| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

英雄伝説~西風の絶剣~

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第17話 カルバート共和国

side:リィン


 僕が西風の旅団に帰ってきてから一週間が過ぎた、今まで皆に心配かけてしまった為か常に誰かが僕の傍にいるようになっていた。


「……ゼノ、いい加減離してほしいんだけど…」
「ダメや、あと10分はこうしとかなあかん」


 今僕はゼノの膝の上に座って抱っこされている状況に陥ってます、そして僕の膝の上にはフィーがいて眠ってます、何このカオスな状況は……


「ちょっとゼノ、いい加減に交代しなさい!」
「いくら姐さんの頼みでも譲れへんで、大体姐さんは昨日リィンを抱っこしたやろ」
「でもまだまだリィン分が足りてないのよ」
「そんなの俺かて同じことや」


 リィン分ってなんだろう、あ、フィーが僕の服の裾を掴んで微笑んだ。ふふっ、どんな夢を見てるのかな?(若干現実逃避気味)


「姐さん達だけずるいですよ!」
「俺達にもリィンを抱っこさせてください」


 西風の旅団の団員達のミラやカイト達が姉さんに抗議する、この一週間は皆こんな風に僕とスキンシップを取ろうとしている、僕的には嬉しいんだけど振り回され気味でちょっと大変かな。


「リィン、団長が呼んでいたぞ」


 そこにレオが現れて僕に団長が呼んでいたことを伝えてくれた。


「本当に?じゃあ行かないと。ゼノ、悪いけど行ってくるね」
「あ、もうちょいだけ……」
「団長を怒らせる気か?」
「……団長が呼んどるんならはよ行った方がいいわ」


 ゼノが抵抗しようとしたけどレオの一言で顔を青ざめながら離してくれた。よっぽど団長が怖いんだね……
 寝ているフィーを姉さんに預けてレオと一緒に団長の元に向かう。


「相変わらず人気者だな」
「あはは、皆には心配かけちゃったしこれくらいは当然だよ」
「そうだな、皆お前の事をいつも思っていたからな」
「ごめんレオ、僕、皆に迷惑ばっかりかけているね……」


 申し訳なさそうに頭を下げる僕をレオは無言で頭を撫でてくれた。


「迷惑だなんて思った事はない、お前は俺達の大事な家族だ……」
「レオ……」
「俺はお前が無事に帰ってきてくれただけで十分だ、それは団長や皆も同じことを思っている」
「ありがとう、レオ」


 そんな会話をしているとあっという間に団長がいる部屋の前に来た。


「団長、俺だ。リィンを連れてきた」
「レオか、分かった入ってくれ」


 部屋に入ると団長は何かの書類を呼んでいた。


「団長、何を読んでるんですか?」
「ああ、これは依頼書だよ。俺達が活動を再開すると知った途端にこれだもんな、人気者は辛いぜ」


 えっ、あれ全部依頼書なの、山のようにあるけど……


「レオ、他の奴らにもこの依頼書を見せておけ。割り振りは俺がするがこれだけの依頼の数だ、当分は休みなしになるぞ、覚悟しておけって皆に伝えておいてくれ」
「了解した」
「ああリィンは残ってくれ。お前には別の要件がある」


 レオは団長から依頼書を受け取ると部屋から出ていき僕と団長が残った。


「まあ立ち話も何だし座ってくれ」
「あ、分かりました」
「おいおい、今は俺とお前だけだ。普通に接してくれ」
「分かったよ、父さん」


 近くにあった椅子に座り口調を砕いて父さんと話す。


「どうだ、西風の旅団に戻ってきて一週間が過ぎたが皆の調子は?」
「常に誰かが僕の傍にいてくれるよ、抱っこされながらね」
「ははっ、まあ皆少し舞い上がっちまってるんだ。お前が帰ってきてくれたことが本当に嬉しいんだろう。勿論俺もだがな」
「うん、僕も嬉しいよ」


 ようやく帰ってこれたんだ、待ち望んでいた皆の元に……これが嬉しくない訳がない。


「さてこれから本題に入るが俺達も猟兵活動としての活動を再開しようと思っている、だがお前はどうするかって事だ」
「それは……」
「お前がD∴G教団で人体実験を受けていた事はセルゲイの旦那から聞いている、そしてお前が体に異常がないか精密検査を受けたってこともな」
「うん、確かに受けたよ」


 以前クロスベルにいた時人体実験の影響で体に異常がないか病院で検査を受けた事がある。


「その後も何回か検査を受けたけど特に問題はないって言われたよ」
「だがそれはあくまで現在の結果だ、使われていた薬の原材料やその効果は全く分からないらしい、だから後から体に何か異常が起きるかも知れない。実際医者側にもそう言われた」
「確かに…」
「もしそうなったら直に俺に言え、最悪猟兵は辞めてもらう事になるかもしれんが……」
「……ごめん父さん、例えそうなっても僕は猟兵を辞める事はできない」
「何故だ、親としてそれは認められんぞ」
「実は……」


 僕は教団に捕らわれていた時に行動を共にしていたレンの事を父さんに話した。


「……そんなことがあったのか」
「うん、僕がこうやって皆に会えたのは色んな人に助けてもらったからだけどその中でもレンの存在は大きいんだ。もしレンがいなかったら僕は絶望して自ら命を絶っていたと思う」
「それほどまでに言うならよっぽど大事なんだな、そのレンって子は……俺も親として礼を言いたいが行方不明……しかも教団に掴まった可能性もある……なるほど、お前は教団と深い因縁が出来ちまったようだな」
「僕はレンを助けるまで猟兵を辞める訳にはいかないんだ、例え死ぬことになってもそれを変えることはない」
「……決心は固いようだな、全く頑固な所ばかり俺に似ちまったな」
「じゃあ……」
「取りあえずは猟兵として活動することは止めない、だが体に異常が起きたら直に俺に言うんだ、いいな?」
「了解、必ず伝えるよ」
「ならお前も数日後から猟兵として活動してもらう、だが教団が再び接触してこないとも言えない、だから必ず分隊長クラスの人間とフィーを傍につける事、これがお前が猟兵として活動する絶対条件だ」
「分隊長は分かるけどフィーもですか?」
「あの子の気持ちも汲んでやってくれ、お前を守るために猟兵になったんだからな」
「……了解、僕もフィーを支えます」


 今後の方針を決めた僕と父さんの話し合いはこうして折り合いがついた。


「あ、そうだ。そのレンって子の事はこっちでも探してみる」
「本当に?ありがとう父さん」
「後その子の話はフィーにもしておけ、絶対だぞ」
「えっ、どうして?」
「……どうしてもだ(フィーが焼きもちをしかねんだろうが……全くどうしてこいつは色恋沙汰に鈍いんだ?フィーが不憫に思えるぜ……)」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


団長との話し合いから数か月が過ぎ僕はフィーと共に依頼を進めている毎日を送っていた。2年間猟兵の活動を停止していたが直に感を取り戻して依頼をこなしていった。そんなある日……


「ふぁ~……」


 とある商人に依頼された護衛中に温かい日差しのせいかつい欠伸をしてしまった、見られてないよね?


「リィン、気を抜いちゃダメ」


 僕の背後を歩いていたフィーに叱られてしまった。


「あ、ごめんごめん。今日は日差しが気持ちいからつい……」
「油断大敵だって団長も言ってたよ」
「分かってるけど最近は忙しいからついね……」
「もうっ」


 フィーと猟兵として活動して結構時間がたったけど彼女は猟兵として高いスキルを持っていた。戦闘では団長に教えてもらった双銃剣を巧みに操りスピードで敵を翻弄して戦うのが得意らしい、その速さは団でも群を抜いていて僕以上の速さを持っている。
 

 また罠や奇襲も得意らしく森や崖といった入り組んだ場所では僕でも勝つのが難しい。まだ8歳だよね、自信無くしそう……


「どうしたのリィン、落ち込んでいるみたいだけど……」
「ああいや、自分の妹の凄さに改めて驚いてるだけだから……」
「?……よく分からないけどそれって私を褒めてるって事?」
「うん、そうだよ」
「……ふふっ、そっか。わたしはリィンに必要とされているんだ……♪」


 何やら上機嫌になるフィー、僕何か言ったかな?


「お二人さん、夫婦漫才もいいが周囲の警戒を怠るなよ」
「ああごめん、カイト」


 おしゃべりをしていたら分隊長のカイトに叱られてしまった。カイトは2年前は唯の団員だったんだけどこの2年間で出世して分隊長になったようだ。本人はゼノ達と比べれば……と謙虚気味だがこの西風の旅団の分隊長になれるだけでも相当凄いと思う。


「……リィン」
「ああ、前方に何かいるね……カイト」



 カイトに合図して依頼人の周りに立つ、数は6……前方右側に4で左側に2……おそらく茂みに隠れているな。


「どうするカイト?」
「……二人はここで依頼者の護衛、俺が様子を見てくる」
「「了解」」


 カイトが双剣を構えてゆっくりと前に進んでいく、僕達は何があってもいいように依頼者を守りながら武器を構える。


「……」


 カイトが茂みの近くまで近寄ったその時だった、茂みから何者かが飛び出してカイトに攻撃した。


「ぐっ!」


 咄嗟に身を伏せて攻撃をかわしたカイトは襲撃してきた存在を確認する。


「バイトウルフか、それに……」


 バイトウルフが一体現れると更に魔獣が姿を現した。


「バイトウルフ二体にオニオカネが三体、そして……」
「エルダーマンティス……だね」


 バイトウルフとオニアカネはまだいい、だがエルダーマンティスは厄介だ。奴の鎌は当たり所が悪ければ致命傷になりかねないからだ。


「グルル……ガアッ!!」
「ひいっ!」


 一体のバイトウルフが依頼者に飛びかかろうとしたので魔獣の前に立ちふさがり攻撃を防ぐ。


「いいか、優先すべきものは依頼者の安全と例のブツを守ることだ。各自注意しながら魔獣を撃退しろ!」
「「了解!!」」


 周囲に散開して、魔獣の撃破に向かう。


「クリアランス!」


 フィーが双銃剣から銃弾の嵐を魔獣達に目がけて放つ、威力は低いが範囲は広く主に牽制に使われる技だ。


「はあっ!」


 動きが鈍くなったバイトウルフを刀で切りつける、バイトウルフは悲鳴を上げながら消滅した。そこにエルダーマンティスが背後から鎌を振りかざして向かってくる、僕はしゃがんで鎌を避けて距離を取ろうとするがオニアカネ二体が毒の鱗粉をまき散らしながら突っ込んできた。


「クロスザッパー!!」


 だがオニアカネ二体はカイトが放った×型の斬撃を喰らい消滅した。


「ありがとうカイト!」


 もう一体のバイトウルフを僕が、そしてオニアカネをフィーが撃破して残ったエルダーマンティスに向かう。フィーが銃弾を放ち怯んだ隙に僕ががら空きになった右腕の鎌を切り飛ばした。


「キュアアアッ!!」


 残った左腕の鎌で攻撃しようとするがフィーがそれを防ぎ僕は刀に炎を纏わせる。


「焔の太刀!!」


 炎を纏った斬撃はエルダーマンティスの胴体を斜めに切り裂き消滅させる。僕は刀を鞘に戻して一息つく。


「終わったね。ナイスフォローだったよ、フィー」
「ブイ」


 はにかみながらブイサインを向けるフィーに僕もブイサインで答えた。


「二人とも、いいコンビネーションだったぞ」
「カイトもフォローありがとう」
「流石分隊長だね……」
「よせよ、これくらい誰でもできるって。それよりまだ護衛は終わってないから気は抜くなよ」
「「了解」」


 再び辺りを警戒しながら僕達は先を急いだ。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「終わったね……ふぁ……」
「報酬もしっかりもらえたし依頼達成だね、フィーもお疲れさま」
「眠い……」


 カルバート共和国の首都『イーディス』に到着した僕達は依頼人を『東方人街』に送り届けることが出来た、もう時間も遅いし今日はこの街に止まっていく事にして僕とフィーは夜の東方人街を歩いていた。
 ちなみにカイトは宿屋で休んでいる、一緒に来ないかと誘ったんだけど断られてしまった、行くときにしっかりとお姫様をエスコートしろよ、と言っていたけどどういう意味なんだろう?


「……ねえリィン」
「ん、何だい?」
「ふと思ったんだけど……遊撃士と猟兵の違いって一体どう違うの?」


 遊撃士と猟兵の違いか……よし、これを機にフィーに色々教えておこう。


「そうだね、まず基本的な違いとして遊撃士は一つの民間団体なんだ。『支える籠手』の紋章を挙げその目的は民間人の安全と地域の平和を守ること、だから魔獣退治や民間人の依頼を受けるのが主な仕事だね」
「なるほど……わたし達猟兵はミラさえ貰えればどんな人でも仕事を受けるけど遊撃士は民間人を優先するんだね」
「そういう事だね」
「良く分かった、でもリィンって猟兵なのに遊撃士について詳しいね」
「そりゃ場合によっては対立することも多いから相手の事も知っておかないといけないよ、知ってると知らないじゃ大きな差になるからね」
「そっか、じゃあ今度色々教えて。私もっと猟兵として成長したい」
「分かった、知ってる限りの事は教えるよ」


 フィーは凄いな、幼いのに向上心が高い。僕も見習わないと。


「そういえばこの街の人達ってあまり他の街では見かけないよね?黒髪とか多いし」
「カルバート共和国は東方からの移民を受け入れている国だからあらゆる異民族が集まった国でもあるんだ、まあそのせいで起きる問題もあるみたいだけど……」
「そうなんだ、難しいんだね」


 クウ~……


 そんな話をしているとフィーのお腹から可愛らしい音が鳴った。


「……お腹すいたかも」
「そういえば夕飯がまだだったね、何か食べていく?いくつか屋台もあるみたいだし」


 ここら辺には東方料理が手軽に食べられる屋台が沢山並んでいた、丁度いいからここでご飯をたべていこうかな。


 適当に屋台を周って品物買ったけど流石は東方の料理と言った所か、西ゼムリア大陸では見なれない食べ物が殆どだ。


「はむ……ん、この肉巻き入りのちまき丁度いい感じの量で食べやすいな」
「もぐもぐ……豚こま御飯っていう食べ物も美味しい……」


 今まで食べたことなかったけど東方の料理も美味しいね、クセになりそうだよ。


「けぷっ……お腹一杯……」
「一杯ずつなら多くはないけどこれだけの種類を食べれば結構な量になるね。でもフィーもよく食べるようになったんだ、昔は小食だったのに」
「早く成長したいから猟兵になってからはそれなりに食べるよ、目指すはマリアナみたいなボン・キュッ・ボンだから」
「姉さんクラス……」


 不意にフィーがマリアナ姉さんのようなプロポーションになったことを想像してみる……うん、想像できないや。


「リィン、どうしたの?」
「あ、何でもないよ。あはは……」


 いけないいけない、妹で変な事を想像してるなんてバレたら兄としての威厳が無くなっちゃうよ。


「最後にこれを食べて完食……いただきます」
「まだ食べるんだ……」


 フィーが最後に残っていた豚バラ肉のバーガーを食べ始めた。はむはむと小動物みたいに食べるフィーはとても可愛かった、半分ほどバーガーを食べるとフィーは食べるのを止めた。


「フィー、どうかしたの?」
「……お腹一杯」


 ああやっぱり食べきれなかったか。あれだけの量の御飯を食べたんだから無理はない、むしろよくあそこまで食べたなぁと思うくらいだ。


「やっぱり食べきれなかったか、無理はしないほうがいいよ」
「……でも勿体ない」


 確かにこのまま捨ててしまうのは実に勿体ないな……あ、そうだ。


「じゃあさフィー、残った分は僕にくれないか?」
「リィンが食べるの?」
「うん、フィーの食べっぷりを見ていたら少し小腹がすいちゃって……」


 美味しそうに食べているフィーを見ていて僕もあれだけ食べたのにまた食欲がわいてきてしまった。


「ならはい、後はお願い」
「うん、じゃあ頂きます」


 フィーから貰ったバーガーを一口食べる。うん、美味しい。


「……あ」


 するとフィーが何かに気が付いたような表情を浮かべた。


「フィー、どうかしたのかい?」
「う、ううん、何でもない……(よく考えたらあれって間接ちゅーって奴じゃ……)」


 フィーはそう言って顔を背けた。突然顔を伏せるなんてどうしたんだろうか、心なしか顔も赤いし……


「ご馳走様でした」


 そうこうしている内にバーガーを食べ終えてしまった僕は懐からハンカチを出して口を拭く。あ、よく見たらフィーの口にも食べかすが付いている。


「フィー、ジッとしていて」
「リ、リィンッ⁉」


 フィーが珍しく狼狽えた表情を浮かべるが僕は構わずフィーの口を拭く。


「よし、これで綺麗になったね」
「リィンそれ……リィンも使った……」
「ん?確かに僕も口を拭いたけど……何か不味かったかい?」


 兄妹だしフィーはそういう事気にしないタイプだと思ってたけどもしかして嫌だったのかな?


「別に問題はない……でも次からは自分で拭く……」
「ああうん、分かったよ」


 そういえばフィーもそろそろ年頃の女の子だしこれは配慮が足らなかったかな。これからは注意しないと。


 食事を終えた僕達はカイトがいる宿屋に向かっているんだけど何故か道中フィーはずっと下を向きながら歩いてる、僕と顔を合わせようとしない。怒らせてしまったのかな……


「フィー、やっぱりさっきの事で怒った?」
「あ、ううん、怒っていないよ……」
「じゃあどうして顔を合わせてくれないの?」
「それは……」


 あ、また黙り込んじゃった、どうしよう……


(どうしよう、恥ずかしくて顔が真っ赤……リィンには見られたくないけど……ううっ……)


 まあ今はそっとしておくしかないか。ってフィー、あまり下ばかり向いて歩いてると……


「うおっ!?」
「キャッ!」


 あ、通行人の人にぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい。わたし前を見てなくて……」
「僕からも謝ります、申し訳ありません」


 フィーがぶつかった男性に頭を下げる。僕も一緒に頭を下げる。


「おいガキッ、お前がぶつかったせいで俺の服に染みがついたじゃねえか!」
「兄貴の服汚すなんて言い度胸してんなぁ」
「こりゃごめんなさいくらいじゃ許せねえな」


 男性の胸元には確かに何かの染みが付いていた、おそらく持っている飲み物をフィーとぶつかった時にこぼしてしまったんだと思う。


「服を汚してしまい申し訳ありません、これはクリーニング代として使ってください」


 僕は財布から1万ミラを取り出して男性に渡した。


「はあっ?一万ミラだぁ?」
「兄貴の服はオーダーメイドだぞ、こんなはした金で許せる訳ねえなぁ」
「……じゃあどうすればいですか?」
「そうだなぁ、ざっと20万ミラ払えば許してやるよ」


 20万ミラ……いくらなんでもそれは無いだろう。オーダーメイドと言っていたが男性の服はそこらで買えそうな代物だし……これは厄介なのに当たっちゃったかなぁ。


「子供にそんな大金が払えると思ってるんですか?いくら何でも無茶苦茶です」
「だったら親に泣きついて払ってもらえよ」
「甲斐性もねえのか?おい?いいから払えよ」
「こっちは誠意を見せました、これ以上は唯の恐喝にしか思えないんですが?」
「あん?舐めてんじゃねえぞガキ?」


 男性の取り巻きの一人が僕の服の胸ぐらを掴みあげる。


「あんま俺ら舐めんなよ?ここら辺りじゃ結構名が通ってるんだぜ?痛い目見たくなきゃさっさと出せよ」
「子供相手に大人げなくないですか?大人ならもう少し理性ある行動をしてもらいたいんですが……」
「このクソガキがッ!!」


 男がキレたのか拳を握りしめて殴りかかってきた、僕は相手の腕を掴み相手の背中側に捻りあげる。


「いででででっ!?」
「正当防衛です、悪く思わないでください」


 男の手を捻りながら折れる前に放す、男はよろめくようにしてしりもちをついた。


「コイツ……殺されてえみてえだな」
「ぶっ殺すぞ!」


 男達は本気で切れたのか懐からナイフを取り出した。ちっ、面倒なことになった。


「フィー、逃げるぞ!」
「うん!」


 フィーの手を掴んで走り出す、あまり騒動にはしたくないから逃げることにした。


「待てこらぁガキッ!!」


 案の定男達は僕達を追ってきた、人に迷惑が掛からないように裏路地に逃げ込む。


「リィン、どうしよう?」
「そうだな……」


 裏路地に逃げ込んだはいいがここからどうするか……地の利では向こうの方が知ってるだろうしどこに逃げるか……


「リィン、あれ!」


 フィーが指さした方には道がなかった、しまった、行き止まりか。


「このままじゃ追いつかれるぞ……」


 どうしようか迷っていると横にある建物の扉が開き誰かが出てきた。


「こっちです!」
「え?」
「いいから早く!」


 出てきたのは女の子だった。年は僕と同い年くらいか……どうやら逃げ場を作ってくれるようだから今は素直に従おう。僕とフィーは女の子が出てきた扉に入る。そして数秒後にさっきの三人組がやってきた。


「おかしいな……ここは行き止まりだからここにいるはずなんだが……」
「くそっ、逃げ足の速いガキ共だ」


 男達は少しの間辺りをうろうろしていたがやがて諦めたのか来た道を引き返していった。


「……どうやら行ったみたいだね」


 フィーが男達が行ってしまった事を確認してくれた、どうやら撒くことが出来たようだ。


「あの……大丈夫でしたか?」
「ああ、お蔭で助かったよ」
「ありがとう」


 僕達を助けてくれた女の子に僕達は感謝の言葉を伝えた、黒髪が特徴的な女の子は微笑みながら首を横に振った。


「お礼なんていいですよ、困った時はお互い様です」
「ううん、結構危なかったから感謝するのは当然、借りが出来ちゃったね」
「そうだね、改めてお礼を言わせてもらうよ、ありがとう」


 僕とフィーは改めて彼女にお礼を言う。


「それにしてもさっきの人達は何だったんだろう」
「あの人達はこの辺を縄張りにしているヤクザの下っ端です。主に観光客にああやって因縁をつけてミラを巻き上げてるんですよ」
「そうだったのか、道理であんな無理な事を要求してきたと思ったよ」


 カルバート共和国はそういった裏組織が多いって聞いたことがあったな。様々な異民族が集まるから治安も悪いらしい、さっきフィーに言ったこの国が抱える問題の一つだね。


「でもどうするリィン、宿屋までの道のりがすっかり分からなくなっちゃったけど……」
「そうだね、僕も久しぶりに来たから正直覚えてないかも……どうしようか」
「あの……」


 僕とフィーが悩んでると女の子が話しかけてきた。


「もしかして大通りにある宿屋の事ですか?」
「そうだけど……」
「なら私がそこまで案内しますよ」
「えっ、いいの?」
「はい、私の家もそっちの方ですしもうお店も閉めて帰るつもりでしたから」
「お店?そういえばここって……」
「ここは私がアルバイトしてる飲食店です、店長が急用で早めに帰ったので戸締りして帰ろうかなって思ってたら貴方達が走ってきたので……」
「そっか、僕達は運が良かったんだな」
「ていうか貴方ってリィンと同じくらいの年なのにもう働いてるの?凄いね」
「いえ、そんなことは……」


 フィー、それ言ったら君もその年で猟兵をしてるじゃないか。あ、僕もか……


 とにかく彼女の提案をありがたく受けて宿屋に連れて行ってもらった。



―――――――――

――――――

―――



「はい、着きましたよ」


 女の子に案内されてようやく宿屋に帰ってこれたよ。さっきの連中には運よく遭遇しなかった。


「今日は色々とありがとう、君には本当にお世話になっちゃったね」
「そんな気にしないでください」
「ううん、わたし達は猟兵だから受けた恩は必ず返すのが筋だって団長も言っていた」
「えっ、猟兵の方なんですか?」
「あ、おいフィー!」


 普通に自分達の正体を話してしまったフィーを止めようとしたが彼女は大丈夫ですよ、と答えた。


「この国では猟兵もそんなに気にされていません、ここはあらゆる人間が集まる国ですから……」
「そっか、それならいいけど……でもフィー。あまり猟兵だって事は話しちゃだめだよ。中には猟兵を嫌う人達も沢山いるんだから」
「ん、ごめん。反省する……」
「よろしい」


 僕達は団長達と比べて顔が割れて無い為猟兵だって事は気付かれにくい。だから団長からは不用意な発言は余計な火種を生みかねないから気を付けろと言われている。
 

 ミスをしてしょんぼりするフィーの頭を撫でながら女の子に話しかける。


「そういえば助けてもらっておいて名前も言ってなかったね、僕はリィン・クラウゼル。この子は妹のフィー・クラウゼルっていうんだ、よろしく」
「……よろしく」
「私はリーシャ・マオと言います」
「リーシャ、僕達は明後日まではここにいるから何か困ったことがあったら言ってよ。力になるからさ」
「ええっ、そんな悪いですよ……」
「いやいいんだ、さっきフィーも言ったけど僕達は受けた恩は必ず返す。だから気軽に言ってよ」
「なら……明日お店に来てもらってもいいですか、お客様として」
「それくらいならお安い御用だよ」
「うん、楽しみにしている」
「ふふっ、それじゃあ私はこれで失礼します」
「じゃあお休み」
「バイバーイ……」


 リーシャはそう言って去っていった。


「いい人だったね」
「そうだね……ふぁ~……今日は色々あって疲れたよ」
「なら早く寝ちゃおうか、今日も一緒に寝ていいよね?」
「いいけど……そろそろ一人で寝てもいいんじゃないか?」
「嫌」
「そうですか……」


 因みに部屋に戻るとカイトが遅い帰りだったな、とからかってきたのでチョップをかました。不フィーは「ん、逢引してきた」と冗談を言ったが僕がはいはい……という態度を取ると怒ってしまった。年頃の女の子って気難しいんだね。



 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧