魔王に直々に滅ぼされた彼女はゾンビ化して世界を救うそうです
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第8話『理に適った理不尽』
"--『大好き』とキミに告げた 『大好き』とキミが言った ボクはずっとキミと居ようと願った--"
◇ ◆ ◇
「…………ぇ、……ぁ、ぇ……?」
スィーラは、自分の目を疑った。
砂埃が激しい。血の臭いがする。目の前に転がったジークは、胸元に横一文字の大きな傷を負っていた。それだけならば、まだ良かったが、彼は今、何処から飛んできた?
決まっている、街の外からだ。殺気の恐ろしい気配は気のせいなのではなかった。しかし、外からここまで優に2キロはある。この距離を今の数秒で詰める程の速度で石造りの壁に突っ込んだとなると、その結末は容易に想像出来る。当然、彼の末路は悲惨な──
いや、それにしては外傷が明らかに少ない。そう不審に思った途端に、彼が突然にその眼を見開いた。
「……っ、かはっ!?あっぶねぇッ、死ぬ所だった……!」
胸を押さえて一つ大きな咳をしてから、重傷を負った筈の彼は平然と立ち上がる。胸の傷など知らんとでも言いたげに手に付いた血を服の裾で拭い、口に溜まった血液を地面に吐き出す。
「……ぃ、……ぅ……?……ぇ……ぁ……?」
「クソッ、派手に吹っ飛ばしやがってあの野郎……っ!逃がす訳…………って」
今にも飛び出しそうな姿勢だったジークは突如その力を緩め、今気付いたらしくスィーラの方を見て眼を丸くした。同時に視線を横にずらし、後ろで他の『対魔傭兵』のメンバーに救助される人々を見る。広場に残るスィーラの戦いの痕跡と、ボロボロになったスィーラのドレスを見て、彼は全てを察したらしい。
傷を心配して駆け寄る二人に向け、ジークは安堵の表情を向けた。
「ありがとな、二人で皆を守ってくれてたんだろ。遅れて悪かった、あと一歩遅ければ全部終わってた」
「う、ううん、私ほとんど何もできてないから……って違う!ジーク!さっきの何っ!?その傷どうしたのっ!?」
「ん、あぁ。さっきの化け物みたいな奴にやられた結果だよ。咄嗟に飛んだから助かったけど、多分直撃したら死んでた。運が良かったなホント……!」
チラリとジークが、自らが飛んできた方向に眼を向ける。先ほどの恐ろしい気配は綺麗さっぱり無くなっており、常に響いていた轟音と戦火も治まってきている。
荒れ狂っていた魔力は鳴りを潜め、ヴァリアゾードの街に静寂が戻る。悪しき力は去り、誰もが傷ついた戦場に小さな平穏が訪れた。
戦いが終わるのだ。
それを認識した途端メイリアがへたり込み、スィーラもまた安心して倒れかけた所をジークが慌てて支える。同時に多くの足音がジークの耳に届き、戦を終えた戦士達が戦場から街へと帰還した。
その先頭に立つ先程の槍を携えた男が、ジークに向けて口を開く。
「すまんジーク、逃した」
「だろうな。ああクソっ、敵を見誤った……!対人戦なら確実にAはあるぞあの野郎……!」
脳裏に浮かべるのは金髪の魔公。修羅の如き力を振るうあの男は、一騎当千とも謳われる対魔傭兵数十人を相手に持ち堪えるどころか、圧倒して見せたのだ。
ジークをその拳の余波で吹き飛ばした男は、即座に周囲の『対魔傭兵』達の危険度を察し、最も危険となる者から叩き潰していった。ジークもまたそのうちの一人で、中にはジークの様には反応出来ず助からなかった者も居ただろう。ジークの記憶にある戦友達の顔が、幾つか欠けている。
「……ギールとワルズ、バグラは……死んだか」
槍を担いだ男が、ゆっくりと頷く。その腰には直剣に短剣、チャクラムが吊られており、そのどれにも血が付着していた。男に傷は無く、当然それはそれらの持ち主だった者達の血だと理解する。
ジークに支えられつつもそれを見たスィーラが悲痛そうに顔を歪め、メイリアもまた唇を噛みながら肩を震わせた。
「……ここの墓地を使わせて貰おう。残ってたらで良い、死体を運んでやってくれ」
「了解」
数名の戦士達がすぐに跳んでいく。突如吹いた突風に瞬きをした次の瞬間には、その背はもう米粒の様に小さくなり、やがて完全にその姿は見えなくなった。ジークがそれを見届けると、足に力が入らなくなったスィーラをゆっくりと座らせる。懐から遠信機を取り出し、この街に居ない《彼女》へと繋げる。
中の魔石へと魔力を通し、遥か彼方に居るであろう存在の声が届いた。
『……ジークか。どうだった?』
冷めた声が届く。常人が聞けばすぐにでも肝が冷えるような、全てを知っているかの様な声音で、しかし果ての《彼女》はジークに問うた。ジークもまた声音を低くし、冷や汗を拭って答える。
「ヴァリアゾードの防衛は完了。B級の……いや、B+って所か。そのレベルの魔公が来てたけど、逃がした。すまない」
『ふむ、仕方あるまい。そちらに送った人員では、そのレベルはどうにもならんだろう。何人死んだ』
「三人、《神話の遺品》は全て回収した」
『よくやった。全てこちらに送れ、処理して再配給する』
「了解。任務を続行する」
簡素にして淡白な問いに答え、指示を受ける。遠信機を仕舞い、改めて辺りを見回した。傷一つ負っていないとはいえ衣服をボロボロにしたスィーラに上着を渡して背負い、奥で座り込んだメイリアに視線を向ける。
メイリアもまたその視線に気付いて立ち上がろうとし、足に力が入らない事に気づいて苦笑しながらジークを手招きする。ジークは促されるままメイリアに駆け寄り、その手を取って肩を貸す。そのままベンチまで二人を連れて行き、ゆっくりと座らせた。
「ごめんね、腰抜かしたみたい。……この子は大丈夫、人を襲ったりしてないから」
メイリアが頬を掻きつつ苦笑いし、ジークもまた苦笑して隣のスィーラをちらりと見る。未だその顔には暗いものがあるが、ジークがその頭を撫でてやると、心地よさそうに目を細めた。
「だろうな。さっきも言ったけど、正直めちゃくちゃ助かった。それに、あの魔法撃ったの、メイリーだろ?」
「うん、無駄に馬鹿でかい魔法しか出来ないからね」
──メイリアが持つ固有の特異体質。それは体外に放出された魔力を爆発的に増幅させる特性であり、メイリアを悩ませる災厄の種である。
魔法とも技術とも違うそれは一般的には『異能』と呼ばれ、人類が稀に持つ先天的な特殊能力である。が、メイリアのソレは魔力量が体感より遥かに多く、制御すら出来ず、人が居る場所では確実に巻き込んでしまうなど、完全に足枷にしかなっていない。どんなに小規模の魔法だろうと大魔術級の威力と範囲になるソレは戦争に於いては貴重な戦力になりうる力なのだろうが、メイリアは断じてそんなくだらない事のために魔法の腕を磨いているのではない。
主にこの《人界》には六つの属性があり、それぞれの属性を応用して魔法や魔術を形成している。
熱と破壊を司る火素。
調和と心を司る水素。
流れと力を司る風素。
定着と形を司る地素。
良識と輝きを司る光素。
悪意と不安を司る闇素。
それらの6大元素を元に魔法式を形成し、『世界式』に代表される魔法形式を設定する。
火素を大元に風素《エンフ》と組み合わせ、火球を生成する『熱球直射』系統の魔法や、水素と地素を組み合わせて物質を形成する『構想想像』等、組み合わせは多岐にわたり、更にそれぞれの元素には変質魔素なる派生系が存在する。
故に、魔導の道を極めたものは人類史に於いてたった一人。神代の時代に於いて全てを極めたとされる初代《神殺し》のみである。
最も、《神殺し》はついぞその力を後世に伝える事はなかったらしいが。
「……取り敢えず、無事で良かった。立場的には、魔族と戦い慣れてない奴が戦うなって言わなきゃいけないんだけどな。感謝はしてるけど、運が悪けりゃ死んでたぞ?」
ジークの視線に少しばかり責めるような気配を感じ取り、慌ててメイリアが視線を逸らす。恐らくは彼女の頑丈さも異能によるものなのだろうが、そのお陰か殆どの攻撃で直接的なダメージを一切通さないスィーラと、ただの人間であるメイリアには流石に安全度に差があり過ぎる。
「ごめん」と素直に頭を下げるメイリアに、ジークが慌てて「別に責めたい訳じゃないんだけどな」と訂正した。
「……ぃ、……ぁ……?」
不意に、スィーラがジークの肩を叩いた。振り返ったジークの目に入ったのは心配そうな表情でジークの胸元を見つめるスィーラで、その視線の先には先ほど付けられた横一文字の切り傷。
「ん、あー……見た目穏やかじゃないなコレは。『治癒温光』」
ジークが自身の傷跡に手を触れ、魔力を通す。治癒の光が修復を後押しし、やがて抉れていた肉も塞がっていく。光素の派生属性、癒素と水素を組み合わせた即時再生魔術。痛覚こそ残るものの、応急処置としては問題ないだろうと、ジークはその手を退けた。
スィーラがその塞がった傷口を見つめ、目を丸くして手を伸ばす。未だ血塗れてはいるものの後遺症一つ残さず完治した傷跡を指でなぞり、混乱するかのようにジークに視線を向けた。彼女は回復魔術を知らないのだろうしそれに対する疑問もあるのだろうが、今彼女の瞳に映るのは別の考え。
「ぁ……ぉ、ぅ……ぁぉ……?」
恐らくは、『大丈夫なの?』と言葉にしたかったのだろう。スィーラは今にも泣きそうな顔で、戸惑うジークの顔を覗き込んでいる。その手は微かに震えており、その恐怖には自分の事は一切含まれてはいなかった。
たかだか出会って3~4日。その程度の付き合いの筈の自分をここまで心配してくれているスィーラに苦笑しつつ、「大丈夫だ」と笑いかける。彼女はホッとしたように息を吐くと、そのまま糸が切れたようにもたれ掛かってきた。胸の中に倒れこんでくる彼女を抱きとめ、今まさに面白がって口笛を吹こうとしていた槍の男--ゲインを睨み付け、黙らせる。
スィーラはジークの服をしっかりと掴み、離す様子はない。いくらなんでも出会ったばかりの男にこれほど心を許すのはいかがなものなのかと一瞬心配になったが、取り敢えずは照れ臭いのを我慢して、腕の中で未だ体を震わせる彼女の背をあやすように撫でた。
そして、改めて辺りを見渡す。
笑顔はほとんど無い。精々対魔傭兵の中に数名見当たる程度だが、当然ながら町の人々の顔は衰弱しきっている。中には被害がほとんど無い者も居るのだろうがそれでも死の恐怖というものを十分に味わったのだろうし、実際に帰る場所を失い、大切な人々を失った者も居るのだ。中にはその大切な人を安心させようと無理に笑顔を作ろうとする者も居たが、それは決して『笑顔』と呼んでいいモノではなかった。
それでも、本来なら生き残りが居なくてもおかしくない事態だった。
きっとメイリア一人では対応できる数にも限界はあっただろうし、一度崩れればもうおしまいだ。魔法を十全に扱うことの出来ないメイリアに混乱する人々を救う手立ては無く、まず確実に彼女もろとも全滅は免れなかった。
けれども、彼女がいたお陰で、ヴァリアゾードは救われた。そう言っても過言ではないほどの活躍を、人間に協力する意味などある筈のない彼女が見せたのだ。
心の何処かにまだ残っていた警戒心も、知らぬ間に消え去っていた。
──少なくとも、ジークからは。
「──おい、何をしている。ジーク・スカーレッド」
聞き覚えのある声だった。
多分の怒りを含み、少し裏返ったような怒声。静かに、感情を殺すかのように呟かれたその声の主は、殺気を孕んだ眼光をジークに--否、ジークの腕の中に居るスィーラに向けていた。
騎士の象徴である白銀の鎧と、その胸元に刻み込まれた特殊なエムブレム。こめかみに青筋を浮かべたその大柄な男の名は、ヴァリアゾード専属騎士団団長、エインシェント・ノーレッジ。『墓守の死徒』である彼女に逆恨みから来る多大な怒りを向けていたその男は、今その怒気を殺気へと変えて彼女を見つめていた。
「--何をしている、と聞いているのだジーク・スカーレッド。さっさとその魔族を殺せ、それが貴様らの任務だろうが」
「……何を言ってる、この子はこの街を救ったんだぞ。人間に対する敵意なんて欠片もない。メイリーから聞いたところによると、お前らも見ていた筈だろうが。前線で彼女が敵を抑えていたところを。この子を殺すつもりはない、神殺しの令を忘れたのか」
「勿論覚えているとも。『死徒が人類に害を成さない限り、あの死徒への手出しを禁ずる』、だったな」
ノーレッジは平然と言い切り、しかし尚もその抑える気も無いであろう殺気はスィーラへと向けている。スィーラも流石に自分に敵意が向けられている事を察したのか、びくりとその体を震わせてジークの背に隠れた。ジークの服を摘む手は相変わらず――否、先程とは別の要因に対して小刻みに震えている。
ますます、その敵意の意味が分からない。
「どういう事だ。分かっているのなら――!」
──けれど、その敵意は。
剣が抜かれる。銀の切っ先は二人へと向けられ、番えられた矢がジークの背に隠れる少女へと向いた
「惚けるのも大概にしろよ、ジーク・スカーレッド……!」
──今この場に居るジークやメイリア、スィーラ以外の。
メイリアが騎士たちにその手を引かれ、ジーク達を孤立させるように騎士団が2人を囲う。
「貴様は、魔族の味方をするつもりかぁッ!」
──町の住人達を含む、およそ全ての人々の。
対魔傭兵も、ピクリとも動こうとはしない。その無感情な目は、ただ二人を見つめていた。
「何、を……言って……」
言い訳もできない、証明するまでもない。それは紛れもない、総意であった。
--不意に、何処からか石ころが飛んでくる。
石ころはスィーラの頭に当たり、そのまま地面へと落ちて転がった。同時に、四方からゴミやレンガの欠片等が投げつけられる。それらの主は──探すまでも無く、たった今さっき、彼女によって助けられた町の住人達。その彼らが今、全身に敵意を漲らせて、スィーラを睨み付けている。まるで、大切な人の仇を見るかのように。
その目線は決して、命を救ってくれた恩人に向けて良い目ではなかった。
「殺せ……!」
声が、聞こえた。
スィーラが、肩を震わせる。
「そいつのせいで……母さんが……っ!」
声が、聞こえた。
スィーラが、震える自分の肩を抱き抱えた。
「死ね……!死ねよ……っ!よくも、この街をこんなにしてくれたな……っ!」
声が、聞こえた。
スィーラが、頬に涙を伝せて俯く。
「殺せ……っ!殺せよ……っ!アンタら、それが仕事なんだろうが……っ!」
……声が、聞こえた。
彼女が、もう聞きたくないと、耳を塞いだ。
「そいつのせいで……!そいつのせいで……っ!」
──声が。
「なんで、お前みたいな奴がこんな所に来やがったんだよ……っ!」
────声、が。
「糞……っ、糞……ッ!返せよ……っ!俺の子供を、返してくれよ……っ!」
──……──、胸糞悪い、声が……
「──その死徒を殺せ、ジーク・スカーレッド。我ら人間に害成すその化け物を、殺せっ!」
──聞こえた。
後書き
仮に貴方がこの街に居て、貴方の帰るところを、貴方の大切な誰かを、失ったとしたら。
その仇と同じような存在である得体の知れない彼女を、心の底から憎まないと、そう言い切れますか?
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