おぢばにおかえり
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第三十一話 研修先でもその十
「阿波野君が変わるまでね。吉原で」
「待ってくれるんですか?」
「ちょっとの間よね」
「ええ、そうですよ」
また私の問いに答えてきました。
「まあ瞬きする間位ですね」
「それ本当!?」
これはちょっと信じられませんでした。あんな派手な格好が瞬きする位でなれるなんて。それこそ東映の特撮ものみたいな変身です。
「瞬きって」
「それはちょっと冗談ですけれどね」
「そうよね、やっぱり」
それを聞いて少しほっとしました。幾ら何でもですから。
「そればかりはね」
「それでですね」
「それで?」
「まあ僕が花魁さんになるまでの間お菓子でも食べられたらどうですか?」
「お菓子?」
「映画村って結構お菓子売ってるんですよ」
何故かそこまで知ってる阿波野君でした。
「だから。どうですか?」
「そうね。それだったら」
阿波野君のその提案に頷きました。
「そうさせてもらうわ。何がいいかしら」
「アイスクリームでも何でもありますよ」
「それじゃあアイスかしら」
ここではあまり考えていませんでした。
「アイスを食べながらね」
「茶団子もありますしね」
「お団子もあるの」
「だから結構何でもあるんですよ」
こう私に説明してくれました。
「お菓子もね」
「ふうん、そうなの」
「それで何にされますか?」
また私に尋ねてきました。
「お菓子は」
「それじゃあ茶団子かしら」
映画村ですし和風ですから。それにしようと思いました。実はお団子好きだったりします。その茶団子にしろ三色団子にしろです。
「それを食べながらね」
「じゃあ。待っていて下さいね」
「わかったわ。花魁さんね」
こうして吉原で花魁さんになることになった阿波野君でした。私は吉原のいつも撮影が執り行われている花魁さん達が座って顔見世をしている場所に一人で座ってお団子を食べながら阿波野君を待っていました。その時木の囲いを隔てて外を見ながらあれこれと考えていました。
「ここからいつも見てるのね」
考えるのはやっぱり時代劇のことでした。
「役者さんって。ここから外を見て」
役者さんの立場になって撮影するとこんな感じかしら?と思いながらです。やっぱり外から見るのとでは気持ちが全く違います。
「演じておられるのね」
そんなふうなことを考えていました。お団子は買いましたけれど結局食べませんでした。こうしたところで食べるのはお行儀が悪いと思ったので。そんなふうに考えていると目の前に物凄い奇麗な花魁さんが出て来ました。
黒い高下駄を履いていて髪は沢山の櫛をさしていて着物は帯が前で赤と白で。時代劇でも滅多に出て来ないような見事な格好です。お顔は真っ白でとても気品があって。吉原のこの撮影場所にとても合っています。そしてその人が誰かというともう言うまでもないことで。
「阿波野・・・・・・君?」
「はい、今できました」
声は紛れもない阿波野君のものでした。けれど顔は白粉で真っ白なので全くわかりません。
「どうですか?」
「物凄く奇麗だけれど」
思わず本音を言ってしまいました。
「どうしたのよ、別人?」
「いや、そんなに奇麗ですか?」
「奇麗っていうか」
何て言いましょうか。
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