消えた友
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1部分:第一章
第一章
消えた友
彼の国籍は日本ではなかった。白川正智の有人である金清柱の国籍は朝鮮半島にあった。
北朝鮮らしい。北朝鮮と聞いてだ。
白川は特に考えることなくだ。こうその金に言った。
「確か共産主義の?」
「うん、その国なんだ」
「何か新聞で時々出るけれど」
「凄い発展してるみたいだね」
金は笑顔で白川に話した。今二人は中学校の放課後のクラスで話している。もう夕方になっていて窓から入って来る光は赤い。その赤い影が長くなっている世界の中で話すのだった。
「それに税金とかもないって」
「税金がないって!?凄いね」
「しかもただでお医者さんの治療を受けられるそうだよ」
金は純粋な笑顔で白川に北朝鮮のことを話していく。
「仕事の心配もなくて食べ物だってふんだんにあって」
「仕事や食べることの心配もしなくていいんだ」
「凄いよね。肉とかも好きなだけ食べられるそうだよ」
「えっ、肉も」
肉が好きなだけ食べられると聞いてだ。白川は目を丸くさせた。この頃の日本はまだ発展途上にあった。肉といえば鯨の肉だ。牛はおろか豚もあまり食べられなかった。
だが、だ。北朝鮮ではどうかというのだ。
「肉を好きなだけ食べられるんだ」
「そうみたいだよ。もう何でも好きなだけ食べられるそうだよ」
「凄いな。アメリカだけじゃなかったんだ」
肉を好きなだけ食べられる国といえばアメリカだった。ようやく金持ちの家なり何とか奮発して買った家なりで出回りだしたテレビのアメリカのドラマやアニメにだ。肉がやたら出ていた。
それを観て彼はいつも肉を食べたいと思っていた。しかしなのだ。
「北朝鮮でもなんだ」
「うん、肉でも何でもね」
「ステーキなんかも」
「だろうね。お金を払う必要もないみたいだし」
「お金もって」
「信じられないよね。そんな国があるんだよ」
「嘘みたいだよ」
夢を見ている、まさにそんな顔になってだ。
白川は金の話を聞いた。その北朝鮮のだ。
そしてだ。白川は言うのだった。
「日本じゃとても。肉を好きなだけ食べられるって」
「絶対にないよね」
「そんなの百年経っても無理だよ」
精々ハムカツだ。それにソーセージが贅沢だった。そんな中ではだ。
肉を好きなだけ食える様になるとはまさに夢だった。それでこう言ったのだ。
「けれど北朝鮮は」
「うん、それでだけれど」
「それで?」
「今度ね」
金はここでだ。少しだけ寂しい顔になった。顔も俯く。
「僕のお父さんとお母さんが。祖国に戻るって言ってるんだ」
「その北朝鮮に?」
「日本は祖国じゃないし」
彼等にとってはだ。そうだというのだ。
「昔は違ったけれどね」
「それでも今の金君の祖国は」
「北朝鮮だから」
そのだ。北朝鮮が祖国になったからだというのだ。
「だからね。祖国に戻ってそこで暮らそうって言ってるんだ」
「じゃあ金君も」
「まだ決まってはいないけれど」
それでもだ。おおよそだというのだ。
「多分。僕も祖国に戻るよ」
「そうなんだ」
「だから白川君ともお別れだね」
寂しい笑顔で赤い夕焼けの教室でだ。金は白川に言った。
「また縁があったらね」
「うん、その時にね」
「皆と別れるのは寂しいけれど北朝鮮は凄くいい国みたいだから」
「日本なんかよりもずっと」
「だから絶対に幸せに暮らせるからね」
このことには期待している、そんな口調の金だった。
「何も心配はしていないよ」
「じゃあ。向こうでもね」
「元気で暮らすよ」
こう話してだった。実際にだ。
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