魔王に直々に滅ぼされた彼女はゾンビ化して世界を救うそうです
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第7話『Re:maker』
"--そして『彼女』は『彼』と出会う 幼いキミはボクを信じ、ボクはがむしゃらにキミに応えた--"
◇ ◆ ◇
『対魔傭兵』。
その名が有名になったのは比較的最近の事だが、実はその歴史は数万年前にまで遡る。
神代の時。未だ神々が世界に蔓延り、数多の英雄と呼べる人々が腕を競い合っていた戦乱の最中、《始まりの四界》が交わる事によって引き起こされた悲劇。四世界の最強達がぶつかり合い、歴史に刻み込まれた最後の神話。この戦争を最後に人類はその力を衰えさせ、神々は忽然と姿を消した。
獣が知恵を獲て、力を示す事で全てを回す世界--獣界の王、『狼王』
精霊達の箱庭、全てが魔法によって動く理想郷--精霊界の王、『妖精王』
魔族達が蔓延り、力と知恵を手にした最上種族の果て--魔界の王、『魔王』
誰よりも弱く、誰よりも狡猾な人が望む最後の砦--人界の王、『霊王』
現代に繋がれた神秘の根源。今の世界を形作る原因となったその時代の終焉を齎す為に、その集団は現れた。
リーダーの名は、『ノット・ルーラー』。最弱種族、人間の唯一の希望にして切り札。その存在単体が他の王含む全生命体と匹敵--否、遥かに超越しているとされる化け物。その時代に於いて絶対的な力を振るっていた《神》ですら屠る、滅亡の担い手。歴史上初めて為された『神殺し』は、その人間の絶対性を現代にまで伝えている。
曰く、その者は剣の王であった。曰く、その者は槍の王であった。曰く、その者は弓の王であった。曰く、その者は魔の王であった。
曰く、その者は万能であった。
あらゆる力の頂点に君臨する最強の王。世界に愛され、しかし世界に叛逆した最も愚かな王。
そして彼の王は、平和を望んだ。
力ある英雄達は王の下に集い、悪しき戦争を終わらせる為に剣を取る。目指すは勝利ではない、敗北ではない、当然やるからには徹底する。妥協など許されない。
──無血革命を。
新たなる世界をもう一度、平和だった世界をもう一度、皆が笑顔を保てる世界をもう一度。
もう一度。
もう一度--
『Remake』為に。
──話は変わるが、その戦争の遺産が今も現世の何処かに眠っているという噂がある。
かつての時代の英雄達が用いた剣、斧、槍、鎚、弓、刀、魔道具、神創天器、エトセトラ。その中で既に出土している物は、殆どが今も残る傭兵団『対魔傭兵』の武器として支給されている。
血槍アスヴィシシャス、天弓エグメト、黒斧ハルヴィア、光剣ファナトシオルグス。それらに代表される神話の英雄達の遺品には、何かしらの特殊な力が宿っている事が殆どだ。魔法の強化を受けやすかったり、錆びにくかったり、魔族に対する切れ味があがったりと、その効果は様々。が、これらの武器の真髄はそこではない。
即ち、機能解放--正式名称『次世界式:原典再現』。
かつての武器の持ち主達が持ち得た最高の業を魔術と変換し、遺品を用いて再現する大魔術。アスヴィシシャスであるならば『敵の息の根を止めるまで終わらない敵を追う槍の投擲』。エグメトならば『天上に撃ち放った矢からの、光を纏った鉄槌』といった具合に、それぞれの武器が成し得た偉業を再度成す反則業。
当然、ジークが持つフォナトシオルグスにもその力がある訳で--
「──機能完全解放。焼き切れ……ッ!『ファナトシオルグス』っ!」
横一文字。ジークが光を纏った長剣を振り抜くと、その軌跡をなぞるように白銀の閃光が駆け抜ける。ソレは肉を裂き、盾を断ち、剣を焼き、あらゆる障害を無視して魔族達を刈り取っていく。それでもやはりというかなんというか後ろから次々と魔族達が侵攻し、途切れる様子はない。
機能解放は一度使うと再発動に魔力を練り直す必要がある切り札だ、本来真っ先に撃つべきものではないのだが……
「……殲滅戦となるとそうも言ってられないのがな……!」
「ジーク、あと十秒で解放攻撃が終わるぞ。どうする」
「分かった、指揮をとる。後衛は前衛陣に補助魔術を掛けるよう伝えてくれ、前衛はカウントして一斉に突撃する」
「了解」
剣を掲げ、背後で同じく機能解放攻撃を終えた同僚達の視線を集める。今だけではあるが、《神殺し》直々に指揮を任されたのだ。やるからには本気でやらねばなるまい。指示通りに配置についた戦士達が、各々の武器を構えた。
「……3、2、1……行けッ!」
霞むほどの速度で数十の傭兵達が飛び出していく。数多の死神達は各々の武器を掲げ、群がる魔族達へとその力を振るっていく。『対魔傭兵』の戦士達は一人一人が一騎当千。故に、百二十の軍勢ともなれば並の魔族十二万に匹敵する。ジークもまた同時に飛び出し、その陽光を受けて輝く白銀の剣を振るった。
一振りすれば腕を刎ね、二振りすれば首を狩り、三振りすれば命を絶つ。かつて神話の戦場で半神の英雄が振るったとされる極光剣は、主人は違えどその切れ味を遺憾無く発揮する。
背後から鈍色の大剣が振るわれる。が、それはジークの髪を数本巻き込むだけに終わり、振り向きざまに振り抜かれた光剣が大剣の主であるゴブリンの胴を薙いだ。
天から幾重にも炎の矢が降り注ぐ。が、それは背後から広がった巨大な盾--正式名称『空盾ラウラ』が、その全てを悉く弾き飛ばした。前衛部隊に紛れる槍士の大盾は雑兵の矢程度一本たりとも通さない。
--敵が並の魔族だけならば、だが。
魔族の軍勢の中から、一つの影が上空に飛び出した。
残像を伴って高速で移動するソレは、最高点に到達するとその体勢を直し、更に速度を上げて戦士達の中心へ向かい突撃する。空気の層を突き抜ける音が響き、ラウラに着弾すると同時にとてつもない衝撃が巻き起こった。やがてぞの中心にヒビが入り、溢れる魔力がそこから漏れ出してくる。
「……ぐっ、破られるぞ!衝撃体勢を取れッ!」
盾の持ち主が声を張り上げる。同時にジーク含む戦士達が盾の中心方向へ向き直って各々の得物を大地に突き刺し、魔術障壁を展開した。同時に、ソラを覆う薄緑の巨壁が膨大な魔力に呑まれ、その中心に大穴の名残を残して決壊する。同時に大地へと降り立った『ソレ』は、その身から他の魔族とは桁違いの魔力を戦士達に叩き付ける。それは攻撃ではないにも関わらず、障壁がビリビリと震え、端には小さなヒビが入った。
燃えるような赤色の短髪、鍛え上げられた体には数多の魔法陣が刻まれ、その身体能力を劇的に高めている。その衣服は直ぐに最上級の魔毛で編まれたモノだと分かった。その手には漆黒の籠手を纏い、鋭い黄金色の眼光は瞬時に戦場を見通した。
即座に察する、『ソレ』が今回の襲撃の親玉だと。街を襲う魔族達を率いる、魔公クラスの大物--!
「--魔公出現!対公体勢っ!」
魔族の中でも、一定以上の実力を持つモノには特殊な名称で認定される。魔王に始まるそれらは『対魔傭兵』の中でも危険視されており、稀に出現した際は人数を揃え、何としてでも狩るというのが鉄則である。
『魔王』とその直属の部下である『四大魔』と呼ばれる四体。その統率軍がそれぞれ数人保有する『崩魔』と『結魔』。そして魔王軍とは別に、生来強力な力を保有する『魔公』。
ランクでいうならば魔公は最低クラスではあるのだが、他のようにハッキリと実力が分からないためにSSS~Eのレートが振り分けられる。魔力から今目の前に現れた魔公をそれらに振り分けるのならば……
「……Bランク……!どんだけ張り切ってんだ奴ら……っ!」
目安で言うならばSSSは魔王クラス。SSは四大魔全員と渡り合い、Sは四大魔単体級。Aは崩魔、結魔級とも言われる。……そしてBですら、その単体で首都級の街一つを落とせるレベルの化け物。ジーク達ですら、数十人と数を揃えねば対抗すら出来ない。全く、あまりの理不尽さにため息が出る。
不意に、目の前の化け物が口を開いた。
「──我ら魔族の敵よ、未だ我らの道を阻むか」
その低くおぞましい声には、聞くもの全てを威圧するプレッシャーがある。並の人間ならば心を砕かれ、膝を折り、直ぐに戦意喪失するだろう。
しかし、『対魔傭兵』にそれは許されない。
「……あぁ、テメェらが何度来ても、それを許すつもりはない。大人しく『魔界』に引きこもってろよ、大物」
魔族の軍勢は後衛と街の騎士団に任せ、前衛の殆どで魔公を囲う。辛うじて対抗可能目安ではあるが、絶対に気を抜くことは許されない。目を離せば死ぬ。たった一度の瞬きの内に死ぬ。それほどに規格外、それほどの化け物が目の前に居る。
紅蓮の魔族はゆっくりと立ち上がり、真正面からジークを睨みつける。同時に暴力的なまでの魔力の本流を渦巻かせながら、頭を抱えて声を漏らした。
「あやつの予言通りという訳か……ハッ、踊らされているというのも不快だが、仕方あるまい。--あの死徒は何処にいる?」
「……死徒だと?」
「あぁ、お前が交流を続けていたあの死徒だ。名前は……確かスィーラと呼んでいたか?何処にいる」
「魔族の親玉が、あの子に何の用だ」
「上の命令でな、あの娘にはこの街に居って貰わねば困るのだよ。全く、上も悪趣味な事を考える」
嘲る様に両手を上げて肩を竦める魔公は、直ぐにその腕に魔力を通す。その腕に刻まれた魔法陣が起動し、爆発的にその肉体を強化する。さらなる『死』の気配が、戦場を呑み込んだ。
気付けば、他の魔族達も付近には居ない。退却こそしていないが、魔公を中心にぽっかりと穴を開けるかの様に離れている。近くに居れば巻き込まれて死ぬと、直ぐに理解したのだろう。
--世界が、歪む。
「問答は終わりだ──さぁ、悪いが付き合ってもらうぞ《神殺し》の眷族達よ。なあに、必死で足掻けば、命くらいは助かるだろうなぁッ!」
災厄が、動き出す。
◇ ◇ ◇
「……『対魔傭兵』……!?」
思わずメイリアが声を漏らす。少し離れた教会の屋根の上に槍を担いで佇むその戦士達は、尋常ならざる魔力を全身に漲らせている。その力は、かつて森で影の巨人を屠ったジークと同格。それだけで、目の前の男が人の域を超えた強者だと理解する。
そう、目の前に佇むは間違いなく人類の最後の希望。衰退した人間が唯一魔族に対抗出来る切り札。『創造者』の一人--!
「……近辺に敵性反応無し、危険性極低。オイ!街の住民を保護しろ!全方位囲んで、魔族の侵入を許すなッ!手の空いているものは食糧配給に回れ!負傷者の手当ても忘れるな!」
槍を掲げた男の指示に従い、背後に控えていた戦士達が一斉に広場へと降り立つ。剣や槍を持つ者達は広場に繋がる道を全て塞ぎ、杖や弓を持つ者達はその手に抱えた大きな袋から緊急用らしき食糧を取り出して配給を始める。あまりに手慣れたその行動に一瞬言葉を失うが、メイリアはその頭脳を以って現在の状況に気付く。不味い、と。
スィーラがジークとメイリア以外に好意的に話せる人物は今の所いない。『対魔傭兵』は当然スィーラの事を知っているのだろうが、その姿までは知らない筈だ。ならばスィーラを殺そうとしてもおかしくは無い。先ほど垣間見た彼女の頑丈性ならば死ぬ事はないのかもしれないが、守った筈の人間から敵意を向けられると言う状況だけは絶対に避けねばならない。
瞬時にスィーラを守る様にメイリアが移動し、槍の戦士から白銀の少女を隠す。が、当然そんなお粗末な隠蔽が彼に通じる筈もなく、その少し伸ばされた茶髪から覗く漆黒の眼はしっかりとスィーラを見つめていた。
「お嬢ちゃん、別にそう怯えなくてもいいんだぜ?さっき言ったろう、『敵性反応無し』って。加えてさっきのそこの死徒の行動もほんの少しだが見た。その死徒を殺すつもりは今んところねぇから、安心しな」
愉快そうに笑う中年の男は警戒を解く様にポンポンとメイリアの頭に手を乗せ、敵意がない事を証明する。その行動に安心したのか、メイリアも構えた杖を下ろした。満足そうに頷いた男はメイリアの横を通り、未だ少しふらつくスィーラの前に立つ。
「……ジークから話は聞いてる。よくやってくれた、お嬢ちゃん」
「……ぃ、……ぅ……?」
「ああそう、ジークだ。俺らはジークに呼ばれて来たからな、ここの人達を助けてくれってさ。あのクール気取りがあそこまで慌てた声は久々に聞いたよ」
--魔族の思惑に気づいたジークは、直ぐにスィーラの後を追わなかった。追ったとしても単独では焼け石に水なのは理解していたし、多大な犠牲も出ていただろう事は瞬時に分かる。ならばどうするか。
スィーラと初めて出会った場所に設置した、ポイントマーカーに向かう。
ポイントマーカーとは、ジーク達『対魔傭兵』が好んで用いる座標指定魔術の一種だ。大地に流れる魔力の本流、根源魔力と呼ばれるソレに直接接続し、物資や人員の瞬間転移を可能にする拠点代わり。
難点は発動から完全に起動するまでに3日ほど掛かるという点だが、一度起動すれば何度でも利用できるとその恩恵は大きい。しかも、転送内容に制限はない。
ならば、事前に本部へと連絡を入れ、完成直前だったポイントマーカーを起動させればいい。
少し距離があったためか遅れはしたが、結果ジークは計120名の膨大な戦力を手に入れて戦場へと辿り着く事が出来た。
……ふと。
「……そうだ、ジーク!ジークは何処ですかっ!?」
辺りを見渡して焦りを抱いたメイリアが、僅かに汗を浮かべながら男に詰め寄る。男は「あぁ」と呟くと、持っていた槍の根元を持って街の外側を示した。同時に、幾重にも重なる虹の輝きが、街の外全方位から日の落ち始めた街を照らす。
光の方からは、膨大な魔力が街の中心にまで届いていた。
「あっちで、外の魔族共を殲滅してるところだろうよ。アイツも本音なら直ぐにお嬢ちゃん達の無事を確かめたかったんだろうが、なにせウチのトップ直々のご指名でね。今回の防衛戦の指揮権を任されてんだ」
「ぃ……ぅ……!」
スィーラが心配そうに彼方を眺め、メイリアも不安を押し殺す様にスィーラのドレスの袖を握る。その様子を見た男が小さく口笛を吹き、次の瞬間にはその場から跳び去っていた。気付けば緑の外套を揺らした男が、視界の奥でその紅槍を構えながら高速で屋根の上を駆けている。
状況は確実に好転している。が、何か拭いきれない不安があった。
足りなかった力はジークによって足りた。冷静になる頭脳も彼らによって回復している。人々の不安も少しは和らいだだろう。けれども、何か底知れない、恐ろしい予感がある。
スィーラが再度広場を見回し、先程庇った少年を探す。どうやら怪我は無かったらしく、母親らしき人物に連れられ、目に涙を浮かべながら配られた固めのパンを頬張っていた。少年は遠く離れたスィーラの視線に気づくと、健気に笑顔を浮かべ、ぺこりと頭を下げる。スィーラもまたそれにつられて笑顔を浮かべた。
──同時に、途方もない殺気が、先程の槍を担いだ男が向かった方角--つまりはジークが居るらしき方角から感じ取る。
ダメだ。ダメだ。ダメだダメだダメだダメだダメだ。これは、これには絶対に逆らえない。これには絶対に抗えない。これは絶対に欺けない。
足が震え出し、恐怖に呑まれそうになる肩を抱く。この殺気の主は、確実にこんな街一つ簡単に滅ぼせる。すぐにそうしないのは何故か分からないが、心の中にたった一つの懸念が浮かぶ。
--この殺気の下にはジークが居るのならば、確実にジークはこの主と共に居る--と。
嫌だ。
ジークを失いたくない。
誰にも拒まれた自分を初めて見てくれた、あの少年を失いたくない。
もう一度あの暗い、悲しい、辛いだけの孤独に堕ちるのだけは、絶対に嫌だ。
その衝動に突き動かされ、スィーラが足に力を込める。その瞬間に──
何かが、飛んでくる。
蒼いソレは音の壁に阻まれながらも、高速で空気を裂きながらこちらに飛来する。鮮血を撒き散らし、その後ろで小さく括った黒髪を暴風に靡かせながら、ソレはスィーラの真横を通過し、背後の石造りの家に叩き付けられた。
轟音と爆風を撒き散らし、砂煙が晴れた底に転がっていたのは--
──たった今、生きて欲しいと願ったジークだった。
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