早春の風。
目の前で舞い踊る、桜の花片。
耳元に聞こえてくる、水の音。
その全てが入り交じった、世界の中心で。
「シャナ」
太陽のような明るい声で、ジョセフが呼んだ。
「シャナ」
草原を駆ける涼風のような声で、花京院が呼んだ。
そして。
そし、て。
「来いよ。シャナ」
あの時と同じ微笑を浮かべて、
“彼” がそう呼んだ。
もう少しも、寂びしくはない。
もう何も、怖くなんかない。
だって。
もう自分は、一人じゃないから。
「うんッ!」
緩やかな春の陽光の中。
静かに舞い散る花片の中。
フレイムヘイズの少女は。
今は一人の 「人間」 と成った少女は。
最高の笑顔を浮かべて、最愛の者達の方へと駆けた。
この街に、戦いが在った。
その戦いの最中。
ある者は、己が存在の決意をその裡に見い出し、
またある者は、存在の忘却の彼方へと消え去った。
ソレは、日常の現世を日々生きる我々には、
決して語られる事のない “影の歴史” である。
そして、その戦いに身を投じた強く誇り高き者達の精神は、
他の者に聞こえる事は決して起こり得ない。
だが、ある者には、聞こえるのであろう。
そして、またある者には、受け継がれるのであろう。
その事が、一体どのような “未来” を形創る事になるのか?
それは、誰にも解らない。
しかし。
たとえ、いかなる世界になろうとも。
たとえ、いかなる未来になろうとも。
時は流れる。
運命の車輪は、回転を続ける。
世界はただ、そうであるように、動いている。
~Fin~
ジョジョの奇妙な冒険×灼眼のシャナ
STARDUST∮FLAMEHAZE
第一部
【PHANTOM BLAZE】
後書き
はいどうもこんにちは。
エピローグ、ですネ。
コレで第一部も最後と想うと寂しいモノです。
なので是非ともジョジョ一部ラストのように
登場キャラ全員が空に映ってる処を御想像ください。
さてまぁ、ワタシが誰よりもジョジョが好きで
誰よりもシャナが嫌いというのは言わずもがなと想うので、
やっぱムカついたヤツの話から始めましょうw
まぁヴァニラにブッ飛ばされた描写を見ればお解りとは想いますが、
コイツのコトはホントマジで嫌い「だった」んですよ。
でなんでそんなに嫌いかというと、
あのどうしようもない主人公と同じで
コイツも作者の「分身」だからなんですネ。
まぁ言い寄ってる相手が幼女という時点で気づけよという話ですが、
アレが作者の「等身大」ならコレはおそらく作者の「理想形」なんでしょう。
(こんなのが・・・・('A`))
ギャングっぽい服装をしてその中身は完全にチンピラ (三下) ですが、
バカな不良に憧れるヤツというのはそんなモンで
暴力だのルールを破るだの悪事を働くだの
「ソレに痺れる! 憧れるぅ!」なのでしょうネ・・・・('A`)
実際に原作のフレイムヘイズは何かに似てると想っていたのですが、
ソレは程度の低いヤンキー漫画のキャラと同じで、
好き勝手に生きる、嫌な事はしない、
にも関わらず自分のやる事なす事、一切「責任」は負わない。
という言ってみればただの「甘ったれ」のワガママなんですが
そういうモノを「カッコイイ」と思ってしまう馬鹿者はいつの時代も
一定数いるものです・・・・('A`)
だから原作の戦闘がちっとも面白くないのは当たり前で、
だってただの不良のケンカなんですから
本人が勝手に好き好んでやってるだけで、
そんなバカなガキの「自己満足」に読者が心を動かされるワケがないのです。
(「自己満足が全ての酷い奴らだから!」とか言わせちゃってるしなぁ・・・・('A`)
ソレって某半島やISのテロリストと一体何が違うの・・・・('A`)? ねぇねぇねぇ?)
故にそんなヤツがDIOサマに舐めた口きいたらヴァニラがキレるのも
当たり前で、殺されなかっただけ感謝して欲しいといった処です。
まぁこの辺りは原作準拠で必然の成り行きなのですが、
嫌ってばかりも疲れるので他のキャラはもう改変を初めています。
そんなこんなで、『永 久 水 晶』だの
【新 世 界』だの好き勝手に描き綴ってますが、
(ジョナサンのスタンドは個人的には良く出来たと想うのですがねぇ・・・・('A`)
“波紋”にも応用できますよ)
結局このラストから二部への流れとして一体何が言いたいかというと、
「こいつら良い“仲間”だなぁ~」と想って欲しいというのが目的の一つでした。
ジョジョが好きな人には今更説明するまでもないのですが、
1部から始まって上記の感情を一度も抱いたコトが無い人はいないと想います。
だから4部は無論、3部でも5部でも(ヘタすりゃ6部でも)
「自分がスタンド使えたら仲間に入っていきたい」と想った人は
当然たくさんいるコトでしょう。
こーゆーキャラ同士の「繋がり」をちゃんと描けるかどうかというのが
名作と駄作を分ける一つの「境界線」で、一流と呼ばれる人達が描いている
作品は必ずこの条件を充たしています
(HUNTER×HUNTERでもDBでも幽遊白書でも全部そうです)
だからシャナ原作でメインの戦闘削って先延ばしにして(ヘタすりゃ一巻丸々)
無理矢理入れた学園描写が全ッ然面白くないのは、
もうそういうストーリーを描く能力が欠落しているとしか
判断のしようがないでしょう。
(あの中に入っていきたいと想いますか?
物凄くつまらなそうなのでワタシはゴメンです)
本当に、何度も何度も何度も言わせないで欲しいのですが、
何で恋愛にしろ戦闘にしろ「楽しい学園生活」にしろ、
『描けない題材』を無理矢理描こうとするのか?
「経験」ないならないでなんで「勉強」しないのか?
それをメンドクサがって自分の「想像 (妄想) だけで」描こうとするのか?
本当に意味が解りません。
ジョジョの「人間関係」が楽しそうに見えるのは(ヘタすりゃ敵側まで)
ソレは荒木先生の人柄による「実体験」を基本にしているからであり
(古くはこせきこーじ先生や小説家の夢枕獏先生、
そして昔から若手の漫画家の方をよく自宅に招いているそうですし
今では作品のファンであるタレントやミュージシャンの方とも
親交を深めているそうです)
ソレだけに留まらず映画や小説をたくさん観て
「作品としての」人間関係を研究しているからです。
「荒木先生ですら」そうした努力を惜しまないのに
(実体験だけでも十分にも関わらず)
なんでその才能の百分の一もない者が努力しないのか、
しようともしないのか、コレは創作に於ける七不思議の一つといっても
良いかもしれません。
チト話が逸れた感がありますが結局人間、
『自分が知らないものは描けない』というコトなんです。
だから絶対に知らないモノは描いてはいけない。
野球のルールも知らない者が野球マンガを描こうとするのと同じで、
ストーリーが破綻するとかいう以前にそんなモノは須く『醜悪』だからです。
二部からは少しずつ「仲間」が増えてきます。
ジョジョが好きな者としては是が非でも同じような
『仲間の絆』を構築したい。
(6部のラストで降り注ぐ「雨」がF・Fという解釈を見た時は
不覚にも○腺が決壊しそうになりました)
故に「人間関係」を描く際の良い例と最悪な例を改めて再認識した次第です。
ソレでは。ノシ
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